第33話 リリカとウィルジアの爽やかな朝


「ウィルジア様、おはようございます」

「おはよう、リリカ。今朝はあったかいね」

「左様でございますね。暖炉をつける必要がなくなりました」


 リリカとウィルジアの朝は、少しの変化を交えつつも穏やかに迎えている。

 リリカは日当たりの良い一階の部屋で起きると、朝の身支度を済ませて部屋を出て厨房に行き朝食の準備をする。最近は朝も暖かくなったので、暖炉に火を焚べる必要がなくなった。

 しばらくすると自発的に起きて支度を済ませたウィルジアが、厨房に顔を出して朝食作りを手伝い、食事を終えて皿を洗い、それから出かける準備をする。


 その後にひとつ、今までと変わった行動が加わった。

 リリカは屋敷の外に出ると、王宮行きをする時に購入した馬のためにあつらえた馬小屋に行く(馬小屋はリリカが作った)。

 馬を馬車にくくりつけると、屋敷の中からウィルジアが出てきた。玄関の扉の鍵をきっちり閉めると、ウィルジアがリリカのそばまでやってくる。

 庭を眺めたウィルジアが、ふと呟いた。


「こうして改めて見ると、ものすごく庭が綺麗になってるね。そろそろ花が咲く季節かな」

「そうですね、ずいぶん蕾が膨らんでいますので、あと少しで花が咲くと思います」

「リリカは植物の手入れも上手いんだな」

「庭師に師事したことがありますので。でも、まだまだ上手くいかないことも多いです」

「相変わらず向上心に満ちているね」

「それはもう。大切なご主人様のお屋敷を任されている身としては、美しい庭を作らなければと気合を入れております」


 ウィルジアはリリカの答えに少し笑うと「ほどほどにね」と言い馬車に近づいた。ウィルジアが馬車の中に乗り込んだのを確認してから、リリカは御者台に座る。

 御者台から振り返ると、馬車の窓からウィルジアがこちらを見ているので、笑顔で声をかけた。


「それではウィルジア様、参りましょう!」


 手綱をピシリと軽く打つと嗎きと共に馬が歩き出した。

 リリカによるウィルジアの職場送迎の始まりである。



 この送迎については、一悶着があった。


「せっかく馬がいるので、馬車を用意してウィルジア様のお勤めする図書館まで私が送迎いたしましょうか?」


 とある日の夕食の席でリリカはそう提案した。実は少し前から考えていたことだった。

 馬に乗れるリリカは当然、御者もこなせるので、毎日馬車を手配するくらいならばリリカがやってしまった方が手っ取り早いと思ったのだ。

 それにウィルジアは人嫌いなので、いちいち知らない人間の操る馬車に乗るよりもリリカの送迎の方が心が安らぐかもしれない。

 ウィルジアは若干呆れた顔をしていた。


「君はまた、どうしてそうやって自分の仕事を増やそうとするんだ」

「いえ……お屋敷も綺麗ですし、王妃様もいらっしゃらなくなりましたし、風邪も治ったので時間が余っておりまして」

「ゆっくりしてればいいじゃないか」

「ゆっくりしていて尚、時間が余っていると申しますか……」

「…………」

「馬の散歩にもなりますし是非。そりゃ森の奥に馬を駆けさせ、冬眠から目覚めた野生の巨熊を倒して捌いて自分の食事に使ったり毛皮を売るのも楽しいのですけど、やはりウィルジア様のお金で買った以上はウィルジア様のために役立てたいんです」

「僕がいない間にそんなことしてたんだ!? 全然ゆっくりしてないじゃん! 危ないからやめようよ!」

「では、送迎をお許しいただけますでしょうか」

「許す許す! だから森の奥で野生の熊を倒すのはやめてくれ! そっちは許さないぞ!」

「はい! かしこまりました!」


 そんなわけでリリカはウィルジアの送迎をする許可を得たのだった。


 

 実はリリカはこの送迎を密かに心待ちにしていた。

 敬愛するご主人様の職場とは一体、どのようなところなのか。一度見てみたいと思っていたのだ。内部に入るには許可証が必要なので中までご一緒することはできなくても、外観だけでもお目にかかりたい。入口でお見送りできるならば光栄だった。


 ウィルジアが日々通う王立図書館は王都の中でも貴族街に近い場所にある。

 平民の識字率が低く、利用者のほとんどが貴族もしくは裕福な商家の人なのだから当然だ。

 御者台に乗り馬車を操る使用人服のリリカの姿は割と異様なのだが、その前に全速力で馬を走らせ屋敷と王宮を往復していた頃に比べれば、奇異の目は少ない。

 なんなら「やあ、メイドの娘さん」「今日は御者なんだね」と朗らかな声をかけられたりする。リリカはお辞儀をして声に応えた。


 ウィルジアは感覚が完全に麻痺しているので、「まぁ、リリカなら御者もできるだろうな」くらいにしか思っていなかった。少なくとも野生の熊と戦うよりよほど安全なので、毎日送迎をしてもらおうと心に誓っている。

 主人の心の内を知らないリリカは、馬の手綱を握りつつ近づく王立図書館を見上げていた。

 図書館は、もはや城に近い外観をしていた。

 白い石造りの図書館は地上五階建てで中心が一際大きく、コの字型をしており、何本もの装飾性の高い柱に支えられている。正面の広場では馬車を降りて図書館内に入っていく貴族たちの姿がちらほらと見られる。

 ウィルジアも馬車から降り、リリカを振り向いた。


「じゃ、行ってくるよ」

「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ。こちら昼食です」


 リリカが御者台に固定しておいたバスケットを手に取り手渡した。


「ありがとう」

「また夕方にお迎えに参ります」

「うん。よろしく」


 御者台から主人を見送る。ウィルジアは黒いローブをはためかせ、正面の出入り口に吸い込まれていく。

 主人の姿が見えなくなったのを見届けると、屋敷に帰るべく再び手綱を取った。

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