第29話 再会のリリカとおばあちゃん

 おばあちゃん同様家の中も変わっておらず、懐かしい匂いがした。

 おばあちゃんの焼いた白いふかふかパンを食べながら、リリカはこの三ヶ月間であった事を話す。


「ご主人のウィルジア様がとっても優しい人でね、私、この方におつかえできてよかったなぁって思うの」

「そうかい、それはよかったね」


 おばあちゃんはニコニコしながらリリカの話に相槌をうってくれる。

 のんびりゆったりした時間だった。


「自分のお仕えするご主人様を敬うのは、使用人として当然の心得だからね、リリカがわしの言ったことをきちんと覚えていて、実行していてホッとしたよ」

「うん。おばあちゃんのおかげ」


 リリカはニコニコする。

 ふと、リリカは、こう口にしてみた。


「あのね、ヘレンおばあちゃん」

「なんだい」

「王妃様も元気そうだったよ」


 リリカの言葉におばあちゃんは、やはりニコニコしながら言った。


「そうかい、それはよかった」


 おばあちゃんはそれだけ言うと、王妃様に関して深くは追及して来なかった。




 その日はおばあちゃんの家のことを手伝った。

 井戸から水を汲んでお湯を沸かしたり、一緒に市場に行ったり、庭の草をむしったり。


「あーっ、リリカじゃん」


 草むしりをしているリリカを見つけた近所の子供が指差して叫んだ。その一言を皮切りに、子供たちがわらわら近づいてきた。


「ほんとうだ、リリカだ」

「リリカ、どうしたの?」

「仕事くびになったの?」


 五、六歳くらいの子供十人に囲まれたリリカは、


「違うよ、お休みをもらったから帰ってきたの。明後日にはまた戻るわ」

「えー、帰っちゃうのぉ」

「やだなぁ」

「ずっといてよぉ」


 子供たちはブーブー文句を言い出した。リリカは笑ってたしなめる。


「ずっとはいられないけど、今日と明日はいっぱい遊ぼうね!」

「やったぁ!」

「わーい!」


 ばんざいする子供たちと一緒にリリカは遊んだ。

 ボール遊びや追いかけっこをし、虫取りをし、人形遊びをした。リリカが乗ってきた馬に興味を示す子もたくさんいた。馬はおばあちゃんの家の近くに繋がれていた。皆で草や野菜屑を馬に与え、ブラシで毛並みを整えたりした。

 どんどん子供の数が増えていき、子供の親もやってきて、「あらぁリリカじゃないの」「久しぶりね」「元気にやってるかい?」などと声をかけられた。

 夕方になると子供たちは自分の家へと帰っていく。

 リリカは見送り、自分達の夕食を作る。

 夕食の席でリリカはこんな話をした。


「ねえおばあちゃん、私、ウィルジア様に読み書きを教わったの」

「ほう、なら、後で書いてみておくれ」

「うん」


 食事の後に持参していた紙とインク壺と羽ペンを出す。

 蝋燭の灯りの下で、文字を書いた。

 ご主人様の名前『ウィルジア・ルクレール』、おばあちゃんの名前『ヘレン』、自分の名前 『リリカ』。

 おばあちゃんは関心した様子で見つめ、リリカの名前を指差した。


「リリカ、お前、自分の名字を知っているかい」


 首を横に振ると、おばあちゃんは言葉を続ける。


「お前の名字は『アシュバートン』だよ」

「へぇ、知らなかった」

「わしがこの家に越してきた時、お前の両親が挨拶に来て名乗ってくれて。珍しい名字だったからねぇ、覚えていたんだよ」


 名字を持つ平民というのは少ない。

 大体が名前だけか、もしくは村の名前や地区名を名字として名乗る。なので例えば「ピット村のオリバー」ならばオリバー・ピットとなり、その村に住む住民の名字は全て「ピット」となるのだ。


「どこかの村の名前なのかなぁ」

「さてねぇ」


 リリカの両親はもういないので、名字の由来に関しては知る由もない。

 しかしリリカは語感が気に入り、「リリカ」の後ろに「・」を付けてから当て字で「アシュバートン」と書いてみた。

 リリカ・アシュバートン。


「ウィルジア様なら知っているかな」


 ウィルジアならば、この国の村の名前が書いてある地図なども見たことがあるかもしれない。いつか機会があれば聞いてみようと思い、リリカは名前を書いた紙をそっと鞄にしまった。


 おばあちゃんの家には部屋が三つある。

 キッチンつきのリビング。

 おばあちゃんの部屋。

 そしてリリカが使っていた、元物置部屋。

 リリカが住むようになってからおばあちゃんがリリカの部屋として空けてくれた場所だ。

 久々に自室に行ってみると、ピカピカで埃一つなかった。隅のベッドのシーツは洗濯してあるようでお日様の匂いがする。


「おばあちゃん、掃除してくれていたの?」


 おばあちゃんはニコニコして頷いてくれた。

 いつ帰ってくるかわからないのに。いつ帰ってきてもいいようにしてくれていたんだと思うと、嬉しい。


「おやすみリリカ」

「おやすみおばあちゃん」


 リリカは久々に自分のベッドに潜り込む。

 おばあちゃんは使用人としての仕事を教えてくれる時はいつも厳しかった。

 けれど、それ以外の時はとても優しかった。

 リリカはそんなおばあちゃんが大好きで、だからこそ両親がいなくなってからも前向きに明るく生きてこれたと感じている。

 ぽかぽかとあたたかく心地よい気持ちで目を閉じると、スゥと眠りにつけた。



 あっという間に二日が過ぎ、リリカがウィルジアの屋敷に戻る日となった朝。


「じゃあ、おばあちゃん。行ってくるね」

「ああ、しっかりおやり」


 朝を告げる鳥が鳴いている。

 リリカは手を振り、おばあちゃんもそれに応えてくれた。

 リリカは馬に跨ると、ウィルジアの屋敷に戻るべく、王都から馬を走らせる。

 今日からまた、ウィルジアとの生活が待っている。

 二日間会わなかっただけでなんだか寂しい気持ちになった。だからまた、ウィルジア様との生活が始まるんだなぁと思うと、リリカはとても嬉しかった。

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