第13話 まだまだ二人の生活は続く

「よかったですねえ、ウィルジア様」


 縁談を白紙に戻したい旨の手紙をもらい、それに速攻で「いいよ!」という返事を書いて出した後、リリカは言った。

 ウィルジアは疲れたかのようにぐったりと椅子の背もたれに体重を預け、姿勢悪くテーブルを見つめている。リリカはテーブルの上に、そっとコーヒーを置いた。


「あぁ。リリカのおかげだよ。まさかこんな方法で縁談を無かったことにするとは思わなかったけど」


 こんな方法とは言わずもがな、屋敷を元の荒れ放題の状態に戻したことだ。

 リリカの手腕は見るも鮮やかだった。

 せっかく自分で綺麗にした庭に枯れ葉をばら撒き、切り揃えた生垣をわざと不恰好な状態にし、磨き上げた窓に汚れをなすりつけ、一部分は割れたように見せる加工までした。

 するとリリカは眉尻を下げ、至極残念そうな表情を作る。


「でも、玄関ホールでお帰りになられてしまったのは残念でした。せっかくなので食堂まで足をお運びいただきたかったのですが……渾身の装飾を施したのに、無駄になってしまいました」


 リリカがプロデュースした食堂は、かなりおどろおどろしい雰囲気に包まれていた。

 趣味の悪い紫色のカーテン、漆黒のシャンデリア、暖炉で燃える炎は一体どういう仕掛けを施したのか、緑色に燃え盛っていた。

 玄関ホールであの反応だ。食堂まで足を運んでいたのなら、きっと卒倒していただろう。来なくてよかったんじゃないかな、とウィルジアは思った。

 ちなみに今は屋敷はすっかり綺麗になっており、リリカが整えてくれた状態を取り戻している。

 この万能な使用人の腕前は全く一体どうなっているのだろうと、ウィルジアは思った。


「とにかくこれで、円満解決ですね! よかったですね!」

「うん。君のおかげだ、ありがとう」

「いえいえ、私は使用人としての役目を果たしただけですので。もしもご主人様のお心を射止めた方がいらしたら、その時は誠心誠意尽くさせていただきますので、ご安心ください!」

「そんな人、現れるかなぁ」

「いつかきっと現れますよ!」


 ウィルジアはリリカが淹れてくれたコーヒーを啜りながら、ちらりと横顔を盗み見る。リリカはニコニコと笑顔を浮かべながら、トレーを持って立っていた。


(少なくとも、今、一番気になる人は……)


 ウィルジアはブンブン頭を振って、その先の考えは打ち消した。


「とりあえず、まだまだしばらくはこの生活が続くと思うから、よろしく頼むよ」

「はい!」

 

 ひとまずこの生活を楽しみたい。

 リリカが来たことで変わったウィルジアの生活は、案外楽しいものだったから。

 真意が伝わっているのかいないのか、リリカの元気の良い返事に、ウィルジアは微笑みを返したのだった。

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