第28話 ウィルジアの提案
リリカの体調がすっかり元に戻り、リリカの教えの元でウィルジアが一人でベーコンエッグを焼いて皿を洗えるようになった頃のことである。
ウィルジアが、こんなことを言った。
「リリカ、僕、今日と明日はちょっと一日図書館にいて明後日の夕方まで帰ってこないから」
「左様ですか、かしこまりました」
「だからリリカも一度自分の家に帰っていいよ」
「かしこまり……えっ」
了承の旨を告げようとした口が疑問を発する。目の前のウィルジアは、自ら焼いたベーコンエッグを頬張りながら言葉を続ける。
「考えてみたらこの屋敷に来てから三ヶ月、君に休みらしい休みをあげてなかった。そりゃあ倒れもするよ。というわけで、自宅でゆっくりしておいで」
「あ、あの……」
唐突な休暇宣言にリリカが戸惑う。
ウィルジアははっと何かに気が付いたかのように顔を上げ、向かいで水差しを持って固まるリリカを見た。
「もしかして、家に帰りたくない? 実家だといじめられていて、居場所がなくて、それで仕方なく評判の悪い僕の屋敷で働くことにしたとか、そういう感じだったのだろうか」
「いえ、そんなことはございません」
リリカは首を横に振る。
「なら、いいんだけど。僕はリリカのことを何も知らないから。余計な気遣いだったら申し訳ない」
「いえ、そんなことありません。嬉しいです」
ウィルジアはベーコンエッグの載った皿とリリカの顔とに忙しなく視線を行き来させ、迷いながら口を開く。
「この間、熱でうなされていた時……ご両親とおばあさんをしきりに呼んでいたから……」
聞かれていた。リリカの頬が羞恥心で赤くなった。
ウィルジアは熱の出たリリカの隣でずっと看病してくれていたので当然と言えば当然なのだが、あれを聞かれていたというのは恥ずかしい。
ウィルジアはあのうなされていた時の理由を知りたさそうに、リリカにチラチラ視線を送っている。
「あの、私の両親は、五歳の時に死んでしまっていて、それからずっと近所に住んでいたおばあちゃんに育てられたんです。おばあちゃんは昔お城で使用人をしていたらしく、私に仕事を教えてくれました」
「リリカのお師匠様というのは、そのおばあさんのことだったんだね」
「はい」
「おばあさんはまだ元気にしている?」
「はい。私がお屋敷に来る時には元気に見送ってくれました」
「そうか。なら、会っておいで」
「いいんですか?」
「いいに決まってるだろう。どうせ僕は明後日の夕方まで屋敷に帰ってこないわけだし、会いに行ってあげてくれ」
ウィルジアは優しく微笑む。リリカはじいんと感動した。
ウィルジアはこの間リリカが風邪で倒れてから、少し変わった。
家事を覚えようとしたり、こうして休みをくれたりと、明らかにリリカのことを気遣ってくれている。
元からいいご主人であったが、最近はさらに拍車がかかっている。
こんなにいい人の元で働けていいの? 私、幸せすぎじゃない? とリリカは己の置かれている境遇に感謝した。
良いご主人様だなぁ、もっと頑張ってお仕えしないとなぁ、という思いを胸に、リリカは言った。
「ありがとうございます、ウィルジア様」
リリカは迅速に支度をした。
ウィルジアの二日分の服や下着や歯ブラシを詰め込んだ鞄を用意し、馬車に積み込む。お弁当はバスケットを洗えないのでやめておいた。
馬車に乗り込むウィルジアを見上げて声をかける。
「いいですか、ウィルジア様。きちんとお食事を取ってくださいね」
「わかった。君もゆっくりしてくるんだよ」
「はい」
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
去りゆく馬車を見送り、リリカは屋敷の中へと戻った。
自分の朝食を済ませ、掃除洗濯庭掃除など諸々を終わらせ、荷物を持つ。
屋敷の戸締りをきっちりと終わらせてから、王宮との往復をする時に購入した馬にまたがり、王都に向かって駆けて行く。
リリカのおばあちゃんが住んでいる家は、王都の下町に存在していた。
石造りで赤い屋根の小さなお家だ。ぱかっぱかっと馬を走らせ近づくと、たった三ヶ月しか経っていないのに懐かしい気持ちが胸に込み上げてくる。
煙突から煙が出ているのを見て、安心する。
よかった、元気で暮らしているみたい。
馬を降り、家に近づく。扉をノックしてからそーっと開けてみた。
「お、おばあちゃん……おはよう」
部屋の中には、隅のキッチンで食事の用意をしているおばあちゃんの姿があった。
三ヶ月前と変わらず白髪を後ろでまとめ、背筋を伸ばしてしゃんと立っている。少し驚いた顔で扉から顔を覗かせて佇むリリカを見た。
「あらまぁ、リリカじゃないか。どうしたんだい。クビになったかい」
「ううん。お休みをもらったの」
「そうかい」
おばあちゃんはにこりとしてくれた。
「ちょうどお昼にしようと思っていたんだよ。リリカもお食べ」
「うん、ありがとう」
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