第10話 大変身劇的ビフォーアフター
「まずは散髪です! 髪を切りましょう!」
「なんでそんなに張り切ってるんだ……」
リリカはウィルジアを大きな鏡の前に座らせ、首から下を布で覆った。ハサミを持つリリカのイキイキとした表情が鏡に映っている。
「ずっとお切りして差し上げたかったんですよ、この前髪を! 一体この前髪の下にはどんなお顔が隠れているのか、お仕えしてからずっと気になって気になって仕方がなかったのです。では、切っていきますよ」
リリカは言いながら、ウィルジアの髪を切っていく。
屋敷で働くようになってからひと月。ウィルジア様に似合う髪型はどんなだろうかと考えない日はなかった。それほどまでにウィルジアの髪はモサく、鬱陶しい有様だった。
触ってみてわかったのだが、細い毛は柔らかくクセがない。しかし量が結構多いので、放置するとモサモサになるのだろう。こまめに手入れをすれば大丈夫だ。滅多にお目にかかれない見事なまでの金色は、整えれば美しくなるのが目に見えている。
そうしてリリカの手によって切り揃えられた髪の下から出てきたのは———目を見張るような美貌の青年だった。
緑色の澄んだ瞳は形よく宝石のようにきらきらとしており、髪と同じ金色のまつ毛は程よく長い。鼻の形もいい。恐ろしいほど顔立ちが整っている。
誰もが振り返るであろう美貌を白日の元に晒したウィルジアは、前髪をいじりながら眉尻を下げ、その整った顔立ちに困惑の表情を浮かべた。
「スカスカする……切りすぎじゃないか?」
「そんなことありませんよ、これでちょうどいいです。ウィルジア様、こんな素敵なお顔立ちでいらっしゃったんですね……! 隠すなんて勿体無い!」
「そうかな。別に誰にも褒められたことないけど」
「そりゃ、あれだけ長い前髪で隠していたら、誰も素顔なんてお目にかかれませんよ」
「スースーする」
なおも前髪をいじり、なんとか顔を隠そうと奮闘するウィルジア。無駄な努力である。リリカによって完璧に整えられた前髪は長すぎず短すぎず絶妙な長さになっており、どれだけ引っ張ったところでもうウィルジアの顔を隠すことなどできない。
ウィルジアが前髪を引っ張り続けている間に素早く切った髪を回収して片付けると、今度は巻尺を持ってきた。
「さぁ、次は服を仕立てるために採寸です!」
ウィルジアを立たせたままに全身を組まなく測ってゆく。
「ウィルジア様はどんなお色がお好みですか?」
「うーん、地味で目立たない色かな。悪目立ちしたくないし」
「それは好みと呼べるのでしょうか……」
採寸しながらチラリと見上げると、髪を切ったおかげで麗しい顔立ちが余すことなく拝顔できた。眼福である。
「では僭越ながら、私の方でウィルジア様に似合う服を勝手に仕立ててしまいますが、よろしいでしょうか」
「うん。構わないよ」
ウィルジアは心底興味なさげに頷く。言質はとった。これで文句は言わせない。
リリカは巻尺をくるくる巻き取ると、「楽しみにしていてくださいね」とにっこり笑って言った。ウィルジアの顔は、若干引き攣っていた。
夜会までそうそう日にちがない。
リリカはやるべき屋敷での業務を終わらせると、さっさと王都へと向かった。
布地を扱っている店へと入り、選ぶ。ご主人様に似合うのはどんな色味だろうかと考えた。
柔らかな金髪に隠されていた緑色の澄んだ瞳を思い出し、あの完璧な王子様然とした顔立ちに似合うのは白しかあり得んだろうと結論づける。
しかし問題は、ウィルジアが白い服を好むかどうかと言う点だ。
ウィルジアの私服は大体が黒か茶色。シャツは白も持っているが、上からベストを着てしまうので微妙なところである。
上下共に白で仕立て上げたら、きっと「落ち着かない」と言われてしまうに違いない。
ならば本人も好き好んで着ている黒にしよう。
暗くなりすぎないように銀色の糸で刺繍を施して、下に白いシャツを合わせればどうだ。
(うんうん、我ながらいいアイデア!)
リリカは脳内でデザイン画を描き上げると、必要な生地と糸と飾りボタン諸々を購入して屋敷へと帰った。
リリカの裁縫技術はちょっとしたものである。本人は気がついていないが、都で仕立て屋の一軒でも経営できるほどの腕前であった。繕い物ができるように、というおばあちゃんの計らいで始めたのだが、いつの間にやらおばあちゃんのハードルは上がりに上がっており、「ご主人様一家の衣服を全て仕立てられるように」との目標をクリアするべくリリカは頑張った。
頑張った結果、男女どちらの正装すらも仕立てられるレベルになっている。
リリカは空いた時間の全てを使ってウィルジアのための衣服を作った。
型をとり、仮縫いをしてからサイズを合わせ、足踏みミシンを自在に使いこなし、きちんと縫い合わせてから刺繍を施してゆく。わずか三日で仕上げた正装は、一流の仕立て屋が作ったものと変わらぬほどの出来栄えであり、誰が見ても使用人がたった一人で作ったとは思えない代物になっていた。
そうして夜会当日に出来上がったばかりの正装に袖を通し、髪型を完璧に整えられたウィルジアはまごうことなき王族の風格をその身に纏っていた————眉尻を下げた情けない表情さえ見せなければ。
「ウィルジア様、よくお似合いです!」
「そうかなぁ……落ち着かないんだけど。ていうか服、本当に作ったんだね……リリカはすごいな」
まじまじと鏡に映る自分の姿を見つめつつウィルジアは言う。変わった自分に驚いていると言うより、ここまで自分を変えてしまったリリカの腕前に驚いているようだった。
「では、ここまで私が頑張ったんですから、ウィルジア様ももうひと頑張りですよ」
「何をすればいいんだろう」
「まずは姿勢です。シャキンと立ちましょう」
万年机に向かっているウィルジアは猫背が癖になってしまっている。これを伸ばすところから始めなければ、いくら衣装が似合っていたって台無しだ。
「次に表情です。キリッとした顔を作ってください」
「こうかな」
ウィルジアはリリカに言われた通り、キリリとした表情をした。
「そうです。それで、おどおどしないで堂々と振る舞ってください。それができればバッチリです。夜会ではきっと、注目の的になりますよ!」
「注目されたくはないけど……君が服まで作ってくれたんだ、恥を晒さないように頑張ってくるよ」
「はい! では、行ってらっしゃいませ!」
夜会に出かける主人を見送るべく、門前までお供をする。ウィルジアは表に待たせてあった馬車に乗り込むと、颯爽と城に向かって去って行った。
御者は出てきたウィルジアの、あまりに噂とはかけ離れた風貌に驚いて二度見していた。
「はーっ、ご主人様、楽しめるといいなぁ!」
なお明け方近くに帰ってきたウィルジアはげっそりとやつれ果てた姿で、「なんかもみくちゃにされた……急に手のひらを返したように人がいっぱい寄ってきた」と言っており、疲れ切った声で「風呂に入って寝る」とだけ言い、あっという間にベッドに突っ伏してしまった。
翌日の遅くに起きてきたウィルジアに聞いたところ、どうやら登場するなりウィルジアのあまりに普段の様子とは変わった姿に皆が驚き、家族には「何があったんだ」と詰問され、令嬢たちからは「ウィルジア様とぜひ一度お話ししてみたかったのです」と囲まれてダンスの相手をせがまれたということだった。ちなみにウィルジアはダンスなど出来ないため、全て断ったらしいのだが、断るのに相当苦労したらしい。
「何はともあれ、ウィルジア様の素晴らしさが皆にわかっていただけたようで何よりです!」
「そうかなぁ、ただただ上辺だけしか見られていなかったようだけど」
「何をおっしゃいますか。外見も含めてのウィルジア様の魅力ですよ」
「そうかな……」
相変わらず短い前髪が落ち着かないのか髪に手をやるウィルジアは、ふとリリカを見た。
「君もかい?」
「はい?」
「君も僕の顔を見て、いいと思った?」
なんとなく疑わしげな目つきをしているウィルジアに、リリカは微笑みながら告げた。
「私はご主人様がどんなお顔でも好きですけど、他の人にご主人様が褒められるのを見ると誇りに思います」
「そうか……」
ウィルジアは前髪を引っ張りながら、納得したように頷いた。
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