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『焼き鳥みやび』は、私の実家の裏に有る居酒屋だ。
カラオケも完備されており、そこから酔っ払ったサラリーマンによる、お世辞にも上手いとは言えない演歌や昭和歌謡なんかが、昔から我が家にまで響いて来た。
そのお詫びとして、焼き鳥などのサービスが定期的に
「ちわーっす。廃品回収に来やしたー」
「うははー♪ 何この店員、超ウケる、マジ失礼なんだけどー♪ 廃品じゃなくて、中古だってーの♪
ねぇ、店長ー♪ この反抗的な新入り可愛くなーい、いけ好かなーい、即刻クビにしてー♪ お代は体で払うからー♪」
「それは悪うござんしたね。あと、指差すな。
てか、廃品ってのはあんたの
それより、ほれ、お待ち。あんた限定の裏メニュー」
「うっひょ〜♪ これこれ〜♪ やっと有り付けた〜♪
てか、遅ーい♪」
「無茶言うなよ。
「追跡と撲滅もー?」
「
当然、余裕でして来たわ舐めんな」
本日の店の手伝い(
私はそれを適当に流し、彼の持って来たフライド·ポテトを早速、食べ始めた。
あ〜……やっぱ、店長のフライド·ポテト、最高オブ最高〜……。
サクサクだし、フワフワだし、スパイスもチーズも付いてるし、テラ盛りだし、ケチャもマヨもごまドレもデミグラもバーベキューもバター醤油も有るし、言う事無し過ぎる……。
「で?
「フラれた〜♪ あはは〜♪
まぁ、私と付き合える人なんて、尻なり舌なり炎なり出せる変人じゃないと無理って事かね〜♪」
「マジか。まぁ、
てか、それ全部、死人だぞ?」
「そう♪ 私、頑張ったの♪ もっと祝え、労え、結婚しろー♪
てか、女って損だよねー、開通済みか未経験か一発でバレるし〜♪
その点、そうでもない男は、
「最後以外は引き受けるよ。三次な上に、こんな重たいの願い下げだ。
あと、下ネタ自重しろ」
「かー、生意気に育ったなー♪
親の顔が見てみたい♪」
「ん」
「どうせ、また人の話ちゃんと聞かずに、
確かに、大抵の男はそれでコロッと転がされるだろうが
ごく少数だけどな」
「あー♪ やっぱ、あれが地だったんだー♪
超ウケる〜♪」
「……あんなぁ、
あんたが
あんたはこうして、予約も入れずに押し掛け長居し、アルコールを水みたいに空け
これが本来、どれだけ身勝手で傍迷惑なのか。
「なーに? 追加料金?
「お代は要らねぇ。勝手知ったる仲だ、今更だろ。
その代わり、報酬は頂く」
「あっそ。なら、お言葉に甘えて酒代は払わないよ。
芋と麦を
「それに関しては、こっちの落ち度だから謝る。
新入りなんだ。
言いつつ、
あの子が、新入り君? 泥酔してるし距離が有るから、何言ってるんだかさっぱりだけど。お得意さんだからって、謝ろうとしてたの? 律儀だなぁ。
てかあの子、妙に貫禄有るなぁ。鉢巻も似合ってるし。幾つ?
ていうか、
あー……私が大酒呑みで健啖家だから
「さてと」
再び座り、
「あんたの言う通り、代金も宿泊料も取らねぇから。付けとくけど」
「いや、払わせるんかい」
「ったり
「それ、誤用だよ? 昔、
「ああ、俺もだ。要は場を和ます
腕を組み目を光らせ、
「洗いざらい、ぶち撒けて
※
「あんた……
「
そこは本家に
「訂正する。
私は、それを
「いや……どっちかってーと、
何やってんだよ、あいつは。
どっちも、取り扱い厳重注意なタイプだってのによぉ」
「え〜? 先生は、そこまででもなかったよー?」
「お
俺達のクラスで、俺以外の一部の男子が、卒業式の合唱の練習で
その
『先程は怒鳴ってすみませんでした。
以後、私も気を付けますので、皆さんにも卒業生らしい毅然とした態度で是非、臨んで頂きたく存じます』ってな」
「先生、ミント枠か〜。
ちょっと、解説書無しで挑むには
「その辺にしとけ。年がバレっぞ?」
「はいはーい。
どーせ私は、売れ残りの欠陥品ですーだ。中古ではないけどねー」
有りっ
「だってさぁ……
私、知らないし、
「……
そこに下心が一切無いのが、実に救いだった。
「私……昔から、そうだった。
何やっても上手く行かない、邪魔になるだけ、手伝っても
だから、誰も何も教えてくれなかった。教えた所で、学べないし、活かせないから。
私が自分を
私自身には、他の価値なんて無い。おっきい胸と、整ってるかもな外見と、お金だけ。
私には、それしか魅力が、武器が、好きになって
上半身を起こし、私は
「だったらさぁ……もう、色仕掛けしか無いじゃん。
その気が有る風に振る舞えば、あっちだって、乗ってくれるじゃん。
その
そうじゃなきゃ、こんな、
笑えるでしょ? そんな風にしてたら、いつの間にか男性依存症なミサンドリスト、ミザントロープになっちゃった。
もう、まるで
近付きたいけど、それ以上に遠ざけたいし、ある程度は離れてたいし、向こうからは一ミリも迫って欲しくないし、もっと言えば遠ざけられたくもない。
でも、それを見抜かれて捨てられるのは
それが、それだけが正解だって、信じて疑わなかった。
失敗しかして来なかったけど、だからこそ、やって来れた部分も少しは有る。
なのにさぁ……」
今に限った話じゃないけど、どっちが年上か分からない。
「あの先生……
思い出しながら胸に手を当て、客観的に見たら儚く映るだろう笑顔を浮かべた。
「あんなの、
確かに地味だし、万人向けではないかもだけど、あの素朴さが良いんじゃん……。
でも、ひょっとしたら、他にも
先生が、先生の
私……こんなに切なくて、暖かい気持ち……初めて、で……。
先生と一緒にいたら、今まで感じてた物さえ、
先生と一緒に味わった、何もかもが、最高に楽しかった。ちゃんと、お付き合いしたかった。
でも、それももう終わり。
だって、私が
「……確かに、そうかもな。
やっぱ、今日の
けど」
私の両腕を取り、握り締め、
「
それに、先生は別に、あんたを見放しちゃいない。仮にそうなら、鍵や飯やメッセージを残したりなんてしないし、そもそも速攻であんたを家から摘み出してた
ちょっと、どうしていいか分からなくなっちまってるだけだ。まだ
ってーか、ここだけの話……物凄く個人的だが、あんたと先生には、是が非でも添い遂げて
じゃねぇと……俺が、困んだよ」
妙に積極的、真剣な反応に、私は瞬時に察した。正確には、確信を持った。
「……あー。やっぱ、そうなんだ。だと思った。
なーんだ……隅に置けないなぁ」
「……気付いてたのか」
「当たり前じゃん。
「そっか。それもそうだな。ところで、
手を離した
……眼鏡? 先生が持ってたのに似てる。
「ちょっと
最近、先生の
「なーに?
俺物○!!
「そんな所。
言うが早いか、
へー。存外、様になってるじゃん。
「では、
これからあなたに、魔法をかけます。
僕が『いいですよ』と言うまで、目を瞑ってください。決して、それまで開けてはいけませんよ?」
「おー。名演技ー。めちゃ、くりそつー。
てか、鶴の恩返し?」
拍手すると、
「はいはい。分っかりましたー」
仕方が無いので、私は従った。
……あれ?
『いいですよ』
……
「もー、
目を開けた瞬間、私の視界に広がっていたのは見覚えの有るスマホで。
「話は
先生、本人だったから。
分かったのは、二つだけ。私は催眠術になんてかかってないし、目の前に居るのは本物の先生だっていう
「なん……で……」
ようやっと出たのは、そんな、安直な一言だった。先生は真顔で私の両手を包み、言った。
「……
あなたと、僕が、同じ世界に。同じ時間に。同じ場所に」
先程の意趣返しみたいな
「……すみません。ちょっと、
『予告します。十中八九、今から
で、俺が合図したら、ちゃんと話してください』と。
半信半疑で来たら、
あなた方は、
先生は私の手を放し、少し距離を取り、ソファの上で土下座して来た。
「先程は大変、失礼いたしましたっ!!
あなたの事情を何一つ知らず、聞く素振りさえ見せず、あなたを一方的に遠ざけた!!
あなたが
「どうか……どうか、ご理解頂きたい!!
僕があなたと親しくなりたいのは、あなたの中身、そして本に興味が有ったから!!
男としてあるまじき発言かもしれない、あなたにとってさぞかし失礼な、軽率な発言かもしれない!! それでも、どうか分かって欲しい!!
僕は、あなたを、単純に、純粋に、好きでいたい、好きになりたいだけなのだと!!」
あー……
際限無く、落ちて墜ちてオチて行くだけの、ズブズブな
「……」
私は先生の体を起こし、きちんと座って
その
「すみません。芋焼酎、一つください」
何となく気分で敬語を使うと、こちらを
「選択権、譲ります。先生は、どっちに賭けます?」
どういう意味かは、分かる
私の挑発混じりの誘いに、先生はビクともせず、余裕なまま笑んだ。
「彼は、成功します。
僕は
「じゃあ、私は失敗の方に賭けます。
私は、捻くれ者な自分を信じてるので」
そう互いに言葉を交わしていると、私のテーブルに、芋焼酎らしき物が、新入りくんの手により運ばれて来た。
「お幸せに」
うぅわっ、声と
めっちゃ
録音しとけば良かったぁ!!
などと内側で取り乱しつつ、緊張の一瞬の中、私はグラスを握り、一気に飲み干し、テーブルに置いた
「……芋焼酎でした。
私の負けです。あなたには一生、勝てません。到底、勝てそうにありません。
こちらこそ、
こんな
土下座をした後、切に祈りながら私は、左手の薬指を、先生に差し出した。
それ
先生は、無言で薬指を見詰めながら、自分のそれを絡めて来た。
「はい。そんな
徐々に惹かれ合い、薬指を絡め、五指を踊らせ、
やがて私達は、唇を起点に、身も心も一つとなった。
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