4
翌日の日曜日。
この日は、二つの予定が有った。
玄関で待ってくれていた
「
良かったな」
「いや、何で分かったし」
2階へと続く階段を登りつつ、やり取りする。
「あんたこそ、そのガラガラ声で、何でバレないと?」
「えー?
上手く行かんくて
「そしたらあんた、俺まで急に呼んで巻き込むだろ。
あんたは、そういう時、一人ではいたくないタイプじゃないのか?」
「……」
リサーチが
こいつ将来、心理学者か精神科医にでもなれば良いんじゃないの?
「ここだ」
2階に着いた頃、
「……何? これ」
「書斎」
「……誰の?」
「俺。
正確には、俺と姉さんのだけど、姉さん今、大学通う
……二人分なんだ。にしても、広過ぎる。
一介の高校生が書斎(それも学校の図書館レベル)を持ってるとか、謎過ぎて笑える。
しかも、漫画はきちんとジャンル毎、作者毎に五十音順でゾーニングされてて
「お姉さん
「何かと面倒見て
俺のTL好きも、姉さんの影響。姉さんが読んでたのを試しに借りてみたら、ド嵌りした。
でも、
こっちに引っ越して来たのも、姉さんの大学とアパートからそんなに離れてなかったんで、何か有った時に直ぐに駆け付けられるから」
なるほど。編入して来たのは、そういう
「だったら、一緒に住んだ方が良くない?」
タイトルや表紙、裏の粗筋などを見ながら、
「断られた。
『どうせ社会人になれば出張とか増えるし、早い内に自立したいから』って」
「は〜……」
で、爪の垢を
。
なんて事を思ってたら、ぐうたらな姉としっかり者の義弟と恋愛物を偶然、手にしてしまった。待てコラ、
でも、ここで戻したら、
「どん
「夕方までかなぁ。今日ちょっと、他に予定有んの。
ごめん。
「別に。こんなに早く来てくれただけで充分。
「マージで? やりー。
っても、その為だけに知り合ったってんでも、関係続けてるってんでもないけど」
「知ってる。だからこそ、許可した。
見繕ってるから、あっちで先に読んでてくれ」
「あーい」
「あ……」
「ん? 何?」
「いや……それ、俺の書いた奴。
表紙は、姉さんの手製」
「……はぁぁぁ!?
あんた、イラストまで描けんのぉっ!?
しかも、どちゃ上手っ!!」
※
去り際に母親に「慌ただしい」と軽く叱られたが、いつもの事なので気にしない。
そのまま、徒歩で飲食店へと向かう。
待ち合わせ相手は、
「ご、ごめん、
遅れたかな?」
「……どっからどう見ても、待ってたのはそっちじゃん」
ていうか、そっちは車で来てたじゃん。
同じ場所から、ほぼ同じ時刻で出たら、近道なんて無い以上、こっちが遅く着くに決まってるのに。
まぁ、意図的ではないにせよ、そうしたのは他でもない、相乗りするのを断る位には絶賛反抗期の自分だけど。
「いやぁ。それにしても、嬉しいなぁ。
まさか、
「単なる気まぐれ。あんまりヘラヘラしないで。
お腹空いてるし、早く行こ」
しかし、その前に
「あれー?
君、めっちゃ可愛いじゃーん」
などと考えていると、玄関前で見知らぬ男に声をかけられた。見ると、
うわー……そういえばここ、カラオケの近くだった。チャラ男の巣窟と捉えて間違ってない立地じゃんか……。
「あん? あんた誰? おっさん」
「もしかして、援交?
うわっ、趣味悪」
「俺等にしときなよー。
弾んじゃうよー?」
「ベッドが?」
「おいおい。お前それ、言わない約束だろー?
もうちょっとで、色々とハメられたのにさー」
うーわー……。なんちゅーテンプレな……。飽食にも
……
そう踏んだ
が突然、腕を掴まれ、阻まれる。
「お前、調子乗ってんなよ?
ちょっと可愛いからってよぉ」
続いて周囲を囲まれ、退路を断たれる。
付け加えるならば、父は先程からアワアワしてるだけなので、戦力としては数えられない。
ヤッバ……これ、結構ピンチかも……。
「調子乗ってんのは、あんた
ふと横から、今度は聞き慣れた声が、聞き慣れない荒々しい調子で届いた。
口調はともかく、声は聞き慣れてて、当然だ。だって
「
「あんたがきちんと父親さんと話せるか、見守ろうと思ってな。
ちょっと予定、予想とは違ったが、来て正解だった。結果オーライだ」
などと言いつつ、
そのまま、まるでゴミにでも触れてたかの
「可哀想なあんた
それを、くっだんねぇ理由とやり方で邪魔しようってんなら、容赦しねぇ」
「こんのっ……クソガキッ!」
「少しでけぇからって、しゃしゃんなや!」
恐れを覚えつつも、
そんな二組の間に、今度は一人の女子が割って入る。
彼女は、不良共の方に手を伸ばし、停止させる。
「な、
男の質問に答えず、現れた
「あ、すみません。警察署の方ですか?
今、飲食店の前で、無抵抗な女子高生にお
「げっ!?」
一同が一斉に後ずさんだ。
それもその
このまま長居すれば、ほぼ間違い無く捕まる。
「くっそ!」
「覚えてやがれ!」
「今度は承知しねぇからな!」
「次は無ぇかんな!」
などと、これまた古典的な捨て
それを見ていた
つまり……今のは、咄嗟の演技という事だ。
「目には目を、ってね」
「あんた……素で恐ろしいな。
「そこまでじゃないわ、
それより
「う、うん……。
ありがと、二人共」
「いやぁ、助かったよ
それに、君も! とても勇敢で、
「えと……はい。ども……」
父に握手を求められつつ、
「気にしないで。お調子者なだけ」
などと
もっと歳を取っていたら今頃、グッキリやってた事だろう。
笑ってないで、そろそろ気付いて欲しい。
こうしてる間にも、
※
その後、
日課である体重計も、お
そうして、やや引き攣った笑みを見せていた二人と別れた
と思ったら、自宅から近い公園のベンチで父が待っていた。
「……何してんの?」
いや、だってただでさえ思春期だし、相手は母親じゃなくて父親だし、お腹とか隠したいし、金額見てギョッとしてたの目の当たりにしてるし、ひょっとしたらケチャップかタレかアイスが付いてるかもだし……。
なんて言い訳を心の中で準備していると、父がベンチの横を叩いた。隣に座れって事?
「……」
少し
そして
見渡す限りに広がる星がとても綺麗で、田舎にいて良かったと、こういう時は素直に思う。
「
唐突に、父が質問して来た。
予想外の展開に、気付けば無邪気に笑っていた。
「何それ。
そんなん聞きたくて
「そ、そりゃ……大事な事、だから。
瞳を動かし確認すると、父は俯き、膝の上で両手を組み、
どういう心境なのか、
けれど、今まで蓄積されて来た黒歴史に邪魔され、やはり憎まれ口っぽく返答した。
「言っとくけど。こんなん、ただの気紛れだから。
空の広さに当てられて、ちょっと開放的になってるだけだから」
と素直じゃない前置きを挟みつつ、
決して意識が薄れてるんでも、適当に返してるんでもなく、現在進行形で考え、照らし合わせてるからだ。
逃げたい。もしくは、無かった事にしたい。でも、
だって、学んだから。いつまでも当たり前の日常が続く
ともすれば、関係を直す事が不可能になるかもしれない事も。
「……分っかんない。
でも……うん。嫌いなタイプでは、ないかも」
「タイプ? どんな?」
と、軽く吹き出しつつ、
「……男らしい人。普段はナヨッてても
まるで……まるで、昔の誰かさんみたいだから」
ここに来て
目の前にいる父……昔の誰かさんの正体を。
父は、
「でも、その誰かさんは酷い人だよ?
酔っ払って連日、引っ切り無しに叫んでいたとはいえ、義父を、家主を家から外に放り投げる
後悔し、猛省した結果、今となっちゃ、有事の際にさえ娘を守れない、優柔不断で頼りない男だ。
そんなだから、娘の一人にも……愛想尽かされた」
「別に、そこまでじゃない。ただ、正直になれなかっただけ。
それまでデレデレだったツケが一気に回って来ただけ。
思春期で、年頃で、反抗期なの。
起き上がり、
「なーんて……分かってる。許される
だって
ずっと、謝りたいと思っていた。胸の
でも、やっぱり
だから、武器を作りたいと思った。父とそれまで通りの関係に戻る
その為に
そして、褒めて欲しかった。「
ーー「大好きだよ」、って。
「ごめん……ごめんなさい……。
今までずっと、遠ざけて来て……。ツレない態度、取り続けてて……」
思いが、涙が、言葉が、どんどん溢れて来る。
こんなに溜まってたんだと、自分でも驚き、呆れる
ご飯だって
それが金銭的に無理だと分かっても、目の前で読まずとも手紙用意するとか、ベタベタだけど考えたけど、重過ぎるから
この数日で
だからこそ、
結局、グダっちゃった。
結局、
だったら、もうこの際、開き直ってやる。
どうせ、世間一般では
子供みたいな事言って、何もおかしくない
拙い言葉でも、ダサくても構わないから、きちんと伝えよう。届けよう。そう、方針を固めた。
そんな必死さが通じたのか、父は
「うん。知ってたよ、全部」
「……え?」
「
そのタイミングで、
「……何て?」
「ん?
『
あと、『最近、ちょっと
けど、私が邪魔しちゃった
私が言えた義理ではありませんが、それでも
「……」
……上手い事、要点だけ伝えてるなぁ。それでいて、
多分、知られたくないからってのも有るだろうけど、一番はきっと、余計な悩みを増やしたくないからだろうなぁ。
「まぁ、そうじゃなくても、知ってたんだけどね?
「……マジ?」
「勿論。父親だし。
それに
ああいう時、テーブルに手紙とかノートとかメモとか一杯、広がってた。
いや、別に、
「あー……」
そういえば、そんな事が何度か有った。で、そういう時は決まって、目が覚めると片付けられていた。あれもきっと、この人なのだろう。
てっきり、
「それで何となくは予想出来た。
そんな
より強く、けれど痛くない程度に
「そんな
「……っ!!」
父からの言葉がスコップ、ピッケルとなり、
それ
「ありがとぉ……パパ……」
パパ。心の中でさえ封印していた、呼び方。
けど、その鎖は
だから、
けれど、自業自得な上に、この期に及んでとは思うが、まだ照れが残ってる。だから、これが今の最大限。
「うん……。こちらこそ。ありがとう……夏葵」
こんな、ともすれば見逃されちゃうかもしれない細かな変化を、パパはちゃんと拾ってくれた。
パパも泣き笑いながら、
こうして
そして、その
でも、その間も互いにニヤニヤしてるもんだから、余計にお説教が長引いた。
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