第21話 お城の使用人

 お城にやって来たリリカを、エレーヌはものすごく歓迎してくれた。


「あらぁ、リリカ! やっとわたくしに仕える気になってくれたのね!」

 と言って嬉々とする様子のエレーヌに、

「ウィルジア様のお許しを得て、日中限定でご様子を見に参りました」

 と告げれば、唇を尖らせて少し不服そうな様子を見せる。それから部屋に並んだ使用人たちに視線を送って一言。


「今日のティータイムはリリカに全てをやってもらうから、お前たちは何もしなくてよろしい」


 エレーヌの部屋にはずらりと十人の専属侍女が控えており、誰も彼もがエレーヌをまるで歩く爆弾であるかのように恐れ、怯えた目つきで見つめている。

 リリカは彼女たちを気にしつつも、エレーヌに対して屋敷と変わらない給仕を始めた。

 エレーヌは嬉々としてウィルジアの屋敷から持って帰った本を開くと、ゆったりくつろぎ出した。ティータイムの始まりだ。

 通常このティータイムは、使用人たちにとってかなり緊張した時間帯となる。

 何せエレーヌ王妃の不興を被らないことの方が珍しいからだ。

 心が折れた使用人が次々に辞めていくので、王妃付きの使用人は常に新人が配属され、おかげさまで王妃の好みを的確に把握している者がいない。

 ところが突如やってきたリリカという使用人は大変素晴らしい働きをした。

 城の者が何も説明しなくても、エレーヌが大好きな茶葉を用いて苦味もえぐみもまるでない完璧な紅茶を淹れると、それをエレーヌへとサーブする。

 添えられた茶菓子はエレーヌ好物のパイやスコーンやサンドイッチ。料理人がうっかりラズベリーパイを用意してしまったのを発見し、エレーヌの元に持っていく前に「王妃様がお好きなのはブルーベリーパイです」と言い、間一髪差し替えられた。

 壁際に控えたリリカは俯いて気配を消し去り、エレーヌの読書の邪魔にならないようにしていた。かと思えば、絶妙なタイミングで二杯目三杯目と茶葉を変えた紅茶をエレーヌに差し出す。

 完璧だった。

 あまりの完璧さ具合に、城の使用人たちは驚き目を見張った。


 エレーヌが読書に没頭し始めた頃合いを見計らい、使用人一同は隣の控室にリリカを引きずっていき、扉を閉めてリリカを取り囲んだ。その目は感動に満ち満ちている。 


「あなたこそがエレーヌ様の専属侍女に相応しいわ!」

「ティータイム中、一度も叱られないなんて、奇跡のよう!」

「あぁ、このままずっとエレーヌ様にお仕えしてくださらないかしら!?」


 エレーヌ専属の侍女たちは、皆この役職を辞めたがっていた。

 せっかく王宮の侍女という高待遇の仕事にありつけたというのに、エレーヌの高すぎる要求ラインを越えられずに皆辟易としていたのだ。

 王宮の侍女、というポジションはキープしたまま、他の人の侍女になりたいわと全員が考えていた。

 王族付きの侍女というのは、貴族の子女が多い。

子爵家や男爵家の末娘でもはや娘を貴族学院に行かせるお金がない者だったり、かつての名家で今や没落寸前の家の娘だったり、あるいは単なる花嫁修行の一環で送られて来たりと様々だが、兎にも角にも貴族の令嬢がほとんどだ。

 そうなると彼女たちは、侍女として働きながら自身の結婚相手を探していたりする。

 例えばそれが、外交官である第一王子だったら。軍部に在籍する第二王子だったら。政策に長けている第三王子も捨てがたい。

 王子たちはとっくに結婚しているが、一緒にいれば相応の方達のおもてなしをしたり御世話をする機会が訪れる。そうすれば独身の青年貴族の一人や二人と知り合える機会だってきっとあるはず。

 普段ならば絶対にお近づきになれない雲の上のお方の専属侍女になって、彼らと仲の良い方々のハートを射止められないかしらと夢見ながらお城に上がった者たちだ。


 しかし現実に待っていたのは、ティータイム一つとっても注文が多い王妃エレーヌ様の侍女。これでは出会いなどとてもではないが期待できない。

 やる気が半減しているところに、王妃様からお叱りを受ける日々。

 一人の侍女が、涙ながらに訴えた。


「お願いよ、私もうこの職場に耐えられないの」

「毎日毎日、お叱りを受けて……褒められたことなんで一度もないのよ」

「あなたさえいてくれれば、万事が解決だわ」


 リリカを囲む輪が縮まる。絶対にリリカを逃すまいとする意志が、十人の侍女たちからは感じられた。

 リリカはエレーヌの様子を気にしつつも、彼女たちに向かって言った。


「皆様は、何か勘違いをしていらっしゃいます」


「え?」と全員が首を傾げた。リリカは背筋を伸ばして凛とした面持ちで、居並ぶ面々を見渡した。


「使用人というのは、誇りを持ってご主人様にお仕えするのが仕事です。私利私欲を捨て、滅私奉公の心を持って日々全身全霊でご主人様のために働く、それこそが私たちの務めではないでしょうか」

「…………」


 全員が押し黙った。


「エレーヌ様がお叱りになるのは、皆様に期待している証拠。『これくらい、できて当然』という要求に応え、さらにそれを上回ってこその使用人。大丈夫です、お城仕えが許された皆様ならば、絶対にできます。見事にエレーヌ様のご期待に応えてみせ、そしてエレーヌ様からお褒めの言葉を頂きましょう」


 侍女たちからは、戸惑いの雰囲気が感じ取れた。目配せしあい、何か言おうと試み、しかし何も言えずに口を閉ざす。

 皆、心のどこかではわかっているのだろう。

 エレーヌ様がお怒りになるのは、自分達が不甲斐ないせいだと。そのせいで余計な心労をおかけしてしまっていると。

 リリカは瑠璃色の瞳で一人一人の目をしっかり見つめる。


「微力ながら私も協力しますので、皆で頑張りましょう!」


 やがて、一人の侍女がためらいながらも小さく首を縦に振った。それを皮切りに、次々に頷き合う。


「よし、では、『エレーヌ様専属侍女チーム』結成です!」


 リリカは拳を突き上げ、「おー!」と言った。皆が釣られて拳を天井にむけ、「お、おー」「おー」と言った。


「もっと大きな声で! さん、はい!」

「「「おー!」」」


 リリカの鼓舞で十人の声が見事にハモる。

 ここに、リリカを筆頭とするエレーヌ様専属侍女チームが結成された。


 なおこの日のエレーヌはティータイムの後非常に機嫌がよく、たくさんの人が集まる夜会をいつになくそつなくこなしたという。

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