5部

第58話 ウィルジアの苦手な家族

「ウィールーどこだー?」


 王宮内の図書室で、模造刀を振り回しながらエドモンドが闊歩している。

 六歳のウィルジアは膝を抱えて本棚の影に隠れ、どうか兄に見つかりませんようにと心の中で全力で祈っていた。


「なんだー、今日はここにはいないのかな……おーい、ウィールー?」


 さっさとどこかへ行ってくれと思いながら、物音を立てないようにして隠れ続ける。

 膝頭に顔を埋めながら、この兄はどうして自分に構うのだろうと考えた。

 ウィルジアが誰よりも剣術が苦手で、絶望的にセンスがないことを知っているくせに、毎日律儀にウィルジアを探しては剣の相手をさせようとする。

 明らかに格下の自分と手合わせをして、何が楽しいのかさっぱりわからない。

 九歳のエドモンドは、すでに軍部に在籍する騎士と手合わせしてもいい勝負をするという噂だ。ならば、そっちに行っていればいいじゃないかとウィルジアは心底思う。


「ウィールー」


 段々とエドモンドの声が遠ざかっていくのを聞き、ウィルジアはほっとした。

 どうやら今日は、手合わせをしなくても済みそうだ。そう油断したのがいけなかった。本棚に上手く収まっていなかった一冊の本がウィルジアの手に触れ、バサリと落ちた。

 しまった、と思った時にはもうすでに遅い。

 軽快な足音が近づいてきて、逃げようと思って腰を浮かせたウィルジアの肩を背後からガシッと掴む。


「なんだ、ウィルいるじゃん」

「エドあにうえ……」


 ウィルジアは背後から肩に手をかけ圧迫してくる兄の顔を見た。

 母譲りの強気な美貌を持つ兄は、赤い瞳をにぃっと細めて歯を見せて笑った。


「おにーさまが呼んでるんだから、ちゃあんと返事しないとダメだろっ、なっ?」


 その顔はとても美しいのだが、ウィルジアにはまるで絵物語に出てくる魔王にしか見えない。


「さ、剣術稽古しよーぜ!」

「いっ、いやだよぉ!」

「ずっと引きこもって本ばっかり読んでると、いざという時戦えないし体が鈍るだろ。行くぜ」

「いやだってばあああ」


 全力で拒否するウィルジアに全く構わず、エドモンドは力任せにウィルジアを引っ張って部屋の外へと引き摺り出す。別に筋肉質ではない兄の、一体どこからこんな剛力が出てくるのか。それとも単にウィルジアが虚弱すぎるのか。


「あにうえっ、僕は剣なんて使えなくったって構わないから! だからはなしてっ」

「なんだよ、おにーさまの言うことが聞けないってのか?」


 兄は赤い瞳を胡乱に細めてウィルジアを見た。それから肩に手を回し、抱き寄せると、耳元で囁く。


「おにーさまが不出来なウィルのために剣術指南してやるって言ってるんだから、ありがたく思えよ!」

「いらないっ、全然求めてない!」


 しかしウィルジアの願いなど聞き届けられるはずもなく、問答無用で外へと連れ出されると、文字通り一方的に叩きのめされた。


「あにうえっ、もうやだよぉ」

「相変わらずウィルは弱いなー」


 芝生に寝転び伸びているウィルジアを見下ろし、模造刀を肩に担ぎ笑う兄は、悪魔にしか見えない。


「うぅ……こんなの手合わせでも剣術指南でもないよ。ただのいじめだ」

「なんだと? 弱いウィルを鍛えてやってんだろーが」


 エドモンドの目はマジである。自分がウィルジアをいじめているとは、本当に思っていないのだろう。この意識の差は山より高く海より深い。


「また明日もやるから、逃げるなよ!」


 エドモンドは爽やかに笑ってそう言いながら去って行った。

 ウィルジアは立ち上がると、よろよろと王宮内に戻る。


「やだなぁ……明日もやるのかなぁ……」


 教師との剣術稽古だけでも嫌なのに、加えてこの兄の蛮行。

 ウィルジアは明日を思うだけで、半泣きになった。

 きっとこの兄とは、一生相入れることはないだろうとウィルジアは幼いながらに思ったのだった。

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