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 アカちゃん。舞桜まおちゃんが私をそう呼び始めたのは、数ヶ月前から。確か、舞桜まおちゃんが成人式を終えた頃からだ。

 理由は不明だが、あの頃から舞桜まおちゃんはどことなくアンニュイな雰囲気を醸し出し始めていた。



 そんな時に、馴染みのカラオケで呑んでいる時に、唐突に、そう呼ばれ始めた。

 酔っ払った私が『バブー』と巫山戯ふざけたら、舞桜まおちゃんが目を丸くしたあと、クシャッと笑ったのがけだった。『馬鹿バカじゃん』と。  



 そんな場所に今、私と舞桜まおちゃんは二人だけで来ていた。なんの因果か、あの時と同じ部屋に。

 鍵をかけ、カメラも切り、なんならカーテンでドアまで隠す。そんな、常連だからこそ許された隔離空間を作ったあと、私は真顔で舞桜まおちゃんに正面から言った。



「……付き合うことになった」

 舞桜まおちゃんは私と対面してはいるものの、どこか別の場所を見ているようだった。

 彼女は胸の下で腕を組みつつ、少し意味も無く視線を横に運んだあと、向き直った。

  


「そっ。良かったじゃん。おめでと。

 話はそれだけ? じゃあ、帰るわ。

 折角せっかく大袈裟なセット用意させといて、悪かったね」

 あっさりげると、舞桜まおちゃんはさっさと帰ろうとする。その前に私が立ちはだかり、遮った。



本当ほんとうに、これで良かったの?

 舞桜まおちゃん、トシくんとまだ」

「ふーん。もう名前で呼んでるんだ。

 んじゃん? あたしには関係無いし。

 てか、とっとと退いて。帰れないでしょ」

「断る。

 だって私も舞桜まおちゃんも、もう帰れない場所まで来てるから」

「何それ。歩いて数分じゃん。そんな、大袈裟な」

「うん。言い方が悪かった。こう変更するよ。

『私も、舞桜まおちゃんも、もう後戻り出来ない所まで、来てるから』」

 舞桜まおちゃんが刺々しく、毒々しく、腹立たしくにらむと、今度は私から向こうに迫った。

 そして、反対の壁際まで追い詰め、両手で壁ドンの姿勢を取り、確信を突く。 



舞桜まおちゃん。トシくんを好きになりたいんでしょ?」

 私よりも身長の有る舞桜まおちゃんは、私を見下ろしながら、答える。



「は? 何それ。

 有り得なさ過ぎて意味不明なんだけど。

 あたしとセンセは、単なる師弟関係なだけ」

「じゃあこの際、面倒だから、一時的にそういうことで構わない。

 私の推理は、こうだよ。

 舞桜まおちゃんは、トシくんのことを好きになりたかった。

 でも、トシくんは舞桜まおちゃんを生徒としてしか見てなかった。

 だから、舞桜まおちゃんは風月かづきくんに先生の振りをさせて、寂しさと渇きを誤魔化ごまかしてた」

「……っ」

 キッと、舞桜まおちゃんからの視線が尖った。

 何? もしかして、気付きづいてないとでも思った? フィクションとはいえ、どんだけ場数を踏んでると思ってるの?



「けど、それもしんどくなって来たから、そろそろ自分を異性として見させてしかった。

 だから、人身御供ひとみごくうを思い付いた。誰か、面倒臭いタイプの女と実際に付き合わせ、恋人ってのが如何いかにアレなのかを理解させる。

 そして、思い出させ、分からせるの。『花鳥かとりさんとた時は、こんなんじゃなかった。自分には、花鳥かとりさんこそがピッタリ嵌まっていたんだ』ってね。

 そうして力尽ちからずくで、自分に惚れさせようとした。

 けど、流石さすが夏葵なつきちゃんは、可愛いし若いし妹だし生徒だし、何より姉として、女としての意地が勝ったから却下。

 だから、別れては付き合ってを繰り返してる私が打って付けだと判断し、半ば無理矢理くっつけようとした。

 ……違う?」

「……っ!!」

 ついに目に見えて怒りを剥き出しにし始めた舞桜まおちゃんは、私を突き放した。そして、倒れた私を上から眺めつつ、げる。



「それ、新作のネタ? よく出来できてんね。中々にリアルだよ。

 でも、そういうのは、担当さんとやって。あたし、そこまでは受け持ってないから。

 なんかもう、本当ホント無理。勘弁、遠慮。本格的に帰るわ。

 ただ、突き飛ばしたのだけは謝る。ごめん、やり過ぎた」

 私は腕を抑えつつ立ち上がり、再び立ち塞がった。強気に笑いながら。



「これくらい、別に平気。ちょっと打っただけ。折れてたり、血が出てさえなければ、別にい。

 舞桜まおちゃんも知ってるでしょ? 私、小中はずっと、虐められてから。物理的にも、精神的にも、社会的にも。

 こんなの、その比じゃない」

「また横道?

 い加減にしなよ。いつになったら、学習すんの?」

い加減にするのは、そっちでしょぉ!?」

 流石さすがにブレーキが効かなくなって来たので、やにわに私は叫び、主導権をもぎ取った。



「いつまで、そうやって逃げ続けてんの!? 明日、明後日!? それとも来年!? そんな馬鹿バカ真似マネ、死ぬまで繰り返すもり!?

 ずっとそうし続けて来た先輩として、断言するけどねぇ! そんなことしても、なんの意味も無いし、何も変わらないし、何も残らないよ!?

 ただどうしようもなく、むなしくて、やりきれなくて、幾度と無く無性に死にたくなるだけだよ!?」

 舞桜まおちゃんの両手に縋り付きながら、私は必死に訴える。

「もう……終わりにしよう?

 ちゃんと、トシくんと話して。舞桜まおちゃんから、どんなふうに好きかって。じゃないとあの人、本当ほんとうに今のままだから。舞桜まおちゃんの求めるまま、ずっと仮初めを維持する。

 そんな関係、おかしいでしょう? 何より、私が困るの。このままじゃ私、彼女以上にはなれないの。

 だって、舞桜まおちゃんのことが気になるから、舞桜まおちゃんへの罪悪感で胸が張り裂けそうだから。

 よく、『片思いしてるだけで、そばにいるだけで満足』とか言ってるヒロインがるけど、私から言わせれば、あんなのただの負け犬の遠吠えだよ。

 だって、本当ほんとうに愛してるなら、根こそぎ奪いたくなるのが普通じゃん。そんな風に最初っから逃げに徹してるから、負けたんだよ。

 今の舞桜まおちゃん、それと大差ないよ? いや……想いを打ち明けてる分、あっちのがまだ増しマシかもね。

 それでいの? そんなんが本当ほんとうに満足だ、ハッピー·エンドだなんて、本気で言えるの?」

「ハッピーなのは、アカちゃんの頭の中なんじゃない?

 よくもまぁ、そこまで自信満々に長々と言い切れるよね。あくまでも仮説だって言ってるくせに」

「あっそ。なら、もっと証拠、突き付けたげよっか?」

「……は?」

 舞桜まおちゃんの顔付きが、露骨に変わった。私は彼女から離れ、カウント毎に指を立て始める。



「1。どうして風月かづきくんは、あそこまでトシくんの真似マネが上手かったのか?

 それは、舞桜まおちゃんがずっと付き合わせてたから」

「2。どうして舞桜まおちゃんは、5年も経ってから私にトシくんを紹介したか?

 これは簡単だね。少し前までは、彼の横にるだけで満足だったから。

 加えて言えば、彼はモブキャラを演じていたから、誰かに告られたりしなかったので、安心、慢心してたから」

「3。どうして舞桜まおちゃんは、トシくんの眼鏡を外したがっていたのか?

 その顔が、舞桜まおちゃんのタイプだったから。正確には、それに近かったから」

「4。どうして舞桜まおちゃんは、夏葵なつきちゃんに、トシくんの正体を明かさずに、彼氏みたいに紹介していたか。

 決まってるよね。ほんの一時だけでも、恋人になっていたかったから。

 ちなみに、最後に夏葵なつきちゃんに自分達の関係を明かしたのは、ぼちぼち潮時だと思っていたから」

「5。どうして私をアカちゃんと呼ぶのか?

 馬鹿バカみたいだと思ったからでしょ?中身は子供っぽいくせに外面だけ大人っぽく振る舞おうとしてる私が。

 何より、少なからず舞桜まおちゃんとダブってる私が。

 要は同族嫌悪」

「6。どうして舞桜まおちゃんが、トシくんに、私の小説をオススメしていたか?

 本当ほんとうの答えは、一つ。

 自分が大なり小なりたずさわっている作品を『好き』だと言ってもらえる事で、あたかも自分のことが『好き』だと言われてるような喜び、安心感を間接的に味わいたかった、独占したかった、浸りたかったから。

 たとえ錯覚、気休めだと理解していてもね」

「7。どうして舞桜まおちゃんは、私にトシくんを紹介したか。

 私かトシくん、もしくは他の誰か、或いはみんなに、止めて欲しかったからでしょ?

『そんなの間違ってる』、『詮無いよ』って。

 だからこそ、少しでも可能性の有るみうちを選んだ」

「8。どうして舞桜まおちゃんは、トシくんに小説を読んでもらっていたか。

 自分をなぞらえたストーリーを通して、トシくんに知って欲しかったからでしょ?

 舞桜まおちゃん、恋愛小説ばかり書いていたし、他のジャンルでも恋愛を軸に置いてたもんね。

 実際に有ったイベントを、少しずつ織り交ぜながらね」

「9。どうして私とトシくんが初めて会ったのが、このカラオケだったか?

 この部屋が目当てだったんでしょ? ここなら、防音完備だしカメラも切って貰えるから、もし泣きたい、叫びたくても、ぐに出来るもんね。

 隣の部屋ってのが致命的でスリリングだったけど、最高にいじらしいね」

「10。どうしてトシくんを、『センセ』と呼ぶのか?

 特別扱いすることで、あっちからも特別に思って欲しかったからだよね?

 随分ずいぶん可愛い目論見だけど、ちょっとテンプレ過ぎたね。それ、自然過ぎて逆になんとも思われない、疑われないパターンだよ」



 こうして見ると伏線、ヒントばっかだよね、本当ホント

 そう。これは、舞桜まおちゃんからのSOSのサイン、救難信号だ。だから一つ残らず、ちゃんと拾わないと。たとえ今、本人にどれだけ嫌われようとも。

 話を進める度に、舞桜まおちゃんのボルテージがグングン上昇して行く。

 そろそろ締めに入ろう。そう思った私は、気を引き締め直した。

「他にもいくつか有るけど、指が足りないし、足でやるのは行儀悪いから、いや。最後に……」

「11。どうしてあんなこと風月かづきくんに強要、あるいは彼からの提案を了承したか?

 すべての根幹を成す大前提から覆す、その最大の理由は「もう止めてぇっ!!」

 舞桜まおちゃんが崩れ落ち、頭を抱えた。ようやく、難攻不落の捻くれ者を、攻め落とせて来た。



「そうよ、その通りよ、一つ残らず大正解よ!!

 大した洞察力、情報収集力、想像力、発想力だわ! 恐れ入ったわよ、名探偵!!

 でも、それが何!? それを隠してる事の、何が悪いの!? 当然じゃん、本当ほんとうことなんて言えない、言ったら何もかも失うだけなんだから!

 てか、そっちだって、同じでしょ!? ずっと、本音なんて言わなかったくせに!! 」

 舞桜まおちゃんの言う通り。私は、ずっとひた隠しにしていた。

 だって、私には小説しか無かったから。他に誇れる武器なんて一つとして無かったし何分、不安定で不測な力だったから殊更ことさら、不安だった。「じゃあ、小説も駄目ダメだったら?」って。

 だから、他の得物を求めてた。小説を世界中に糾弾され、どん底、絶望の果てで、新しい道を探させて欲しかった。

 そんな葛藤にさいなまれつつ、私は色んな物をひそかに背負い続け、ボロボロになりながらも歩みは止めず、手代てしろ 大翼たすけなどと名乗りながら、人知れず世間に求めていた。助けてよ、って。

 ーー手代 大翼たすけてよ、って。



「そうだよ! 私は、ずっと子供だった!

 無理して背伸びして、下手ヘタに、不格好に、不釣り合いに大人振って、ラブコメのテンプレお姉さんキャラみたいなの演じて、大人をたぶらかしてた!

 そうすることで、誰も信じないまま、自分に言い聞かせてた! 私も立派な、大人なんだって!

 でも、分かったの! そんな風にしてる時点で、子供なんだって! ていうか、無理に大人振る必要なんて、無かったんだって!

 だって、私はブラックや残業とは無縁だから! 悟った振りして妥協して、『大人になれ』だなんて余計な、何のためにも参考にもならないアドバイスをする、先輩風を吹かせる上司なんて、なかったから!

 私はありのまま、子供のままで良かったの! そんな私を愛してくれる人が、ちゃんとそばにいてくれたから!

 だからこそ、舞桜まおちゃんにも分かってしいの! 自分と違う、自分にばっか都合のいキャラを演じる必要なんて、無いんだって!」



「はぁ!? 今のアカちゃんこそが、その上司みたいになってるじゃん!

 あたしよりずっと子供っぽいくせに、大人それっぽいだけの気休め抜かさないでよ!

 言っとくけど、あたしの方が余程、大人だから!アカちゃんは未だに『お父さん』『お母さん』だけど、私なんて中学の時点で二人を『父さん』『母さん』って呼んでた!

 仕事のクオリティやスピード、スキルやギャラはともかく、アカちゃんの何倍ものノルマ、タスクをこなしてるし、その上で趣味も家事も両立してる!

 あたしの方が断然、立派に社会人やってんじゃん!

 堕落した日々を淡々、のうのうと、流されるまま気の向くままに生きてるだけの人が、人生が何たるかとか説かないでくれる!?」



「そういう風に自慢してる、張り合ってる時点で、子供だって言ってんの!

 てか、堕落ってんなら、そっちだって一緒でしょ!? 大事な幼馴染おさななじみに、あんなことさせるなんて! 抵抗とか、微塵も無かったの!?」

「あれは、風月かづきからの提案!

 あたしは、何も言ってない!」

「そんな風になるように仕向け、誘い込んだのも、こうして責任転嫁してるのも、他でもない舞桜まおちゃんでしょぉ!?

 じゃあ舞桜まおちゃんは、少しも思わなかったっての!? 計画通りだとか、しめしめだとか、そんなこと!!」



「思ってる!! 思ってるに決まってる! 罪悪感で一杯で死にそうだった、ぐにでも自分を殺してやりたくなった!!

 だから、早く独立したかった! クラスメイト達みたいに、胸張って堂々と語れる仕事に就きたかった!

 でも、アカちゃんが解放してくれないんじゃん!

 手当たり次第に書いてた昔と違って今は、本当ホントは日本語も、ユーザー辞書も正しく使えるし、締め切りもスケジュールも守れるし、伏線だって回収出来るし、調整も出来る、時間だって有る!

 あたしが担当してること、一人で全部可能なのに、出来ない振りして!

 本当ホントあたしのサポートなんて要らないのに、未だにあたしを手放そうとしないんじゃん!!」



「当たり前でしょぉ!?

 いつ人気が無くなるか、書けなくなるか、パクられるか、パクったと言われるか、炎上するか、ディスられるか、ネタにされるか!

 頼んでもないのに勝手に決められ一方的に進められ適当に手抜きで作られ、それどころか製作発表されるまで決まってたことも知らされてなかった実写版やアニメが爆死した煽りを受けて切られるか!!

 分かることより分からないこと、信じてた物に裏切られることの方が明らかに多い!

 そんな暗黒の世界に、可愛い妹を引きずり込みたいわけ無いじゃん!! 」



「だから、あんまり関係無い、どっちつかずな、温ま湯みたいな場所に永遠に浸からせて、日陰みたいな場所で飼い慣らして、楽させようって魂胆!?

 あーそう、おかげ随分ずいぶん、稼がせてもらったよ!

 でも、教えよっか!? あたしは、アカちゃんからもらったお金、ほとんど手を付けずに貯金してるの!

 何故って!? あんな、違法なんだか正当なんだか分からないお金で、家族やお天道てんと様に顔向け出来ない状態で生き長らえさせられるのが、申し訳ないから!

 アカちゃんや、あたしよりも激務なのに薄給だったりする人に対して、恥ずかしいから!」



 互いに主張を一通り、一思いにぶつけなあと舞桜まおちゃんは床に崩れた

 私は屈み、泣きじゃくる舞桜まおちゃんの肩に、そっと手を置いた。  



「……分かってる。全部、ちゃんと分かってるよ……。

 こんなん、間違ってるって……。あたしは、最低最悪にひどい女で、人間だって……」

「それに関しては、私も何も言えない。今までの私も、丸っきり同罪だから

 でも……だからこそ、やり直そ?

 だって、こんな私たちをも、愛し、励まし、受け入れ、包み込んでくれる人が、なん人もそばるんだから」

 舞桜まおちゃんの上半身を起き上がらせ、笑いながら泣いて、私は舞桜まおちゃんと、現実と、未来と、過去と向き合った。

 

舞桜まおちゃんが心から望むのなら、自由に生きなよ。

 ただし、相応の覚悟が必要なこと、死にもの狂いで食らい付くしかないこと

 そして何より、童心を常に絶やさずに持っていること

 それだけは努々ゆめゆめ、忘れないで?」

「……締め切りも?」

勿論もちろん。プロなんだから。

 破って良いのは、担当さんがポカして前日にーとか、そんな感じに無茶振りして来た時だけ」

「……経験済み?」

「ま、ね。

 徹夜して、どうにか間に合わせて、次の日は丸一日、寝たよ。腐ってもプロだから。

 当然、手抜きもしてないし、回せるだけのストックも無い状態だったけどね」

「あははは……。……はぁ……」と力無く渇いた笑みを見せ、舞桜まおちゃんは仰向けになり、右腕で両目を隠し、ボーッと呟(つぶや)いた。

 


「やっぱ……勝てないなぁ。には。幾つになっても。

 他のことだと圧勝なのに、小説これだけは永遠にかなわない」

 言いつつ、腕を元の位置に戻す。

 泣いているかと思った彼女の顔は、その実、すこぶる晴れやかだった。

 私も彼女の横で寝転がり、視線だけ彼女に向け、げる。



「別に勝利を譲るもりは無いけど、勝つ気で来てもらわないと困る。

 近い内に私達は、家族だけじゃなく、ライバルにもなるんだから」

「ん……超頑張る。本気で挑む」

 ミラーボールへと手を伸ばし、何かを掴むアクションを取ったあと舞桜まおちゃんは体を私の方に倒す。



「要はさ、通信交換みたいな物だよね」

「ポケモ○とか?」

「ん。そんな感じ。

 私は、紅羽いろはちゃんに、先生を渡した。だから、代わりに紅羽いろはちゃんは、素直な紅羽いろはちゃんをくれる?

 私は、それだけでい。他には、何も要らない。紅羽いろはちゃんには、もう何も求めない。

 だって、他に欲しい物は、もうぐ自分で全部、手に入れるから。じゃないと、意味も資格も無いから」

「……ん。分かった」

 舞桜まおちゃんが起き上がり、私も倣う。

 そして、きちんと正面で対し、赤裸々に綴る。



「今まで、ごめん。何から何まで」

「……ううん。こっちこそ、ごめん。でも」

 向かい合った舞桜まおちゃんの方へ、私は右手を突き出した。

「これからは、もう、必要以上の『ごめん』は無し。私達は常に全力で、戦うんだから。同情も妥協も油断も無しで、ね」 

「……ん。だね」

 私の意図を取り、舞桜まおちゃんは拳を伸ばし、コツンと合わせた。  



「ありがと。それと……改めて。

 これからも、よろしくね? 紅羽いろはちゃん」

「こちらこそ。よろしくね、舞桜まおちゃん。

 今まで、ありがと。お疲れさま

本当ホントだよ。もうマジで二度と勘弁、遠慮」

「えー。割とい仕事だと思ったのにー。

 そういうこと言うなら、本気にするぞー?」

下手ヘタ居心地いこごち良過ぎるから、困るんだっての。

 てか、別にいよ? それで。もう、戻るもりは無いから。進むって、決めたから。

 ただ……たんまり貯金してて良かった。今まで真っ当に生きて来た気はしないけど、それだけはマジで正解だった。

 晴れて無職だし。野垂れ死ぬとか勘弁、遠慮」

「あはは。それな」

「ね」

 私達は随分ずいぶん久し振りに心から笑い合い、互いを鼓舞し、健闘を祈った。



 さて、と。となれば次は、ラスボス戦かな。

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