4

 学校を出、紅羽いろはちゃんが今頃ベッドの上でソワソワ、スンスンして待っているだろう自宅へと向かう先生の背中を叩いて見送った。

 そのままあたしは、今度は実家ではなく自宅へと帰り、自室で本日4度目の着替えを終え、来客を待つ。



「おっ」

 鏡の前に立ち、変な所が無いか入念にチェックを済ませているとドアホンが、お待ち兼ねの客人が着いたことを知らせてくれた。

 あたしは駆け足で玄関に向かい、相手を歓迎する。



「遅刻。我、空腹ぞ」

「……開口一番に、それか。

 てか、習慣で来てるだけで、別に約束とかしてねぇんだから、遅刻なんざじゃねぇだろが」

 風月かづきが実家から差し入れに持って来てくれた、焼き鳥やポテト、ピザと一緒に。





「お疲れ。どうだった?」

「ん。まぁ、役目は果たせたと思う」

「上出来。よくやった。

 褒めて使わす」

「ん。良きに計らえ」

「しゃしゃんな」

「どっち」

 いつも通りノンアルを飲みながら、ひたすら目の前のご馳走に有り付くあたし達。

 ここだけ切り取ると、なんかベテラン夫婦みたいだなって、ちょっと可笑おかしくなった。



「にしても、これで紅羽いろはさんと先生も、晴れてゴール·インかぁ。

 夏葵なつきも、空晴すばるよろしくやってるんだろ?

 いねぇ、わけぇ者は」

「あんた、片方よりは下じゃん」

「言っとくけど俺、あの二人よりかは精神的に大人な自信有っぞ?」

「……どうだろ。案外、そうでもないかもよ? リュウさんも、紅羽いろはちゃんも。

 あたし達が気付きづいてない、隠されてるだけで」

「そかぁ?

 てか、『リュウさん』?」

「あー……」

 二組をさかなにしていたらボロが出たので、あたし如何いかにも自然に取られるように振る舞った。



「ん。そう呼ぶことにした。

 もう夏葵なつきの先生でもないし、これからは義兄になるしね」

 あたしがポカしないように気を付けつつボカして言うと、風月かづきは少しねた顔色を見せた。

「ふーん。心境の変化ってやつ?」

「ん。そんなところ。まぁ、あとは察しろ」

「……別にいけどよぉ」

 あんまり良くなさそうに、そう風月かづきは強引に話を終わらせた。

 好都合だった。あたしも、そろそろ限界だったのだ。



「……風月かづき

 食事と皿洗いを済ませ、まだ残っていたカクテルを消化しつつそろって格ゲーにいそしんでいた頃、ポーズをかけたタイミングで、あたし風月かづきに切り出した。

「ん?」

「付き合って」



 まだ照れと躊躇ためらいと不器用さが拭えないあたしは、風月かづきではなくコントローラーを見下ろしながら、ぼんやりと、けれどはっきりと意思表示した。


 それでも足りないらしかったので、今度はコントローラーを置き、膝の上に両手を置き、面接中みたいな気分でぐに言った。



「あんたが断トツで好き。

 あたしと付き合って」



 あたし達がもっと、色んな意味で大人だったら、ノンアルではなくきちんと酔っ払って、酒の勢いで押し切って押し倒して既成事実を作って、それでなし崩し的に交際に発展するのかもしれない。

 その方が、色々と楽なのかもしれないし、それも有りだなと内心、卑怯な事も考えた。



 でも、その方法を、少なくとも今のあたしは、悪手だと捉えた。

 風月かづきみんなに、誠意がいと。

 そんな状態じゃ満たされない、長続きしないと。



 だから、正攻法、ストレートに突っ込むことにした。

 どうせうだうだ、グダグダと語ったところで、性懲りも無く横道に逸れて、また本題を遠ざけるのが関の山なのだ。

 だったら、これくらいに攻めた方がい。



「……」

 風月かづきは無言であたしのコントローラーのスタートボタンを押し、戦闘を再開する。

 何発かもらって、あたしも反撃開始する。



「……正気で本気か?」

「両方同時に言うの、ズルくない? 詰みだし、罪じゃん。

 てか、とっとと答えて。

 逃げんな」

「『答えて』ったって、お前……」

 操作しつつ盛大に溜息ためいきこぼし、風月かづきは困った様子を見せた。

 もうひと押し必要らしい。



「言っとくけど、別に当てられたとかじゃないから。

 あたしずっと、あんたのことが、あんたのことだけが好きだった。

 二つの意味で、子供の時より、ずっと好き」

「それがおかしんだよ。前提からしてず、根本的に話が違う。

 お前、先生狙いだったんじゃねぇのかよ」

「全部、フェイク。本命のあんたを、誘い込むための。

 ちなみに先生は、事情をすべて理解した上で、あたしを許し、認め、あまつさえ励ましてくれた」

「……聖人君子かなにかかよ、あの人……。

 どこまで人間、出来できてるってんだよ」

「ね。

 で? あんたの気持ちは?」



「んなもん……聞かなくても、分かるだろ。

 俺は、色々と問題有る。酒は真面まともに飲めねぇし、収入も不安定。

 色々と雑だし、お前と喧嘩してばっかだし、いきなりキレたりする。

 なにより……多少は増しマシになったが、俺は二次にじコンだ。

 俺とる限り、お前は母親にはなれねぇぞ」

「ん。かもね。

 別にいよ? あたし風月かづきられさえすれば、それで満足だし。何なら、結婚だってしなくても構わない。

 今みたいに、のんびりしてるのも乙だしね。

 てか、建前とか取っ払って、そろそろ本題に入ってくれる? どうするの?」

「そうしたいのも山々だが、そのステップに移る前に確認事項が多過ぎるだ、うわっ!?」

 集中力を持って行かれ過ぎたのだろう。風月かづきの操っていたキャラは、あたしの使っているキャラに場外まで吹っ飛ばされた。

 これで、あたしの勝ち。もう、別の話題にさえ逃がしはしない。



「どうする? またる?

 構わないけど、その代わり、次にあたしが勝ったら、い加減、白状させるから」

「……俺が勝ったら?」

「そんなの、考えるだけ無駄。

 勝たせる気も負ける気もい。少なくとも、今の風月かづきには」

「っ……!」

 リザルトを飛ばし、狭くて障害物のい一本道ステージを選び、奥義を使うための物も含めてアイテムも無くし、ストックを増やし制限時間も設けず、得意キャラの好きなカラーを選ぶ風月かづき

 やっと、火が点いて来たらしい。

「上等」

 あたしも負けじと、最も使い慣れていたキャラを選び、戦闘を開始する。



「勝手なのは承知だけどさ。

 あたし風月かづきはずっと、同じ気持ちだと思ってた」

「は?」

「あんたも、あたしこと、好きでいてくれてる。でも、打ち明けられない。

 当たり前だよね。だってあたし達は、異性だとか同い年だとかクラスメートだとか以前に、幼馴染おさななじみだから。

 それも、形式上だけじゃなく、小学生になるまでは一緒のお風呂とか、高校生にもなっていまだに定期的に合同の食事会するとか、そんなレベルで。

 そもそも、あんたの名前だって、花鳥家あたしんちに嫁ぐの前提で付けられたっぽいし」

巫山戯ふざけろ。俺は男だ」

「じゃあ、その溢れんばかりの料理スキル、ちったぁあたしに分けれ。言い値で買うから。

 話、戻すよ。要は、あたしにフラれた所為せいで、拗れながらもいつも通りになるのがいやだったんでしょ?

 そりゃそうだよね。あんたとあたしは、一心同体。『恋人同士にはなれないけど、今まで通り仲良くして』とか、そんな虫良くはいかない。

 だって、どんだけ気不味きまずくても、気付いても気付きづかなくても常にセットだし、いつだって一緒にる他無いんだから。

 さもなくば、互いに生きて行けないんだから」



「で、自分の当てが外れてて、万が一にも俺にフラれたら困るから、先生と恋人ごっこしてたってか?」

「そう。

 本当ホントは高校卒業して、きちんと社会人になって自立してから、もっと普通に、シンプルにオトすもりだった。

 けど、どっかの馬鹿バカな未成年が、酔っ払ったすえにあんたに余計なことしやがった所為せいで志半ばで頓挫とんざしたから、強硬手段を取る他無かった」

「お前……ひでぇな。人としても、女としても。

 若気の至りじゃ済まされねぇぞ」

「自覚してるし、猛省したし、謝罪も済ませた。でも、それで有耶無耶うやむやかったことにするもりは無い。

 理由はどうあれ、あたしが意図的にみんなを振り回し、巻き込んだ事実は塗り替えられないし償えない。

 でも、だからこそ、そこまでした以上、ここまで来たら、きちんと当初の目的を完遂かんついしたいの。

 これだけのことをしたのに笑って送り出してくれた、皆の気持ちに応えるためにも」

「言っとくが、この件に関しては、俺はお前にも、みんなにも一切、迷惑かけてねぇぞ」

「ううん。かけてる」

なに?」



 シールドを壊されフラフラし出した風月かづき

 すきりと、あたしは強攻撃を放ち、風月かづきっ飛ばし、ず一度、倒した。

 まだ動揺したままの風月かづきは復活早々に、それでも必死に食らい付こうとする。



「俺がいつ、誰に迷惑かけたってんだよ」

あたしがあんたとアレな関係を持ち始めた日に、先生に。

 あんた、本当ホント気付きづいてたんでしょ? あたしが耐え切れなくなったのは、先生が振り向いてくれないからじゃなく、自分が煮え切らないからだって。

 だから、あんなゆがんだ提案をすることで、嫌われようとしていた。『クズ』『最低』『品性と神経とモラルを疑う』って、あたしに愛想尽かされようとした。

 でも、あたしが誘いに乗った所為せいで引っ込みつかなくなった。

 違う?」

 そろそろ本格的にピンチだったので、風月かづきのキャラを掴み、道連れにしてステージ下に落下。

 そして互いの体力がゼロに戻り、1スト差のままリスポーンする。



「それだけじゃない。

 内容自体もそうだけど、あの契約で一番いちばん、悪趣味なのは、あんたが先生の真似マネまですると提案したこと

 あんたは薄々、あたしと自分の心がどこにタゲってるか、気付きづいてた。本当ホントは、とっくの昔にあたしとあんたが相思相愛だって。

 でも、確信には至らなかった。だから、不格好に後出しで撤回し取り消した所為せいかえって泥沼化するのを恐れるあまり、余計に偽悪、露悪的になった。

 いつかあたしに、絶縁されることを願って」

さっきから一方的に話し続けてるな。そろそろ、こっちからも質問させろ。

 もし仮に、お前が惚れてる相手が俺だとしたら、寝言なりで先生の名前を口にしてたのはなんでだ?」

「当たり前でしょ。

 あたしたちのいざこざの所為せいで、本当ほんとうなら無縁の、これといって巻き込む必要のい先生を、互いの気持ちをぼかす、誤魔化ごまかためにネタにしてた。

 こんなの、夢の中ですら平謝り、懺悔したくなるに決まってる。

 てか、『仮に』ってなに? そうだってるじゃん」

にわかには信じ難過ぎんだろ。

 なんだよ、このご都合急展開。打ち切り食らったとて、ここまでじゃねぇぞ」

「かもね。ま、あたし達には合ってるんじゃん?

 で、次の質問は?」

 風月かづきが技を繰り出したタイミングで、カウンターを発動。

 ロケットのごとく枠外まで一直線で伸びて行き、さらに劣勢になった。



「……分かった。お前のタゲが俺なのは認めよう。

 じゃあ、なんで俺なんだよ」

「そんなの、こっちだって知らない。

 ただ、あんたとる時が一番いちばん、気楽ってだけ」

「それが、イコール好きってなっか?」

「だから、知らないって。

 でも、仕方しかたいでしょ? ぶっちゃけ、あんたとごっこ遊びしてる時は、限り限りギリギリ理性を保って先生相手っぽく装いつつも、その実、あんたのことしか考えてなかった。

 近代的な意味で、あんたと組んず解れつする未来をフラゲしてただけだった。

 あんなんになる前のあたしの脳内を埋め尽くしてたのだって、あんただった。

 それに、先生に許されてからずっと、あたしはあんたのこと、今まで以上に意識してる。

 これでも、不満? 不足?」

「足りないね。

 もしそうなら、初めてキスした時、どうして最後まで遂げなかった?」

 風月かづきが話題にしてるのは、紅羽いろはちゃんと先生が友達としてスタートした日。



 確かにあたしはあの日、正気ではなかった。

 自分で追い込んどいてなんだが、これで風月かづきとの微妙な関係を断ち切り、進まなきゃ行けないと考えると、不安で苦しくて仕方が無かったから。

 で、焦るわ二の足踏むわ、リリースしようとした風月かづきに優しくされるわでガチで頭が回らなくなって、あんな暴挙に出た。

 そのくせあたしの荒んだ、枯れ果てた心境を大なり小なり汲み取ってくれた風月かづきが『……白けた。帰る』と言い放ち、さっさと帰るのを、無言で横目に見ていた。

 それでいて、翌日から大してギクシャクし始めたりせず、まるで何事も無かったふうに互いに無意識のうちに振る舞っていた。

 そして、ひそかに感謝し合っていた。後ろめたさがほとんど無いまま、本当に身も心もつなげられる日まで、初めてを守ってくれたことを。



 ひょっとしたら、告白が失敗して起こると想定される不都合の中で、あたし達が恐れているのは、もつれることではないかもしれない。

 そんなメイン·イベントを挟んどいて、それまで通りになるのが、そうせざるを得ないのが、じゃないと冗談抜きで生きて行けないのが、辛くて悲しくて不甲斐無くてどうしようもなくて、堪らない。

 経験上、そう判断し、いつの間にか予防線を張っていたのかもしれない。



「だって、先生とのこと、清算して無かったから。

 でも、いざ先生を前にすると、本当ほんとうことを言った所為せいで見限られるのがいやだった。正確には、それが原因であんたにまで捨てられるのが。

 だから、自分から退路を断つべく、紅羽いろはちゃんと先生をくっ付けた。そうすることで、自分を追い詰めようとした。

 結果、大成功。二人は無事に結ばれたし、それどころか奇跡的に嫌われずにも済んだ」

「……事実は小説より奇なりって、マジなのな」

「ね」

 真面目まじめな話をしてるというのに、ムードも緊張感もへったくれも無い、いつもの些細な日常となに一つ変わらない二人。

 仕方ないかもしれない。物心がついた頃から常にセットだったから今更、恋人にってなっても困るのだ。

 これまで一緒に過ごして来た時間が長過ぎて、既に距離が近付き過ぎてて、どうすればいか、どう変化と緩急を付ければいか、検討もつかないのだ。

 てか、そう簡単にスイッチ、スナッチ出来できるものなら、ここまで多難に苦労しない。



 似た者同士というか、知らず知らずのうちに染められ合ったというか。

 改めて思い返してみると、例の契約を含めずとも、あたし達はかなり不思議、不自然な関係だ。多分、一般的な幼馴染おさななじみとも、ニュアンスが違う気がする。

 いつだか風月かづきが『俺達って、前世だと一人だったんじゃね?』などと、冗談と真剣さが混じった調子で何となしに口にしていたが、その表現が実に的確で、すとんとしっくり来た。

 ようは、それくらいには依存し合っているということだろう。



 ちゃんちゃらおかしいな。ここまで求め合っておいて今更、別の異性あいてと付き合うだなんて、とんだ夢物語だ。

 本人には一生、言わないけど、あたしが先生を選んだ最大の理由は、眼鏡を外した顔が、風月かづきに似ていたからなのに。

 なんてことを思っていたら、風月かづきが自分から場外に落ちた。

 負けを認めたのかもしれない。あきらめたのだろう。

 ……ま。そう簡単に、負けさせもしないんだけど。



「おまっ……!?」

 さっきの仕返しと言わんばかりに、隣に座る風月かづきからあたしはコントローラーを強奪。

 そうして、風月かづきのキャラが動かない、死なないまま、あたしは3連続で自爆した。

 これで、あたし風月かづきは完全に対等。体力も、残機も、公平だ。



「……馬鹿バカなの?」

 コントローラーを取り戻しポーズをかけ、混乱しながら、こっちを見る風月かづき

わけ分からん……。お前、『俺に勝ちたい』んじゃねぇのかよ」

「勝ちたいんじゃなくて、勝つ。ただそれだけ。

 でも、こんなんじゃ本当ほんとうの勝利とは言わない。

 本調子の風月かづきをこてんぱんに打ちのめし完封し、あんたを完膚無きまでに痛み付け、今までの黒歴史諸々って名前の身包み剥がして曝け出させた上での、完勝。

 そこまでやらないと、この戦いになんの意味も見出だせない、てか生まれない」

 一旦、コントローラーを手放し体の向きを変え、正面切って風月かづきに宣言する。



あたしはもう、秘めてたこと、余さず明かした。

 だから、単なる時間稼ぎに他ならない前哨戦は、もう終わり。

 ここからが、次こそが、本当ほんとうの戦い。どっちの思いが強いか、正々堂々、本気で勝負しよう」

「お前……紛うこと無く、変人だよ。

 とんでもなく面倒だ」

「当たり前じゃん。多かれ少なかれ変わってなきゃ、面倒じゃなきゃ、クリエーターなんて名乗れない。

 じゃなきゃ、誰かの予想と期待を裏切る想像、創造なんて不可能なんだから」

 軽く肩を回し手と足を伸ばし、髪を結び前髪を避け、あたしは気持ちを新たに武器コントローラーを取り、風月かづきに対して挑発的に微笑ほほえんだ。

 さながら、もう勝利を確信してる、勝ち誇ってるかのように。



あたしは、まだ駆け出しもいとこだし、あんただって本物にはなれていないかもしれない。

 でも、それでもあたし達は、クリエーターのはしくれ。

 だったら、いつか神作を生み出すためにも、手始めに新しい自分を、新しいあたし達の間柄がらを作ろう?

 人間として、大人として、男女として、物書きとして、一端いっぱしになるためにも」

 しばらく呆けた間抜け面を晒していた風月かづきだったが、程なくして両目に確かな炎が宿った。

 彼らしい、あたしが昔から愛して止まない、精悍な顔付きに。



「……面白ぇ。乗った。しこたま後悔させてやんよ」

 二人乗り用のソファから降り、入水前のストレッチを始める風月かづき

 やっぱり子供っぽくて、あたし達らしくて、笑えて仕方が無かった。



「ねぇ、そこの可愛い僕。

 お姉さんが、たっぷり愛して溺れさせてあげよっか」

 頬杖をつきつつ、精一杯にフェミニンっぽく演じると、風月かづきなんの反応もしないまま振り向いた。

 どこまでも失礼だな、こいつ。だからいんだけど。



れんな。俺に、溺れさせられんだよ」

「策士が、策に?」

「お前が、俺にだ。

 そんで生憎あいにく、今日に限っては完全に無策、徹頭徹尾ノー·プランだ。

 てなっと、出たとこ勝負、当たって砕けろ精神、粉骨砕身で臨むしかぇ」

「それもう、負け確じゃん?」

「だとしても、逃げるわけにはいかねぇ。

 男には、負けイベと分かり切ってても挑まなきゃならねぇ時がんだよ。

 で、そういう大健闘のゴールには大抵、極上の異性が付き物なんだ」

「お目が高いこと。

 じゃあ精々せいぜい、男を見せな」

「言われるまでもぇ。の前に、ちょっとトイレ」

「ヘタレ。じゃあ、あたしもシャワー」

「お前、違う方の本番までするもりい?」

「あんたのがでしょ。

 てか、こっちははなから、そのもりだけど?」

「……え」

 豆鉄砲食らってる風月かづきに向けてリアルに脛蹴りを食らわせ、片足立ちでピョンピョンさせた。

 本当ホントに可愛いな、こいつ。



「バーカ。さっさとテレビの電源だけ、落としとけ。

 あと、あんたが先に戻るだろうから、冷やしノンアルの準備よろ」

舞桜まお手前てっめえ!!

 なんで俺だけ追加ミッション二つもる上に、始まる前からトラップまで仕掛けられてんだよっ!」

あたしの方が時間かかるからに決まってんじゃん。察しろ。男なんだし、我慢しな。

 じゃ、そゆことで。バーハーハーイ」

 なにやらいまだに騒いでいる風月かづきをリビングに残し、あたしは服を取りに自室へと向かう。



 それにつけても……なにからなにまでままならないし締まらない、お飯事ままごとみたいな二人だ。はたから見れば、実にヤキモキさせられるに違いない。

 だが、目を瞑ってしい。恋愛経験値の薄さ、気心や黒歴史の知れ具合が作用し、これくらいのペースじゃないと、性に合わないのだ。

 某漫画みたいに、カモがネギしょってGo To 鍋とは行かないのである。



 だからこそ、面白い。

 だからこそ、楽しめる。

 だからこそ、やり甲斐がい、挑み甲斐がいる。



「なーんて……やっぱ、変わってんな」

 うれしさとくすぐったさを覚えつつ自重しながら、あたしは気合を入れ直した。

 何せ、これから行われる延長線こそが、本当ほんとうの戦いなのだから。





 振り返ってみても、あたし達は相当、ズレてると思う。

 ゲーム中に告白してるし、もう双方の気持ちが割れてるにもかかわらず、どっちからコクるかゲームで雌雄を決しようとしてる。

 そのゲームだって、ハードは起動し続けてる以上、電気代だってかかってるのに、それを承知で放置してると来た。

 多分、また最初からやり直したら今日までと逆戻りな気がするし、今までの奇妙な日々だって心からは嫌いになれない、切り離したくないから、えて意図的に、消さないでおいてるんだと思うけど。



 断っておくが、あたしは別に、告白の予行練習なんてしてない。

 プロットすら練ってないし、台詞セリフも用意してない。ハニ○と違って、金曜日だからって頑張る必要が無いのをことに、なんのオーディションも行ってないのだ。

 ストックや真剣勝負、道連れやカウンターなどの要素を、これまでのあたし達になぞらえたのだって、はっきり言って偶発的な物だ。



 とどの詰まり、有り体が一番いちばんと判断したのだ。

 変に肩肘なり意地なり格式なり張って背伸びしたところで、滑稽なネタにしかならないのだ。だったら開き直って、変に策略なんて練らずに、自然に話した方が効率的だ。



 まぁ……とかなんとか言いつつ、紅羽いろはちゃんから与えられた反則装備は、きちんと身に着けたわけだが。

 もしものケースを想定して。



「ん」

「ん」

 風月かづきが雑に渡して来たノンアル缶を、あたしも無愛想に受け取る。

 そして、互いに飲み終え、ゴミ箱に入れ、戦闘準備に取り掛かる。



「先に封じとくぞ。

 もう無駄話、それに詰まんねぇ小細工は無しだ」

「ん。

 そっちが勝ったら?」

「今夜、お前をもらう」

「お好きにどうぞ。ただし、あたしをその気にさせられるだけの甲斐性と語彙力とテクがれば、の話だけどね。

 あたしが勝ったら、洗いざらい暴露させた上で、あんたを攻め落とすから」

「やってみろ」

「させてみろ」

 そんな調子で軽く殴り合い、拳を突き合わせ武運を祈ったあとあたし風月かづきはソファに座り、コントローラーをにぎり、テレビと、正確にはブラウン管の中にる自分達と向き合い。

 止まらせていた時間を、動かした。



 そこからは、終始無言だった。

 二十歳を超えた男女が、みっともなく、だらしなく、せわしなく、しょうもなく、年甲斐もハンデもチートも作戦も対策も有利さも華々しさも綺麗に着飾った衣装も無く、ただただ無心に相手を仕留め、射止めんとっする。

 本当に、ロマンの欠片かけらも有ったもんじゃない。


 今頃、夏葵なつき紅羽いろはちゃんの方が余程よほど、それらしい雰囲気に包まれているだろうに、その辺りを熟知した上で、こんな低俗な、駆け引きにも似つかないやり取りをしている。

 本当ほんとうに、馬鹿バカ馬鹿バカしい。

 けれど……だからこそ、愛おしくて仕方が無い。



「はぁ……はぁ……」

 結局、あたしは無残に完敗した。

 あんだけ大言壮語を吐き、強者ムーブかましといて、このざまだ。本当ほんとうに、決まらない。

「は〜……」

 激しい疲労に襲われ、あたしはコントローラーをテーブルの上に置き、体を左に倒し、大の字になった。



 そもそも、ジャンルは違えども、仮にもゲーム業界を志した人間をゲームで相手取ろうなど、愚の骨頂としか言えない。始まる前から勝敗を決していた、負け戦だったのだ。

 それを理解した上で喧嘩けんかを売ろうだなんて、焼きが回ったのだろうか。あるいは、やっぱり異性から想いを告げてしいなんて、なけなしの乙女心が働いたのか。

 いずれにしても、ちゃんちゃら可笑おかしい。



舞桜まお

 あたしを見事に打ち倒した風月かづきは、それまでの男らしさ、ドSっりが微塵も感じられない弱々しい声で、吐露し始めた。



「……好きだ。お前が、お前だけが、好きだ。

 愛してる、愛してる、愛してる。

 俺にとってお前が、必要で絶対で理想で永遠で唯一で、最強で最上で最良で最善で最高で最長で最愛で最純で最要で最後で最古で最初だ。

 本当ホントに、もう……どうしてくれんだよ、マジで。

 責任取れよ。取ってくれよ、頼むから。

 お前の所為せいで、俺の一世一代の恋路は、めでたく滅茶苦茶だよ。どんだけ舗装しても切りがぇ。

 そんななのに、嫌いにすらさせてくれねぇ。

 鬼畜の所業なんて目じゃねぇレベルの拷問じゃねぇか」

 不格好で、不器用で、長ったらしく、纏まりも脈絡も無く、それでいて一言一言に精魂込め、あたしに届けてくれる風月かづき



「知らんし……。

 あたしだって、あんたの所為せいで、真面まともな恋愛なんて無縁だ……。

 おあいこだっての……」

 人を平成みたいに言いやがって。

 ピンからキリまで、不躾なやつ

 荒っぽい口調や言動は単なるポーズで、格好かっこい所なんて、ゲームや料理が関わった時か、あたしがガチで求めてる時位くらいしか見せない、女々しいやつ

 好きになり甲斐がい、愛し甲斐がい、育て甲斐がい、恋し甲斐がいやつ

 すでに尽き果てた感全開で風月かづきを見上げると、彼はグシャグシャな顔で、あたし一瞥いちべつした。



「……お前が欲しい。

 お前は、その気にはなったんかよ?」

「はいはい、なりました。

 当初のイメージとはかけ離れてるけど」

「……なってなくねぇか? それ」

んだって。

 当人あたしが、そう言ってるんだから」

 紅潮こうちょうして来た頬と、涙ぐんできた両目を右腕で隠し、あたしは簡潔に、直接的にう。



「だから、さっさと完食せぇ。

 存分に貪り、しゃぶり、味わい尽くせ」

「雰囲気も情緒も、ったもんじゃねぇな」

今更過ぎ」

「それもそうだな」

 あたしならってコントローラーを置いた風月かづきは、あたしを組み敷き。



「……せめて、移動しね?」

「……ん。ベッド行こ」

 正論をかれたので、場所替えした。

 どこまでグダグダなんだろうか。





 ベッドの前に立ったあたしは、風月かづきの方を向きつつ、手を広げる。

 意図を取ってくれた風月かづきは、あたしの体を、優しくベッドの上に乗せてくれた。



「なぁ……本当ほんとうに、いのか?」

 かと思えば、またしたも弱気を発揮させやがった。

 この期に及んで、なにを気にしているのか。



「はぁ……」

 呆れつつも、あたしは自分から上着を脱ぎ、彼の注意を惹き付けた。

 最初はギョッとしていた風月かづきだったが、やがてその目に、明らかに意味を含んだ色が見て取れた。


 

 原因なんて、考えるまでもない。

 紅羽いろはちゃんから与えられた、男が喜びそうな、純白の装備。

 こんなんを自分の彼氏で、なおかつ妹達の担任に一時的に預けるだなんて、普通じゃないにもほどる。



「お前……それ……」

「……言っとくけど、あたしじゃない。

 こんなコッテコテでうぶくて分かり易いの、がらじゃない。

 紅羽いろはちゃんの仕業しわさま。分かれ」

「いや、まぁ、だと思ったけどよ。

 にしたって……着る?」

「〜!!」

 最も気にしている部分を突かれ、思わず膝蹴りをお見舞いした。

 そして、布団ふとんで顔まで隠し、背中を向けた。



「あー、も〜!! ……だから、いやだったのぉ!!

 ……本当ホント、最悪……」

 こんなの、もう、どんだけ言い訳してもつくろえないじゃん……。完全に、その気じゃん……。狙ってるようにしか見えないじゃん……。

 なんて落ち込みモードには突入するも、その実、紅羽いろはちゃんには感謝してる。

 だって確信、革新、核心へと繋がったから。



「だって……これしか、無いじゃん……」

 シーツを強く掴み、あたしは種明かしを始める。

「あんた、リアルなの駄目ダメだし……。

 あたし、その……綺麗な自信、無いし……。

 一応、それなりには整えて来たもりだけど、あんたを導くに足るか、分からんし……」

「お前……そんなことまでしてたの?」

「だから、言うなぁ……。黙って聞いとけよぉ……」

 ええ、して来ましたとも!

 サイズとかカラーとか日々、色々と努力と研究を陰ながら積み重ねて来ましたとも! 実を結んだかはさておき!

 可愛いとか、ちょっとでも思うな! いや、やっぱ、少しは思え! いっそ、死なせ! あんたのために速攻で、意地でも生き返ってみせるけど!



「となれば、もう、内側じゃなくて外側に頼るしか無いじゃん……。

 あんたの好きな色やデザインの着けてたら、露骨に目の色変えてたし……。

 これなら、二次元にも共通してるってか、太刀打ち出来できるかもじゃん……」



 風月かづきは昔から、色に多大な興味を持っていた。花とか宝石とか、明るくてキラキラした物が大好きだった。

 ……よもや、そういう方向にまでバースト、ブーストさせるとは、流石さすがに予想だにしなかったけども。

 なにはともあれ。結果オーライでしかないが、あたし達の、あのいびつで不健全な偽りの関係は、何も悪い面ばかりでも無かったわけだ。おかげで、収穫もきちんとったのだから。

 だからって、居直って全肯定するもりも無いし、この後に及んで果てしなく後悔してるのも嘘じゃないけど。



「ひゃっ」

 軽く懺悔していたら、布団ふとんとは違う感触がした。

 心当たりを探すまでも無く、風月かづきだ。布団ふとんの中に忍び込んだ風月かづきが、あたしの体に覆い被さったのだ。



「な、なにして……」

 引き離そうと体を反転させると、ぐに彼から追撃。

 今度こそ正真正銘、初めての、純粋な気持ちでのキスを。

「……俺の台詞セリフだよ」

 布団ふとんを豪快に蹴り上げ、両手で上半身を隠したあたしに、風月かづきが穏やかにげた。



「ここまでしといてお預けとか……無理過ぎんだろ」

「で、でも……あんた、二次にじコン……」

「平気だっての。

 それより遥かに、お前にゾッコンだ」

「死語……。

 いや、そうじゃなくて、あたし……」

 すっかり立場が逆転した状態で、風月かづきあたしに再び口封じをして、そのまま抱き締め、耳元でつぶやいた。



「大丈夫。

 お前なら、お前となら、どんなでも終えられる。

 ちゃんと……最後まで、愛せる」

 節々、奥底まで優美な、風月かづきの言葉。

 脳が痺れ、とろけそうになりながら、ぼんやりと思い出した。そういえば彼のシナリオは、PCゲームとは思えない、間接的かつ上品な表現が好評だったっけと。

 反面、ギャルゲーってより乙女ゲーっぽいとも言われてたけど。



「……ん。あたしも……」

 拒む素振りを見せずに、風月かづきの肩に、続けて背中に手を運んだ。

あたしも、風月かづきとなら遂げられる。

 それにあたしは、そういう方向にも、理解がる方だと自負してるから。

 風月かづきの脳内、視界が、あたしのいる世界とは違う次元に向いてても、気にしない。現実世界の誰かでさえ無ければ、別にい。

 その代わり……全力で、愛して」

 本当ホントは、きちんとあたしの体と心で、風月かづきを満たしたい。

 でも、あたしも性分、職業柄がら、フィクションの推しとか作っちゃってるから、何も言えない。

 風月かづきの気持ちも、誰よりも把握してるもりだし。



「……勿体ない、罰当たりなこと、言わないでくれ。

 頼むから今は、きちんと、お前を、お前だけを、愛させてくれ。

 折角せっかく、巡って来たチャンス……最高の、奇跡なんだ」

 ……などというのは、単なる建前、苦し紛れの逃げ口上で。

 本当ほんとうは、ちゃんとあたしを、あたしだけ見て欲しいのに、自信が無くて。

 でも、やっぱり風月かづきは、あたし一番いちばん、求めている言葉を、大事な場面では決まって、届けてくれる。

 あたしが、自分から発信しなくても。冗談交じりに否定しても。

 ご褒美に、あたしは自分から、風月かづきに口付けをした。

 そして、今の心境を一番に伝える一言を。



風月かづき……愛してる」

「……知ってる。

 ……舞桜まお

「ん?」

「……愛してる」

「……ん……」

 バカップル丸出しのキャッチボールをして、あたし達は再度、唇を求め合った。

 何度も、何度も、キスをした。



 しばらくして呼吸が覚束おぼつかなくなり、小休止を挟み。

 落ち着いて来たタイミングで、あたしは目を反らし、真っ赤になりながら尋ねる。



「……ごめん。やっぱ、あんたの好きそうな色にしよ? 探そ?

 なんなら、買いに行こ?」

舞桜まお……頼むから、そろそろ解放させてくれ。

 それはまた、後日でい」

「……決行するのは確定なんかい」

「いや、その、ほら……。

 それも、お前の趣味と考えれば、お前の一部なわけだし、かろうじてセーフってことで……。

 ……なぁ?」

「知らんし……。

 どうせ、あたし同伴で買いに行くって流れなんでしょ……?

 ……仕方ないから、付き合うけどさ……。変なのとか、色々と合ってないの買って来られても困るし、そもそも彼氏一人で向かわせるとか、恋人にあるまじき、とんだ失態、勘弁、遠慮だし……」

「助かる。

 じゃあ、その、舞桜まお……。

 ガン見しても、い、か……?」

「聞くなし……。

 ……どうぞ……」

「……舞桜まお

 愛してる……」

「今言うなし……。空気、読め……。

 ……あたしも、愛してる……。」



 結局の所、あたし達は、やっぱり一般的なカップルとしてカテゴライズされないんだな。

 心底そう痛感して、可笑おかしいだか切ないんだか分からなくなった。



 でも、それでもい。……ううん。んだ。

 他のみんながどうとか、関係無い。あたし達らしいスタイルとペースで、自由に自然に、気儘きままにオープンに、明るく楽しく馬鹿バカ馬鹿バカしく、ゆっくりじっくり、恋をするとしよう。



 ずっと、そうやって来たのだから。

 これからも、ずっと、そうやって、騒がしく、もどかしく、二人で生きて行こう。

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