2部

第14話 リリカとウィルジアの華麗な朝

 リリカの朝は早い。

 日の出と共に起き出して、自分の身支度を整える。紺色の裾長の使用人服を着て、亜麻色の髪をきっちり結い上げ、薄く化粧を施し、鏡でおかしなところがないのか確認。

 それから主人のために朝の用意を始める。

 屋敷の照明に蝋燭の火を灯して回り、まだ肌寒いため暖炉に火を入れ、朝食の用意をする。

 ご主人様の眠りを妨げないよう静かにかつ迅速に。

 そうして諸々の用意を整えてから、主人を起こしに行く。

 コンコンコンと扉をノックして、「失礼します」と言って寝室に入る。

 ベッドに近づくと、そこにはすやすやと眠る見事に整った顔立ちのリリカの主人がいた。 


「ウィルジア様、朝です」

「うーん」

 ウィルジアはむにゃむにゃしながら寝返りを打つ。

「ウィルジア様、そろそろ起きませんとお仕事の時間に差し障りが」

「うーん……もうそんな時間?」

 

 ウィルジアの形のいい目が薄く開かれる。ぼんやりとリリカを見てから、「今何時?」と聞かれたので時間を答えた。すると眉根を寄せて歯の隙間から言葉を漏らした。


「2時間しか寝てない」


 さもありなん。昨夜のウィルジアは随分遅くまで起きていた様子だった。本当ならもっと寝ていたいだろう。それでもこの時間に起こしてくれと言いつけられていたので、リリカは忠実にそれに従った。

 ウィルジアはぼんやりした様子で起きると、頭をかきむしりながらベッドから降りる。

 寝ぼけて気だるげな雰囲気のウィルジアは整った外見が相まって若干の色気が漂っており、年頃の令嬢が見たら頬を染めて恥ずかしがるような光景であったが、忠実な使用人であるリリカはそんな感想はカケラも抱かなかった。

 洗顔の間にパリッと糊の効いた服を差し出し、着替えを手伝い、2人で食堂へ行く。

 リリカの給仕でウィルジアは朝食を取る。 

 今朝は甘くないパンケーキと、カリカリベーコンにスクランブルエッグ、季節の温野菜サラダにオニオンスープ、果物をまる絞りしたジュース。食後のコーヒーを飲みながら、ウィルジアはくつろいだ様子で言った。


「きちんとした生活って、いいな」

「恐れ入ります」

「リリカが来る前は図書館に入り浸りで帰ってこないか、屋敷にいても書斎の机でいつの間にか寝てるかだったからなあ」


 ウィルジアは遠い目をする。


「今でも時々、書斎で寝落ちしていらっしゃいますけどね」

「ホントごめん」

「いいんです。そんなご主人様を寝室までお連れするのも使用人である私の務めですから」

「起こしてくれて構わないのに」


 書斎の机で気絶するように眠っているウィルジアをリリカは起こさないようにそーっと寝室まで運び、きちんとベッドに寝かせているのだが、朝起きた時のウィルジアの「やっちまった」という表情はちょっと面白い。


「本日も図書館でお仕事ですよね」

「うん。夕飯には戻るから」

「かしこまりました」


 以前は5日も10日も帰らないことがザラにあったウィルジアだが、リリカが働き出してからはきちんと毎日帰ってくる。

 朝食を終えたウィルジアを門の前まで見送った。すでにリリカが手配した馬車が門前に停まっており、ウィルジアが乗り込むのを待っている。

 ウィルジアは門前で立ち止まるとリリカに向き直った。

 洗濯したての服を着て、ほつれが繕われた黒いローブを羽織り、短くなった金髪をきっちりと整えたウィルジアは、出会った時のボロボロの彼とは見違えるようだ。


「それじゃあ行ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 リリカはお辞儀をして、ウィルジアの乗せた馬車が去って行くのを見送った。


「さて、じゃあ、今日も一日中お仕事頑張りましょうね!」

 

 リリカは自分自身に気合を入れると、本日もお屋敷仕事に取り掛かった。

 

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