4部
第47話 ハリエット・アシュベル一家の朝は騒がしい
王都内にある屋敷の一つで暮らすアシュベル王国の第一王子、ハリエット・アシュベルはげんなりしていた。
屋敷内の食堂では、ハリエット一家の朝食が今まさに始まろうとしていた所なのだが、メンバーが二人ほど足りないのだ。
「ユーフェミナ、カーティスとシュルツはどこへ行った?」
ハリエットが妻のユーフェミナに問いかけると、ユーフェミナはおっとりと頬に指を添えてから首を傾げた。
「あら……さっき身支度をしているのは見たんだけど。どこ行っちゃったのかしら」
「父上、もう放っておいてさっさと朝食にしてしまいましょう。待っていたらいつまでも始まりません」
「そうよ、お父様。今日はこの後王宮に行くご予定でしょう? 時間になってしまいます」
長男のハイリーと長女のアリシアが若干苛立った様子でそう言った。
ハイリーは十歳、アリシアは九歳で、ハリエットの望む通り王室の一員として一通りの教養を備え、諸外国の言葉を覚えている最中だった。
そんな子供たちの成長を微笑ましく思いつつ、ハリエットには困り種もある。
五歳の双子のカーティスとシュルツが、全く言うことを聞かないのだ。
寝坊は当たり前で朝はまともに起きて来ず、教科書を放り出して家庭教師の元をしょっちゅう抜け出してはどこかで遊んでいる。
きっと今も隙を見て逃げ出し、どこかで遊んでいるのだろう。そう考えたハリエットの耳に二人の声が聞こえてきた。
「おしシュルツ、あっちの木まで競争だ!」
「今日こそ負けないぞ、カーティスにいさま!」
食卓についている二人を除いた家族全員と使用人たちが窓の外を見ると、そこには朝日を浴びながら庭で全力のダッシュをするカーティスとシュルツの姿が。
朝食もまだだというのに既に泥まみれになっている二人は、嬉々として広い庭を駆け回っている。
ハリエット家の執事が悲鳴を上げた。
「……な、なんてことでしょう! 申し訳ございません、旦那様。すぐに二人をお連れいたします!」
わらわらと使用人たちが屋敷の外に出て二人を捕まえようと奮闘する。しかし息子二人は小さな体を生かし、俊敏な動きで使用人たちの手をかいくぐり、逃げ回った。
朝露に濡れる芝生の上でハリエット家の次男三男は転がり回り、使用人たちも転びまくる。
カーティスは近づいてきた若い使用人のスカートをめくり、使用人を困らせていた。
「………………」
「あらあら……」
ハリエットは呆れ、ユーフェミナは困ったように首を傾げ、そして他の子供たちは深いため息をついた。
「おにいさま、すごーい!」
唯一、まだ二歳の末娘ルシアだけは、元気に庭を駆け回る兄の姿を見て無邪気に拍手をしていた。
ハリエット・アシュベルの一家は賑やかだ。
妻が一人に子供が五人。
子供は上から順番に、長男で十歳のハイリー、長女で九歳のアリシア、次男で五歳のカーティスと三男で五歳のシュルツの双子、次女で二歳のルシア。
これら大家族を支えるべく執事や使用人や世話係などが屋敷の中を行き交い、大体いつも騒がしい。
とはいえ、騒がしさの原因のほとんどが次男のカーティスと三男のシュルツの双子によるものである。
上の二人は幼少期から王族としての自覚を持ち、教師の言うことを聞くのに、この二人と来たら全く違った。
なぜ自分とユーフェミナから生まれたのに、これほどヤンチャに育っているのだろうとハリエットは謎だった。
ようやく食卓についた二人は、ひと遊びして空腹だったのかひたすら食事をしている。
食事をしている最中だけは静かだなとハリエットが思っていると、シュルツがさっと自分の皿に乗っていたトマトを隣に座るカーティスの皿に移動させたのをハリエットは見た。
「…………」
カーティスは自分の皿に載せられたトマトを見て、ナイフとフォークで持ち上げると、シュルツの皿に戻したついでにソーセージを奪い取った。
「あっ」
「へへーん」
シュルツが声を上げたのも束の間、カーティスはガブリとソーセージに齧り付く。
じわ、とシュルツの母親譲りの大きな鳶色の瞳が潤み、あっという間に涙がこぼれ落ちた。
「……僕のソーセージ! カーティスにいさまが食べちゃったー! うわあああん!!」
「シュルツが俺の皿にトマトを載せるのが悪いんだろ!」
カーティスは双子の弟に一切容赦を見せず、奪ったソーセージをパクパク食べる。シュルツが大声を出して泣いても知らん顔である。
「うわああああん!」
大音量で泣き続けるシュルツを宥めようと、給仕を務めている使用人が焦って声をかけた。
「シュルツ坊っちゃま、ただ今新しいソーセージをお持ちしますので!」
「いやだあああ、カーティスにいさまが食べたやつがよかったんだよおおおお!」
「ああ、もう、うるさい!!」
食卓をバァンと叩いて立ち上がったのは、長男のハイリーである。額に青筋を浮かべたハイリーは苛立った様子で弟たちを見据えた。
「毎日毎日、お前たちはどうしてそんなにうるさいんだ! もっと王族としての自覚を持ってふるまえ! 父上にも迷惑がかかるだろう!」
「本当よ、ハイリーお兄様のおっしゃる通りだわ」
長女のアリシアも同意しながら立ち上がる。
「お兄様、もう行きましょう。ここにいると落ち着かない」
「そうだな。父上、我々は支度を整えて参ります」
「あぁ」
ハイリーとアリシアは身支度をするべくさっさと食堂を出て行ってしまった。
「うわああああん!」
「シュルツ坊っちゃま、新しいソーセージでございますよ」
「いやだああああ!」
後に残されたのは、未だ泣き続けるシュルツと、パンのおかわりを食べるカーティスと、それから二人を気にせず食事を続ける残りの家族と給仕を務める使用人。
「…………」
ハリエットはなるべく気にしないようにして食事を続けた。
「あらあらあらぁ」
ユーフェミナは困った顔でおっとりと首を傾げながら、息子二人を見つめていた。
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