5

 上述の通り、それぞれに謝り合う事で、私と舞桜まおちゃんのわだかまりは解けた。



 しかし……実は、謝罪すべき相手は、もう一人居たりする。私の母、花鳥かとり 雪華せつかだ。

 彼女は昔から何かと厳しく、私とは相性が特に悪かった。

 そんな母の居る実家を、私は後日、訪れた。一人ではなく、三人で。



「……もっかい、確認なんスけど。

 本当ホントに俺も同行して、良かったんスか?」

 中心にる私に左側から尋ねて来てるのは、風月かづきくんの実家で最近バイトを始めたノッポくん、空晴すばるくん。

 そんな彼に向けて、反対側に立つ風月かづきくんがげる。



「ま、んじゃね? 折角せっかくなんだし。

 てか、ヤマト。お前、なんか妙に来慣れてるみたいに冷静だけど、なんで?」

「え? 平常運転じゃないの?」

「いや、まぁ、そうなんだけど、そうじゃないっつーか……。

 ……わりぃ、紅羽いろはさん。上手く言えねぇけど、なんか違うっつーか……」

「相変わらず、アドリブ下手ヘタだなぁ。で、なんで? 空晴すばるくん」

「そりゃあ、だって」

「あ〜!!」

 男性陣が話を咲かせる中、前方からキンキンとした声が響く。

 その発生源、夏葵なつきちゃんは、後方に舞桜まおちゃんを引き連れつつ、先に駆け出し、何故なぜ空晴すばるくんの前で止まった。



「ちょっと、空晴すばる

 なんであんた、カヅにぃと一緒にんのよっ!?」

「バイト先の先輩、ってか店長の息子さんだから。

 てか、やっぱ、そうだったんだ。だと思った。名前似てたし、家も近かったし」

「バイトォ!? 何それ、聞いてない!?

 普通、うちの了承を得るか最低限、報告はすべきでしょぉ!?

 てか、彼女より優先するとか、有り得ないんだけどぉ!?」

仕方しかたいだろ?

 じゃなきゃ俺、すでに立派に働いてるあんたの隣に、並べねぇ」

「〜っ!!

 あんた……! なんで男らしく決める時ばっか、口調まで微妙に変わるのよぉっ! 本当ホント、腹立つ!」

「嫌いでは?」

「ないけどっ!」

 あー……そういう関係?

 空晴すばるくん、夏葵なつきちゃんの彼氏だったんだ。凸凹っぽいけど、意外と合ってるなぁ。

 で、夏葵なつきちゃんの恋人が、私とトシくんのキューピッド?

 妙な縁だなぁ。



「……君、この前の。

 君も来てたんだ。元気だった?」

「うす。ご無沙汰してます、義姉あねさん」

 空晴すばるくんからの予想外の返しに、すでに面識の有ったらしい舞桜まおちゃんが言葉を失い、右手を前に出し待ったをかける。

 かさず、空晴すばるくんが一歩下がり、尋ねる。



「すんません。馴れ馴れしかったっスか?

 夏葵なつきのお姉さんなら、未来の義姉あねさんかなって、思ったんスけど」

「いや、ごめん。

 生まれてこの方、妹に『姉さん』だなんて呼ばれたことが一切無かったから、ちょっと吃驚びっくりしただけ。

 むしろ、ジャンジャン呼んでよ。ひそかに憧れてたんだ」

「え〜?

 だって、舞桜まおちゃんは舞桜まおちゃんだし〜」

「ん。そう、丁度こんな。

 空晴すばるだっけ? この子は、手ぇ焼くよ? 攻撃的なくせに甘えん坊だから」

「平気っス。願ったり叶ったりなので。

 そもそも、振り回されるの、嫌いじゃないんで」

 またしても、今度は違ったニュアンスで唖然としたてから、舞桜まおちゃんは夏葵なつきちゃんを肘で小突いた。    



「……夏葵なつき。あんた、URユー·レア当ててんじゃん。

 逃がすなよ?」

「分かってますぅ。

 あ、でも舞桜まおちゃんにも、今まで通りデレデレだかんね!?」

「はいはい。お手柔らかに」

 夏葵なつきちゃんは生意気に返しつつ、空晴すばるくんと舞桜まおちゃん、二人の腕に抱き付いた。

 そのさまを、風月かづきくんがかたすくめつつ眺めていた。

 なんか、うん……凄く、家族っぽい。空晴すばるくん、すでに大分、溶け込んでるなぁ。こりゃ将来、本当ホントに家族になるな。今めっちゃくっきりビジョンが見えたし。

 などとしみじみと思っていると、不意にトシくんからの着信が入る。

 おっと、こっちにも家族それっぽい人が。



『おはようございます、隊長。こちらは準備、出来ました』

 不意打ちを食らい、軽くせてしまった。

 最近のトシくんは結構、ノリがことに、まだ少し慣れていない。

 私が悪影響を与えたのだろうか?



「はよー、トシくん。じゃ、早速よろー」

『畏まりました、ご主人様さま

「せめてキャラ、統一してくんない?」

 挨拶と確認とツッコミを手短に済ませ、私は電話を切り、気合を注入し直し、再び実家へと歩を進めるのだった。



 なお、その間、どことなく舞桜まおちゃんと風月かづきくんが気不味きまずそうなのが、少し気になった。

 っても、本当ほんとうに少しだけだけど。若干、違和感いわかんが隠せないというか、腕は確かだけど作画監督が違う回とか、そんな感じ。

 何をしてるんだというか、したんだというか……。





 道すがら空晴すばるくんの紹介を簡単に済ませ、家に帰ると、すでに母が着替えを済ませ、玄関前で仁王立ちしていた。

 いや、これ、完全に、「ここを通りたくば、私を倒して行け」パターン……。相変わらず、怖いなぁ……。

 そんな母は、渋面で私を見たあと、露骨に溜息ためいきこぼす。



「二人が突然、『バーベキュー行こう』なんて言い出すから、何かと思えば……あなたの差し金ね、紅羽いろは

 今度は一体、なにを仕出かすもりなのかしら?」

 そんな、初中後しょっちゅうやらかしてるような言い方……いや、やらかしてるか。うん。



「一つ、提案をしに来ました」

「提案?」

「はい」

 5人で作った列から一歩前に出、私は逃げずに懇願する。



「お願いです。私に、帰る許可をください」

 母は少し驚いた後、目を瞑り頭を押さえた。

「……それなら、一ヶ月だけは許可してるはずですが?」

「違います。

 昔みたいに、ここにさせてしいんです。

 家族として、娘として」

「理由は?」

 イエスかノーかは勿論もちろん、自分の心のうちさえ明かさないまま、母は続きを促す。

 成功かどうかは怪しいが、話を終わらせたりはされなかった所を見るに、チャンスが無いわけでもないらしい。

 私は、それを取ったことで深呼吸し、母と向かい合った。



「意地を張る必要が無くなったからです。

 それと……家族と一緒に、普通に暮らしたくなったからです」

 私は胸に手を当て、回想に入りながら語り出す。



「お母さん。あなたが私を追い出した最大の理由。

 それは私が、教師になるべく入った大学で教職をあきらめ、作家という、どこまでも不安定な仕事を試みたからですよね?」

 私は大学生の頃、一度だけ、本当ほんとうに家を追い出される所だった。

 私が正直に新たな、というか生まれて初めてきちんと抱いた夢を明かした結果、そうスカンを食らい(当然か)、『だったら今直ぐ、出て行け。なるべく帰ってくるな』と、今までで断トツ、殿堂入りレベルで母を怒らせたのが、すべてのはじまりだった。

 まぁその後、一週間は全員がピリピリしてから、『大学出るまではても構わない』という折衷案に着地したわけだが。その間、私は荒れに荒れた。

 思い出すのが、今の自分を嫌いそうになるのがいやで、それまで書き溜めていた小説擬もどき、さらには卒業アルバムまで、迷いながらもすべて捨ててしまうくらいには、どうしようもなかった。



 お門違いなのは重々、承知だ。それでも、ふとした瞬間に今でも思う、考えてしまう。

 そうなった一因は、何かにつけて私を叱り、自分の意見に従わせようとし、こっちの話にまったく耳を貸そうとしない、母にも有ったんじゃないかって。

 だから、未だに母とは、一言たりとも口聞きたくなかった。それくらいには、嫌いだった。

 それがたとえ、母親としても親としても、世間一般の常識としても、正しい事であっても。

 こうしてクリエイターとして独立しても、未だに母には、感想も、お褒めの言葉ももらったことは無かった。

 評価してもらえてないのが、子供扱いされているようで、失敗作と見放されているようで、気に食わなかったし鼻に付いた。



 そんな背景により、今まで母とは折り合いが悪かった。

 けれど、トシくんにさとされ、理解した。子供扱いされていたのではなく、現に子供だったのだと。けれど、だからといって、無理に大人振る必要も無いのだと。私は今の、ありのままの私でも、何の問題も無かったのだと。

 事実、心を互いに開く事で舞桜まおちゃんとの微妙な関係も清算出来た。新たに、やり直せた。

 となれば、次に私がクリアすべきは、母との確執だ。それを解決しないと、私は先には進めない。正確には、他にも大きな問題は有るが、私は当事者ではない以上、深く踏み込むわけにはいかない。

 つまり現状、私にとって最大のターゲットは、母というわけだ。



「なるべく、規則正しく振る舞います。

 苦手な家事も精一杯、取り組みます。

 役場とか銀行とか郵便局の用事も極力、引き受けます。

 生活用品も、すべて負担するし、チェックするし、交換するし、買いに行きます。

 無論むろん、水道代や電気代、食費も含め、生活費諸々、全員の分を払います。必要なら、言い値で家賃も払います。

 いきなりは難しいかもしれませんが、少しでも早く馴染めるよう、家族の負担にならないよう、尽力します。

 これまでの数々の非礼は、つつしんでお詫び申し上げます。

 どうか……また、家に置いては、頂けませんか?」

 


 まるで居候いそうろう、社畜のような低姿勢で懇願し、頭を下げる。

 後ろで舞桜まおちゃん達が動揺しているのを肌で感じたが、私は別に大袈裟だとは思わない。

 これまでの身勝手極まりない態度をかえりみたら、埋め合わせするには、このくらいでも足りないほどだ。



 しばらく、静寂に包まれ、緊張が走る。

 やがて私の視界から、ずっと映っていた母親の靴が消えた。

 ハッとして顔を上げると、母は私の前から移動しており、玄関へと向かっていた。

 これは……もしかしなくても、門前払い?



「ちょっと、ママ」

 私を嫌っている節の有る夏葵なつきちゃんが意外にも叫んで呼び止めようとするも、それを舞桜まおちゃんが制した。

 同時に舞桜まおちゃんは、私の前をあごでクイッ、クイッとしめした。



 振り返ると、私に愛想を尽かし家に戻ったと思われた母が、何かを持って再び私の前に現れていた。

 どうやら、居間から何かを取って来ただけの模様もようだ。

 母は、私に何も言わず、無表情のまま、その何かを差し出した。

 それは、両手でないと持てないサイズの、クッキーの箱だった。

 母は一体、どんな理由をもって、これを私に?



「……」

 事情が飲み込めないまま、私は箱を開けた。

 次の瞬間、あまりの衝撃に、私は箱を危うく落としかけた。何の比喩も無く、心臓が止まるか、良くて飛び出そうになった。


 

 そこに入っていたのは、すでに存在しないはずの小説やアルバム、文集……過去の私が捨てた、私の、掛け替えの無い、思い出の品だったから。



「あ……あ、あ……」

 気を利かせ風月かづきくんが持ってくれた箱から、私はずアルバム、特に思い入れの深い高校時代の物を手に取った。

 そしてページを夢中で、けれど雑にならないようめくり、一枚一枚、噛み締めながら確認して行く。

 そこまでして私は、小説やアルバム、文集が一つも欠けずに残っているか不安になり、改めて一つずつ確認する。



「そんなに慌てなくてもいわ。

 ちゃんと全部、回収しましたもの」

 母の言葉に、私は思わず顔を上げた。その先に広がっていたのは、母の笑顔だった。



ひど稚拙ちせつだったわ。かろうじて読めたレベルね。

 文体は滅茶苦茶だし、『言った』『言った』のオンパレードで他の表現が見当たらないし、話は飛び飛びだし、伏線も無いまま整合性も無視して急展開の連続だし、どこかで見聞きした展開ばかりだし。

 少しは、他の作家さん方のを読んで、勉強したら?

 例えば、そうねぇ……手代てしろ 大翼たすけ先生とか、どうかしら? 私、大ファンなのよ。デビューした当時から、ずっと、変わらずにね。

 普段あなたに一際キツく当たってる手前、恥ずかしくって、反応に困って、言えなかったけれど」



 読んで、くれてた。

 好きで、いてくれてた。応援、してくれてた。

 見放されてなんて、なかった。

 今も、昔も……ちゃんと、愛されてた。



「お母ぁ、さん……」

 私はたまらず、文集を戻し箱を風月かづきくんに預け、お母さんに抱き付いた。

 母も涙を流しながら、私を包んでくれた。

「今まで、よく頑張ったわね。ただでさえ飽きっぽいあなたが、ここまで逃げずに続けるなんて、凄いわ。

 あなたは私の誇りで、大事な宝物よ、紅羽いろは。あなたが産まれた時から、ずっとね……」

 一旦、私を離し互いの泣き顔を見詰め合ったあと、母は私を一層、強く抱き寄せた。二度と手放さない、手放してなるものかと、そう誇張、主張するみたいに。



本当ホント……こんなに時間が経ってから、誰かに教えてもらってから、初めて気付くなんて。

 あなたが一言、たった一言でも、反省の意を心から表してくれたら、私は諸手を挙げてあなたを迎え入れたっていうのにね。

 あなたって子は、いつもそうよ。何をするにしても、手間暇かかってばっかりで。人より何倍も、時間を要して。

 高校の時だって、家庭科の時間で裁縫が間に合わなくって、部活を休みながら進めて、やっとどうにか間に合って。

 でも、それでもあなたは、泣き言や愚痴を零しながらも、めげずに頑張り続け、最後には成功して、こっちが釣られるくらいに笑ってた。

 そんな、不器用で努力家のあなたが、私は大好きよ、紅羽いろは

 こちらこそ、今まで、辛く接してばかりで、ごめんなさい。これからは、一緒に暮らしましょう。

 生活費? 家賃? 結構よ。あなたがただ健康に、笑顔でいてくれさえすれば、他には何も要らないわ。

 ただ」

「……ただ?」

 勿体ぶった調子で焦らしつつ、母は涙を拭い、微笑ほほえんだ。  



「また、定期的にグルメ·ツアーに付き合わせてくれるかしら?

 あれ、結構好きだったの。楽しくて、嬉しくて、仕方ないんだもの」

「……!!

 うん……うん!! どちゃ連れてく……!! 毎日でも……!!」

「それは流石さすがに止めて。色々と身に余るわ」

「じゃあ、じゃあっ」

 ハグを終えたタイミングで、夏葵なつきちゃんが割って入って来る。



うち、平日付き合う!

 で、舞桜まおちゃんが土曜、ママが日曜!

 って、どう!?」

 相変わらず生意気な、ちゃっかりした提案に、私達は同時に破顔した。

 意気揚々とした夏葵なつきちゃんの横から、対象的にアンニュイに、舞桜まおちゃんが出て来る。



「それ、誤魔化ごまかせると本気で思ってるん? 浅はかってレベルじゃないっての。

 てか、夏葵なつき。あんたそれ、現役の女子高生として、どうなん?」

「平気だよっ! 体育でめちゃ痩せるもんっ!

 二人と違って、ちゃんと運動してるもんっ! 二人と違って!」

「ん〜? なぁんで、二回も言ったのかな〜?

 ん〜?」

 顳顬こめかみに怒りマークを帯びつつ、舞桜まおちゃんが夏葵なつきちゃんの顔で64ごっこを開始する。

 おかげで私達は、立ってることさえ怪しいくらいに笑ってしまう。



「お義母かあさん、やっぱチョロ甘っスね」

「おまっ……!?

 ヤマト! 空気読めよ! 肝心な時にマイ·ペース炸裂させてんじゃねぇよ!

 普段は引くくらい、読んでるくせして!」

「迷惑っスか? 改めるっスか?」

「聞くっ!? 今聞くのか、それ!?

 あと、現状維持、希望!」

 何やら、男性陣が騒がしい。これ以上、可笑おかしくさせないでしい。



 ……ん? 男性陣?



「あ」

 私が大事なことを思い出したタイミングで背後から、近付いてくるもう一人の仲間の足音……じゃなくて、車のクラクションが届く。

 車は、私達の前に危な気無く駐車し、中からトシくんが降り、こっちに駆け寄って来る。



「すみません。遅くなりました」

「タイミング、バッチリバチバチだよ。ありがと、トシくん。

 紹介するよ、お母さん。私のスパダリの」

 トシくんにお礼をげ、私は振り返る。



 そこで、初めて気が付いた。空晴すばるくん以外、全員の目が、トシくんの乗って来た車に釘付けとなっている事を。

 興に乗って来た私は若干、拍子抜けしたが、ぐに切り替え自慢気に弁舌する。



「あー。やっぱ、気付いちゃったー?

 そうなんだよ、結構かかったんだよねー、これ。だって、見ての通りでっかいしー。

 でも、ほらー? トシくんは勿論もちろん風月かづきくんや空晴すばるくん、8人で一緒にお出掛けーってなると、これくらいのは必要じゃん?

 だから、また無駄遣いしてーとか怒らないで欲しいなー。

 なんでか良く分かんないけど、一目見た瞬間、私もトシくんも、妙にビビッと来たんだよねー、ビビッと。

 本当ホントなんでか謎なんだけど、引力が働いたってーかさー」

 言い訳めいた発言をするも、トシくんと空晴すばるくん以外は依然として、ひたすら驚くばかり。

 えー? そこまでかなー? もしかして私、金銭感覚、狂ったのかなー? 最近、外食しかしてなかったからなー。

 それで、サプライズが過ぎて、ドン引いてるとかー?



「すんません。なんか、そういうんじゃないっぽいっスよ」

 私が不安に思っていると、空晴すばるくんがぐにフォローしてくれた。

 確かに、ちょっと引くわ! 何この、感知性能!

 と、それは置いといて。



「何? どゆこと?」

「さぁ?」

 無責任か。まぁ、分かれって方が無責任そうだけど。

 などと空晴すばるくんと二人して、困惑していると。



「……あ」

と、唐突にトシくんが、素っ頓狂な声を上げる。そして、しばらくして車を指差し、

「あーっ!! あっ、あーっ!!」と叫び、と思いきやガクブルし始める。

 え、何? いや、冗談抜きで、何なの? ボキャひんになる呪いの効果でも憑いてるの? お祓いする? 車って、出来るの?



「……ステ……」

 いつも通り私の思考が脱線していると、やっと舞桜まおちゃんがしゃべった。

 でも、発せられた言葉は、私が放つよりも意味不明、説明不足で、私は空晴すばるくんと顔を見合わせた。

 かと思えば、舞桜まおちゃんが夏葵なつきちゃんの方を向き、叫ぶ。

夏葵なつき!!

 ステッカー!!」

「ステッカー?」

 さっきよりは通じるし、別に車に付いてても不思議じゃないけど、だからなんなの?

 ていうか、どこにも付いてないじゃん。確かに、新車じゃないけどさぁ。

 いやーだって、そこまでやったら激オコだろうなってのは、さしもの私でも察せたし。

 などという私の思考を無視し、ハッとした夏葵なつきちゃんは荷物をお母さんに預け、車の下に潜り込む。

 続いてお母さんが意識を取り戻し、あわてて家に入り、「あなたっ!! あなたぁっ!!」と、中で絶賛待機中のお父さんをダッシュで呼びに行く。



「ちょっ……!?」

 何してんの!? 万が一サイドブレーキしてなかったら、危ないじゃん!?

 と止めようと私が動こうとするも、空晴すばるくんとセットで風月かづきくんにはばまれる。

 風月かづきくんは、他の二人と違って少し冷静さを取り戻した様子ようすで、私に語る。



紅羽いろはさん。あんた、昔から結果オーライみたいな所、有るよな。適当に動いてたら、ひょっこり失くし物を見付けたりとか。リュウソ○のア○ナ的な?

 まぁあっちと違って大体は、紅羽いろはさんの記憶に朧気おぼろげながらも欠片かけらが残ってることが起因してるんだけど」

「……言い方や状況はともかく、否定はしない。

 で、それが何? どんな関係が有るっての?」

 はぐらかした雰囲気の風月かづきくんに、多少の怒りを示しつつ質問すると、風月かづきくんはすこぶる嬉々として返す。



「簡潔に言おう。

 今回あんたがもたらしたのは、今までで最大、最高、最強のラッキーだよ」

「は?」



「有った……有っ、たぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 いまだに答えを濁されていると、今度は夏葵なつきちゃんが、暴走族のバイク並にけたたましい叫びを上げる。

 そのまま、軽く頭をぶつけつつ車の下から出て来た彼女は、ぶつかりそうなスピードでこちらに戻り空晴すばるくんにキャッチ(でかした!)された。

 そして、お父さんとお母さんが急いで合流した頃に、私達に何かを見せた。



 それは、見るからに手製っぽい、ステッカーだった。

 ……ライオン、かな? サニ○号より下手ヘタだな。

 でも、だから、それが一体全体、なんだって



「……あれ?」

 そこまで来て私の思考が、目に見えぬ何かにぶつ切りされた。



 なんだろう……良く分からないけど、凄くデジャブる。そして、どうにも胸騒ぎが止まらない。

 この感じ……なんだか、すごく、懐かしい。そして何より……無性に泣きたくなるくらいに、うれしさの濁流が押し寄せて来る。



 そう。これは、あれだ。

 あの時……お婆さんもお爺さんも生きてた時に、お父さんが車を買って来た時と同じ。

 あの状況と、ほとんど同じだ。場所も、人数も、構成も、車の色も、デザインも、形も、大きさも。

 いや……ほとんど同じ、ってか……!!



「これ、あれじゃん!! 元々、うちのだったやつじゃん!!

 お爺さんとお婆さんも連れてお出掛けするために、お父さんがノリで買って来て、あとでお母さんにしこたま怒られたやつ!!」

「え? 義姉ねえさん、そんな凄いの、当てたんスか?

 偶然?」

「偶然!!

 もう、全っ然、覚えてなかったもん!!」

「マジか。URユー·レアっスね」

「はげど!! あと、あんがと!!」

 とまぁ、空晴すばるくんのクールっ振り、私のアバウトさの相乗効果により、なんとも締まらない感じにはなったが、最終的にワゴンは歓迎された。

 そして私、さら舞桜まおちゃんも、暖かく迎え入れられた。

 自分が相当アレなのも、舞桜まおちゃんが私のおり、ブレーキだったのも知ってるけど、なんのイベントも無くあっさりパーティ入りしてるのは、少し不平等だと思う。



 その後、私達は新しい家族と共に、懐かしいの車に乗って、オクトも連れてバーベキューに向かい、盛大に飲んで食って騒ぎまくり、新たな門出を祝ったのだった。





 とまぁ、私のストーリーは、こんな所だろう。

 そして、私はアンカーとしての務めを無事に終え、解き放たれたまおちゃんは、宝島に向けて全速前進、取舵とりかじ一杯に向かうわけだ。



 私はもう、謝罪の完了している距離まで来た。

 ここから先は、まだ完結していない主人公に譲るとしよう。

 それでは、諸君。願わくば、いつか、どこか、もしくはここで、また会おう。

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