第54話 ハリエット一家がやってきた④
「さあさあ、お庭遊びをしましょう!」
食堂からちびっ子一行を誘導したリリカはとても張り切っていた。
ウィルジアはおそらく小さい子の扱いに慣れていないだろう。双子はリリカの見込んだ通りに遊びたい盛りのようだし、ならばこの春の陽光が降り注ぐ庭で思い切り遊んでもらうのがいい。
庭は最盛期である。様々な種類の花が咲き乱れ、小川が流れ、虫も捕まえ放題だ。
二歳のルシア様は早速、小さい手足を動かしながら庭の片隅に咲いているチューリップに向かって駆け出した。
「おはな、おはな!」
「危ないわよ、ルシア」
ユーフェミナ様が後を心配そうに追いかけ、二人で花を愛で出した。リリカはそばに寄って、そっと花を摘む。ユーフェミナがこちらを意外そうな顔で見た。
「摘んでしまっていいのですか?」
「はい。今日は特別です。ルシア様のために花冠を作りましょう」
リリカはピンクと白のチューリップと、それから他の小さめの花を摘んで手早く花冠を作っていく。
「はい、どうぞ」
「わぁ、かあいい!」
「まあ、本当に」
花冠を被ったルシア様はご機嫌で庭の中をうろうろしながら遊び出し、ユーフェミナ様が後をついて一緒に散策を始めた。
リリカは振り返り、双子を見る。双子は乳母に見守られつつ、花に留まった蝶を捕まえようとしていた。
「えいっ! あれ。逃げられた」
「手で捕まえるのは難しいので、虫取り網をどうぞ」
「うおっ……あ、ありがとう」
リリカが二人に一本ずつ虫取り網と虫籠を差し出すと、若干怯えたような表情をしつつ二人とも受け取ってくれた。
リリカは、うーんと内心で唸り声を上げる。
(武器は外しておいた方がよかったかしら。でも万が一何かあったら、皆様をお守りして差し上げないといけないし……まさかあそこまで怯えられると思わなかったわ)
リリカは、スカートをまくられたことに関しては別段なんとも思っていなかった。そんなのは王都に住んでいた時には日常茶飯事の出来事である。
そんなことより、想定外に恐れられてしまったことの方が問題だ。
これが王都の下町の子らだったら、リリカのスカートをまくるどころか裾をがっしり握って持ち上げた挙句、
「すげー、リリカ太ももに武器隠し持ってるぜ! 見てみろよ!」とか言って他の子供を呼び寄せ、「本当だ、リリカすげー!」「俺も見たい!」「なぁなぁ、武器使ってるとこ見せてくれよ!」とわらわら寄ってきた子供たちがリリカのスカートの中に入り込んできて太ももをベタベタ触るくらいのことをやってのけるはずだ。
だから、ちょっと武器を見たくらいで怯むなんて可愛らしいなぁというのがリリカの感想だった。
(でも怯えられるのは本意ではないわ。なんとかして距離を縮めないと。よし)
「お二人とも、見ていてくださいね」
リリカはあらかじめ用意しておいた三本目の虫取り網を手にすると、そうっと蝶に近づいた。花の蜜を吸う蝶に向かってフワッと虫取り網を下ろすと、すっぽり中へとおさめる。網に絡まった蝶の羽を優しく持つと、双子の前にかざした。
「いかがです?」
「すごい!」
「ぼくもやってみていい?」
「どうぞ。網の真ん中に蝶が入るように、そして蝶が傷つかないように優しく振り下ろしてくださいね」
「うん」
「わかった」
双子は素直にリリカの言うことを聞くと、蝶を探すべく虫取り網を握りしめて庭の中をうろうろし始めた。
「あぁ、坊っちゃま達、無茶をしないといいんだけれど」
心配そうに見つめるのは、ハリエット一家についてきた乳母だ。乳母はリリカを見てから、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「先ほどは坊っちゃまが無礼を働いて申し訳ありませんねぇ。私の育て方が悪かったせいで、わんぱくにお育ちになってしまって……ハイリー様とアリシア様の時はこんなことはなかったのだけど」
「まだ五歳ですし、普通ですよ。私は何も気にしていません。それより怯えられてしまったのが気がかりでした」
「まあまあ。よく出来ているのね。にしてもあなた、なぜ武器なんて持っていたんです? まさか本当に戦うつもりじゃあないでしょうね」
「必要があれば、本当に戦います」
「…………そう。ウィルジア様の使用人というのは、大変なのね……」
乳母は、引き攣った顔でリリカを見つめた。
「やあっ」
「えいっ」
双子は夢中で虫取りをしているし、ルシアお嬢様は庭の中をユーフェミナ様と一緒に散歩しており、とても平和な時間が流れていた。
やがてルシアお嬢様が座り込んで芝生をむしり出したので、リリカはユーフェミナ様を側のガーデンテーブルに案内し、ハーブティーを淹れた。
ハーブティーを飲みつつユーフェミナ様は平和な光景を目の当たりにして目を細めている。
「いつもお屋敷の中にいる時は、もっと賑やかなの。今日は穏やかなこと」
「きっと外で伸び伸び過ごせているからですよ」
「やっぱりあの子達は、外で体を動かす方が性に合ってそうね。あなたもそう思わない?」
ユーフェミナは憂いを帯びたため息をつきつつ、そばに控えるリリカを鳶色の瞳で見上げた。
「左様でございますね。虫取りをしているお二人は、とても生き生きしているように見えます」
「夫がねぇ、子供達には全員、文官になって欲しいと思っているのよ。私としてはカーティスとシュルツの二人は、軍部に預けた方がいいのかしらと思っているんだけど」
「お二人は剣術はお好きなのですか?」
「とっても好きよ。毎日戦いごっこしているわ」
リリカとユーフェミナは双子に視線を送った。
カーティスはどんどんと蝶を捕まえては虫籠に入れており、対してシュルツはまだ一羽も捕獲できていないようだった。上手くいかないシュルツは、虫取りに飽きたらしく小川の中を覗き込む。小魚に興味を持ったのか、上体をかなり前のめりにして川に近づいていた。
「あっ、危ない」
危険を察知したリリカが動いたが、距離があったため少し遅かった。
ばしゃーんと大きな音と盛大な水飛沫を跳ねさせ、シュルツは川に落ちた。
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