第16話 母、突然の来訪①

 アシュベル王国の国王夫妻は仲がいいことで有名であった。

 王は側妃を一人も持たず、ただ一人エレーヌだけを愛していた。結果エレーヌは四人の王子を身籠もり、無事に四人ともすくすくと育ち、今では成人してそれぞれが国の役に立つために得意分野に従事している。


 一番上の息子は、外交官。

 二番目の息子は、軍部に在籍。

 三番目の息子は、政策に長けている。


 そして四番目の息子はというとーー考えるとエレーヌの心が少し曇った。

 四番目の息子、ウィルジアは少々変わった子だ。引っ込み思案で口下手、いつも俯き加減で本に向き合っているような子だった。歴史編纂家という地味でマイナーな職業に就いたウィルジアに、周囲の人々は呆れ返り失望した。同時にエレーヌと夫はとある危機を抱いた。

 上の兄三人に比べてどうしても見劣りしてしまうウィルジアが、よからぬことを考える貴族によって王位へと祭り上げられたらどうなるか。

 アシュベル王国は平和だが、傀儡政権を目論む貴族がいないでもない。そうした連中からすれば、ウィルジアは実に操りやすい王子だろう。


 国王夫妻は考える。

 一体どうすれば、国と息子たちを守れるのか。


 そして一つの結論に至る。ーー火種となるものを消し去るしかない。

 かくして余計な政争を生み出さないよう、国王夫妻は先手を打ってウィルジアの王位継承権を放棄させた。息子のウィルジアを密かに呼び出し、その旨を伝えたところ、彼はあっさり「いいよ」と頷いた。そもそも王位に全く興味のない子だったため、むしろこの相談にウィルジアは嬉々として了承してくれた。

 そして公爵として領地を与えようという話になった時、ウィルジアは言ったのだ。


「領地は経営が大変なので要りません。図書館に通いやすいよう、王都のはずれの屋敷を一つください」


 妙な子である。そんなわけで末息子のウィルジアは、王都にほど近い鬱蒼とした森の中にある王家所有の屋敷を継承し、ひっそりと暮らしているわけだった。

 いろいろな噂が飛び交っているが、エレーヌはウィルジアを嫌いではない。

 血を分けた自分の子供をどうして嫌うことなどできようか。

 それに、一度ゆっくり話したいと思っていたのだ。

 この間の夜会で久々に会ったウィルジアは、それまでの彼からは想像もつかないほどの別人と化していた。

 若かりし日の夫に似た整った顔立ち、仕立てのいい正装をすらりと着こなし、堂々と夜会の場へと降り立ったウィルジアを見て、参加者全員が度肝を抜かれた。

 

 令嬢たちは目の色を変えてウィルジアと話そうと躍起になっていたし、上の息子たちは「あいつあんなんだったっけ」「雰囲気変わったな」と感心していたし、夫は「俺の息子、俺にそっくりでめっちゃイケメン」とぼそっと呟いていた。

 当のウィルジアは周囲の態度が百八十度変わったことに戸惑い、非常に居心地悪そうにしていて、逃げるように帰ってしまったのだが。

「あの変わりよう。きっとあの子の周りで何かがあったに違いないわ」

 エレーヌは一人呟く。

 公爵令嬢エリザベスとの縁談を破談にしたと聞いた時、エレーヌは確信していた。

 きっとウィルジアは、心に決めた令嬢ができたに違いない。

 だから身嗜みを整えるようになったのだ。恋というのが人を変えると、エレーヌは知っている。

「あの子の心を射止めたのがどちらのお嬢様なのか、是非とも聞いておかないと!」

 久々に末息子とゆっくり話せると思うと心が弾む。

 使用人たちの繰り返される凡ミスにささくれ立っていた心が凪いでいき、ウキウキとする気持ちで息子の屋敷へと向かっていくのだった。




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