第11話 縁談話がやってきた
夜会が終わり、屋敷に日常を取り戻したある日のこと。
ウィルジアは書斎にこもったり仕事場である王都の王立図書館に行ったりとそれなりに忙しい日々を送っており、リリカもウィルジアを支えながら使用人生活を送っていた。
しかしそんな平和な日々は、ウィルジアの悲痛な叫びによってあっという間に破られた。
「大変だっ、リリカ!!」
「いかがしました?」
職場から帰ってきたウィルジアはいつになく慌てふためいている。
バタバタと玄関ホールに入ってきたウィルジアは、勢いそのままにリリカの肩を掴むと、こちらを見下ろしながら心底困惑した表情を浮かべていた。
「ぼ、僕に縁談が持ち上がった!」
「縁談ですか。おめでとうございます」
「ちっともめでたくなんかないんだよ!」
「どうしてですか?」
リリカが問いかけると、ウィルジアは理由を話し始める。
そのご令嬢というのは、先日の夜会でのウィルジアを見て一目惚れをしたらしい。
確かにそういう人間がいてもおかしくない。あの日のウィルジアは銀糸の刺繍を施した黒の正装を着こなし、金髪を後ろに撫で付け、いつもモサモサの前髪で隠れていた美貌を衆目の下に晒したのだ。野暮ったさのかけらもないウィルジアを見て、年頃の令嬢が一目で恋に落ちる————あまりにも容易にリリカにはその光景が想像できた。
ウィルジアは釣り書きを黙ってリリカに差し出した。見ると令嬢は十六歳、公爵家の出自で見目麗しく愛くるしい顔立ちである。釣り書きから目を離すと、リリカは再び祝いの言葉を口にした。
「おめでたいことではありませんか」
「いやだから、僕はそういう人間が好きじゃない」
ウィルジアは憮然とした顔をしていた。そして胸の内を語った。
この世は嘘に塗れている。
生まれながらに王子であるウィルジアは嫌と言うほど人間の裏表を見てきた。
王族である己に擦り寄り、利益を得ようとする連中。ウィルジアが期待されているほどの才能がないと知った時の、周囲の失望。影では罵り蔑みながらも、媚びへつらい愛想笑いを浮かべてくる人々。
そうしたものにはうんざりだった。
そして不幸なことに、この令嬢というのはウィルジアが最も苦手とするタイプの人間だ。
「このご令嬢は昔、城ですれ違った僕を見て『大きなコウモリみたい』って言ったんだ。そんな陰口を叩くような人が、僕の顔を見て手のひらを返してきても好きになんてなれるわけがないだろう」
どうやらだいぶ人間不信らしい。ウィルジアは大きく肩を落とし、ため息をついた。
「しかし、よりによって公爵令嬢……下手な断り方は出来ないな」
短くなった金髪をぐしゃぐしゃとかきむしりながらウィルジアは煩悶としていた。
「つまりウィルジア様は、この公爵令嬢様との縁談話を円満に破談にしたいんですよね」
「うん」
「であれば私にお任せください」
リリカは力強く受け負った。ウィルジアは髪型を乱しに乱していた手を止め、半信半疑といった目つきでリリカを見る。
「出来るのかい?」
「はい。結構簡単だと思います。私がウィルジア様の美貌を衆目の下に晒してしまったせいでこのような事態を引き起こしてしまったので、責任を持って幕引きさせていただきます」
「まあ、リリカのせいだと思ってはないけど……」
「いいえ、私の責任です。私が屋敷に来なければ、ウィルジア様は素顔を見せることもなく、平穏無事な生活を送り続けていたに違いありません。ともすればご主人様の平和を破ったのは、ひとえに私のせいです」
そうしてリリカは、何か言いたげな顔をしているウィルジアに向かって使用人服の胸をドンと叩いた。
「お任せください、この私が円満に縁談を破棄させてみせますので」
「う、うん」
またしても勢いに押されたウィルジアは、ただただ首を縦に振ったのだった。
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