第5話 楽しい楽しい樹木伐採

 リリカは裾長のメイド服姿で手に斧を持ち、すーはーすーはーと深呼吸を繰り返していた。そうしてしばらくしたのちに、おもむろに手にした斧を振り上げ、振り下ろす。


「せいやぁ!」


 何度目かの掛け声ののちに、おおよそ二十メートルはある木はみしみしと音を立てて切り倒された。


「よしよし、順調ね」


 リリカは己の仕事の成果を確かめながら満足そうに言った。

 リリカの予測では、南側に生える木を何本か倒せば屋敷の一部にお日様が差し込む。

 そうすれば洗濯物が気持ちよく乾くという寸法だ。

 倒した木々は薪にしてしまえばいいし、無駄もない。いそいそと木を切り倒し続けていると、屋敷の窓が開いてひょこりとウィルジア様が顔を覗かせてきた。

 昨日帰ってきたウィルジア様はしばらく屋敷に留まり、書斎で仕事をするのだと言っていた。

 今朝は暖炉が赤々と燃える食堂にやって来て食事を取ると、さっさと部屋にこもってしまっていたのだが。


「申し訳ありません、うるさかったでしょうか」

「いや、そういうわけじゃないけど……本当に君一人で切り倒しているんだなあと」

「はい、このくらいは軽いものです」

「軽いものなのか……」


 信じられない、とでも言いたげであるが、リリカにとっては朝飯前の仕事である。

 木こりに弟子入りしていたときは、日がな一日木を切り倒して暮らしていた。


「木にも弱点というものがありまして。一点、倒しやすい場所を見つけてそこに向かって斧を振り続けると最低限の回数で木を切ることができるんです」

「そうか……」


 表情は相変わらず前髪のせいで見えないが、明らかに声音が戸惑っている。


「もしうるさいようであれば止めますので、遠慮なくお知らせください」

「わかった。まあ、怪我のないように」


 ウィルジアは再び窓を閉め、部屋にこもった。

 使用人の怪我の心配をするなんて、なんて優しいご主人様なのだろうとリリカは感動した。


(いいご主人様でよかったわ!)


 張り切って仕事しなければ、と気合を入れ直してリリカは再び木に向かって斧を振り上げた。



「本当に一人で木を切り倒してる……」


 窓を閉めた後、ウィルジアは書斎の机に向かって一人で呟いた。

 昨日帰ってきて、見違えるようにピカピカになった屋敷に驚いたものだが、それをやったのがたった一人の使用人であるということにさらに驚いた。さらにさらに、その使用人というのがまだ十七歳の娘だということにもっと驚いた。

 娘は屋敷の掃除のみならず、湯浴みの準備を済ませると、食事では完璧なコース料理の調理と給仕を一人で器用にこなした。今までの使用人が作る料理とは明らかに異なるクオリティに度肝を抜かれた。まるで城で出てくるディナーのようだった。

 今朝はウィルジアが起きると、廊下の照明には明かりが灯され、食堂の暖炉に薪がくべられて赤々と燃えており、暖かく居心地の良い空間が出来上がっていた。出された朝食も焼きたてのパンにスクランブル・エッグ、程よく焼かれたソーセージ、なめらかなコーンポタージュにフレッシュな生野菜のサラダと完璧だった。その後に向かった書斎は寒々しく埃っぽい上にあちらこちらに本や紙の束が置かれていて雑然としており、我ながらひどい部屋だなと思わずにいられなかった。

 いつもは落ち着くはずの書斎のデスクに所在なさげに腰掛けると、とにかく昨日持ち帰った仕事の続きをしなければと紙の束を引っ張り出す。集中して翻訳を清書していると、何やらカーン! カーン! と小気味いい音が聞こえてきて、目の前にある窓から見える外で木が倒れた。

 もしや本当に木を切り倒しているのではあるまいな、と身を乗り出してそおっと下を見ると、本当にリリカは一人で木を切り倒していた。裾長の紺色の使用人服のまま、一切のためらいなく斧を振り上げ振り下ろしていた。

 呆気に取られて見つめていると、リリカは無駄のない動きで黙々と樹木伐採を続ける。危なげのない動きは、まるで熟練の木こりのそれであった。

 たまらず窓を押し開けて顔を覗かせると、リリカは眉を下げて謝罪をしてくる。

 別にうるさいと思ったわけではない。純粋に驚いただけだった。

 そう告げれば彼女はニコニコしながら木を切り倒すコツを話し始めて、言っていることは全く理解できなかったが、楽しそうで何よりだなと思った。

 怪我のないように、と告げると「はい!」といい笑顔を返された。


「……変な使用人だ……」


窓を閉めるとウィルジアはそう独りごちる。

今までやって来た使用人たちは、最低限の仕事しかこなさなかったし、別にウィルジアもそれで構わないと思っていた。炊事洗濯掃除。要するにウィルジアが生きるのに必要な雑事さえやってもらえたらそれでよかった。

 しかしリリカはどうしたことやら、ウィルジアの予想のはるか上をゆく仕事量をこなしている。

 かつてない出来事に、ウィルジアはこの屋敷に移り住んで初めて、仕事仲間以外に他人というものに関心を抱くようになった。


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