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先生せんせー。はよー」

 すでに合流地点にて待機していた私は、抜き足差し足忍び味でターゲットに接近し、後ろから彼の腕を掴み、胸に当てた。

 先生せんせーはビクっとしたあと、こちらを振り返り、余っていた手で胸を撫で下ろした。

 


「……紅羽いろはさん。あまり驚かさないでください。

 心臓に悪い……」

「えー?

 これ位、普通っしょー?」

「それは、紅羽いろはさん基準の話でしょう……?」

「ま、ま、ま、それは置いといてー」

 先生せんせーの話を流し、私は先生の頭を撫でた。



「よし、よしー。ちゃんと私の事、名前で呼んでくれたねー。

 偉いぞー、先生せんせー

「はい……えと……恐縮です……」

 中々に従順で可愛い。舞桜まおちゃんの言う通り、確かにストライクだ。



「さて、と。そろそろ行こっか?」

「は、はい。

 それより、紅羽いろはさん、その……」

「あー、これー?」

 胸と両腕でサンドしていた先生せんせーの右腕をプニプニ、ツンツンしつつ、私は意地悪く笑った。



「なーにー?

 恥ずかしいのー?」

「は、はい……。

 なので、その、そろそろ……」

「うーん……」

 考えてるポーズだけを取り、私は先生に提案した。

 


「どうしょっかなー。

 先生せんせーが私を満足させてくれたら、解放するのもやぶさかじゃないかもだよー?」

本当ほんとうですか!?

 は、はい! が、頑張りますっ!」

「ぐーふーふー。夜の方をー?」

「はい!

 僭越ながら、精一杯プランを練って来たので、お任せを!」

 うわー。華麗にズレてるなー。堪らんわー、本当ホント面白っ。リュー○になった気分ー。

「あ、そだ先生せんせー

 トイレ行きたくなったら、ぐに行ってくれて構わないかんねー?

 なんなら、三十分でも一時間でも待つしー」

「い、いえ、ご心配無く!

 変な物を食べたりしてませんので!」

 ひゃー、何この人、純情、超面白ー♪

 益々、楽しくなって来たー♪





 石ノ森〇画館、そして大成苑に気軽、短時間で行ける事は石巻民にとって最大、最高の特権だと思う。二箇所の距離も近いし。

 それはさておき。私達は心行くまで萬画館デートを堪能したあと、少し移動してチーズとクリームの揚げたい焼きとフライドポテトを平らげ、一休みしていた。



「……随分ずいぶん、食べるんですね」

「あー」

 確かに、チーズ揚げたい焼き三つ、クリーム揚げたい焼き3つ、フライドポテト3パックは、食べ過ぎかもしれない。軽くない昼食だ。

 っても、私にとっては普通だけど。



先生せんせー、そういう子、嫌いなタイプー?」

「いえ。少し驚いただけです。

 むしろ、見ていて気持ちがいです」

「ぐーふーふー。良く出来ましたー」

 ティッシュで指を拭ってから、私は横から先生の頭を撫でた。

 わー、犬耳と尻尾が見えるー。



「私、ポテトがフェイバなんだよねー。

 ケンタのもビスケットとタイで一番だし、ファミマのサラダエレガンスも好きだし、ポテトだけ目当てでサブウェイはおろかはま寿司も平気で行くし、合衆国の山盛りもソロでペロリだしー。

 ポテチも主食ー、ただしトーストと牛乳はともかく、フルーツとクリームソーダは絶許ー。

 ちなみに、どんだけ食べてもここに集中するから一切、太んないのー、この体マジ便利ー、めっちゃ柔らかいしー。

 ってわけで、試しに触ってみー?」

 私が首元を少し涼しくすると、先生せんせーは視線を泳がせた。

 まぁ、お可愛いこと。



「て、丁重にご遠慮しておきます……。

 それより、そういう話でしたら、良かったら今度、僕が作りましょうか?」

「マッジでー? 先生せんせー、料理出来んのー?  マジ貴重、マジ来ちゃうー♪ 先生せんせー、神ー♪」

「えと……すみません。

 何が来る? 来てる?んでしょうか?」

先生せんせー、中々ボロ出さないねー。

 余計、唆られるー」

「は、はぁ……。

 えと……ありがとう、ございます?」

 へぇ、粘るじゃん。こりゃ、どこまで耐えられるか見物だなー。

 


「まぁ、いや。

 それより、ほら、あーん? それとも、先生せんせーがしちゃうー?」

「い、いえっ! お構いなくっ! 恐れ多いっ!」

 さてさて……どうやって、落としてやろうかなーっと。





 ミス○にビアードパ○にソフトクリーム、サーティワンにクレープにフルーリーに、ミックスジュースにたこ焼き、締めにスタ○。

 そんな具合に、イオンモールをグルメ(専らスイーツ)ツアーして回った。ちなみに、未だに先生せんせーの腕は逮捕中である。



先生せんせー、よく付いて来れんねー。

 私がこのルートをハイ·ペースで行くと、うちの女性陣からは、めっちゃ顰蹙買うのにー。

 まぁ拒否りはしない辺り、血は争えないってーか、やっぱ女だよねーってーか」

「……紅羽いろはさんこそ。よくケロッとしてますね」

「んー? 余裕ー、余裕ー。

 私、お金はたんまり持ってるからー。自分でも把握するのが面倒なくらいにはー」

「……流石さすがは、売れっ子小説家……。

 住んでる世界が違う……」



 先生の何気ない一言により、私の中でスイッチが入った。

 私は、甘い物を食べ過ぎて肩で息している先生の前に立ち、その腕を放し、彼の両頬を包んだ。

 


「お言葉だけど、先生。

 私は、きちんと、ここにる。先生と別の世界になんて、存在してない。きちんと触れるし、見られるし、話せる。

 でしょ?」 



 始めは照れて焦っていた先生だったが、ただならぬ私の雰囲気を読み取り、その瞳が不安でかすかに色褪せた。



「……すみません。

 もしかして、お気に触ってしまいましたか?」

 ……なーる。多少の鋭さは有るんだ。

 舞桜まおちゃんに先生のことを詳しく聞かなくて、正解だったかも。

 私は普段、何事においてもネタバレを調べてから臨むタイプだけど、これはこれで新鮮で、味わいが有る。

 私は何も答えず、先生せんせーの顔から手を離し、背を向け距離を取った。そして振り向き、その頃までには笑顔を間に合わせていた。



「べっつにー♪

 それより、ぼちぼちディナーの時間じゃない? 美味しい所、連れてってよ? 先生せんせー

 などと私が右手を差し出すと、先生せんせーは少しキョトンとしたあとうやうやしくひざまずき、その手を取った。



かしこまりました。お嬢様」

 ……まぁ、合格かな?

 月並みだけど、ノッてくれたし、「まだ食べるんですか……?」などとドン引きしなかったので、おまけで及第点としよう。





 先生せんせーとディナーを楽しんだあと、私は先生せんせーの自宅にた。



『自宅が仙台に有るけど、電車が運休で帰れない』 

『母親と喧嘩中で締め出されたから、実家にも帰れない』

 そう明かすと、先生せんせーなんの迷いも無く泊まるように誘ってくれたのだ。

 後者は事実だが、運休なんてのは嘘だと見破らずに。



「すみません、散らかってて。

 出来できれば、もっと綺麗な状態でお迎えしたかったのですが」

「平気、平気ー。むしろ、綺麗だよー。

 今まで付き合ってた男の中では、断トツでー」

 ハンガーにスーツをかけていた先生の手が、止まった。

 やや経ってから、先生は動きを取り戻し、こちらを少し振り向いてから、何事も無かったように振る舞った。



「あー。やっと気付きづいたー?

 先生の読み通りだよー。私は今まで、何人とも付き合ってたし、それっぽい事もした。彼氏じゃない男とも、普通にしたよ?

 まぁ流石さすがに、略奪や浮気、不倫はしなかったけどね。そこまでゴタつくのは、流石さすがにご免だし」

 ベッドに腰掛け足をブラブラさせたあと、私は足を戻し、先生の方を睨んだ。



大方おおかた、先生だって同じでしょ?

 私の体や外見、お金が目当てってだけで、一緒にるんでしょ?

 もーいじゃん、面倒臭い。キャラ作って探り合いや牽制なんてしないで、素直になろうよ?

 先生、私とシたいんでしょ? 私は別に構わないよ? 今夜、泊めてくれるし。

 っても、まだ未開封だけど。先生なら、構わないよ?」

 私が本気で言うと、先生は肩を怒らせつつ私と向き合い、怒りを示す。



紅羽いろはさん……。

 流石さすがに、冗談が過ぎますよ……」

「へー。先生、結構強情だねー。

 ま、逆効果なんだけど」

 私は立ち上がり先生に近寄り、ワイシャツ姿の先生の胸に手を当て、ボタンを外して行く。

 その手を、先生が少し荒々しく止めた。



「……何するの。先生だって、その気だったんでしょ?

 だって今時、はず無いじゃん。善意だけで異性と一晩過ごす男なんて、フィクションでさえ実在が疑わしいよ」

「その真偽はさておき。

 残念ながら、ここに一人、ます。

 あなたが言う所の、善意だけで異性と一晩過ごそうとしていた男が」

「ーーえ?」

 


 待って。え、マジで待って。嘘でしょ?

 この人……本気で、純粋に、私を泊めてくれるだけのもりだったっての?

 じゃあ今日のリアクションは全部……あれが、素? ありのままの、姿だったって事?

 


 先生が私の手を優しく戻す。

 私は予想外過ぎる展開により、精神的に直立不能に陥り、ヘナヘナとへたり込む。

 先生は、かけていたスーツを着直すと、財布やスマホや車の鍵を取り、腕時計を付け直し、代わりに別の鍵を机に置いた。



「この家の鍵です。

 この部屋は、好きに使ってください。僕はスペアを持ってるので、なんならぐにあとにして頂いても結構です。

 僕は今晩、ホテルに泊まります。その方が、どうやら互いにとって好都合みたいなので。

 朝には戻る予定ですが、あなたの要望があれば昼頃に戻る形になっても構いません。

 それと冷蔵庫に、作り置きや飲み物も入ってるので、好きにやってください。

 それでは、おやすみなさい」

 先生は最後に、まるであやすように笑顔を向け、部屋を去った。   



 私は、「ありがとう」も「ごめんなさい」も「おやすみなさい」も言えないまま一人、ポツンと部屋に取り残された。

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