3

夏葵なつき!!」

 約二十分後。教室に戻ると、いつも落ち着いているゆかりめずらしく動揺しながら抱き付いて来た。

 ゆかりは、うちを説得するよううちに訴える。

 それが逆効果……火に油を注ぐ行為だと、知らないまま。



夏葵なつき、大丈夫!?

 あんなの、気にしちゃ駄目ダメよ!

 酷く悪趣味な、単なる悪巫山戯ふざけよ!」

「激しく同意。

 ところで、ゆかり。あんたなんで、それ知ってんの?

 写真ならさっきうちが全部、ゴミにしたんだけど?」

「え!?

 それは、その……!」

 ゆかりはキョドりつつ髪を直し目線を外し、やがて手を叩き、笑顔で返す。



「クラスのみんなが教えてくれたのよ!

 別に、ほら、何も不自然じゃないでしょ!?」

「へー、そう。

 じゃあ、確認しまーす。ゆかりに今回の件をリークした人、正直に手ぇ上げてー」

 えておどけた調子で、すでうち空晴すばる以外、欠席者も無く揃ってたクラスメイト達に、尋ねる。


 思った通り、一人として挙手する者はなかった。

 うち様子ようすがいつもと違うのを、肌で感じでいた所為せいでもあるだろうけど。



「だってよ。ゆかり

 もう一度、聞く。ただし、次が最後だ。

 なんで、知ってた?」

 ゆかりを壁の隅に追いやり、うちは続ける。



「ごめん。

 やっぱ、答えなくていや。

 ゆかり本当ホントは知ってたんでしょ? 誰よりも先に」

「そ、そう! そうなの!

 今日、偶然、一番乗りで来て!

 でもあれ見て驚いちゃって、どうしていか分からなくなっちゃって、先生に相談しようと思って職員室に

 ガンッ!!

 激しい音が、教室を駆け巡る。

 うちが、ゆかりぐ横の壁を、っ壊すもりで思いっ切り蹴ったからだ。



い加減、白状しろよ。

 こっちはすでに、ネタが上がってんだ。

 親友だと思ってたあんたに、本当ホントはこんなこと絶対ぜったいに言いたくなかったけど……これじゃ埒が明かないから、言うわよ。

 うちの、今後の関係のためにも」

 まだ痛みが走っている足を戻し、うちは揺るぎない覚悟、そして一枚の写真を武器に、ゆかりに言い放つ。

 ひょっとしたら最後に交わした事になるかもしれない、言葉を。

「あんたなんでしょ? 犯人。

 あんた、あの日……現場にたんでしょ?

 陰でコソコソ、うち空晴すばるの写真、撮ってたんでしょ?」

 客観的に見たら、視線だけで人を殺めそうな目をしていただろううちからの質問を、ゆかりは一瞬、適当に躱そうとした。

 けれど、うちが突き付けた証拠品を見てギョッとし、言葉を失った。

 そのスマホに表示されていたのは、あの日、うち空晴すばるが見ていた、如何いかにも怪しそうな女性……変装した、ゆかりの姿だった。



「な、なんで、それっ……!?」

 口を滑らせたあと、慌てて両手で隠すゆかり

 しかし、それは余計、自白してるような物。



うちの新しく出来た、妙に感の鋭い友達が、うちにも内緒で、店員さんに確認してくれてたの。

 個人情報だから勿論もちろん、最初は渋ってたけど、あんたが現役の高校生だって秘密を明かしたら、言質だけ提供してくれたらしいわ。

 これは、空晴すばるの作ってくれた、ただの合成よ。

 まぁでも、証拠をくれたってのも問題かもだけど、今回ばかりは、その限りじゃないわね。

 そりゃあ、そうよね。だって、あんたがしてたのは、完全に犯罪だもの」

 俯いていたゆかりが、顔を上げた。

 空晴すばるうちの隣に立ち、ゆかりの視線の先に新たに加わる。

 何枚かのプリントを抱えて。



門前もんまえ

 本当ホントはこんなこと、したくなかった。

 くまで脅しのためだけに使い、もっと穏便に済ませる予定だった。

 けど……あんたは、俺が考えてたよりずっと早く、易々と一線を越えた。

 俺の親友を、汚い方法で酷く傷付け、あまつさえ手籠てごめにしようとした。今の俺には、それがどうしても許せない。

 だから、俺達は……あんたに寄せていた期待と信頼を裏切られた分も上乗せして、倍にして、やり返す。

 罪を償い、やり直してもらためにも」

 言いながら空晴すばるは、抱えていたプリントをばら撒き、クラスメイト達に拾わせ、見せる。

 そして、ギャラリー達の視線を一斉に受ける。



 それは、大人っぽく変装した彼女が、あの本屋で買い物してる所を、隠しカメラで撮った写真。

 それだけなら、別に、ここ以外でも取り沙汰されるほどの内容じゃない。

 ここで問題なのは、彼女の購入している物、そして彼女の年齢だ。

 なぜならーーそこに写っていたのは、共通してAV。

 しかも、いずれも女性同士の絡み。



 出来できればこんなこと、信じたくないし、それ以上に知りたくなかった。特に、こんな形では。

 けど……ここから導き出される結論は、ただ一つ。



「あんた……そうだったの?

 だから、ちょっとスキンシップが過度だったの?

 何より……特に仲良かったうちを、空晴すばるに取られたから。

 腐女子だからって男子にも女子にも敬遠されて居場所無くして、絶望したうちに取り入りたかったから。

 だから、こんな馬鹿な真似、したっての?」

 ゴミ箱から引き上げた写真を構え、空晴すばるがクラスメイト達に改めて見せるのに合わせ、解説する。



「だとすれば……あんたの計画は、最初から破綻してるわ。

 だって、空晴 《すばる》が買ってたのは、『ひじうえ』や『ふつかぞ』、それに『ナツモン』……ようは、BL系が溢れてる場所に置いてあるだけの、普通の大人コミックだから」



 うちに向けられていた疑惑の眼差しは、いつしかすべて、ゆかりにだけ注がれていた。

 ゆかりが何も答えないまま、ただ消え入りそうな笑顔で笑うまま、時間が流れた。  



 その後、ぐにゆかりは校長室に呼ばれ、18禁を買っていた罰として、一週間の停学となった。

 この日を堺に、ゆかりはクラスでのトップの座を失い、静かに去って行った。

 教室に、何とも言えない、気不味きまずい空気と爪痕だけ、残したまま。





 その週の土曜日。うちは個人的に、ゆかりの家を訪ねていた。

 そして、恐る恐る接しようとするゆかりのママ(娘が手を出そうとしていた疑惑が浮上していたし、みずから自宅に謝罪に来たくらいだし、なってても不思議じゃない)に会釈し、ゆかりの部屋に行く。



 意外な事に、ゆかりはすんなり、うちを部屋に招いてくれた。

 むしろ、来るのを分かっていた、待っていた節さえ見て取れた。  



 そしてうちは、ゆかりのママが準備してくれたジュースやお菓子に一切、手を付けないまま、無言で座っていた。

 ただし、それまでと違って、私はクッションの上、ゆかりはベッドの上に。



「軽蔑した……わよね?」

 やや経過してから、先に沈黙を破ったのは、ゆかりだった。

 彼女は、ベッドのシーツを掴み、下を向きながら、不安そうにげた。

 うちは、体を彼女の方に向け、首を横に振った。



「しかけた。

 でも、ゆかりが考えてる理由でじゃない。

 うちゆかりって、その程度の関係だったんだなって」

 言いざまに立ち上がり、彼女の隣に座る。彼女は、ドキッとした後、距離を取り視線を外す。



 あぁ、と思った。なんで今まで、こんなに分かり易いサイン、見落としてたんだろう。

 いや……違う、かも。或いはうちは、ゆかりの気持ちに気付いてたけど、見ない振りをしていただけかもしれない。

 ゆかりとの今の関係を、どうしても守りたくて。



 でも、そんなのは、ゆかりの本心を度外視した、単なる我儘でしかない。

 ゆかりと出会って、約十年。一体、どれだけの無理を、我慢を、悲しく辛く寂しい思いを、彼女に強いて来たのだろう。



「だって……言えるわけ、無い。

 夏葵なつきにとっての私は、友達でしかなかったから。

 夏葵なつきを傷付けるのも、夏葵なつきに離れられるのも、怖くて仕方無かったから。

 夏葵なつきに、あんな感情……烈情を抱いてるなんて。

 言えるわけ……無いじゃない」

「分かってる。

 今までうちは、無意識とはいえ、ゆかりひどく傷付けた。ごめん。

 でも……それでもうちは、ゆかりに言って欲しかった。ゆかりの心を、少しでも早く、一欠片だけでも救いたかった。

 どこまでも自分勝手、自分本位な、単なる我儘、綺麗事に他ならないとしても。

 たとえ、ゆかりの理想通りにはなれなくても。

 その所為せいで、ゆかりに一生、嫌われても」

 


 ゆかりの手を両手で包み、見詰め合い、縋る思いでげる。

 繋ぎ止められるように。どうか、手が、思いが、声が、まだ届くように。

うち空晴すばるに言った。『あんたがノーマルじゃなくてもかならず受け入れる』、って。

 そのスタンスは、ゆかりにだって同じだよ。

 ゆかりが誰を、どんな風に、どういう意味、形で愛していたとしても、うちの事をどんな風に思い、陰でどう便利に使ってたとしても、うちの気持ちは何も変わらない。

 うちは、きちんと……ゆかりの事が、好きよ。

 友達としてじゃなく、生涯の友……親友として」

「……っ!! 違う……!!」

 感情的になったゆかりは、うちの両手首を掴みうちの体を荒々しく押し倒し、跨がった。

 


 ベッドのスプリングが音を立て、釣られてゆかりの感情の波が、飛沫を上げて、うちの心にまで押し寄せて来た。

 その顔は、まだ恋をろくに知らないうちにすら取れるほどに欲情しており、けれどその中にはなん種類かの、一抹いちまつの負の感情がちらつき、散りばめられていた。



「違う……!

 私と夏葵なつきは、友達なんかじゃない……! 親友とか、友情とか、そんなじゃ足りない……!

 だって、私はぁ! 私が、夏葵なつきとしたいのはぁ! ……こういう、事、だからぁっ!!」

 真実を知るまでのゆかりは、いつも隣で笑ってた。泣き顔なんて、一度も見た事無かった。

 作り笑いって言えるほどには分かり易くないけれど、いつも笑顔の仮面で本心を隠していたから。



 そのゆかりが今、うちの前で、うちが原因で、泣いている。せきって、叫んでる。

 感情と、本能との、嵐さえ巻き起こした、熾烈なせめぎ合いによって。

 それを見て、ほんの少し喜んでいるうちは、ゆがんでいるのだろうか。



「良いよ」

 ゆかりの手を取り、真っ直ぐに見詰め、うちげる。



なんの覚悟もせずに、のうのうと来てるとでも思った?

 そんなわけ、無いじゃん。うちだって、それなりに準備して来た。

 心の整理だって付けて来たし、ちょんと一張羅で来た」



 そう。4月から始めたバイトによって得た、使い道に困っていたので貯金しとこうかと思っていた人生初のお給料で、うちはついさっき、今まで一番、ミニのスカートを買った。

 他にも、それに合った、肩とか臍とかうなじとか、なんなら紐さえ見えてしまいそうな、露出が多過ぎる格好で、うちは今日、ゆかりの前に現れていたのだ。

 改めて考えると、ゆかりのママさん、よくうちを笑顔で歓迎してくれた上に、少しも引いたりしなかったな。

 うち自身は、主観的にも客観的にも、ちょっと困ってるのに。

「おまけにうち、今日、外も内側も勝負服だよ。

 気になるなら、見てみれば? うちは、別に構わないよ。

 ゆかりが、本当ほんとうにしたいのなら、好きにして。

 うち流石さすがに少しは怖いけど……ゆかりだったら、初めてなり永遠なり捧げても、絶対ぜったいに後悔なんてしない。

 ゆかりが、心から、それをうちに求め、望むのなら」



「……!!」

 ゆかりの顔が、上半身が、ゆっくりと近付く。

 どんどん体が強張って行き、緊張と震えで脳と心が異常を来たし、五感が徐々に抜けて行き、現実と夢の区別が付かなくなくなり、リンクし、混ざり合って行く。



「〜っ!?」

 ゆかりの顔が、キス出来る距離まで迫る。

 彼女の息がかかり、ほのかに香る花の匂いが実に蠱惑的で、本の少しの興味を引き立てる。

 自分の恋愛対象どころか、自分の性別さえ、曖昧になって行く。そんな感覚、錯覚に陥る。

 ゆかり、そして場の空気に身を委ね、うちは目を閉じ、抵抗するもりが少しも無い意図をアピった。



「……」

 そうして無言を貫くも、それ以上は何もされなかった。むしろ、やがて彼女の両手はうちから離れた。



「ゆか……り……?」

 視界を取り戻すと、気付けばゆかりの顔は、真横に合った。

 けれどゆかりの表情は前髪で隠されていて、その頬を流れキラリと光る涙しか、うちには視認出来できなかった。



出来できない……。

 出来できわけ、無い……」

 ゆかりの涙を、うちは手で拭う。

 その手をゆかりが、再びにぎった。

 今度は、優しく、暖かく、愛おしそうに。まるで、ガラスに触れるみたいに。



「愛してる……。出逢った時から、ずっと……。

 今まで、この部屋で、夢の中で、それ以外でも、何度、逢瀬を重ねたか分からない……。

 数字とか、言葉とか、時間とか。そんな有り触れた概念なんかじゃ全然、足りない、表せない……。

 悔しいくらい、泣きたくなるくらい、大好き、愛してる……。

 夏葵なつきが、夏葵なつきの人生が、未来が……夏葵なつきすべてが、欲しくて欲しくて、独占したくてたまらない……。

 今直ぐに、根こそぎ奪い去り、私だけの物にしたい……。

 夏葵なつきにはずっと笑っていて欲しいし、私を、私だけを笑顔にさせて欲しい。

 私以外の誰かと、心から笑ってなんて、欲しくない、でもっ……それでも、駄目ダメなの……。

 だって夏葵なつきは、まだ、本当ほんとうの恋を知らない……。

 私を、親友としてしか見られていない……。

 そんな不鮮明、不安定、不健全、不条理、不平等な状態で、あなたと結ばれたくない……。

 何より、あなたを……あなたの心も、体も、壊したくない……。

 もう二度と傷付けたくない、傷一つさえ付けたくない……」



「……うん」

 ゆかりを、そっと抱き締めた。今度は、彼女か割れ物になる番だった。

「……ごめん。今、ゆかりを試してた。

 だって、必要な事だから。これからも、うちの関係を続けるために。

 本当ほんとうに……ごめん。うちゆかりの気持ち、ないがしろにしてた。

 ゆかりになら、ゆかりとならって、思ってたのも事実だけど……やっぱ、うちにはまだ、良く分からない。

 ……ごめん」

 ゆかりは、うちの腕の中で、顔を左右に振った。

 それでも、まだ目線を下げつつ、返す。



「……謝らないで。先にあなたを陥れたのは、私だから。

 私の方こそ……ごめんなさい。今も、この前も……」

 うちに包まれていたゆかりは、うちの両手から離れ、うちの肩に手を置き、うちを見据えた。



「私……! ……もう、限界だった……!!

 だって夏葵なつき、男子と親しくしてるけど、それはくまでも人間として、クラスメイトとしで……

  現に、恋バナとか、全然、した事無かったから……!!

 ひょっとして、男の人に興味無いのかな、って……! もしかして、私と同じなのかな、って……!

 でも、夜的崎やまとざきくんと……! 特定の男子とだけ、妙に親しくなり始めて……!

 夏葵なつきも所詮、一人の、普通の女の子なんだ、って……!

 私とじゃあ、そういう関係には絶対ぜったい、永遠に、なれないんだって……!

 そんな現実を思い知らされて私、怖さと嫉妬で、どうにかなりそうで……!

 夏葵なつきなんにも悪くないのに、勝手に騙された、捨てられ、裏切られたと思い込んで、決め付けて……!!

 いつも通り年齢と見た目を誤魔化ごまかしてDVDを買った帰りに、二人の姿を見た瞬間、気付いたら私、あんな馬鹿な真似マネ……!!」

 ゆかりの両目からめ処なく溢れてる来る涙を、うちは持参したハンカチで拭った。

 ゆかりの両手が、うちの首筋へと回された。



「それだけじゃないでしょ?

 ゆかりは、うちと絶交するために、あんた事したんでしょ?

 まぁ確かに、普通なら、あそこまでされたら、もう仲良くなんてしない。ともすれば、転校だって有り得る。

 けど、残念だったわね。うちは、普通じゃないわよ。

 だって、うちうれしくてうれしくて、たまんないから。

 やっと、ゆかりの本音が聞けて。やっとゆかりと、対等になれそうで」

 ゆかり微笑ほほえみながら、うちも、自分の素直な気持ちを晒す。



「気付いてる? この、中途半端な喋り方。

 全部、ゆかり所為せいよ。

 ゆかりみたいに、可愛くて上品で頼もしい女子になりたかったから、こんな風にしてんの。

 ほら……『うち』なんて一人称使ってる事からも察せられるだろうけど、うちの素は単なるギャルなわけよ。カーディガンだって、腰巻きだし。

 でも、ゆかりみたいにもなりたくて、ゆかりの隣に立ってても違和感いわかんない、釣り合ってるって、周りに少しでも認められたくて、こんなどっちつかずな口調してんの。

 お陰様で気付きづいたら、ゆかり以外の前でも、こんな感じになっちゃったわよ。

 分かる? ゆかり

 ゆかりは、うちがそれだけ無理してでもしがみついてでも親友としての地位を失いたくない、奪われたくないくらいには、い人間で、飛び切りのマドンナなの。

 ちょっと他の女子とタイプの趣味が変わってるからって、何よ?

 それくらいで、ゆかりとの思い出が、距離が、未来が、関係が、変わるわけ無いじゃない」



 そう。今なら、分かった。

 だって、知ったから。仮に繊細な悩みの壁に立ち塞がれようとも、うち空晴すばるなら難無く超えられるって。

 本屋ての件は結局、うちの勘違いだったから、空晴すばるは何でもなかったからってのも大きいかもだけど、きっと、それだけじゃない。

 ゆかりとだって、超えられる。 



 頃合いだなと思い、うちは一旦、ゆかりから離れ、バッグからある物を取り出す。

 クラスメイト全員、そして担任、さらに部活仲間からの、ゆかりへのメッセージで埋め尽くされた、何枚もの色紙だ。



「見てよ、これ。

 おっかしいでしょ? ゆかりの正体が割れてもみんなゆかりを本気で拒んだりしてないの。

 何分デリケートだし突然過ぎたし衝撃的過ぎたから、ちょっと時間かかっちゃったけど、ゆかりを知ってる人がみんな、最終的にゆかりを、ありのままのゆかりを、受け入れてくれたの。

 特に、ヤッシーなんて酷いよ? 衆道の起源とか、微妙に外れた事も含めて書き連ねて、一人で一枚、埋め尽くしちゃってんの。

 見え辛いったらありゃしないのに、裏にも書いてんのよ。こんなん、ただの国語の授業よ。

 で、それでもスペース足んなくて、最後グダっちゃってんの。

 ヤッシー絶対ぜったい、数学嫌いだよね? 証明とか苦手そう。信じられないでしょ?

 うちもう、『やってやっし! 負けないし!』って、勝手に敵愾心てきがいしん剥き出しにしちゃってさぁ。気付きづいたら、両面に二枚も書いちゃった。

 我ながら、超恥ずかしい。まぁ正直、これでも全然足りないくらいだったんだけどね、もっと書いてたら流石《さすが)にドン引きるもんね。

 だから、これくらいめといた」

「……なつ、きぃ……!!」

 ゆかりが、グシャグシャな顔を内(うち)の肩に乗せ、うちに抱きついて来た。

 うちも、こっそり涙を流しながら、背中を擦る。

「ねぇ、ゆかり

『空気、読めない』って、『自己中』って、軽蔑してくれても良い。『弱ってるところに付け込む卑怯者、愚か者』って、罵ってくれても構わない。

 うちからの、一生のお願い……聞いてだけ、くれない?」

 ゆかりが泣き止んだタイミングを見計らい、抱擁を解いたあとうちは向かい合って座りながら懇願する。

 


「……何?」

 ゆかりが、また泣きそうになりながらも、強い意志をもって答える。

 うちも、同じくらいの心構えで、彼女にげる。  



「これからも、ずっと……そばに、いて欲しい。

 今はまだ、最高の親友として。

 でも、もしうちが異性を好きになれないタイプだったら……その時は、今度こそ本当ほんとうに、うちもらって欲しい。

 もし、仮にうちが同性を好きになるとしたら、その相手はかならゆかりだし、ゆかり以外の誰かを好きになるなんて有り得ないし、それ以上に嫌だから。

 ……図々しいって、分かってる。虫が良過ぎるのは、百も承知。

 それでもうちは、友達だろうと恋人だろうと、ゆかりが一番だし、一番いちばんであって欲しいの。

 どんな時だって。たとえ、何が起こったとしても。

 ……駄目ダメ……かな?」

 ゆかりは目を見開いたあとくすぐったそうに、いじらしく笑った。



まったく……。

 あなたって人は本当ほんとうに、どこもでも罪な人ね。あなたに酷い仕打ちを与えた卑怯者に、まだ変わらず優しく接するなんて。

 ハーレムでも築きたいのかしら?」

いからぁ。答えてよぉ」

「はいはい」

 茶化したあとゆかりうちの右手を両手で挟み、誓う。



「その役目……謹んでお受けするわ。

 だって、逃げるなんて不可能だもの。私はもう、あなたにすべてを知られちゃったし、あなたに心をすっかり飼い慣らされてしまっているから。

 でも、覚悟しておく事ね。こっちだって、甘やかされる事に永住してるもりは無いわ。

 こうなった以上、私はオープンになり、今まで以上にあなたと親しくする。

 そうなれば、あなたが私と恋に落ちるのは、時間の問題かしらねぇ?」

「一応言っとくけど、あまりにアレなのは、流石さすがに拒否るからね?」

「あら、残念。言わなきゃ良かったわ」

 などと巫山戯ふざけつつ、ゆかりうちの右手と指を絡め、真っ向からぶつかる。



「……夏葵なつき

 こんな私だけど……これからも何卒、宜しくね」

「末永く?」

「ええ。その通りよ」

 手を放した彼女は、勢いよくうちに抱きついて来た。

 そして、目と目が合い、二人で恥ずかしがりながら笑い合った。



 それから、やっとジュースやお菓子を挟みつつ、初めての恋バナ(っても、ゆかりの好きな相手はうちだし、こっちはまだ未経験だから聞く側に徹したり、「こんな人がタイプ」とか「二次元なら、俳優なら、こんな感じ」とか、そう言った話しかしてないけど)した。あと、ラグった疲れがドッと押し寄せ、どちらからともなく気付けば向かい合ったまま、手を繋いだまま寝ていた。



 そして目を覚ましてからカラオケに行き、これまた初めて、アイドルや西野カナ以外のラブソングを幾つも熱唱した。

 カラオケでは基本、空気を読んでポピュラーな、けれど個人的には大して好きでもない曲(上述を参照)で適当に流し、日を改めてアニソンや特ウタでヒトカラ祭りをしていたので、人前でやるのは新鮮だったし緊張した。

 けど、ゆかりはノッてくれたし、受け入れてくれたし、なんなら興味を示してくれたので、凄く嬉しかった。

 この子がモテないのは、単に高嶺の花過ぎるからだと思った。

 もしかしたらうちは、ゆかりの運命の人にはなれないかもしれないけど、早く彼女にも素敵な相手が見付かって欲しいと、切に願った。

 だってゆかりは、うちの自慢の親友だから。



 こうして、うちゆかりは、元の関係……いや。

 それ以上の、もっと親しい、裏表の無い、親友としての間柄となった。

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