3章 謝完距離 -side.I-

1

 最初に、断っておこう。ここから紡がれるは、どこぞのダウナー系リアリスト女子でも、カメレオン系ツンデレ女子でもない、その姉の話だ。

 次に諸々の確認だ。宿題は済んだ? もしくは仕事、それからトイレ。残業は間違ってもするなよ?

 睡眠時間は確保出来てる? 『夕方まで寝てた』? それは結構。

 じゃああとは、お菓子とジュースの用意は? おーっとぉ、ポテチはページがベトベトになるから避けるべきだ。

 無論むろん、ジュースも気を付けろ。じゃないと、折角せっかくの恋人(未来の候補も含む)へのプレゼントが台無しだ。いや、そもそも新品を渡すべきだろ、そこは。

 とまぁ、前置きはさておきだ。そろそろ、始めるとしよう。他でもないアンカー、花鳥かとり 紅羽いろはの物語を。

 経路や媒体はさておき、この本を実際に手に取り読んでくれている君だけに向けた、特別な講演会を。

 の前に、ず君達には、暫しタイム·トラベルの旅に共に出発して貰いたい。必要なら、深呼吸してリラックスしてくれ。

 ……よし。準備はいか?

 それでは、いざ行かん。時間を超越し、文字と想像の世界へ。



 小学生の頃の文集。それが、私のルーツだ。



 この文集とは、私が通っていた小学校で出されていた物だ。誰が作っていた記憶が不鮮明だが、ここにまぁ、何と、私の書いた作文が載ったんだから、そりゃ魂消たまげたし大層、喜んだね。

 何せ、当時から私は、勉強も体育も苦手で、趣味のゲームでさえお世辞にも上手くない、得意な事なんて一つとして無い、詰まんない人間だったんでね。

 そんな私が、初めて認められ、褒められた。

 そりゃ、学校から家までダッシュで帰って、家族に見せまくくらいにはうれしいに決まってるさ。



 否定しておくが、中身は大した事無いぞ?

 家族でボーリングに行った。ただそれだけのなんのトリックもトリートも内容も無い、取るに足らない話だ。

 で、肝心の文章も、『妹はコーラのアイスを食べた。私はソーダを食べた』とか、そんな感じの内容が、2ページ分程、連ねられているだけ。

 本当ほんとうに、大した事じゃない。現に、何回も読み直している間に段々と恥ずかしくなって来て、しばらくして捨てちゃったしね。



 けど、それが私に大きく作用した。

 前述の通り、私には何も無かったんだ。そんな小さな功績が、実際に身近にあるという意味でも、私にはダイヤモンドより余程よほど、価値が有った。

 中学時代、文化祭で合唱コンクール·壁新聞·ポスターの三冠を取った事よりも、英語の単語テストで一度だけ全員が同時に赤点を取らなかった事よりも、文化祭でなんの告知も無く与えられた『お年寄りに席を譲るで賞』よりも、ずっとだ。

 最後に至っては、驚いた上に恥ずかしかった上にドジだったので、登壇する際にけた分でも減点だし。



 そこからはもう、クリエイター気取りで色んな作品を考えては、妹に熱弁してたもんさ。

 クリムゾンアドベンチャー(テイマーズの影響)とか、クリムゾンの意味を知りもしない、検索さえ行わないまま(その頃はケータイなんて流行ってなかったし)そんな話を初中後しょっちゅう妹に聞かせていた。

 『私が話を考えるから、漫画を書いて』とせがんだものだ。無論むろん、てんで相手にされなかったけどね。



 で、中学の頃にはハリー・ポッターを読破し、高校の頃には実際に書き始めた。授業中でさえ、ノートに記してた。

 まぁ、今でも完全に黒歴史な、丸っきり二番煎じな稚作だし、案のじょう、クラスメイトにはネタにされてばかりいた。

 特に恋愛物なんて、ほぼほぼ花○のパクリで、未だに机に封印してるけど正直、生きてるうちに読み返すか、ひたすら疑問だ。

 あるいは私の没後、捨てられるか燃やされるかさかなにされるのがオチだろう。



 かく、それだけのクオリティな物だから、将来はクリエイターになろうだなんて、本気で思ってはいなかった。信じてさえいなかった。

 だから、吹奏楽部を引退したあと、本が好きだからって理由だけで適当かつ安直に文系の大学を選び、なぜかAO入試で高評価を得て、年が変わる前には合格が確約されていた。



 そこで私は教師になるべく勉強に専念する予定だった。が、そこで教育現場の現状を思い知った。

 他の大学ではどうなのかは知らないが、少なくとも私が通っていた大学では、未来の教師候補達は、ひたすら言われた。『テキスト通りにだけ動け』と。まるで、機械になれと命じられてる気分だった。

 分かってはいたもりだったが、改めて身に積まされた。私が憧れていた『GTO』や『ごくせん』は所詮、フィクションなんだと。あんな教師は、実在し得ないのだと。

 おまけに、特別講習は難しい上に数が多いし高いし夏休みとかにまで来なきゃいけないのが面倒だし、必要なワークも多過ぎる上に高い上にず意味が分からないのでモチベーションや集中力が持続しない。

 そんなわけで私は、小学校からの夢だった教師を、断念する事にした。



 ここまで話せば察するかもしれないが、私は基本、適当な人間だ。

 曖昧かつ過剰な自信、その時の気分を武器に、のらりくらり、これまで生きて来たのだ。



 残る道は一つ。そう、クリエイターだ。

 私はそれまで、ものぐさな自分に『ノート二冊で完結させる』という、必要なんだか良く分からないルールを課していたが、追い詰められたのも有って、それを外した。



 すると、どうだ。それまで微妙だった小説擬もどき達が突如、見違えたかのように、命を与えられかのように面白くなった。

 そのさまは、さながら鎖から解き放たれ、自由に羽を動かし飛んでいるようだった。

 しくは、幼虫から蛹となり、羽化した感じだろうか?

 実に気分が良く、楽しかった。それは丁度、文集の時に覚えた感情に近かった。



 それからはもう、またしても講義そっちのけで執筆しまくった。

 良い所でチャイムに妨害された事に腹を立てて講義をサボった事も何度か有った(本末転倒? 熟知してる)。

 ノートが足りなくなり『あと数ページで終わるから』とルーズリーフに続けたらノート一冊分位くらいの量になった事も有った。

 もっと早く気付きづくべきだったが、今更ノートに起こし直すのも手間。本当ほんとうにあと少しで終わると、またしても根拠の無いくせに無駄に大きい、漠然としてる確固たる自信を持ってやっていたら、このざまだ。

 我ながら、ちゃんちゃら可笑おかしいよ。一体いつになったら、私は学習するのだろうか。



 そうして出来た、ラノベ大賞用の小説『トケータイ(未来から送られて来た、様々な能力を秘めた「腕時計型」の「ケータイ」を手に入れた少年が主人公のバトル物)』。

 それを、私はパソコンで打ち直し、カタカタいう音を耳障りに思いながら作業を進め、印刷し、封筒で送った。


 結果は勿論、惨敗だ。

 首を長くして待っていたのだが、選考外だった。


 この予選落ちというのは一番、困る。

 何故なぜかって? 何がどう駄目ダメで、どれ位の点数なのかはおろか、ちゃんと届いたのか、読んでもらえたのかさえ不明だからだ。

 おまけに、私の本を蹴落としてまで勝ち上がり日の目を浴びたのは、どれもこれも頭が悪そうな、タイトルだけで読む気が削がれ、一発屋感が拭えない、興味が消え去ったあとに不快感のみが残るような物ばかりだったからだ。

 いや、実際に読んだらそうではないのかもしれない市し、あくまでも個人的な感想だが。



 流石さすがにカチンと来たので、私は『CLEARTHIONクリエーション(なんでも、「クリア」な「アース」を「クリエーション」することを目的としているらしい)』という投稿サイトに試しに入れてみた。

 こっちもこっちで中々にっ飛んだ、大仰なネーミングだなぁと思う一方で、私も私で大して変わらないので気にしない事にした。


 すると、デビュー作の『トケータイ』は瞬く間に人気に火が点き、レビュー数もお気に入り数も爆上がりし、三ヶ月程ほどで書籍化が決定した。

 例の出版社に選ばれなかってのは、単に合ってなかっただけだと思う事にした。



 それでも私は、まだ若干の懸念が拭い去れなかった。

 一発屋とは呼ばれたくなかったので、夢中で書きまくるしか無かったわけだが、それでは時間が足りなかったので、身に余った印税から頻出した破格のバイト代で用意し助手を雇う事にした。

 

 

 誰を隠そう、妹の舞桜まおだ。

 彼女は私よりも断然、機械の扱いに長けており、ブラインドタッチが出来る上にタイピングもめちゃ早いので、清書をお願いする事になった。母に似て何かと口煩いのが難点だが、有能なのは確かだった。

 だからといって、よもや、それから五年近くに渡って担当して貰う事になるとは、流石さすがに思わなかったが。

 さて、と。私に関する話は、こんな所だろう。それでは、そろそろ時間を戻すとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る