第27話 少しずつ変化する日々

 目が覚めた。体が軽い。昨日までの不調が嘘のように、全身が自由に動く。

 リリカはベッドから跳ね起きて伸びをした。


「うーん、爽快! 健康って素晴らしいわ!!」


 結局リリカの体調が戻るまでに二日を要してしまった。

 昨日と一昨日はウィルジア様に非常に迷惑をかけてしまったから、今日からまた頑張らなければ。

 まずはずっと寝ていたために寝汗ビッショリの体を清めるべく、リリカ以外誰も使わない使用人用の浴室で湯浴みをした。

 それから使用人服に袖を通し、エプロンを締め、髪を整え化粧をする。

 まだまだ時間はたっぷりあった。

 今日の日中に市場に行くとして、とりあえず今ある食材で朝食を用意しなければ。

 何が作れるかしらと考えながら厨房に行ったリリカは、扉を開けた先でウィルジアが包丁片手に自分の指を切ろうとしている場面に出くわし、脊髄反射でウィルジアの右手から包丁をもぎりとった。


「ウィルジア様っ、何をしていらっしゃるんですか!」

「何って、朝食を作ろうかと。もう体調はいいのかい?」

「はい、おかげさまで。大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 リリカはウィルジアから包丁を遠ざけると、きっちり九十度腰を折って謝罪をする。


「使用人たるもの体調管理も仕事の内だというのに、本当にすみません」

「いや、僕もリリカに色々と任せすぎていた。あれは過労だよ。荒れ果てた屋敷をきれいにするばかりか、面倒な母の相手までさせてしまって本当にすまない」

「ウィルジア様が謝ることなんて何もありません」


 リリカは首を横に振りつつキッパリという。全てはリリカが悪いのである。自分の体調くらい自分で把握しておけという話だ。倒れる前に休むべきだった。主人に世話を焼かせる使用人など前代未聞だ。何のために存在しているのかわからなくなる。


「というわけですので、ウィルジア様。今日から通常業務に戻ります。朝食の用意は私がしますので、どうぞまだゆっくりしていてください」


 しかしウィルジアはその場に立ったまま、じっとリリカを見つめていた。


「リリカ、僕は思ったんだ」

「何でしょうか」

「今回みたいなことがまた起こった時のためにも、僕も少しは家のことができるようになっておいた方がいいだろう。だからちょっと手伝わせてくれないかい」

「えっ、何をおっしゃるんですか」


 ウィルジアは王家の血を引いている公爵である。公爵様ともあろう方が、使用人の仕事を手伝うなど、聞いたことがない。思いもよらない提案にリリカは慌てた。


「もう二度と風邪など引かないと誓いますので! だから大丈夫です!」

「人間、風邪くらい引くものだよ」

「では人間やめますから!」

「一体何を言ってるんだ。まあ、君ほど完璧にはできないけど、せめて簡単な料理と皿洗いくらいはこなせるようになりたいなと」

「あの、本当にそれはちょっと……で、では、私のお給金を半分にしてくださって構わないので、もう一人使用人を雇うというのはいかがでしょうか」


 いくら何でも王家の血を引く尊い人に、料理や皿洗いを教えるというのはあり得ない。しかしウィルジアは眉根を寄せていやそうな顔をした。


「僕は今の生活が気に入っているから、もう一人増やすくらいなら、僕がやるよ」

「…………」


 迂闊だった。ウィルジアは人間嫌いで、必要最低限の人員以外側に置きたくないのだ。もう一人増やすなんてもってのほかだろう。


「というわけで手伝わせてくれ。何をすればいい?」

 ウィルジアはテコでも動かない様子だった。

 リリカはうーうー唸り、どうしようかと考え、そして結局折れた。


「……では、レタスちぎってください……」

「わかった。レタスってこれ?」

「それはキャベツです」


 ウィルジアはレタスとキャベツを見比べて、「似てるなぁ」と呟き、小さくちぎり出した。

 隣で一緒に朝食を作るウィルジアは、楽しそうだった。

 

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