第20話 親子とリリカ
「今日も遊びに来たわぁ」
「いらっしゃいませ、エレーヌ様」
エレーヌは翌日も翌々日もそのまた翌日も、ウィルジアの屋敷を連日訪れるようになった。
大体二時間くらいサロンに滞在する。
本を片手に優雅なティータイムを過ごした後、「城の使用人もリリカみたいだったらいいのに」と悲しそうな顔をして帰って行く。
ウィルジアには会わない。
エレーヌは屋敷にリリカに給仕をしてもらいに来ているのであって、別にウィルジアに会いに来ているわけではない。目当てはリリカだ。
そんなわけでウィルジアにばったり玄関ホールで出くわすこともあれば、顔も見ないで「ウィルによろしくね」と行って帰って行く日もあった。
エレーヌは読み終えた本をパタリと閉じ、満足そうな表情で紅茶を啜る。
適温をキープしている砂糖入りミルクティーは甘過ぎず苦過ぎず絶妙な味わいであり、実にエレーヌ好みするものだった。
「あぁ……美味しい、幸せだわぁ」
ほうを息をつくと、窓の外を見た。そろそろ夕暮れ時、城に戻らねばならない時間帯だ。そうして今度は物憂げにふぅと息を吐き出した。
「お城に戻って、晩餐会に備えなくちゃ。今日はサザーランド侯爵夫妻がお見えになるの」
それからリリカの方を向いて、エレーヌは年を感じさせない美しい顔立ちを思いっきり歪めた。
「知っていて? サザーランド侯爵夫妻ったら、とっても嫌味な人なのよ。あちこちに首を突っ込んで色々小言を言ってきて。うるさいったらありゃしないの」
「左様でございますか。王妃様も大変でいらっしゃいますね」
「そうなの、大変なのよぉ。朝から晩までずーっと予定詰めで、たっくさんの方とお会いして、お話を聞いて、にこにこにこにこしていなくちゃならないの。もうもう、息が詰まりそう! 唯一の安らぎがこのティータイムだっていうのに、うちの使用人たちときたら全くの役立たずばっかりで。わたくしの心がくつろぐひと時がないんだから、嫌になっちゃうわ」
疲れた顔でそう言いながらカップの中身を飲み干すと、エレーヌは立ち上がった。
「帰るわね。今日もありがとう、リリカ」
エレーヌの帰り際にウィルジアがちょうど屋敷に戻ってきたところで、ウィルジアは心底嫌そうな顔をしていた。
「また来ていたんですか」
「だってリリカの焼いたブルーベリーパイと、リリカの淹れてくれる紅茶と、リリカのしてくれる給仕が恋しいんですもの。母だって癒しが欲しいのよ」
「無闇に来ないでください。リリカだって迷惑してる」
「あら、そうなの?」
問われたリリカは首を横に振る。
「いえ、そんなことはございません」
「ほらぁ」
エレーヌは勝ち誇った表情をして顎を持ち上げると、優雅に手を振った。
「じゃ、また来るわぁ」
「もう来ないでくれ」
「あら、つれないわねぇ」
息子の苦言はエレーヌの心には全く響かず、馬車に乗って去って行く。
ウィルジアは苛立った。
「……全くあの母は! リリカ、ごめんよ。次に来たら玄関先で追い返してくれて構わない。何を言われても気にしないでくれ」
リリカはウィルジアのローブを受け取り、少し考えながら口を開いた。
「エレーヌ様はお城に心を安らげる場所がないようでした」
「そんなことに君が心を砕く必要はないよ」
リリカの主人はウィルジアなので、エレーヌのことにまで気を配る必要がないといえばその通りだ。
しかしこのまま放っておくと、エレーヌは癒しを求めて連日屋敷に来るだろうし、そうするとウィルジアの機嫌はどんどん悪くなる。親子仲は悪化し、破滅の一途を辿ってしまう。それはリリカの望むところではない。使用人たるもの、主人の人間関係を良好に保つのも努めの一つだ。というのもあるが、それ以外にも理由がある。
リリカには、両親がいない。
五歳の時に死んでしまった両親とは、どんなに望んでももう会えない。
だからウィルジアには、仲良くして欲しいなぁと思ってしまう。死んでから後悔しても遅いのだから、生きている今のうちにお互いを大切にしてほしい。
リリカは、口を開いた。
「ウィルジア様、一つお願いがあるのですが」
「なんだい」
「日中のウィルジア様がいない時間帯に、お城の様子を見に行ってもよろしいでしょうか」
「…………はい? また君は何を言い出すんだ」
「お屋敷のお仕事に支障は出さないようにいたします。最近、お屋敷の中が綺麗になったので、時間が空いているんです。なのでぜひ、お願いできないでしょうか」
「…………」
ウィルジアは非常に迷っているようだった。かなりの時間を置いてから、ウィルジアはものすごく小さい声を出す。
「そのまま城勤めをするとか、言わないかい?」
「言いません。私のご主人様はウィルジア様だけで、夕方にはウィルジア様の元に必ず戻って参ります」
「それなら、まあ」
ウィルジアは了承を出してから、眉尻を下げる。
「母はかなり手強いだろうけど、よろしく頼むよ」
リリカは満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
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