第25話 リリカの風邪②
熱があったせいで嫌な夢を見た。
両親がいなくなってしまった日のこと。
お墓の前で一人泣くリリカ。
お父さんお母さんと呼んでも、お墓の中の両親からは返事がない。
それでもリリカは名前を呼び続け、泣き続けるのだ。
記憶の通りならばそろそろおばあちゃんがやってきて、リリカを慰めてくれる。
泣くんじゃないよと言ってくれる。
しかし夢の中のリリカがどんなに泣いても、おばあちゃんは来てくれなかった。
「おばあちゃん……」
リリカはポツリとおばあちゃんを呼んだ。
「おばあちゃん……」
みじろぎして寝返りを打つ。だらりとベッドから垂れた左手がひんやりした空気に触れた。と、
「リリカ」
誰かがリリカの名前を呼んでくれた。
「泣かないで。僕がここにいるから」
左手に誰かの手が重ねられた。あったかい。
頬を伝う涙も拭ってくれた。なんて優しい手つきなんだろう。とても安心できる。
再び眠りについたリリカは、もう夢も見ずにぐっすりと寝ることが出来た。
どのくらい寝ていたのか。うっすらと目を開けると、天井がぐるぐるしなくなっていた。
「う……」
「あ、起きたかい?」
声がした方を向くと、そこにはベッド脇で椅子に座って足を組み、その上に本を載せて左手でページを捲りながら器用に読書をするウィルジアの姿があった。
「あれ、ウィルジア様」
「うん」
「どうして……お仕事は……」
「今日は行くのはやめにした」
「えっ、いいんですか」
「いいんだよ。具合の悪そうなリリカを放っていけないから」
なんということだろう。
具合が悪くて屋敷の仕事ができなかったばかりか、ご主人様の予定までもを変えてしまうなんて。完全に使用人失格だ。自分で自分が嫌になる。
リリカはさっと顔色を変え、謝罪しようとベッドから起き上がろうとした。
したところで、自分の左手がウィルジアの右手と繋がっていることに気がついた。
「……っえぇええ!? な、なんで手を!?」
「あっ、これは違うんだ! ごめん、君があまりに悲しそうにしていたから、安心させようとして。断じて下心はないよ!」
「いえ、あの、そう言う意味ではなく! あのっ、あのうっ」
ばっと手を離したウィルジアに、リリカはふと思いあたった。
「あ、もしかして、嫌な夢を見ていた時に声をかけてくれたのは、ウィルジア様ですか?」
「あ、うん」
「もしかして、ずっとおそばにいてくださったんですか?」
「うん。容体が急に変わったら困るから、とりあえずそばで見ていようかと……」
すると夢で「泣かないで」と言って手を握ってくれたのはウィルジアだったのか。あれからずっと、リリカの手を握ってそばにいてくれたのか。
リリカの胸に、感謝と感動と、あとは何かよくわからないあたたかな感情が流れ込んでくる。
「ウィルジア様」
「なんだろう」
「ありがとうございます」
「……うん」
ウィルジアはほっとしたような顔で、何度も「うん」と言ってくれた。
リリカが朝食に用意しておいたスープとパンをリリカの部屋で食べる。
ウィルジアはスープの温め方を知らないので、ベッドから出て厨房に行ったリリカが用意したものである。
「ごめん、僕が何もできないばかりに、リリカを寝かせておくこともできない」
「いいんです。使用人の仕事ですので当然です。それより、ご迷惑をおかけしてすみません。ウィルジア様、お食事、してなかったんですよね……」
つきっきりで看病してくれていたらしいウィルジアは、自分の食事を取っていなかった。そもそも用意の仕方がわからないので、当然だろう。
自分の業務をこなせないどころか主人に看病させてしまった罪悪感がリリカの胸を苛む。使用人失格だ。クビになってもおかしくない。
しゅんとするリリカに、ウィルジアがスープを食べながらなんでもないように言った。
「一食くらい抜いたってなんてことないよ。そもそも図書館にいるとき、昼はいつも食べてないし」
「……え」
「夢中になると食べることを忘れるから、泊まり込みの時は一日一食食べるか食べないかの生活をしていたし」
「え……」
「だから気にしないでくれ」
複雑な気持ちだった。スープから目を上げたリリカは、ウィルジアを見て、決意を口にした。
「ウィルジア様……私、今度からお昼にお弁当をお作りします」
「えぇ」
「ちゃんと三食召し上がりましょう。お作りします」
そもそも気がつくべきだった。てっきり食堂ででも昼食を取っていると思い込んでいたのだが、違うらしい。ウィルジアのフォローはとてもありがたいが、別の心配が生まれてしまった。
ウィルジアはなんだか嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。でもとりあえず今は、体調を戻すことに集中すること。後のことはそれからだ」
「はぁい」
スープを食べたリリカは洗い物をしようとウィルジアから食器を受け取ろうとしたが、素早い動きで逆にリリカの持っていた器を取り上げてしまった。
「僕が洗うから、リリカは寝ていること」
リリカが何か言う前に立ち上がり、扉の方に歩いていく。ドアノブに手をかけ、出ていく前に振り向いた。緑色の瞳と目があった。
「……また戻ってくるから」
「はい」
リリカは頷いて、ぽふんと枕に頭を預ける。
目を閉じておとなしくしていると、またもや眠気に襲われた。
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