第50話 リリカ張り切る
「お客様、お客様っ」
リリカはウィルジアの兄一家が遊びに来ると聞いた日から、ものすごく張り切って準備をした。
何せ滅多にやって来ないお客様だ。
少し前に王妃様が屋敷にいらっしゃったことがあったが、あれは突然のことだったし、事前準備をする時間がなかった。せいぜいが玄関ホールの花を挿し替え、サロンの本棚を王妃様好みの本に変え、王妃様好みの紅茶と茶菓子をお出しするくらいしかできなかった。
しかし今回は違う。
手紙によると三日後に遊びに来るらしいので、三日間準備の猶予があるということだ。
それだけ時間があれば、かなり色々なことができる。
昼食のメニューも考えられるし、屋敷に飾る花もゆっくり決められるし、調度品の配置も大人数用に変えられる。おもちゃも作って用意できるだろう。
「双子のお子様たちは遊びたい盛りでしょうし、お庭で遊んでいただくのもいいわね。ちょうど川を引いたところだし、水遊びだってできるわ。その場合、お召替えもご用意しておいた方がいいかしら。子供用の服を縫っておかないと」
リリカはいろいろ考える。
五歳の双子の男の子ということは、きっとわんぱくだろう。しかしわんぱくの度合いがリリカにはよくわからない。王都の下町の子供たちとはきっと全然違うだろうし、一体どこまで激しく遊ぶのか。
リリカは実は、ハリエット一家に関しては名前と性別と年齢以外の情報をあまり持ち得ていなかった。
リリカの師匠であり育ての親であるヘレンおばあちゃんは王妃様付きの侍女を長年やっていたため、王妃様に関する情報ならば尋常ではないほど有していたが、その他の王室の人に関しての情報量は数段劣る。
特に、おばあちゃんが王宮を去ってから生まれたハリエット王子のお子様については、それこそ知りようがない。
リリカはその日の夕食の席で、給仕をしながらウィルジアに問いかけてみた。
「ウィルジア様はハリエット様のお子様について何か知っていますか?」
「いや全然。会ったこともない」
「あら。左様でしたか」
「うん。兄の屋敷に行ったことないし、子どもが生まれたのも風の噂でしか聞いたことない」
「ハリエット様とユーフェミナ様の結婚式には出席されたのですか?」
「したけど興味なかったし、ずっと下を向いてやり過ごしてたからよく覚えてないや」
ウィルジアが遠い目をして答えたあと、リリカをじっと見つめた。
「役に立たなくてごめんよ」
「いいえ。とんでもございません」
「あんまり気合い入れなくていいから、適当に相手をして追い返そう」
非常に後ろ向きな発言をするウィルジアに、リリカは拳を握って力説した。
「それは受け入れられません。ウィルジア様のご家族に粗相をしては大変です。ふつつか者ですが、私が全力でおもてなしをいたします」
「何をする気なんだ……」
ウィルジアがとても不安そうな顔でリリカを見た。
不安な気持ちはよくわかる。情報量の少ない中で、相手を満足させられるかどうか。それはリリカの腕前にかかっている。
「ウィルジア様、お任せください。私、こう見えて、子供の相手は得意なんです。だからきっと双子のお子様とお嬢様の心を掴んで見せます」
気合い十分のリリカを見て、ウィルジアは「そっか……」と呟くと、もはや何かを諦めたかのようにワイングラスを手に取って白ワインを飲み干した。
◆◇◆
「えっ、出かけるの!?」
「そうだ。私の弟のウィルジアの屋敷に」
「やったー!」
ウィルジアから手紙の返事を受け取ったハリエットが夕食時に話を切り出すと、双子のカーティスとシュルツは万歳して大げさに喜んだ。
「遊べる!」
「勉強しなくてすむ!」
「何日くらい行くの!?」
「どんな場所!?」
二人は嬉々として交互に質問を繰り出してくる。もはや夕食を食べることなど忘れ去ってしまったかのように騒がしい。長男のハイリーと長女のアリシアが相変わらず冷ややかな視線を送っているが、双子にとってはどこ吹く風である。ちなみに次女のルシアは、乳母に世話を焼かれながら大人しく食事をしていた。
二歳の娘より騒々しい五歳の双子をなだめるべくハリエットは食事をしながら質問に答えた。
「王都外れの森にある屋敷だから、そんなに遠くない。日帰りだ」
「えーっ日帰り」
「つまんないの」
途端に二人のテンションが落ちた。
「私と母様の言うことをよく聞いて、ルシアの面倒も見るんだぞ。ウィルに迷惑をかけないように」
「ねえ、ウィルおじさんってどんな人?」
「とうさまに似てる?」
双子はハリエットの言葉を無視してそんな風に質問してきた。ユーフェミナが二人を嗜めた。
「二人とも、お父様の言葉にきちんと返事なさい」
「はぁい」
「はーい」
カーティスとシュルツは雑な返事をした後、「で、どんな人?」と興味津々で再び問いかけてくる。ハリエットは少し考えた。
「そうだな、ウィルは……私には似ていない」
「じゃ、もしかして武闘派?」
「戦いごっこ出来る?」
「それは無理だからやめておきなさい」
「なんだぁ」
「つまんないの」
ハリエットが即座に否定すると、双子が唇を尖らせた。
「ウィルは歴史編纂家だから、歴史の勉強をしてもらうといい」
「えーっ」
「けっきょく勉強!?」
ハリエットが何かいうほどに、双子のテンションが落ちていく。
ユーフェミナは夫と子供のやりとりを見た後、頬に手を当てて首を傾げつつフォローを入れてきた。
「歴史のお勉強もいいけれど、自然が多いみたいだから、きっとのびのび遊べるわよ。久々に思いっきり体を動かしましょう」
「やったぁ!」
「ぼく、虫捕まえたい!」
ユーフェミナの一言で俄然行く気が出た双子は、食事の間中ずっとどんな虫を捕まえるかで盛り上がり、ハイリーとアリシアに「うるさい!」と怒られていた。
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