第22話 リリカの往復生活

 リリカのお屋敷と王宮を往復する生活が始まった。

 朝、ウィルジアを仕事へと見送ったリリカは、迅速かつ丁寧に屋敷での仕事を終わらせて、ウィルジアの許しを得て購入した馬に乗って王宮へと向かう。

 当然、リリカは馬に乗れる。

 おばあちゃんが「使用人たるもの、ご主人様の鷹狩りに付き合うのも仕事の一環。馬にくらい乗れなくてどうする」と言って乗馬を教えてくれたのだ。

 リリカの乗馬技術はなかなかのもので、疾走する馬上で膝を使って馬の腹を挟み込み器用に立ち上がり、矢をつがえて弓を引き絞り、五十メートル先の上空を飛ぶ鳥を射落とす腕前を持っていた。

 これは鷹狩りにおいて主人が成果を上げられなかった時こっそりと弱った獲物を用意しておくための技術であり、また森で暗殺者が現れた場合に秘密裏に処理するために必要な技でもあった。

 そんなわけでリリカは紺色の裾長の使用人服をはためかせながら、王都の外れのウィルジアの屋敷から王宮までパカラッパカラッと馬を駆る。

 朝夕にリリカを見た人々は驚き、子供は指差して「あのメイドのお姉ちゃん、すごーい!」と言ってはしゃいだ。リリカは馬上から笑顔で手を振って応じた。


 リリカはエレーヌの世話をしながら、十人のエレーヌ専属侍女をまとめ上げた。

 彼女たちが失敗する原因はいくつかある。


 第一に、エレーヌの細かい要求の全てを暗記しようとしていること。

 ラズベリーとブルーベリーだったり、淹れる紅茶の順番だったり、好きな花が同じ種類で色違いだったりと、エレーヌの要望は確かに間違えやすいものが多い。


 第二に、エレーヌを恐れるあまりに緊張してガチガチになり、動きがこわばってしまっていること。

「失敗しないように、失敗しないように」と考えるあまりに体が震え、花瓶を落としたり紅茶をこぼしたりするのだ。


 そして第三に、叱られすぎて自信をなくし自己肯定感が異様に低くなっていること。

「どうせ何しても怒られる」「私たちなんてダメダメだわ」という気持ちによって職務に対して前向きになれないでいるのだ。

 リリカは問題を解決すべく、とある提案をした。


「覚えられないならば、メモに書いて持って歩きましょう。皆様、文字は読めますか?」


 これに対して十人の侍女全員が頷いた。


「素晴らしい、さすがは貴族家の子女の皆さま。では、早速エレーヌ様の趣味嗜好を書き記して参りましょう」


 リリカはティータイム前に全員を集めて、事細かにエレーヌの好みをそらんじた。もちろんティータイムだけではなく、ドレスや宝石の趣向や食材や料理に至るまで、リリカの知りうる全ての知識を共有した。

 一人一人が間違いなくメモできているかを確認したリリカはパチパチと拍手した。


「すごい、さすがはエレーヌ様付きの侍女になった皆様! 間違えなく記入できていますね、素晴らしい!!」

「でも、いちいちこれを見ながら準備していたら、時間がかかってお叱りを受けるのでは」

「間違えるより全然良いですよ。エレーヌ様には私から大目に見ていただくようお伝えいたします」


 全員、メモを使用人服のエプロンについているポケットに忍ばせる。

 エレーヌにはリリカからその旨を伝えてあった。エレーヌは少々顔を顰めたが、


「リリカが言うんじゃ仕方ないわね。まあ、失敗ばかりされるより良いかしら」

 と了承してくれた。


 いよいよエレーヌ専属侍女チームの業務開始である。


 リリカは業務開始前に、全員を見渡して言った。


「良いですか、あまりエレーヌ様を恐れて、顔色を伺わないようにしてください。使用人たるもの、ご主人様の要求に迅速に対応すべく一挙手一投足に目を光らせるのは当然ですが、だからと言ってビクビクする必要はありません。毅然とした態度で、粛々と業務をこなしましょう!」


「「「「はい!」」」」


 仕事は三人もしくは四人一組のローテーションで行うことにした。

 あまりたくさんいると仕事が被ってミスにつながってしまうし、何よりそんなにたくさんの使用人に囲まれていてはエレーヌが落ち着かない。三、四人くらいがちょうど良いだろう。

 リリカがサポートに回って、三人がメインでエレーヌのお世話をする。

 リリカは、ことあるごとに彼女たちをほめた。

「茶葉を取ってくれてありがとう」「この紅茶、完璧な温度ね!」「さっきエレーヌ様、ニコッとしてくれましたよ!」「今新しいお茶菓子を取りに行こうとしていたの、持ってきてくれて助かったわ」などなど。

 打ちのめされて自己肯定感低めの侍女たちの気分を上げるべく、どんな些細なことでも良いところがあれば必ず褒めた。めっちゃ褒めた。

 人間、褒められると気分が上がる。

 初めはたどたどしかった彼女たちも、「そうかしら?」「リリカがいうなら、そうかも」など段々その気になってきて、目に生気が戻り、働く気力を取り戻した。


 そうして過剰にエレーヌを恐れることなく働けるようになった彼女たちは、「自分たちは誉れ高い王妃様専属の侍女である」というプライドを持つようになり、びっくりするくらいにミスが減った。

 そしてひと月が経つ頃にはもはやリリカのサポートなしに全てがそつなくこなせるようになり、エレーヌをして何も指摘することがなくなった。

 三杯目の砂糖入りミルクティーを飲みながら、侍女の一人がセレクトした恋愛小説を片手に、お気に入りの花を見つめながら、エレーヌは嬉しそうに言った。

「あなた達ったら、やればできるじゃないのぉ!」

 侍女達は「恐れ入ります」と頭を下げ、こっそり目配せしあい、にこりと微笑む。

 エレーヌ様専属侍女チーム、大勝利の瞬間だった。


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