4章 者間距離 -side.M-

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 発端ほったんは? そう聞かれると、少し困る。思い当たるターニング·ポイントが、自分でも把握出来できないほど、それこそ無数に有るからだ。

 でも、中でも際立きわだって印象深いのは、何度考えても、やっぱり、成人式のあとに行われた飲み会だ。



「でさー。その上司がコテコテのセクハラ野郎でさー」

「えー、素でー?

 でも、あんたの所はまだ増しマシじゃん。こっちなんて、残業代は出ないし、休日返上だし、家にだってろくに帰れてないよ?

 本当ホント、せめて家賃代位くらい、負担して欲しいわ」

「その点、いよねー、舞桜まおは」



 来た。

 振られた事で思わず身構えたあと、その日のあたし強張こわばった表情を崩し、グラスを割りそうなまでに強くなっていた握力を弱め、にこやかに見えるようつとめた。

「……何が?」



「だって、あれでしょ? お姉さんの清書係なんでしょ?

 そんなの、家で好きな時に自由に出来る上に、好きに休めるし、超楽じゃん」

「そうそう。相手が身内なら、気楽だろうしね。

 納期に少し遅れたって、食事を奢ったりすれば許してもらえるんでしょ?」

「おまけに、それでいて給料は公務員並? 何それ、嫌味かってーの。

 いなぁ、本当ホントうらやましい。あたしも、舞桜まおで産まれたかったなー。

 そしたら、仕事おこぼれに預かれるのにー」

めなって。どーせ、何も変わんないんだし。

 それより、もっと生産的な話しよ。ほら、あんたの旦那の話とかさぁ」

「そうそう、忘れてた!

 聞いてよ、本当ホント! あいつ、マジ有り得ないんですけどぉ!

 この前とか特にさぁ!」

「そういえば、舞桜まお。あんた、お酒は?」

「あー……ごめん、遠慮。

 あたし、まだギリ未成年だし」

「そっか。舞桜まお、早生まれだもんね。

 でも、今日位くらい、良くない? 先生だって、何も言って来てないじゃん」

「うーん……やっぱめとく。

 本当ホント、ごめんだけど」

「ちょっとぉ! 振るだけ振って、流さないでよぉ!

 本当ホント、気紛れだよね! 高校時代から、何も変わってない!」

「違うって。映画の前の予告みたいな物。

 そう、カッカすんな」

 丁度こんな風に、良くも悪くも、女同士の話というのは移り変わりが激しい。

 まるでキューで突かれたかのように速く動き、次の話題となる。



 あたしは、どちらかというと自分の話を聞いて欲しい側なので、中途半端に切られてばかりで普段は何かと不満を抱えるタイプだが、この時だけは本当ほんとうに助かった。

 ピンチを切り抜け安堵したあたしは、壁に凭れ、当時のクラスメートの話に耳を傾け適当に相槌を打とうとした。



 その時だった。

 反対側……男性陣が固まった方から、激しい音、続いて怒声が届き、全員の視線が問答無用で一箇所に注がれたのは。



「何をやってるんだ!」

だよ!

 こんな時までノンアルで流そうとする方がわりぃんだろうが!」

「だからって酒が苦手な人間を煽って無理矢理、散々呑ませた挙げ句、『気分悪いから水くれ』と頼んでいるのに、水を渡す振りしてさらに呑ますやつが有るかっ!

 下手ヘタすれば即死、そうじゃなくてもパワハラだ!

 大体、君は昔っから!! 修学旅行の時だって!」

「ああ、そうかよ! 俺だって、あんたが未だにいけ好かねぇよ!

 大して歳離れてねぇし、教え方だって上手い訳でも無ぇくせして、いつもいつも、今でさえ偉そうに年上振って説教垂らしやがって!エリート気取りも大概にしろよ!

 てか、いつまで過ぎた事、引きずってんだよ! あの件は、もう謝ったろうが!」

 


 あれは、先生。

 普段は幼児に対しても敬語を使う彼があんな、口調を荒げ、胸倉を掴むまでに激昂する所は、あまり見た事が無い。



 そして、その相手は……忘れもしない、恨み深き主犯、坂井。

 何かにつけて揉め事を起こしていた、うちのクラス随一の不良。

 また何かやらかしたのか……と、あたしは見て見ぬ振りを決め込もうとした。

 ああ見えて彼は、腕っ節は強いし、向こうもすでに未成年でもないのだから最悪、警察を呼べば良いと。 



 でも、出来できなかった。

 彼が指差す先で、幼馴染おさななじみがテーブルに突っ伏していた。



「……風月かづきぃっ!!」

 酔っ払ってもいないのに酔いから覚めた心境で、あたしはクラスメート達を雑に掻き分け、風月かづきの元に駆け寄る。

 彼は、すでにグロッキー状態に陥っており、見るからに平気ではなさそうだった。



舞桜まお……。……わりぃ……」

「謝んなくてい。あんたは何も、悪くない。あたしの監督不行き届きだ。

 歩ける?」

「……どうにか……」

 最低限の確認を済ませたあたしは、もう覚悟を決めた。

 あたしが介入した事で白けたのか、坂井は無言となり、けれど雑に彼の手を払い、あたしを見た。


 

「あんだよ。まーだ、よろしくしてやがんのか。所構わずイチャイチ、イチャイチャ。

 次はなんだぁ? お決まりの、『ただの幼馴染おさななじみ』発言かぁ?

 聞き飽きてんだよ、こっちゃぁよぉ」

「坂井……酔い過ぎだ!」

「しゃしゃり出て来んな、元担任。

 俺は今、そいつと話してんだよ」

 止めようとした彼を突き飛ばし、坂井はかがあたしの顔をまじまじと見詰めた。

 思ってたよりもずっと、酒臭かった。

「よく見りゃあんた、まあまあイケてんな。

 どうだ? 俺と付き合わね? なんなら、今からホテルでも構わねぇ。

 そしたら、そいつには金輪際こんりんざい、手ぇ出さねぇでやる」

生憎あいにく、そんな気分じゃないし、仮に万が一、億が一、まかり間違って、とち狂って気分だったとしても、あんたとなんて是が非でも願い下げ。

 勿論もちろん風月かづきにも手出しなんてさせない。

 付け加えとくと、あたしは大してイケてない。少なくとも、あたし基準じゃね。

 つーわけで、とっとと退けよ。邪魔だ、失せろ」

 素気すげ無くキャッチをかわし、あたしは財布からお金を出し、諭吉を5人程、召喚し、テーブルに叩き付けた。

「これだけ有りゃ足りんでしょ。

 あたし達、もう抜けっから、こっからは好きにして。

 あと、しばらくどっちも誘わないで。あたし達には、どうやら早過ぎるみたい。もしかしたら一生、縁遠いかもね」

 一方的に用件だけげ、あたしかろうじて意識の有る風月かづきの腕を肩に回しゆっくりと立ち上がり、席を立とうとする。

 が、その前に坂井が立ちはだかる。


 

「だぁから。まだ話の途中だってんだろ。

 てか、俺のこと、分かるか? あんたと一緒のクラスだった」

 なおあたしに絡もうとした坂井を、重心を後ろの壁に預けたあと、思いっ切り蹴り飛ばした。

 そして見下ろしながら、軽蔑する。



「あんたが誰か?

 馬鹿ばかな質問すんな。忘れる訳無い。修学旅行の時、風月かづきにトラウマを植え付けやがった張本人。

 忌々いまいましいあんたのことなんて、片時たりとも忘れたことが無かった。その度にほとばしって蘇る、明確な殺意とセットでね。

『過去のことだから』? 『謝ったんだからもう良いだろ』? 被疑者側の考えだけ一方的に無責任に押し付けて、勝手に決めんなや。

 あんたにとっちゃ、もうどうでもい、過去の事だとしても、風月かづきにとっちゃ、そうじゃない。

 あんたのやらかした馬鹿の所為せいで、風月かづきいまだに苦しんでんだぞ? それなのに、薄々気づいてる癖して無視決め込んで、精神的に追い詰めるのに飽き足らず、今度は肉体的に?

 あんた、マジで終わってんね」



「ちょっと、舞桜まお……。

 その辺でめときなよ……」

 女子の一人があたしを制する。

 他の面々も、口々に言う。落ち着け、冷静になれ、大人になれ。そんな月並みな事を、あたしに強いる。

 もう沢山だ。



「いいや、めない」

 うんざりしていあたしは、女子の手を振り払い、全体を見回しながら吐露する。

「あんた達もだよ。

 『仕事が超楽でうらやましい』? 大して知りもしない、知ろうともしないくせに、よくもまぁそこまで言えんね。

 それでいてあたし、金銭的な部分とか明言したことまったく無いのに、そういうところよくも、ああまで詳細に知ってるよね。

 あっそ。そんなにやりたきゃ、いつでも代わってやる。ただし、そうなった以上、覚悟しろ。あんた達がこれからやらなきゃならないのは、その実、監視だ。

 金銀の伝説のポケ○ン並にあちこち動き回る、家事はほとんどしない、次々に男を取っ替え引っ替え、こっちからどれだけ要求してもなに一つ耳も貸さない、それでいて解き放とうとはしてくれない、そんな暴れ馬のコントロールだ。

 それが務まるようなら、いつでも奪いに来な。こんなポスト、熨斗のし付けて明け渡してやる。

 こっちとしては願ったり叶ったり、清々せいせいするよ。もっとも、向こうはあたしを手放すもりなんざ、欠片かけらも無いだろうけど」

 ずっと秘匿していた、明らかに決裂、決別をもたらす一言。

 そんな捨て台詞セリフを残し、あたしは級友達を突き放し、風月かづきを連れて、とっとと部屋を去る。



花鳥かとりさんっ!!」

 はずだったのに、廊下を歩いてた途中で、普段通りに戻った彼が駆け寄り、あたしの前に立った。その手に、あたしが置いてきた万札をにぎって。

 彼は少し肩で息をしたあとあたしに万札を返して来た。



「これは受け取れません……。

 費用は僕が、開始前にすでに払っておいたので……」

「あー……そういえばここ、飲みと食べの店だっけ」

「はい……。

 それと、すみません……。僕の監督不行届きの所為せいで、こんなことになってしまって……。

 まさか、トイレでほんの少し外しているうちに、あそこまで悪化させるなんて……。

 本当ほんとうに……君にも、宮灯原みやびはらくんにも、何とびれば良いか……」

 ……本当ホント。義理堅いというかなんというか、昔から実直、愚直な人だ。

 それはもう、もしあたしの人生が、あたしとはなんの関係も無いノベゲーで、なおかつあたしがプレイヤーなら、今直ぐ彼の個別ルートにも入りたいくらいには好印象だ。



「……別に。センセ、悪くないじゃん」

 彼のおかげ若干じゃっかん、気が晴れたあたしは、素直にお金を財布に戻した。

「こっちだって、受け取っとけば良かったのに。知ってるでしょ? あたし今、ちょっとした金持ちなんだ。

 っても、前述の通り、あたしから公言してもないのに広まったんだけどね。

 女のネットワーク程、怖い物は無いよね。何たって、こんなに身近なんだから」

 いつもみたいに長話をしたあとあたしは彼に背中を向け、最後に一言、お礼として残す。



風月かづき、言ってたよ。

 『先生は、本当ほんとうに良い人だ。先生となら、いつか呑んでみたい。勿論もちろん、サシだけどな』、だって。

 あたしも同感。センセ、心の底からい人だもん。

 風月かづきために心から怒ってくれて、守ろうとしてくれて、めちゃ助かった、ありがと。こっちこそ、迷惑かけてごめん。

 でも、もういよ。あたし風月かづきは多分、二度と同窓会には顔出さない。……ううん。出せない。数分前から、揃ってめでたく逸れ者だから。

 センセも、孤立したくないでしょ?」

「いや、でも」

 あたしは彼の唇に人差し指を押し当て、黙らせる。そして、そのまま風月かづきを指差し、視線だけでメッセージを送る。

 これ以上、引き止めないでくれと。彼は首肯し、道を開けてくれた。

「来月でしたよね? お二人の誕生日。

 期待していても、よろしいですか?」

「……」

 ……覚えてたんだ。まぁ彼これ4年に渡って、今までも学校には内緒で個人的に祝ってくれてたし、なんら不思議じゃないか。

 内心、驚いたし、それ以上に嬉しかったけど。



「……ん。盛大な奴、お願い」

「畏まりました。

 あ……でも、サシじゃないと駄目ダメなんでしたっけ?」

 いや、呑むの前提か。まぁ、流れからして、そうなるか。

 仕方ない……残念だし申し訳ないけど当日は、あんまり呑まないようにするか。と決意してから、あたしは彼に微笑む。

「心配要らない。

 あたし風月かづきは、セットだから」

「なるほど。確かに」

 あたしの言葉に納得、安堵したあと、彼は逆側に回り、同じく風月かづきを支えてくれた。

 こういう、何も言わずとも手伝ってくれる、助けてくれる所が、本当にポイント高い。ありがた過ぎる。



いの? ハブにされるよ?」

「平気です。少し複雑ですが、担任ですから。

 それに、花鳥かとりさんと宮灯原みやびはらくんがてくれるので、ハブ? ではありませんよ。

 意味は、よく分かりませんが」

「じゃあ、言うなし。でも、あんがと、センセ。

 えず、川の近くまで行こ。もし気持ち悪くなっても、ぐに出せるし」

「畏まりました」


 

 こうしてあたし達は、二人三脚ならぬ三人四脚の状態で再び歩き出し、カウンターに居たスタッフに会釈えしゃくし店を出て一路、川の方へと向かった。





 さいわい、風月かづきの酔いは大して酷くは無く、川の近くで風に当たっているうちに顔色がみるみる良くなり、ホッとした。

 ちなみに現在、彼は自販機に飲み物を買いに行ってるので、川辺に居るのはあたし風月かづきだけだった。



舞桜まお……本当ホントわりぃ……」

「気にすんな。

 普段、こっちが助けられてばっかなんだから。こういう時位くらい、ツケ払わせろ」

 隣に座りめずらしく弱気な色を見せる風月かづきの髪をグシャグシャに撫でた。



 それにしても、彼の帰りが遅い。

 どこぞの長女みたいに道に迷ったってのは無いだろうから大方おおかた、ジュースを買い過ぎた結果、何度も落としたりして、持ち運ぶのに時間がかかっているというのが妥当な線だろう。

 まったく……頼もしいんだか、危なっかしいんだか。だから、『手伝おっか?』って言ったのに。余計な気を回すから……。



「ごめん。ちょっと、様子ようす見てくる。

 あんたは、もう少し休んでな」

 そう言い残し、スカートを軽く払いつつ立ち上がり、あたし風月かづきに背を向けた。



「……舞桜まおっ!!」

 そして、何歩か進んだ頃、風月かづきが唐突に叫び、砂利道の不安定さも相俟あいまって直立するもフラフラしたので近寄らないまま、あたしの方を向きつつ、止まって続ける。

「お前、二言目には俺に言うよな? 『風月かづきが必要だ』って。

 ……俺も同じだよ。お前は自分を下げてばっかだけど、俺にだって、お前が必要なんだよ。お前と同じか、あるいはそれ以上に。

 今日だって、こうして助けてくれたしな」

 なおあきらめていなかったのか、風月かづきあたしとの距離を縮めようとする。

 あたしぐに風月かづきに駆け寄り、支え、座らせ、ひざの上に寝かせる。



「……ん。あんがと。

 けど、だったら余計、無茶すんな。休んでなってったじゃん」

「ああ……。……そうする……」

 しおらしくあたしに膝枕されながら、風月かづきは目を閉じ、それからは無言となり、やがて追うようにして寝息を立てた。



「のび○かよ」

 悪態をきながら、あたし風月かづきの髪を軽くき、星を見上げた。

 このポジションは是が非でも手放したくないと、改めて自覚させられながら。

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