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『良かったな。父親さんとも、仲直り出来できて』

 ……毎度毎度の事だけど、何だって空晴すばるは、話す前から要件が分かってるんだろう。

 い加減、悔しくなるのも億劫おっくう だ。

 と思いつつ、自宅のテラスからうちは、空晴すばるに電話(スピーカー状態)で報告を済ませていた。

 ちなみに、ゆかりとも絶賛ライン中なので、地味に忙しい。



「はいはい、そうです、ありがとうございますー」

『雑』

「一言は無くない!? そっちのが、雑じゃん!?」

 つい、叫んじゃったじゃん!?

 これでママに叱られたら、あんたの所為せいだかんね!?  



『で? 本題は?』

 こっちがムスッとしてると、空晴すばるは促してくれた。

 うちは、まだ膨れっ面のまま、トーンにもそれを乗せつつ、空晴すばるを誘う。



「一つ目。

 今度さ……シーソー乗ってみてくれない?」

『分かった。

 ただし、乃木坂ってからな』

「うん。うちも、そんな気持ちだから」

 空晴すばるとは、本当ほんとうに波長が合う。

 空晴すばると友達になれて、本当ほんとうに良かったと思う。

 


 けど……そろそろ、足りなくなって来た。 



「それと、さ。

 うち空晴すばるに言いたい事、有るんだけど……『好きだ』



 うちが言葉を選んでいると、空晴すばるが突然、そして先に、うちの言いたいことを伝えて来た。

 あまりに意表を突かれ、危うくスマホを落としそうになった。



「はっ……はぁっ!?」

『俺……夏葵なつきの事が、好きだ。

 どういう意味かなんて、白ける質問、してくれるなよ?

 あと、答えは聞いてない。分かり切ってるし』

「ちょっ、待っ……!?

 そんなん、反則……!?

 あんたって、ホントズルいっ!!」

なんだよ、それ。

 先に鉄板フラグ立てたの、あんただろ?』

「そうだけどぉ!!」

 退路まで断つとか、抜け目無さぎ!!

 本当ホント、腹立つ!! そんなの、駄目《ダメじゃん、ただのチートじゃん!!



『なぁ? やっぱ、撤回。そろそろ、答えてくれない?

 ぼちぼち、はぁ……しんどい』

「イエスに決まってんでしょぉ!?」

『だよな。知ってた』

「〜っ!!」

 だました!! こいつ絶対ぜったいだました、演技してた!! 何なん!? 本当ホント!!

 なんかこう、切なそうな息遣いとかしちゃってさぁ!!

 あんた今、うちの目の前にいたら、どうなってたか分かんないかんね!?

 あっけらかんとしちゃってさぁ!

 などとアワアワしつつ、うちは胸に手を当て落ち着きを取り戻し、気持ちをリセットして空晴すばると向き合う。

 空晴すばるの家の方に体を向けながら。



「ねぇ、空晴すばるうち空晴すばるの事……好き。

 本当ホント好き、大好き、超好き。

 人としても、オタ友としても、異性としても、好き。

 ……愛してる」



『……うん。俺も』

 俺も……何? と息を呑み、続きを心待ちにする。

 が。

 プツッ



「……は?」

 え? 切れた? え、完全に切れたわよね? え、何で? 別に、ボタンとか押してないわよね?

 ……切られた?

 

「はぁぁぁぁぁ!?」

 何それ、信じられない!!

 あそこまで引っ張って、期待高まらせといてブッチとか意味分かんない、有り得ない、全体的になんなのよ、もぉぉぉぉぉ!!

 うちたまらず、スマホを床に投げ付けようとする。

 しかし、その手を誰かが止め、口から出ていただろう暴言を止めた。



 それがうちの、人生初のキスだった。



「んんっ!? んぅ……」

 いきなりで動揺したが、やがてうちは身を委ね、受け入れ、堪能した。



「なん……で……」

 唇が離れ、キスの余韻に浸っていると、空晴すばるは顔を真っ赤にして言った。

「……言ったろ? ぼちぼち、しんどかった。

 んで、多分あんたは父親さんと話せただろうし、そのタイミングでコクってくるだろうなと確信してたんで、ここで待ち伏せしてた」

「……聞いてない……」

「言ってないから。

 てか、あんたの母親さん、ラスボスだと思ってたけど、存外チョロいな。

 ゆかりから好物が羊羹だって聞いてたから持って来てみたら、事情を話さずに入れてくれたぞ?

 大方おおかたあんたも俺の事、話してくれてたんだろうけどさ」

「……ゆかりと親密になってるのも、初耳……。『どうしても許せない』とか、言ってたくせに……」

「それに関しては、もう本人が充分に罰を受けて猛省もしたし、あんたとまた仲良くなれたからチャラ。

 てか、『今の俺は』とも言ったろ」 

 最悪。本当ホント、最悪。

 うちはもっと、大人っぽいロマンティックな感じで、する予定だったのに。本当ほんとうに望んでた、飾らない形で、して来るなんて。

 こいつは、本当ほんとうに……最悪に、最高だ。嫌いになりたいのに、嫌いになれない、させてくれない。

 すでに好感度がカンストしてるから、どれだけマイナスされても変動しない。

 好きで、好きで、仕方しかたい。

 


「『俺も』……何?」

 空晴すばるの厚い胸板に飛び付いたあと、見上げながら求める。

 空晴すばるは、まだ赤面しつつも、ぐにうちを見詰めながら、言った。言い切った。  



「……愛してる。夏葵なつき

 俺と……付き合って?」



 普段は無表情のテクスチャ貼ってるくせに、実は百面相な所。

 自信満々って顔してるくせに、実はちょっとヘタレな所があって、アドリブ弱い所。

 それでいて、うちが困ってる、求めてる時は、駆け付けるどころかいつもそばにいてぐに助け、男らしく守ってくれる、決めてくれる所。



 空晴すばるの全部が、愛しい。

 一つ一つが、うちの心を雁字搦めにして放さない。

 ウケるけど、すっかりベタ惚れだ。



「そんなん、喜んで引き受けるわよっ……。

 ただし、うちをオトしたからには、絶対ぜったいに逃さないからねっ……。

 この、不法侵入者っ……」

「それは、夏葵なつきの家? 人生? 心?」

「全部っ……!!」

 分かってて巫山戯ふざけ空晴すばるの顔を少し荒っぽく押さえると、うちは可視化出来ない境界線を踏み越えた。



 そして、今度はうちから空晴すばるにキスをした。

 本当ほんとうの、ファースト·キスを。





 名付けるなら、そう……斜関距離。

 それが、うちと誰かの繋がりの名前。



 うちは、捻くれ者だ。

 生意気な態度を取ったり、面倒臭そうにしてたり、局地的に妙にデレデレ甘えたり、どこか斜に構えて茶化したり。

 そんな風に、ともすれば不愉快なスタンスを演じていないと、誰かと関わる事が出来ない。

 不安だから。それでもそばにいると、安心させて欲しいから。



 でも、だからこそ、思いだけは常に、それが無理ならなるべく、ストレートに届けて行きたい。

 だって、うちと繋がってる人達は、そんなうちでも受け止め、受け入れ、斜関距離を維持してくれる、掛け替えの無いい人達だから。

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