第52話 ハリエット一家がやってきた②

「ウィルお前、あの使用人どこから見つけ出してきたんだ」

「リリカのこと? 普通に王都で募集かけたら来てくれた」

「普通の求人であんな使用人がやって来るのか。武器持ってたぞ」

「まあ、それに関しては僕も驚いたけど……」


 兄一家が屋敷にやって来るという事態だけでもウィルジアにとっては重荷なのに、双子の片割れがいきなりリリカのスカートをまくり上げたのには驚いた。

 常日頃隠れているリリカの肌が顕になり、ウィルジアの頭はパニックになった。

 そしてリリカの太ももに武器が収納されているのを見て、もっとパニックになった。

 なんでリリカは武器なんて持っているんだ。まさか本当に戦うつもりなのか? 熊も倒せるらしいリリカならば暗殺者を撃退するくらいやってのけそうだが、リリカの師匠であるというおばあちゃんは、一体どういう場面を想定してリリカに戦闘を教えたのだろう。まさか母は己の侍女に戦闘の心得を持つようにと言い含めていたのだろうか。

 考えれば考えるほど、わからなくなる。末恐ろしい。

 そしてスカートの中を大人数に見られたにも関わらず、一切動じないリリカの肝の座りようも恐ろしい。

 全員を混乱の渦に叩き込んだリリカは、食堂に一向を案内した後、嬉々として給仕に励んでいた。


「ルシアお嬢様は、焼き菓子などお召し上がりになりますか?」

「えぇ、大好きよ。ありがとう」


 何事もなかったかのようにハリエットの末娘のために焼き菓子をお皿に乗せるリリカ。末娘のルシアは兄ではなく妻の方によく似ていた。黒髪に鳶色の瞳を持つルシアは、乳母の膝の上で焼き菓子を両手で掴んで齧り付き、ボロボロこぼしている。


「それにしても、兄上の子供がこんなに大きくなっているなんて知らなかった」


 ウィルジアは視線を前方に座る長男と長女の二人に移動させた。

 先ほどの騒ぎで存在感が霞んでしまったが、この二人はかなりきちんとした作法が出来ており、顔立ちは兄に似ている。

 背筋を伸ばして椅子に腰掛け、リリカの淹れた紅茶を品よく口にしていた。


「ハイリー・アシュベル。十歳です。叔父上は歴史にお詳しいと伺っておりますので、今日は色々と教えていただきたいと思っています」

「アリシア・アシュベル。九歳です。兄と同じく、私にも色々と教えてください」

「よくできた子たちだなぁ」


 ウィルジアは素直に感心した。この年のウィルジアは人の目を見て挨拶するのが苦痛で、まともな挨拶ができた試しがなかった。うつむいてボソボソ喋るウィルジアに、周囲が落胆する様までもが思いだされ、ウィルジアは小さく頭を振って嫌な記憶を打ち消した。


「申し遅れました、私はハリエットの妻のユーフェミナです。こちらは双子の……ご挨拶できる?」

「……カーティス・アシュベル。五歳」

「シュルツ・アシュベル。五歳」

「そして末娘のルシアです」


 かなり膨れっ面で自己紹介をした五歳の双子と、ご機嫌で焼き菓子をこぼしながら食べ続けるルシア。 


「ウィルジア・ルクレールです。どうぞよろしく。こっちはうちに一人しかいない使用人のリリカ」

「行き届かない点もあるかと思いますが、全力でおもてなしさせていただきます」


 リリカがお辞儀をすると、ハリエット一家は再び驚いた表情をする。兄は疑わしげな表情をした。


「一人しか雇ってないのか?」

「うん。僕があんまり大勢に囲まれるの好きじゃないって、兄上なら知ってるだろう」

「まあ、確かにウィルはそういう性格だったな。にしても一人……よくこれほど屋敷を綺麗な状態に保っているな」

「リリカは仕事ができるから」


 もはやリリカの能力は「仕事ができる」という一言に収めていい規格ではないのだが、ウィルジアはそう言うに止めた。

 お茶を飲み茶菓子を食べつつ話していたら双子がリラックスしてきたのかそれとも飽きてきたのか、だんだん動きが落ち着かなくなっていた。向かいに座るウィルジアからは、双子の動きがよく見えた。

 カーティスが茶菓子を食べ尽くし、空っぽのお皿を眺め、それから隣に座るシュルツの皿を見つめる。じーっと載っているマフィンを見つめたかと思うと手を伸ばした。

 瞬間、リリカがどこからともなくやって来て、二人の間に銀色のトレーで壁を作る。


「あっ」

「カーティス様、お菓子をお代わりしたい気持ちはわかりますが、これ以上召し上がると昼食が入らなくなりますのでやめておいた方がよろしいかと」

「う……」


 リリカはいつもと変わらない笑顔なのだが、武器を持っているという恐れが先行しているのか、カーティスはスカートめくりの時の威勢はどこへやら若干怯えた目つきでリリカを見ていた。


「もしよろしければ、お庭で遊びませんか? 虫を捕まえたり、小川に魚がいるのを眺めるのもよろしいかと」

「あら、それは楽しそう。カーティス、行ってらっしゃいな。ついでに私とルシアもご一緒してよろしいかしら?」

「ええ。是非どうぞ」

「では、私たちはお庭に行きますね」

「ぼ、ぼくも行く!」


 リリカを先頭にして、ユーフェミナ、カーティス、シュルツ、ルシアとルシアを抱っこした乳母が食堂から去って行く。

 食堂に残ったのはウィルジアと兄のハリエット、それから長男のハイリーと長女のアリシアとなった。



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