第39話 デート①

 ジェラールが図書館の案内を申し出てくれたので、リリカはとても張り切った。

 流石に上流階級の人々が集う場所を案内してもらうのに、使用人服や平民用のワンピースではまずいだろうと考えたリリカは、自分の服を作ろうと思い立つ。

 別に買ったって構わないのだが、たまには裁縫もしておかないと腕が鈍ってしまう。ウィルジアの服は作っているが、女性用の衣服はしばらく作っていない。なのでリリカは布を買い、服を縫うことにした。

 ここ数日の図書館送迎で、利用者がどのような服装で来ているのかは把握している。

 女性ならば大体がドレス。

 しかしドレスといっても、舞踏会に着ていくような華美なものを着用しているわけではない。日中に着るにふさわしい、普段使いの装飾などが控えめのドレスである。

 リリカは布地が一枚でも様になるよう、アイボリーを基調に小花が散りばめられた柄の布を買い、胸元と腰にリボンをつけたドレスを作り上げ、これを当日に着よう、と心に決めた。


 そして当日、リリカはウィルジアを送り届けて屋敷での仕事を終わらせてから、作ったばかりのドレスに袖を通す。髪型もいつものまとめ髪から、下ろすスタイルへと変えてみた。

 慣れない服装に戸惑いつつ、部屋の鏡の前で一回転してみる。

「深窓のご令嬢には見えないけど、使用人服よりは断然いいはずよね」

 そう自分で自分を励まして、リリカはよしっ、と気合を入れてからお屋敷を出た。

 いつもよりも早い時間に図書館へとやって来た。馬車を停めて降りると、図書館の正面入り口へと行く。

 そこには既に、本日案内を務めてくれるジェラールが立っていた。


「ジェラール様、お待たせいたしました」

「俺も今来たところだから。……今日は使用人用の服じゃないんだね」

「はい、図書館内に入るのにいつもの服では変かと思いまして」

「可愛いね、似合ってるよ。髪型も、下ろしていると雰囲気が変わる」


 ジェラールに褒められ、リリカはにこりとした。平民が上流階級の真似事をするなんて生意気だ、などと思われなくてよかったと内心で胸を撫で下ろす。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 リリカはジェラールの後について、図書館の中へと入る。

 中に入るとまず、天井の高いホールが現れた。五階部分まで吹き抜けになっている広間は装飾性が非常に高く、天井に十枚の巨大なステンドグラスが嵌っており、そこから陽光が透けて図書館内を明るく照らし出していた。

 くすみがかったイエローとターコイズブルーで彩られた天井装飾に、リリカは目を奪われた。足元にはオリーブ色のタイルが敷き詰められており、幾何学模様が施されている。

 広間の手前には建物と同じく石造りのカウンター。

 カウンター背後にはアーチに組まれた廊下と、左右に二階へ上る階段、そして地下へ向かう階段とが存在している。幅の広い階段は大人五人が横並びになって上ってもまだ余裕がありそうなほどだ。

 入り口すぐの受付で許可証をジェラールが見せ、リリカが同行者であることを告げるとすぐに中に通してくれた。

 カウンターを回って奥へと入ったジェラールは、足を止めてリリカのために説明をする。


「一階の奥は閲覧室と書架、二階から四階は書架、地下階段を降りると俺がいつも仕事をしている書庫に行ける。どこへ行きたい?」


 リリカは少し迷った。


「……ウィルジア様は今、地下の書庫にいらっしゃるんでしょうか?」

「ああ、いると思う」


 ならばリリカが邪魔をしない方がいいだろう。好奇心でご主人様が働いている場所に顔を出し、集中を乱してはならない。本当はものすごく行ってみたかったが、ここは我慢である。


「では、ウィルジア様のお邪魔をしてはいけないので、地下以外の場所でお願いします」

「わかった。なら、一階から見てみようか」

「はい」


 ジェラールの後ろを歩いてリリカはアーチをくぐって広い廊下を抜け、図書館内部へと入って行く。

 閲覧室に足を踏み入れた途端、リリカは思わず小さく感嘆の声を漏らした。


「わぁ……!」

「ここがこの図書館最大の部屋、閲覧室だ」


 先ほどのホールが霞んでしまうほど、豪華な部広間が存在していた。

 十角形の閲覧室は十本のどっしりとした柱に支えられ、広間と同じく建物の五階部分までの吹き抜けとなっている。

 中央には真紅のローブを着た司書が大勢働く円形のカウンターがあり、そこに並んで人々が本を借りたり返却をしたりしている。

 カウンターを中心にして、木のテーブルがいくつも並んでおり、緩やかな円を描いてた。座って読書に耽る人物が何人もいて、閲覧室内は人が大勢いるにも関わらず静寂に満ちている。

 天井にはホール同様に巨大な十枚の半円形のステンドグラスが嵌っており、陽光をこれでもかと取り入れている。


「すごい、シャンデリアの照明なしでもこれほど明るくなるなんて……!」

「あのステンドグラスには意味があって、知識、叡智、哲学、歴史、調和なんかをそれぞれ表しているんだ」


 天井を見上げるリリカに、ジェラールが説明をしてくれた。


「ウィルジア様もこちらの閲覧室にはよくいらっしゃるんですか?」

「まあ、そうだな。調べ物をしたい時なんかは使っている。地下の書庫には古くて一般への貸し出しに向かない本しか存在していないから、現代語の本が資料で必要になった時にはここに来ているよ」

「その場合、ウィルジア様もあちらの席を使うんでしょうか」


 リリカは円形に並ぶ閲覧テーブルを見ながら小声で言った。


「いや、あいつは人が多いところは嫌いだから、本を持ってさっさと地下に引っ込んでるよ」


 リリカはウィルジアが本を沢山抱えて地下への階段を降りる姿を想像してみた。


 確かに、この明るくて開放的な閲覧室よりも、もっと一人で落ち着ける場所をウィルジアは好むだろう。


「地下の書庫では、ウィルジア様とジェラール様だけが働いていらっしゃるんでしょうか?」

「もう一人室長のジェイコブという人間がいて、三人で昔の書物を読み漁ってる」


 ウィルジア様と、ジェラール様と、室長のジェイコブ様。

 リリカは三人が黙々と本を読み、羽根ペンを動かす様子を思い描いた。


(……楽しそう!)


 きっとウィルジアは、地下の書庫に居場所を見出していたのだろう。

 リリカが踏み締める幾何学模様のタイル張りの床の下で、今この瞬間も生き生きと書物に向かうウィルジアの姿が想像できる。

 ウィルジアのことを考えて笑みを浮かべるリリカを見ながら、ジェラールが閲覧室内を指し示した。


「閲覧室の奥にはそれぞれ書架がある。行ってみる?」

「はい!」

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