第51話 ハリエット一家がやってきた①

 護衛が馬で先導し、ガタガタと馬車が王都を出て森の中に入る段階になると、長男のハイリーと長女のアリシアの顔色がだんだん悪くなっていった。


「……父上、本当にこんな森の奥に人が住んでいるのですか?」

「お兄様の言う通りだわ。なんだか薄暗いですし、不気味な雰囲気」


 二人の言い分はもっともで、王都外に広がるルクレールの森は鬱蒼と繁る針葉樹が道の両脇に差し迫っており、春の日中なのに陽の光があまり差し込まず薄暗い。

 ハイリーもアリシアもどことなく不安そうな顔をしている。


「ウィルの屋敷は元々は王家所有の別荘だったらしいから、そうそう変な屋敷ではないはずだ。……多分。最近母上も行ったそうだが、快適な空間だったらしい」

「快適な空間……この森の中に?」


 ハイリーは「全然想像がつかない」といった表情をしている。

 ハリエットとしても気持ちはわかる。舗装されてはいるもののガタガタする森の中を進むうちに、不安が募っているのはハリエットとしても同じだった。

 後ろの馬車に乗っているユーフェミナとカーティスとシュルツ、それにルシアは大丈夫だろうか。様子がわからないが、不気味な森の様子に怖気付いたりしていないだろうか。ハリエットは募る不安とは裏腹ににこりと子供たちに笑いかけ「まあ、大丈夫さ」と言ってみせた。



 一方その頃、後続の馬車内は大騒ぎになっていた。

 双子が窓に張り付いて、落ち着きなく椅子の上で上下しながらずっと叫んでいる。


「すげー森! 森の中!」

「なぁ、クマ出るかなぁ!?」

「ぼく、カブトムシ捕まえたい!」

「ぼくも!」

「ルシアも、虫つかまえたーい!」

「坊っちゃまたち、落ち着きあそばせ! つられてルシア様までもが興奮しているではありませんか!」


 あまりの騒がしさに同行している乳母のナンシーがたまりかねて一喝した。

 ナンシーは悪路でガタガタする馬車内でルシアが落ちないように膝の上に乗せたまま、ユーフェミナに向かって頭を下げる。


「奥様、申し訳ございません。私の教育が行き届かなかったばかりに、坊っちゃまたちがこのように落ち着かない子に育ってしまって……」

「あらあら。元気があるのは良いことだと私は思うわ。この子たちの生来の気質なのですから、あなたのせいじゃないわよ」

「そうおっしゃっていただけると救われます」

「ねー、かあさま。虫つかまえに行っていい!?」

「川あそびしたーい!」

「ルシアも!」

「三人とも、落ち着いてね。ウィルジア様が良いって言ったら良いわよ」

「チェー」

「良いって言わせようぜ!」

「ルシアも、ルシアも!」


 前方の馬車と違い賑やかな車内で、ユーフェミナはニコニコしながら子供たちを見て、ナンシーは深々と疲れたようなため息を吐き出した。 

 森の中を進んで行きしばらくすると馬車が停まった。

 御者の開けた扉から外に出てみると、鉄柵に囲まれたウィルジアの屋敷が見える。

 屋敷はハリエットが想像していたより数十倍感じがよかった。

 手入れされている庭は自然を生かした作りになっており、花が咲き乱れ蝶が飛びミツバチが行き交っている。庭の奥に見える屋敷は赤茶色の煉瓦造りで、さすが王家所有の屋敷だっただけあり、瀟洒な作りをしていた。

 屋敷を見上げていると、後ろの馬車から妻と双子、そしてルシアを抱いた乳母が降りて来た。


「ここがウィルおじさんの屋敷!?」

「わー、森と違ってあんま不気味じゃないね」

「こら、二人とも失礼ですよ。ウィルジア様の前ではくれぐれも口にしないように」


 心のままの感想を口にしたシュルツをユーフェミナがやんわりと嗜める。乳母に抱かれたルシアは、ご機嫌に笑っていた。

 門の前で立っていると、玄関の扉が開いて中からウィルジアと一人の使用人が出てきた。真っ直ぐこちらに進んできて、鉄の扉を使用人が開けてハリエット一家を招き入れる。


「やあ、久しぶりだなウィル。世話になる」

「本当に来たね……」


 迎えてくれたウィルジアの表情は若干引き攣っていた。しかしいそいそと扉を開けた使用人の方は、溢れんばかりの笑顔を浮かべており、非常に楽しそうだ。


「お待ちしておりました、どうぞお入りくださいませ!」


 開いた扉からハリエットを先頭にして屋敷に向かって歩く。


「カーティス、シュルツ、止まらないで歩きなさい」


 ユーフェミナが早速双子を叱る声が聞こえ、ハリエットは振り返った。

 カーティスとシュルツが鉄扉を開けている使用人をジロジロ見上げていた。まだ若い使用人は、そんな双子を笑顔で見つめているが、ハリエットは胸騒ぎがして声を掛ける。


「二人とも、早く来……」

「えいっ!」


 遅かった。

 カーティスが使用人のスカートの裾に手をかけると、思いっきり持ち上げる。

 バサァッと勢いよく使用人の白いエプロンと紺色の裾長のスカートが宙に向かって投げ出され、はためいた。


「っ!!」


 その場の全員が硬直し、カーティスはしてやったりという表情を浮かべる。

 使用人のスカートの中が丸見えになり、そこにはーーなぜか太ももにごついベルトが巻きつけられ、禍々しい短刀が収納されているのをハリエットは確かに見た。


「!? え!? 武器!?」

「この使用人、武器をかくし持ってる!!」


 スカートをめくった張本人のカーティスが驚き、シュルツも顔を青ざめさせて使用人を指差した。

 一方の使用人は全く動じることなくスカートの裾を整えると、にっこりと完璧な笑顔を浮かべつつ落ち着き払って言った。


「使用人たるもの、突然の襲撃に備えて武器を隠し持っておくことは当然でございます」

「ええ、そうだったのか!?」

「じゃあ、ナンシーも……!?」

「い、いいえ! 普通の使用人や乳母は武器なんて持っておりませんよ!」


 双子の視線を浴びた乳母は、全力で否定した。


「そうなのですか? 私は師匠から、『ご主人様の命が危ぶまれる場面に出くわしたら、真っ先に隠し武器を手に戦うこと』と教わっておりますが」

「それは護衛がやるべきことでしょう!」

「確かに……ですがウィルジア様には護衛がおりませんし、私が兼ねておきませんと。いつどこで命を狙われるか、わからないですし」


 使用人の発言に、この場にいる全員が絶句した。

 亜麻色の髪をまとめ、瑠璃色の瞳を持つ華奢な使用人はどう見たってまだ十代後半だろう。なのに、仕事に対する覚悟が半端ではない。


「……ウィルおじさんって、命狙われてるの……?」

「カーティスにいさま。ぼく、怖くなってきた……」


 いつも元気な双子が、一見ごく普通な使用人の見た目と、隠し武器と発言によるギャップにやられて萎縮した。使用人は否定も肯定もせずニコニコしており、それがまた恐ろしい。

 微妙な空気を作り上げた張本人である使用人は、鉄扉を閉めると今度は玄関ホールの扉を開いた。


「さぁ皆様、馬車に乗ってお疲れでしょうし、ひとまずは食堂へどうぞ! お茶と軽食をご用意いたします!」

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