第43話 リリカの決意

 ウィルジアの心境など知る由もないリリカは今日という日にとても満足していた。

 何せずっと気になっていたウィルジアの職場である王立図書館の見学ができたのだ。しかも、後半はご主人様自らが案内してくださった。なんという幸運だろう。

 ウィルジアが選んでくれた植物図鑑はとても参考になったし、五階から見るステンドグラスは壮麗で神秘的だった。

 この経験を無駄にしてはなるまいと考えたリリカは、庭を変えようと勢い込む。

 まだ屋敷にやってきたばかりの頃、ウィルジアの好みを聞かないでとにかく庭を整備することに注力してしまったが、初めに好みを聞くべきだった。

 庭というのは、貴族にとってのステータスであると同時に趣味嗜好を反映させるべき場所だ。

 主人によって都会風・田舎風・外国風と庭一つとっても好みは様々なのだと、かつてリリカが師事していた庭師は言っていた。

 そんなわけでいつもの使用人服に戻ったリリカは、夕食の席で給仕をしながらウィルジアに問いかける。


「ウィルジア様、都会風のお庭と田舎風のお庭、どちらがお好みでしょうか」

「そうだなぁ……田舎風かな。都会風は王宮を思い出させるから」

「かしこまりました」


 そうか、都会風はお好みではなかったか。

 今の屋敷の庭は都会風だ。きっちりと刈り取られた芝生、丸い石造りの噴水、花壇に整然と植えられた花たち。元々の屋敷の庭を再現しただけであり、ウィルジアの好みとは一切無縁の状態だ。

 リリカは己の至らなさを反省し、図鑑で得た知識を活かしつつ庭を田舎風に作り替えようと決意する。

 通常、庭を大規模に作り替えようと思えば、人も資材も必要になり金が莫大にかかる。

 しかし幸いにもこの規模の庭で、田舎風であればリリカ一人でなんとかなるだろう。

 必要な小石などは森でいい感じのものを拾ってくればいいし、噴水を壊して池を作り小川をひけばいい。花壇も派手なものは必要ないし、どうとでもなる。

 明日からは日中に庭仕事をしようとリリカが内心で決意を固めていると、ウィルジアが不審そうな目つきを向けてきた。


「リリカ、また何かやろうと思っているだろう」

「少々お庭の模様替えをしようかと」

「危ないことは、しないでくれよ」

「はい」


 ところで図書館からずっと、ウィルジアの様子が少々おかしい。

 リリカのことをじっと見つめ、目があったかと思うと赤面して慌てて顔を背けたり、かと思えば背後から視線を感じたりする。

 帰宅後にリリカが馬小屋にアウレウスを繋いだり、湯浴みの準備をしたり、夕食の支度をして給仕をしたりしている時も、ウィルジアの前に姿を現した途端に見られている気配を感じた。こんなことは今までになかった。

「何か御用でしょうか?」と問いかけても「なんでもないよ」と言われてしまうので、リリカは「左様ですか」と言う他ない。

 リリカは、思った。


ーー見張られている、と。


 きっとご主人様は、「職場の案内までしたんだから今まで以上に働いてくれよ」と思っているに違いない。きっとそうだ。それ以外にリリカには見られている理由が思いつかなかった。

 リリカはアウレウスの世話をするために馬小屋に行く。飼い葉桶に干草を満たし、ブラシで毛を梳いてやった。

 気持ちよさそうに目を細めるアウレウスは、リリカにされるがままになっている。

 アウレウスは賢い。リリカの言うことをよく聞き、命令に従う。性格も穏やかだし、かといって森で熊に出会った時も過剰に怯えたりせず、乗り手のリリカの意図に沿って動いてくれる。文句なしの馬である。

 リリカは両手の拳をぎゅっと握りしめ、心に誓った。

「ウィルジア様が期待する以上の働きをお見せして、お心に添わないと! ね、アウレウス!」

 名前をつけてもらったばかりの馬は、リリカの声かけに「ヒヒーン」と一声鳴いて答えた。

 

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