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 全ての発端ほったんは、4年前……私達が高2だった頃にまでさかのぼる。

当時の修学旅行の際に起きたある出来事により、風月かづきは、いまだに抱えるほどのトラウマを覚えてしまった。  



 それは男女、そして何人かのグループに別れ、ホテルの部屋に入った頃に起きた。

 未成年だというのに酒を飲み始めていた男子共は、程なくしてテレビにある物を映し始めたのだ。

 年頃の男子が集まった時に見ると言えば大方おおかたの予測は付くだろうが、所謂AV(それも、よりによってキツめのやつ)だ。

 風月かづきは、画面越し、録画とは言え、生まれて初めて見た(正確には、なかば矯正的に観させられた)AV、そして女性の裸体により、ひどく気分が悪くなった。

 そのさまあまりに汚らしくみにおぞましく、暴力的で、グロかったからだ。



 彼は昔から、色に多大な関心を示していた。具体的には、花や宝石など、どちらかと言うと女子(取り分けあたし)が食い付く物にも目を輝かせた。

 それはもう、夏休みの自由研究でも色について纏めていたし、今でも何かを買う時にはデザインや機能性、価格などは無視しカラーによって決めているほどに。

 だからこそ殊更ことさら、恐れたらしい。全体的に黒が際立つ、彩度が低い、その光景に。



 こうして、この修学旅行は、風月かづきの辿って来た黒歴史の中でも断トツ、本人曰く「真っ黒歴史」のレベルで記憶に残る物となったという次第だ。

 そんな『学旅行(本人命名)』を終えて一週間後に期末テストが控えていたため、教科書も持参で勉強ばかりしていたという、最悪なバフも働いたことで。



 事実、件の日を堺に風月かづきは、クラスメイトに「いつ付き合うんだ?」とか「最早、結婚じゃね?」とか騒がれてたあたしも含め、あからさまに女子との接触を避けるようになっていた。

 翌日、妙な態度を取られ続け、班行動にまで不参加の意を表した彼に痺れを切らした私が問い詰めた事で、例の件が明らかになった。

 飲酒にも関与せず巻き込まれた側の風月かづきを除くほとんどの男子が教師陣に激しく叱られ、彼等からの謝罪を受けてもなお、そのしこりは風月かづきの中で確かに残っている。



 たとえ、あたしの必死の説得により、どうにか女子達にも、それまでと同様に振る舞えるようになったとしても、決まって友達止まり。

 それ以降は、風月かづきわざと、恋人を作ろうとしなかった。異性としての擦り寄る相手から、逃げ続けていたのだ。

 逃げて、逃げて、逃げまくり。その果てに、風月かづきが辿り着いたのは、非現実の女子……二次元である。

 


 二次元ならば、汚くも、暴力的でも、グロくもない。

 二次元だったら基本、一方通行なので、関係が拗れる事はず有り得ない。

 二次元であれば、自分のシナリオ、設定次第で、好きなように理想の相手と付き合える。

 二次元は、自分を絶対ぜったいに、永遠に、裏切らない。



 そうした好条件から、風月かづきはどんどん二次元にのめり込んで行き、テスト期間が終わった辺りからコンシューマ版に嵌まり込み、18歳の誕生日にはWA2EEとオールケーションを購入し二週間にも渡って寝食を忘れてプレイし、ついに今ではPCゲーム向けの外注シナリオ·ライターとなった。



 元々、勉強そっちのけで、小説ばかり書いていた風月かづき

 実際に彼の生み出すストーリー、設定、キャラクターは魅力的で、幼馴染おさななじみの贔屓目を抜きにしても興味深いほどだった。その標準はあたしだけに留まらず、クリエイター業界にも向けられ、風月かづきは20歳の時点で、晴れてフリーでもかろうじて独立して食べて行けるだけの収入を得るに至った。

 


 だが、そんな彼には恋愛、取り分けPCゲーム方面において致命的な弱点が、一つだけ有った。

 どれだけシナリオが優れていても、どれだけ登場人物が魅力的でも、どれだけ台詞セリフが決まっていても、本物にはなれない理由。

 それは、恋人経験が無い事だ。 



 風月かづきは元々、子供の頃からあたしと常にセットで行動していたので、端正ではあるものの、告白などのアプローチとは無縁の日々を送っていた。

 さらに、あたし自身には良く分からないのだが、世間一般ではあたし達の間柄はカップルのそれとイコールであり、あたしのルックスも整っている部類らしく。

 彼から誰かに恋心を打ち明けても、「舞桜まおには勝てないから」「舞桜まおに悪いから」「舞桜まおの方がお似合いだから」「舞桜まおと違って釣り合わないから」と、気不味きまずくならない程度にかわされてしまっていたのだ(あたしにはどうしようもない事とはいえ、これに関しては、彼には本当ほんとうに申し訳ないと思う)。

 ゆえに、片想いの経験こそ有れど、実際に誰かと恋仲になった事は無かったのだ。



 だったらあたし風月かづきから離れればいと思った事も何度か有る。

 が、姉程ほどではないが自堕落な傾向の強いあたしにとって、気配りが出来てフォローが上手くスマートな傾向の強い彼の存在は、既に不可欠な物となっていたため、土台無理な話だった。というか、幼馴染おさななじみではテンプレだろうが、あたし達は互いに家族のような関係(誕生日まで同じだったので、どちらが姉、兄なのかは未だに討論中である)だったため、彼が二次にじコンになった以降でさえ互いに、本気で疎遠になろうなどとは、実行しようとした事はおろか、考えた事も無かった。



 そんな折に、終学旅行というイベントが発生した事で、本格的に現実の恋愛とは、今度は故意に遠のいた。厳密には、遠ざけた。

 あたしとの間で飛び交っていた直接的な下ネタは殲滅されアニメや特撮ネタのみとなり、ギャラリーからの「夫婦」などの揶揄からかいも消え失せ、ナチュラルなスキンシップも無くなりパーソナル·スペースが生まれ、数年後の我が家の駐車場よろしく距離が出来た。

 一部の無神経な女子は、私との物理的な近さがなくなった今がチャンスとばかりに、「私のは綺麗だから」、「変なプレイとか強要しないから」といった言葉を武器に彼をオトそうと躍起になるも、そもそもの目的が引き金となり彼の反感、怒りを買いかえって素気すげくされていた。



 そうこうしている間に高校を卒業し、フリーランスのライターとなった彼だったが、上述の経緯により、どの作品でも最初はスクリプトしか任されなかった。

 その後も、別の作品の共通ルート、次にまた違うゲームの個別ルートを預けられ、徐々に知名度を上げるも、俗に言う本番には着手出来ずにいた。

 二年もそんな風にしている物だから、既にネット上では彼の正体を見抜いている者も一定数居る(別にアンチではなく、彼のシナリオ自体はおおむね好評である)。

 その内、プロデューサーとなり、すべてを担当する日も来るだろうが、そんな時に「メインを書けないので、そこだけ他のライターに」などといったことになると、残酷ではあるが、誰も彼にこころよく付いて来ようなどと思わないだろう。   



 こうして、彼が水面下で崖っぷちに立たされていた、正にその時。

 なんともタイムリーに、あたしの方でも大事件が起こった。

 あたしが(少なくとも、向こうにとっては)ひそかに慕っていた相手、誰を隠そう高校時代からの恩師、社岳やしろだけ 流星ながとしと一緒に出掛けていた際に、邂逅かいこうした彼の知人の前で、あたしは紹介されたのだ。

「生徒ですよ」、と。



 これは彼の可愛らしい所、長所でもあるのだが、彼はなんとも鈍い。

 彼にとってはなんでもない、なんの意図もなくスッと放たれた一言が、大多数にとっては、その心や思考回路を図らずも木っ端微塵に破壊する、超大型の爆弾に化ける。

 ゆえに、どちらかと言うと、短所の色の方が強かったりする。



 この日も彼は、無邪気にあたしの精神にグレネード·ランチャーを構え、クリーン·ヒットさせ、あたしから平常心を奪った。

 正直、そこからの記憶は曖昧で、どんな風に笑っていたとか、どんな自己紹介をしたかとか、どんな話題を提供したかも、果ては帰宅ルートさえも定かではなかった。

 電車かバスか、タクシーかヒッチハイクか、いずれかの手段を用いて一人暮らし中の我が家に戻ったあたしは、玄関を潜ったと同時に着替えも戸締まりもせずに倒れ、大きな物音に導かれ隣人として駆け付けてくれた風月かづきの世話になった。



 風月かづきによってベッドに運ばれたあたしは、何時間か眠ってから目を覚まし、ノーパソで仕事しながらもずっとてくれていた風月かづきの前で、泣きじゃくりながら想いをぶつけた。

 先生が好きだ、今でも好きだ、大好きだ。けれど、先生はそうじゃない。

 先生にとってあたしは、今も昔も、単なる一生徒でしかないのだと。

 彼になんの恋慕も感謝もしていない、他の女子と何一つ変わらないのだと。

 でも、月並みではあるが、想いを伝えないで苦しむよりも、想いを伝えてフラれてもがき苦しむ方が何百倍も辛いので、えないのだと。

 こんな、中学生みたいな悩みを、風月かづきは真摯に聞いてくれた。

 うちの父親みたいに要らない相槌や、大して中身も無い話を挟んで遮ったりもせず、無言であたしを見詰め、修羅場中にもかかわらずノーパソも動かさずに、ただうなずき続けてくれていた。やっぱりあたしには風月かづきが必要だと、改めて痛感、確信した。

 


 告白しよう。あたしはもう、限界だった。

 この頃丁度、成人式も終え、その後の飲み会の席にて、もう既婚者が何人か生まれているのを知り、他にも色々と有り、あたしの心は大荒れだった。

 そんな時に、これだ。流石さすがに、もう耐えられなかった。

 ここまで来ると、荒れるのを通り越して荒れ果て、枯れ果てたような心境だ。


 そう、あたしの心は今、カラカラの砂漠を彷徨さまよっており、オアシスさえ与えられないまま、彼という太陽を無力に無意味に無気力に眺め、追いかけ続ける事しか許されずにいたのだ。

 あたしとて恋人経験値は風月かづきと同程度、ようは皆無だというのに、あたしの心は、体は訴えていた。

 一人ではもう、我慢出来ない。

 満足できない。

 慰められない。

 乾きが埋められない。


 だって、いつもみたいに、あたしの頭の中の彼と寝ても、虚しいだけなのを、なんの意味も効果も無い事を、今までより鮮明に思い知らされた以上、もう彼を汚せない。

 どこかの店か最悪、その辺の男でも適当に引っ掛けて、その姿を、声を彼の物に脳内変換し、交わらないと、気でも触れそうだった。

 嘘でも虚勢でもなく、自殺しそうな勢いだった。



 そこまで話してようやく、風月かづきは口を開いた。

 なん躊躇ちゅうちょも無く、真っぐ、はっきりと。  



『だったらさ……俺と、しねぇ?』と。  

 


 別に、本当ほんとうにするわけではない。

 くまでも、あたしを満足させるだけ。

 風月かづきは、先生と同じ眼鏡を掛ける事で先生に成り代わり、靴下だけ脱いだ状態で、あたしの背後から私の体を触る。

 あたしは操を立てつつ乾きを無くすため風月かづき二次にじコンを直しキャリア·アップするため

 決して、前は見ないし、パコりは勿論もちろん、キスもしない。

 場所はシャワー室でやるので、ぐに後処理が出来る。

 これなら、セーフだろ。

 そう、風月かづきあたしに提案した。



 風月かづきなんの得が?

 と聞くと、彼はバツが悪そうに答えた。

 自分も経験が少ないので、これを参考に本番も書けるようになりたいし、いつか女性と関係を持つ時のために免疫を付けたい。

 そして何より、お前を助けたいんだと。



 彼が一通り話し終えた頃には、あたしの心模様は小雨となっていた。

 例えば、彼に対して『恥ずかしがるポイント、違わない? ラグんなよ』などと、普段通りの会話が出来るくらいには、全快とは言い難いが、メンタルが回復していた。

 ほんわずかではあるが、潤い始めていた。

 そして、その返答によりあたしは彼に向けて、これまでとまったく変わらない絶対の信頼、そして感謝の意を伝えた。

 気持ちが同じ、むしろそれまでより強まった事を教え、遠回しに、彼の誘いに乗ったのだ。

 さと風月かづきも、私の意思を汲み取り、『うっせ。二次にじコンがここまで言ってんのに、茶化すなや』などと、雑な物言いとは裏腹に晴れやかに微笑んでくれた。    



 この日から早速、あたし達の、幼馴染おさななじみのラインを大きく踏み越えた、奇妙な関係が新たにスタートした。

 あたしが気を遣って準備した、彼の好きそうな色ないしはデザインの下着(古臭いが、何やら唾を飲む音が後ろから聞こえたのを私の耳は確実に捉えた)はともかく。

 PCゲームにより学んだ彼のテクにより出た声やリアクションにほとんど反応せず(これはこれで失礼な気がするが、彼の事だからきっと、不謹慎だから、あくまでもりなのだからと邪念を払ってくれているのだろう)。

 あたしがシャワー室から出てからも掃除だけでソロにふける気配も見せず(何度かこっそり盗み見ていた)。

 本当ほんとうに、あたしの精神的安定をメイン目的に、こんな事をしてくれていた。

 本人だって、ひょっとしたら豹変したいかもしれないし、そうじゃなくても現段階の彼は3次元を受け付けないはずなのに、だ。



 そんな、ケータイ小説か週○ガみたいなことを、私達は三ヶ月にも渡って繰り返していた。それも、無休でだ。

 一ヶ月に一回、実家に帰る際には二人で帰ったあと風月かづきの実家のシャワー室で行った。

 流石さすがに何日かはインターバルを挟むべきだと思い、あたし達はどちらからともなく互いの部屋で、それまで通りの、まだ普通だったままの様子ようすで別れ就寝しようとこころみた事も有った。

 が、眠気に襲われるも、どうにも落ち着かなく寝付けず結局、また幼馴染おさななじみの一線を一時的に超えてしまう。

 そんな事を、何度か味わった。



 あたしの方か、もしくは心自体がそうなのか、それは定かではない。

 が結果的に、我ながら面倒な事に、そうしているうちに今度は、あたしためにここまで尽くしてくれる風月かづきに、罪悪感を始めとするいくつかの感情を覚えるようになった。

 その果てにあたしは、先生とアカちゃんをくっつけ、完全にあきらめようと決意した。

 その為に、アカちゃんのタイプを改めて調べ尽くしたり、彼女の著作を先生に計算で薦める事で間接的に姉に興味を持たせる事にも成功した。



 そんなあたしすがる思いが実を結んだのか、二人は繋がった。

 まだカップルではないが、それに近い関係にはなった。

 これで、あたしの目的は達成された。

 風月かづきなら別にあたし以外にも相手してくれる人間がる、今はなくてもいつか現れるはずなので、こんな厄介な女に進んで関わらずともはずなのだ。



 なのに、なんで? 風月かづき

 あんたはなんで、いまだにあたしに合わせてくれてんの?





 思えば、こんなに荒々しく気持ちをぶつけた機会なんて、今まで無かったかもしれない。

 あの終学旅行の時でさえ、ここまで荒々しくはなかった。

 そんな、人生初かもしれないマジ喧嘩げんかの最中、眼鏡を外され風月かづきへと戻った彼は、胸のうちが読み取れない無表情を何秒かした後、笑った。  



「はっ。

 ……巫山戯ふざけてんのはお前だろ、舞桜まお

 言いざまに彼は眼鏡を拾い、軽く袖で拭い、あたしを金縛りにあわせるような、冷め切った視線を向けた。


 

「だったら、その泣き腫らした顔はなんだよ?

 ここに来て数秒の、生きてんだか死んでんだか、機械なのか人間なのか判別し辛い、その顔は」

「……!! 別にっ……!! 泣いてなんか

 あたしの言葉を、風月かづきが遮った。

 あたしの左側から、壁に向けて蹴った事で。



「……お前さぁ。い加減、気付きづけよ。

 寝言でまで名前を口にするような、他人に慰められてる時まで思い浮かべ、相手に重ねてるような人間を、そう簡単に忘れられるわけぇだろ。

 お前の言い訳は、根本的に、初めから破綻してんだよ」

 足を戻した風月かづきは、顔を背けようとしたあたしの顎をつかみ、逃さないまま続ける。



「お前……俺に気ぃ遣ってんだろ? ただ、それだけなんだろ?

 ……自惚うぬぼれんなよっ!

 最初に提案したのは俺だ、断じてお前じゃねぇ!

 色々と馬鹿げてんの承知した上で、ここまで続けて来てんだ!

 なもん、今更どころか元から、重荷でも迷惑でもなんでもねんっだよ!

 散々あれやこれや溜め込んだ結果、またお前にっ倒れられるよりぁ、余程なぁ!!」

 自分の胸倉を掴み、向こうも泣きながら、風月かづきは必死に訴えた。

 


「お前の心は、まだ乾いてんだろ!?

 助けてくれと、慰めてくれと、救いを求めてんだろ!?

 だったら、俺を使え!

 頼らなくても愛さなくても全然、構やしねぇ!

 俺を都合良く、ズタボロになるまで、き使いやがれ!

 俺は、お前が少しでも笑顔でさえ居てくれるなら、他にゃ何もらねぇ!

 それで、それだけで、充分なんだよぉ!!」

「……っ!!」  



 ああ、本当ほんとうに……私の幼馴染おさななじみは、スマートだ。

 普段はそうでもないけど、私が欲している言葉を、必要としている心を、ガチで限界の際には、いつだって届けてくれる。

 あたしの心を埋め尽くす乾きを遮り、内側を満たし、潤してくれる。

 あたしがピンチの時にはかならず、誰よりも早く、全力で、全速力で駆け付けてくれる。

 ……もっと普通に風月かづきと付き合えていたら、風月かづきを異性として好きでいられたら、どれだけ幸せになれたのだろう。

 一体どれだけの長い時間が、報われたというのだろう。  



「……風月かづき、ごめん。本当ホント……ごめん。

 あたし……もう、無理……」

 彼が壁に当てていた手を降ろし、涙がぶり返して来たあたしは、自分の心に、彼の気持ちと向き合い、訴える。

「約束、破るっ……!!」



 彼の頬を両手で挟みロック·オンし、あたしは寸分の狂いも無く、目を閉じ、彼の唇に自分のを重ねた。

 互いに合意の上でNGにしていた、キスに及んだ。



 あたしは、風月かづきの主張を履き違えたのかもしれない。

 風月かづきの思いを台無しにしたかもしれない。

 それでも、実行せずにはいられなかった。心が乾いて、騒いで仕方が無かった。

 


「〜っ!?」

 口付けを交わし続けていると、声にならない言葉が駆け巡っていた口内に、覚えの無い感触が生まれた。

 いや、違う。正しくは、一つしか覚えの無い感触……舌だ。

 風月かづきが、許してくれた。それどころか、乗って来てくれた。

 ディープ·キスで、応えてくれた。



「か、づ……きぃっ……」

 一旦、離れ、上気した瞳を交わし合う。

 そして、あたし達の唇を繋ぐ唾液の橋が崩れた頃、風月かづきはやっと、今の心境を明かす。



「……馬鹿が。俺の心まで、焚き付けやがって。

 こうなった以上、もう後戻りなんざ出来できねぇぞ?

 ブレーキ効かないまま突っ走るだけだ。

 本当ほんとうに……どうなっても、知らねぇかんな……」

 肩で呼吸しながら言うと、風月かづきは眼鏡をかけ直し、モードに入る。

 そして、柔らかでいて不気味な雰囲気を纏い、あたしを闇深い、底なし沼へと誘う。



「それじゃあ、花鳥かとりさん。

 本日の特別授業を始めましょうか」

 相変わらず、実にお約束過ぎる決まり文句で外れると、吹き出してからあたしは返す。

「……うん。

 思う存分、滅茶苦茶にして。センセ……」



 こうしてあたしは、あたし達は、今日もいびつな関係を継続する。

 ついには自室、それも実家へと、ステージを移して。

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