4

 翌日の日曜日。

 この日は、二つの予定が有った。

  

 ず初めにうちは、十時を少し回った頃に家を出、そこから大して離れていない、空晴すばるの自宅に向かった。

 玄関で待ってくれていた空晴すばるに挨拶したあとうち夜的崎やまとざき家の門を通った(余談だけど直接、こっちの家に迎えに上がらない辺り、なんか少し悔しいけど、空晴すばるは思春期の女子心をーく、適切に把握してくれていると思う)。



門前もんまえと仲直り出来たんだ。

 良かったな」

「いや、何で分かったし」

 2階へと続く階段を登りつつ、やり取りする。



「あんたこそ、そのガラガラ声で、何でバレないと?」

「えー?

 上手く行かんくてうち自棄やけカラした線も有るじゃん」

「そしたらあんた、俺まで急に呼んで巻き込むだろ。

 あんたは、そういう時、一人ではいたくないタイプじゃないのか?」

「……」

 リサーチが完璧過ぎて、もうなんも言えない。

 こいつ将来、心理学者か精神科医にでもなれば良いんじゃないの? 



「ここだ」

 2階に着いた頃、空晴すばるに案内されたのは、360°に本棚、そして奥の方にテーブルと椅子いすの置いて有る部屋だった。



「……何? これ」

「書斎」

「……誰の?」

「俺。

 正確には、俺と姉さんのだけど、姉さん今、大学通うために一人暮らししてるから」

 ……二人分なんだ。にしても、広過ぎる。

 一介の高校生が書斎(それも学校の図書館レベル)を持ってるとか、謎過ぎて笑える。

 しかも、漫画はきちんとジャンル毎、作者毎に五十音順でゾーニングされててなん棚も有ったり、小説は対象的にそんなに多くなくて一棚で済んでたり、なんかもう本当ホント、ツッコミ所しか無い。

 えず、さきに気になったのは。



「お姉さんたんだ?」

「何かと面倒見てもらってた。

 俺のTL好きも、姉さんの影響。姉さんが読んでたのを試しに借りてみたら、ド嵌りした。

 でも、流石さすがにあのコーナーに一人で入る蛮勇も度胸も無かったんで、ずっと買って来てもらってた。

 こっちに引っ越して来たのも、姉さんの大学とアパートからそんなに離れてなかったんで、何か有った時に直ぐに駆け付けられるから」

 なるほど。編入して来たのは、そういうわけか。納得、納得。



「だったら、一緒に住んだ方が良くない?」

 タイトルや表紙、裏の粗筋などを見ながら、もっともな質問をストレートに投げ掛けると、空晴すばるは首を横に振った。

「断られた。

 『どうせ社会人になれば出張とか増えるし、早い内に自立したいから』って」

「は〜……」

 いやにしっかりしたお姉さんだこと。

 空晴すばるが大人びたのもうなずけるわぁ。今度、会ってみたいなぁ。

 で、爪の垢をもらって、我が家の長女に飲ませてやりたい。あの愚姉ぐしめ、いつまでも舞桜まおちゃんを独占しおって

 。うちだって本当ホントは、舞桜まおちゃんと一緒に暮らしたいってのに。

 なんて事を思ってたら、ぐうたらな姉としっかり者の義弟と恋愛物を偶然、手にしてしまった。待てコラ、なんの当て付けよ。

 でも、ここで戻したら、なんか負けた気がするな。このまま読んじゃうか。



「どんくらいまでいられる?」

「夕方までかなぁ。今日ちょっと、他に予定有んの。

 ごめん。折角せっかく、オススメの本、教えてくれる予定だったのに、中途半端で」

「別に。こんなに早く来てくれただけで充分。

 なんなら、またいつでも来てくれて良いし、好きに借りてってくれて構わないから」

「マージで? やりー。空晴すばるが親友で儲けたわー。

 っても、その為だけに知り合ったってんでも、関係続けてるってんでもないけど」

「知ってる。だからこそ、許可した。

 見繕ってるから、あっちで先に読んでてくれ」

「あーい」

 空晴すばるの言葉に従い、うちは奥のテーブルに向かい、椅子いすに座って読み始めた。

 ちなみに、例の姉×義弟物は、ちょっとムカつくくらいに面白くて、読んだのに負けた気がした。



「あ……」

「ん? 何?」

「いや……それ、俺の書いた奴。

 表紙は、姉さんの手製」

「……はぁぁぁ!?

 あんた、イラストまで描けんのぉっ!?

 しかも、どちゃ上手っ!!」

 なんか、うん。もう、驚くのも疲れて来た。





 空晴すばるから借りた本を自室に置いた頃、うちはまた家を出た。

 去り際に母親に「慌ただしい」と軽く叱られたが、いつもの事なので気にしない。

 


 そのまま、徒歩で飲食店へと向かう。

 待ち合わせ相手は、すでに店の前に立っており、こちらを見るとうれしそうに手を振りつつ駆け寄って来る。



「ご、ごめん、夏葵なつきちゃん!

 遅れたかな?」

「……どっからどう見ても、待ってたのはそっちじゃん」

 ていうか、そっちは車で来てたじゃん。

 同じ場所から、ほぼ同じ時刻で出たら、近道なんて無い以上、こっちが遅く着くに決まってるのに。


 うちの父は、今日も今日とて、うちのご機嫌取りで忙しい。

 まぁ、意図的ではないにせよ、そうしたのは他でもない、相乗りするのを断る位には絶賛反抗期の自分だけど。

 

「いやぁ。それにしても、嬉しいなぁ。

 まさか、夏葵なつきちゃんから、二人ご飯に誘われるなんて」

「単なる気まぐれ。あんまりヘラヘラしないで。

 お腹空いてるし、早く行こ」

 本当ほんとうはこの日、初めてのバイト代で父に夕食をご馳走し、それで少しでも親子仲を修復するもりだった。

 しかし、その前にゆかりとの関係を直さなきゃだったので、すでに貯金ははたいてしまっている。

 ようは、明らかに劣勢だ。まぁ、それを選んだのは自分だし、必要経費みたいな物なので、ゆかりを責めるもりは更々無いし、後悔もまったくしてないけど。

 

「あれー?

 君、めっちゃ可愛いじゃーん」

 などと考えていると、玄関前で見知らぬ男に声をかけられた。見ると、如何いかにも軽そうな男が数人、こちらに近付いていた。

 うわー……そういえばここ、カラオケの近くだった。チャラ男の巣窟と捉えて間違ってない立地じゃんか……。

 

「あん? あんた誰? おっさん」

「もしかして、援交?

 うわっ、趣味悪」

「俺等にしときなよー。

 弾んじゃうよー?」

「ベッドが?」

「おいおい。お前それ、言わない約束だろー?

 もうちょっとで、色々とハメられたのにさー」

 うーわー……。なんちゅーテンプレな……。飽食にもほどが有るわー。  



 ……流石さすがに店の中でまでは、絡んで来ないだろう。

 そう踏んだうちは、ナンパ連中をガン無視し、父を連れて店内に入ろうとする。

 が突然、腕を掴まれ、阻まれる。

「お前、調子乗ってんなよ?

 ちょっと可愛いからってよぉ」

 続いて周囲を囲まれ、退路を断たれる。

 付け加えるならば、父は先程からアワアワしてるだけなので、戦力としては数えられない。

 ヤッバ……これ、結構ピンチかも……。

「調子乗ってんのは、あんただろ?」

 ふと横から、今度は聞き慣れた声が、聞き慣れない荒々しい調子で届いた。

 口調はともかく、声は聞き慣れてて、当然だ。だってさっきまで、休日だからって理由だけで、一緒にたんだから。



空晴すばる!?

 なんで!?」

 うちの腕を掴んでいた男をうちから引き離し、関節を決めつつ、空晴すばるがこっちを見た。

 

「あんたがきちんと父親さんと話せるか、見守ろうと思ってな。

 ちょっと予定、予想とは違ったが、来て正解だった。結果オーライだ」

 などと言いつつ、空晴すばるは男を開放し、ツレの連中の方に蹴り飛ばす。

 そのまま、まるでゴミにでも触れてたかのようにパン、パンと手を叩き、冷たい眼差しで蔑視した。



「可哀想なあんたには到底、分かんねぇだろうがなぁ……そいつ今、そいつなりに精一杯、必死に戦ってんだよ。

 それを、くっだんねぇ理由とやり方で邪魔しようってんなら、容赦しねぇ」



「こんのっ……クソガキッ!」

「少しでけぇからって、しゃしゃんなや!」

 恐れを覚えつつも、空晴すばるに殴りかかろうとする面々。

 そんな二組の間に、今度は一人の女子が割って入る。

 彼女は、不良共の方に手を伸ばし、停止させる。



「な、なんだぁ!? さっきから!」

 男の質問に答えず、現れたゆかりはチャラ男軍団に目もくれないままスマホを操作し、電話をかける。

「あ、すみません。警察署の方ですか?

 今、飲食店の前で、無抵抗な女子高生にお悪戯いたしようとしてる不届き者が数名、るんですが、下賤で不愉快極まりないので全員、即刻、問答無用で逮捕してくれませんか?」

 

「げっ!?」

 一同が一斉に後ずさんだ。

 それもそのはず。そこからここまで、距離だけなら車で五分とかからない。

 このまま長居すれば、ほぼ間違い無く捕まる。



「くっそ!」

「覚えてやがれ!」

「今度は承知しねぇからな!」

「次は無ぇかんな!」

 などと、これまた古典的な捨て台詞ゼリフを残し、男共は一瞬で去って行った。

 それを見ていたゆかりは、ずっと耳に付けていたスマホを、こっちに見せた。その画面は、真っ暗だった。

 つまり……今のは、咄嗟の演技という事だ。



「目には目を、ってね」

「あんた……素で恐ろしいな。ゆかり

「そこまでじゃないわ、空晴すばる。演技に慣れてるだけ。

 それより夏葵なつき、パパさん。無事よね?」

「う、うん……。

 ありがと、二人共」

 うちが未だに混乱していると、後ろにいた父がうちの横を抜け、ゆかりとシェイク·ハンズした後、空晴すばるの肩を叩いた。

「いやぁ、助かったよゆかりちゃん! いつも通り、い機転だった!

 それに、君も! とても勇敢で、格好かっこ良かった! 男ながら、惚れ惚れしたよ!」

「えと……はい。ども……」

 父に握手を求められつつ、空晴すばるうちに視線を向けた。

 なんさっきまでビクビクしてただけなのに、キャラ違わないか?、と。

「気にしないで。お調子者なだけ」

 などとうちがフォローすると、父は「その通りっ!」と答え、腰に手を当て声を上げて笑い出した。

 もっと歳を取っていたら今頃、グッキリやってた事だろう。


 

 笑ってないで、そろそろ気付いて欲しい。

 こうしてる間にも、うちの恥ずかしさ、気不味きまずさゲージがグングン上昇している事に。





 その後、空晴すばるゆかりも混ざり、四人で夕食を済ませた。

 無論むろん、高校生に持ち合わせなど期待出来できないので全額、父持ちとなった。

 うちは、色んな理由でムシャクシャしていたので、もちチー焼にジャーマン·ポテト、バラエティ盛り合わせにベーコン·チーズ·ピザ、おまけにスパークリング·フルーツとアイス·ブリュレとまぁ、それはもう存分に食べ捲った。

 日課である体重計も、おかげで今日どころか向こう一週間はサボりたいくらいだ。



 そうして、やや引き攣った笑みを見せていた二人と別れたあとうちは徒歩、父は車と、再び別の手段で帰宅した。

 と思ったら、自宅から近い公園のベンチで父が待っていた。



「……何してんの?」

 なおも素気ない態度を取るうち

 いや、だってただでさえ思春期だし、相手は母親じゃなくて父親だし、お腹とか隠したいし、金額見てギョッとしてたの目の当たりにしてるし、ひょっとしたらケチャップかタレかアイスが付いてるかもだし……。

 なんて言い訳を心の中で準備していると、父がベンチの横を叩いた。隣に座れって事?



「……」

 少し躊躇ちゅうちょしてから、うちは従った。

 そしてしばらく、互いの顔は眺めず、星空を仰いだ。

 見渡す限りに広がる星がとても綺麗で、田舎にいて良かったと、こういう時は素直に思う。



夜的崎やまとざきくんて……彼氏?」

 唐突に、父が質問して来た。なおも、相手の方を窺わないまま。

 予想外の展開に、気付けば無邪気に笑っていた。

「何それ。

 そんなん聞きたくて態々わざわざ、待ってたっての?」

「そ、そりゃ……大事な事、だから。

 夏葵なつきちゃんは、また、『過干渉』って、避けるかもしれないけど……」

 瞳を動かし確認すると、父は俯き、膝の上で両手を組み、かすかに震えていた。

 どういう心境なのか、流石さすがうちにも分かった。

 けれど、今まで蓄積されて来た黒歴史に邪魔され、やはり憎まれ口っぽく返答した。

 


「言っとくけど。こんなん、ただの気紛れだから。

 空の広さに当てられて、ちょっと開放的になってるだけだから」

 と素直じゃない前置きを挟みつつ、うちはベンチに横になり、ボーッと続ける。

 決して意識が薄れてるんでも、適当に返してるんでもなく、現在進行形で考え、照らし合わせてるからだ。



 逃げたい。もしくは、無かった事にしたい。でも、出来できないし、したくない。

 だって、学んだから。いつまでも当たり前の日常が続くわけじゃない事も、その中でひそかに怪しい何かが蠢いているかもしれない事も。

 ともすれば、関係を直す事が不可能になるかもしれない事も。



「……分っかんない。うち、今まで恋とか、した事無いから。

 でも……うん。嫌いなタイプでは、ないかも」

「タイプ? どんな?」

 自棄やけにグイグイ来るなぁ……どんだけ切羽詰まってるのやら。

 と、軽く吹き出しつつ、うちは空に手を翳し、どこか遠くへ飛ばすような心境で明かす。



「……男らしい人。普段はナヨッててもいけど、いざって時にはきちんと決めてくれる人。

 空晴すばるは、見た目通り強いし、精神的にもタフだし、頭も切れるし、必要な時に必要なタイミングで必要な台詞セリフを必要な分だけ出してくれる。

 すごく、心強い。

 まるで……まるで、昔の誰かさんみたいだから」

 ここに来てようやく、うちは正面から見た。

 目の前にいる父……昔の誰かさんの正体を。

 父は、うちとは逆の方向に横たわり、うちから少し距離を取り、喋り始める。



「でも、その誰かさんは酷い人だよ?

 酔っ払って連日、引っ切り無しに叫んでいたとはいえ、義父を、家主を家から外に放り投げるような、悪い男だ。

 後悔し、猛省した結果、今となっちゃ、有事の際にさえ娘を守れない、優柔不断で頼りない男だ。

 そんなだから、娘の一人にも……愛想尽かされた」

「別に、そこまでじゃない。ただ、正直になれなかっただけ。

 本当ほんとうは、あるあるなのを熟知した上で、『将来はお父さんと結婚したい』とか言ってたけど、歳を取る毎に恥ずかしくなって来ただけ。

 それまでデレデレだったツケが一気に回って来ただけ。

 思春期で、年頃で、反抗期なの。さっき動けなかったのだって、守りたいけど、それ以上に、昔みたいな乱暴な姿も見せたくなかっただけってオチでしょ」

 起き上がり、うちは自嘲しつつ、父に背中を見せ体育座りした。



「なーんて……分かってる。許されるわけ、無いよね。

 だってうちは、そんなありきたりな理由で、傷付けた。今のネガティブな性格を作った原因は、すべうち

 うちが全部……悪い。

 本当ほんとう……ごめんなさい」



 ずっと、謝りたいと思っていた。胸のうちを晒け出したい、寄りを戻したいと。

 でも、やっぱり駄目ダメだった。いつだって、気持ちと言葉が裏腹で、言動が不一致で、顔を合わせる度に擦れ違っていた。

 だから、武器を作りたいと思った。父とそれまで通りの関係に戻るための会話で切り出すための、糸口を。

 その為にうちは、ずっとボランティアをしていた。「うちは今、学校で、こんなことをしてるよ」、って。

 そして、褒めて欲しかった。「流石さすがはパパの娘だ」、って。「夏葵なつきは、自慢の娘だよ」って。

 ーー「大好きだよ」、って。



「ごめん……ごめんなさい……。

 今までずっと、遠ざけて来て……。ツレない態度、取り続けてて……」

 思いが、涙が、言葉が、どんどん溢れて来る。

 こんなに溜まってたんだと、自分でも驚き、呆れるくらいに。



 本当ほんとうは、もっと上手くやるもりだった。

 ご飯だっておごるし、そもそも行きの時点で一緒の車に乗って仲直りフラグ立てるし、食事しながら(最悪、泣きながら)謝って許してもらうし、帰りの車内では気不味きまずい空気なんて出さないし。そんな感じで、首尾よくやる予定だった。

 それが金銭的に無理だと分かっても、目の前で読まずとも手紙用意するとか、ベタベタだけど考えたけど、重過ぎるからめた。これでも、この一週間、ゆかりの事とセットで、必死に考えた。

 空晴すばるの家に行ったのは、その緊張を和らげて欲しかったからだ。空晴すばるもそれを察したのか、詳しい事は明かしてないのに気遣ってくれたし、ゆかりと一緒に現場にも現れて助けてくれた。



 この数日でうちは改めて、あまりに当たり前過ぎて忘れかけてた、そばに大切な人がいてくれる事のありがたみを、我が身をもって思い知った。

 だからこそ、い加減、父との関係を元に戻したくなった。

 結局、グダっちゃった。ゆかりの件の時だって、空晴すばるが居てくれたからこそ何とかなったけど、一人だったらきっと真相には辿り着けなかったし、ゆかりと仲直りも出来なかった。

 結局、うち一人じゃ何も出来ないのだと、今更ながら悟った。



 だったら、もうこの際、開き直ってやる。

 どうせ、世間一般ではうちなんてまだ子供なんだ。

 子供みたいな事言って、何もおかしくないはず

 拙い言葉でも、ダサくても構わないから、きちんと伝えよう。届けよう。そう、方針を固めた。



 そんな必死さが通じたのか、父はうちを、不意に後ろから抱き締めた。

 うちの肩、膝の辺りに手を回し、うちを包んだ。 



「うん。知ってたよ、全部」

「……え?」

 なんで、と目で語ると、父は微笑ほほえんだ。



夏葵なつきちゃん、今日の午後、いなかったでしょ?

 そのタイミングで、ゆかりちゃんが来て、大体の事、教えてくれた。

 本当ホント要領良いよね、あの子」

「……何て?」

「ん?

夏葵なつきは、パパさんみたいになりたくて、ずっと頑張ってます』って。

 あと、『最近、ちょっとわけ有って夏葵なつきと大喧嘩したけど、そのあとに仲直りして、もっと親しくなれました。多分、夏葵なつきはパパさんとも、そんな風になろうとしてると思います。

 けど、私が邪魔しちゃった所為せいで、計画が頓挫しかけちゃってて。

 私が言えた義理ではありませんが、それでも夏葵なつきは精一杯、頑張ろうとしてくれると思うので、その気持ちは分かって欲しいです』って」

「……」



 ……上手い事、要点だけ伝えてるなぁ。それでいて、喧嘩けんかした原因はボカしてる辺り、本当ほんとうに手慣れてる。

 多分、知られたくないからってのも有るだろうけど、一番はきっと、余計な悩みを増やしたくないからだろうなぁ。

 ゆかりは、本当ほんとうに最高だ。バイト代を全部注ぎ込んでも足りないくらいのお釣りを、うちにくれた。

 ゆかりと、また親友になれて大正解、心から良かったと思える。



「まぁ、そうじゃなくても、知ってたんだけどね?

 夏葵なつきちゃんが頑張ってる事なんて」

「……マジ?」

「勿論。父親だし。

 それに夏葵なつきちゃん、たまに居間で寝てる時も有ったでしょ?

 ああいう時、テーブルに手紙とかノートとかメモとか一杯、広がってた。

 いや、別に、流石さすがに全部チェックしてたわけじゃないけどね? チラッと見ただけだよ。プライバシーだし」

「あー……」

 そういえば、そんな事が何度か有った。で、そういう時は決まって、目が覚めると片付けられていた。あれもきっと、この人なのだろう。

 てっきり、舞桜まおちゃんかと思ってた。母は、自分にも他人にも厳しいタイプだから、最初から候補に挙げてなかったけど。あと、長女は論外、選考外。



「それで何となくは予想出来た。夏葵なつきちゃんは、誰かの為に本気で頑張れる子だって。

 そんな夏葵なつきちゃんが、ずっと誇らしかったし、微笑ましかった」

 より強く、けれど痛くない程度にうちを抱き寄せ、父はげる。

「そんな夏葵なつきちゃんが、今も昔も、大好きです」

「……っ!!」



 父からの言葉がスコップ、ピッケルとなり、うちの感情を掘り起こした。

 それは、心臓からうちの瞳まで湧き上がり、涙になって零れた。

 うちは、まだ多少なりとも自由に動かせた右腕で拭う。  



「ありがとぉ…………」



 パパ。心の中でさえ封印していた、呼び方。

 けど、その鎖はうちの大切な人達によって外された。

 だから、ようやく、きちんと呼べる。



 本当ほんとうは、もっと言いたい事が幾つも有った。寂しかったとか、辛かったとか、他にも沢山。

 けれど、自業自得な上に、この期に及んでとは思うが、まだ照れが残ってる。だから、これが今の最大限。

 


「うん……。こちらこそ。ありがとう……」 



 こんな、ともすれば見逃されちゃうかもしれない細かな変化を、パパはちゃんと拾ってくれた。

 パパも泣き笑いながら、うちを呼び捨てで呼んでくれた。



 こうしてうちとパパは、実に3年振りに、意図的に二人きりになった。

 そして、そのあとも、星空を見上げながら他愛もない話をして、帰りが遅くて心配になって迎えに来てくれた母親に揃って叱られた。

 でも、その間も互いにニヤニヤしてるもんだから、余計にお説教が長引いた。

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