2

 成人式からおよそ三年が経ち。あたしは今、実家に帰っていた。

 っても、まだ一時的にだけど。



「そう。やっぱり、4月まではアパート暮らしなのね」

「ん。そういう契約だったし。

 っても、今期で出ますって大家さんには伝えてるし、了承も得てるから。

 新しい住人も、もうい人が見付かったってさ」

「良かったわね。かく、これで安心だわ。あなた、てんで不摂生なんだもの。

 また痩せたんじゃない?」

「不衛生よりかは増しマシじゃん?」

 誰とは言わないけど。

 「てか、すっかり改善されたけど、それまで食生活以外の全般(取り分け異性方面)もすこぶるだらしなかったよね」とは、もっと言わないけど。

 なんてあたしの思考を読んだのか、テーブルの上でデザートを付きつつ対面していた母さんは、かすかに笑った。

「ここでまた暮らす以上は、きちんとバランス良く食べてもらいますからね。

 それと、たまには一緒に食事して頂戴ちょうだい。同じ家に住んでる、家族なんですから。

 生活態度やリズムに関しては、余程よほど目に余らない限りは特に干渉しませんけど」

「ん。ありがと、母さん」

 しおらしく素直になったあたしの返答、変貌振りに慣れていないのか、ぎこちなくお茶を啜り、母は無言で退席した。

 そんな様を見て、改めて実感した。あぁ、帰って来たんだなぁ……と。



 っても、まだ本当ほんとうに戻って来たわけではない。

 紅羽いろはちゃんが身を固め母とも仲直りしてくれたおかげで離れて暮らす理由は無くなったので、あたしついに本家に引っ越す運びにはなった。

 が、上述の通り契約がまだ残っていたし、こんな個人的かつ勝手なプライベートな理由で大家さんに迷惑を掛けるわけにはいかなかったので、3月までは現状維持というわけだ。

 ってもすでに、今は使わない家具やコレクションのほとんどはこっちに移してるので、アパートに残ってるのは冬服や炬燵、積読つんどくやゲームなどだけで、あとは文字通り時間の問題なのだが。



「ごちそうさまでした、っと」

 デザートを平らげ、母の分も含めて洗い物を済ませたあたしは、居間のソファに腰掛ける。

 父が暖房を付けていてくれたのか、暖かいのが助かった。

 と思ったら、そこには父のみならず、意外にも夏葵なつきまでた。静かだったから気付かなかった。



夏葵なつき

 あんた、部屋にたんじゃないの?」

「わ、Wi-Fiっしっ」

「……あんた、『最近ルーター新調して、部屋まで届くようになった〜♪』とか言ってなかった?」

「て、テレビっしっ」

「あんたの部屋にも置いてるじゃん」

「す、スマブ○するのに不向きだしっ」

「ふーん……」

 それは分かるけども。どうにも、それだけじゃないと、長年の勘が妙に騒いだ。

 何故なぜならあたしの知る限り、夏葵なつきが歯切れ悪くなるのは、決まって父親絡みの時だからだ。



 夏葵なつきが再びテレビ画面と向き合った。

 占めた、と思ったあたしは、「どういうこと?」と、横に座る父に視線を送る。

 父は、少し困ったふうに、けれど居心地いごこち悪そうにではなく、単に照れ臭い、慣れていない、実感沸かないというだけって調子で苦笑いした。



 どうやら、関係が改善されたのは、母と姉だけではなかったらしい。これは大変、喜ばしいことだ。

 どんな心境、環境の変化が有ったのかは定かじゃないし、あたし程度が持ち合わせてる読解力、想像力では推し量れないが、これでまた一つ、実家で暮らすに際しての不安要素が減ったわけだ。



「……ん?」

 ところで……ふと気になったんだけど、夏葵なつきの対戦相手は、なんだってさっきから、飛んだり跳ねたりしてばっかで、あまつさえステージ外にみずから突っ込んだり落下したりと、文字通り自殺行為を繰り広げ、繰り返しているのだろうか。

 いくらレベル1のCPUでも、ここまでひどくはない気がするんだけど。



 如何いかにも最近のゲーム慣れしてなさそうな父が、沼プレイを披露しているのか。

 そう踏んだあたしは、横を見やるが、その手にはコントローラーは握られていなかった。つまり、これで候補から除外されたわけだ。



 じゃあ、他に誰が?

 あたしとテレビの間には、夏葵なつきしかない。母に似てドケチな夏葵なつきが、オンラインに興じてるとは思えない。となると、リモートではないだろう。

 でも、それだと、この不自然な事象の答えが出せない。かといって何度、目を凝らし、見開き、擦り、見詰めても、あたしの前には夏葵なつきしか居ない。

 強いて言うなら、隣に座っているオクトくらいだろう。

 


 ……オクト?



「……」

 いやいや、まさか、そんな馬鹿バカな……などと自分の推理を一笑しつつ移動し上から窺い、ずギョッとし、次いでゾッとした。

 るのだ。きちんと。オクトの手に、コントローラーが。



「……ナツキサン。ドウイウコトデスカ」

「んー? あー、これー?

 へへっ。すごいでしょー? 仕込んだっ」

「『仕込んだ』て、あんた……」

 いや、おかしいでしょ、どう考えても。呑気にダブル·ピースしてんなよ。一体、なにをどう何度いつ仕込んだら、こんな荒唐無稽な芸当が可能になるっての?

 そもそも、なんでそんな発想に至り、それで実行してるの? そこらの政治家なんて目じゃないレベルの実現力じゃん。



「いやね? 今、うちの間で動画投稿が流行ってるっしょ?

 うちも最近、ちょっと暇になったし、気晴らしになんかやろっかなーと思って、試しにオクトにスマブ○せてみたの。

 そしたら、バズって億万長者間違い無いでしょ?」

「……真っ先に思い付いたのが、りにって、それだったの?」

「うん。なんか、面白そうだなぁって。

 でね、でね。実際、少し教えたら、割とぐ、すんなり出来できようになってさ。

 『あれ? うち、天才? オクトも天才?』ってなって」

「『少し』……?」

 いや、うん。確かにオクトのゲームっりは、家族の贔屓目でも、お世辞にも褒められたもんじゃない。

 実際、夏葵なつきのキャラはノーダメな上に1ストも削られてない。



 でも、待って。問題、本題はそこじゃない。

 至って普通に生まれ、至って普通にペット·ショップに入って、至って普通に至って普通な一般家庭に来て、至って普通な環境で、至って普通に育って来た、至って普通の犬が、なんで至って普通にゲームに興じてるわけ

 この異次元すぎる状況に違和感いわかんぎて、ひたすら吃驚びっくりする他ないんだけど。



 なんなの? マジで謎過ぎるんだけど。不自然極まりない。オクトって実は、魔界の王様候補の魔物だったりしない?

 なに、最終章で作風なりテーマなりジャンルなり、根幹から思いっ切り変えてくれちゃってるん?



「でさ、でさ。実際に動画投稿したんだけど、誰も信じてくれなくってさー。

 こっちとしては、誰でも気軽に見易いよう、1本目は数秒程度に収めたんだよ? それでも、だーれも相手にしてくれないの。

 だからうち、ムッキーってなって、2回目はライブ配信したわけよ。それでも皆、一向に認めてくれないの。『加工』『ヤラセ』の一点張り。

 角や波風や変なスレは立つわ、それでいて再生数と高評価とチャンネル登録数だけは軒並み伸びてるから訳分かんなくて腹が立つわと、そんなこんなだったんで絶賛、鍛え直し中」

あきらめれよ……」



 夏葵なつき。あんたは、よくやった。本当ホントに、よくやったよ。

 ただの犬が、ゲームのコントローラー持って、キャラクター·セレクトして、動かせるまでにはなったんだよ? これ以上、なにを望むってのよ。

 その先に果たしてゴールは本当ほんとうわけ

 あたしだけは、あんたの大健闘を認めるから、大人おとなしく退きなよ。



「と、ところで、舞桜まお

 思わぬ展開でドッと疲れたあたしは、えず一旦、オクトの件は忘れ、ソファに座る。そこで、父が声をかけて来た。

 あたしは遅ればせながら、さっきから父が絶えず複雑そうな顔色を見せていたのは、夏葵なつきだけではなくオクトにも原因がったのだと悟った。

 てか、誰でもこんな反応になるでしょ、そりゃ。



「な、なに? 父さん」

「う、うん。

 折り入ってお願いがるんだけど。駄目ダメかな?」

「へ、へー。

 まぁ、聞くだけ聞いてみるよ」

 と、こんなフワフワした調子で、あたしと父は話し合いを始めた。





 数日後。父に頼まれたあたしは、仕事により不参加となった両親の代理として、とある式に来ていた。



舞桜まおちゃ〜ん♪」

「来いよぉぉぉ!! もっと熱くなれよぉぉぉぉぉ!!」

 あたしの前に立ち両手を広げ、呼ばれてもいないのに返事をし、すでに私服となっていた夏葵なつきをキャッチする姿勢に入る紅羽いろはちゃん。



「横に参りまーす」

 しかし、そんな彼女をヒョイッと空晴すばるおどけつつ持ち上げ退かし、進路を確保してくれので、あたし夏葵なつきを抱き止めた。



「ただいま〜♪

 ね、ね? うちの答辞、どうだった〜?」

「ん。パーペキ。お疲れ」

「わ〜い♪ もっとナデナデ、メデメデして〜♪」

い奴め。

 ここか? ここがええのんか? ほれほれ」

「きゃ〜♪」

 悪ノリで首元を撫でると、余計にテンションを上げる夏葵なつき

 うわぁ、本当ホント犬っぽいなぁ。



「いや、コンビネーションと流れ完璧かっ! おかげですっかり空気だわ! こっちが滑ったみたいじゃん!

 おのれ、空晴すばるくんめ! 折角せっかくのイチャラブ展開チャンスを、よくもぉっ!」

「……むしろ、感謝して欲しい。あのままだとイロねえ夏葵なつきっ飛ばさてたぞ?

 あと、イチャラブは流石さすがに聞き捨てならん」

「ぎゃぁぁぁ!?

 ギブ、ギブ、ギブ、ギ○ソンJrァァァァァ!

  結局、ダメージ負ってるぅ!!」

 ……卒業式にまで、何やってんだか。

 まったく……「面白そ〜♪」というだけで代理をみずから志願したくせに、このざまだ。

 念のため、同伴してて大正解だった。提案してくれた父さん、ナイス。

 


 そもそも母さん、紅羽いろはちゃんにダダ甘すぎるんだよなぁ。

 あたしが代理を提案しても、『うちの子なら問題無いわ! あの子は、やる時にはやる、出来できる子ですもの!』の一点張りだったもんなぁ。

 二人で行くという折衷案までなんとか持って行けたあたしを、誰かに褒め称え、労ってしい。



空晴すばる

 ん」

 溜息ためいきこぼしたあとあたし空晴すばる夏葵なつきをパスする。

 満面の笑みを添えて。



「三年間、良い子にしてたんだ。

 あんたも、ずっと我慢してたんでしょ? 互いに全力で、ぶつかって来な」

 そう。今日をもって、二人は高校生ではなくなった。

 つまりは、まぁ……そういうことだ。

 付け足せば、「夏葵なつきさんにとっては、今も担任なので」の一点張りで相手に渋られていた(いや、だから真面目まじめか)紅羽いろはちゃんも、めでたく解禁。

 ただし何がかは、野暮だから言わないでおく。強いて言うなら、大人になるための卒業式だ。



 二人は、互いに見詰め合い、視線を外し赤面する。

 その後、空晴すばるあたしに向き直り、力強くうなずき、その場を揃って後にした。



 かと思えば、「あ」と思い出したように、夏葵なつきあたしに、さっきからずっと持っていた袋を渡して来た。

「レンタル! 舞桜まおちゃんも、ファイトだよ!」

 と言い残し、詳細を明かさないまま、夏葵なつき空晴すばるを連れて、とっとと去って行った。



「何それ?」

「……さぁ?」

 呆気に捕らわれていた所から持ち直したあたしは、ご丁寧にテープで閉じられていた袋を開け、中身にギョッとした。 

 

 あー……これって、ひょっとして……。いや……ひょっとしなくても……。



「……ねぇ。

 あたしって、そんな分かりやすい?」

「え? ……今更?」

「オブラート……」

 あたしのショック、恥ずかしさ具合はさておき。


 夏葵なつきが、あたしに授けてくれた物。

 それはあたしにとって、色んな意味で最強装備となり得るチート·アイテムだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る