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「だ・か・らぁ!! 何っ度、言ったら分かんの!?

『達』って書いて『ら』って読ませるの、めろってんでしょぉっ!?」

「だって、『』って読むの、好きじゃないんだもん! 馬鹿バカにされてるような気がするんだもん!

 いじゃん、別に!」

「仮にもプロなら、私情を持ち込むな!」

「仮じゃないもん、ちゃんとプロだもん、クリエーターだもぉん!

 それに、じゃなくて、ポリシーだもぉん!」

「何アドリブでそこそこ上手い事、言ってんの!?

 そういうのは作品で使え、なんでもない所で浪費すんな勿体無い無駄打ちすんな、いつも言ってんでしょぉ!?

 それと、これも!『諦める』を『明らめる』と書くな!

 なんで基本ネガティブなイメージが付き纏うのに、明るくならなきゃなんないのよぉっ!?」

いじゃん、それくらい! シ〇ケンだって通った道でしょぉ!?

 絶望的なムードで明るく振る舞ったじゃん!」

「シン〇ン馬鹿バカにすんな、松坂〇李だぞ!? てか、いつも通り脱線させんな!

『関わらず』は、『かかわらず』!

『例え』は、『たとえ』!

『返って』は、『かえって』!

 ちゃんと、最初から、正しく使え!」

「もぉぉぉ!

 舞桜まおちゃん、本当ホント細かい!

 そっちが無駄に日本語に詳しいだけでしょぉ!?」

「作家志望の日本人が日本語に明るくて、何が変だっての!?

 てか本当ホント、そろそろユーザー辞書使え!

 時間に追われながら一々、要らぬ修正押し付けられる方の身にもなれ、このアンポンタン!」

「何さ、アンパンマン!」

「誰がよ、スカポンタン!」

「そっちだよ、ポカホンタス!」

 ……訂正。

 どうやらあたしと姉も、違う意味で、最高に最悪な、ベストマッチらしい。  



「あ、あのぉ……そろそろ質問、よろしいでしょうか……?」

 姉妹喧嘩げんかがヒート·アップする中、興奮も冷め、すっかり普段の態度に戻った彼が、まるで記者会見の来ているマスコミみたいに、おずおずと挙手した。

 あ……完璧、忘れてた。



「「……」」

 人様の前で繰り広げる事ではなかったと理解し、あたしと姉はそろって再び座り、大人しくなった。



「……どうぞ」

 言いたい事はまだまだ有ったが、えず忘れよう。

 どうせ、どんだけ言っても覚えようとしないんだし、この姉は。

 そう決めたあたしは、彼に話すよう、促した。

 彼は軽く一礼し、口を開く。



「すみません。

 情報量が多く、それでいて全てがサプライズぎで、一度には処理し切れないので、一つずつ確認させてください。

 ず……花鳥かとりさんは、手代てしろ 大翼たすけ大先生の、妹さんだった、と?」

「ん。まぁ、そういうこと

 ってもこの人、執筆だけは器用だから、ペン·ネームをいくつも使い分けて、色んな作品、ジャンル書いてるけどね。

 具体的には、今日センセが借りた本は全部、この人のだよ」

「だって、似たようなのばっか書いてると、飽きちゃうんだもーん。

 だから、作家名も変えて、気持ちも実績もリセットした上で、新たにまた執筆してるー」

「はい。それは、理解しました。完全に、ではありませんが。

 では、次に。花鳥かとりさんの仕事は、お姉さんのサポートだったと?」

「ん。そんなところ

 今のでセンセも何となく察したと思うけど、この人、誤字脱字は多いくせに無茶苦茶なルビも付けまくるわ、ノリやインパクトを重視してばっかだから時系列とかの細かい伏線は適当で整合性が取れなくなりそうだわ、スマホで書いてるからPCでルビを新たに付け直さなきゃだわ、ページ毎のバランスとか特に気にしてないから調整しないとだわ、名前はともかく名字もあやふやだからキャラが大渋滞通り越して大事故状態だわと……。

 ほんの面白さはともかく、本来のクオリティは、編集さんに専属で付いててもらわなきゃいけないレベルで致命的、てか担当さんを通すのさえ恥ずかしいレベルだから、あたしが清書してるって訳」

「ぶー。そんなに酷くないしー」

「ん? それは、何?

 ペン·ネーム変えて、あたしや編集さんを挟まない状態でネットに上げた小説が一つ残らず、『顔文字ばっかのケータイ小説より凄惨wwww』『これ書いてんの幼稚園児か小学生か外人か異星人だろwwww』『こうすることで本来の面白さを損なわせようとするとか、アンチさんネガキャン必死だなwwww』とかなんとかと散々、ディスられてるのを踏まえた上での発言?」

「そこまで!?」



 知らなかったんかい。だと思ったけど。

 本当ホント……売上とか需要とか感想とか、てんで気にしない人だ。

 まぁエゴサとかしないからこそ、未だにボランティア感覚で、そういう事が出来でき続けているんだろうけど。

 


「おまけに、締切は忘れたり間違えてばっかだし、ブッキング·ミスなんて日常茶飯事だし、遊んでばっかだしサボってばっかだし、家事はてんでしないし、したらしたで余計なトラブル起こして巻き添え食らってあたしまで死にかけるし、基本的に連絡付かないし向こうからの一方通行だし所在不明だし、そのくせ、一度書き出すと真島○ロばりのペースで書き終えるし。

 いや本当ホントもうなんなの喧嘩売ってるの売ってるよね明らかに買うよ殴って良いいくら?」

「まぁ、まぁ、花鳥かとりさん。落ち着いて。

 ね?」

 あたしが上げた右手(勿論もちろん、グー)を収め、先生が続ける。  



「では、花鳥かとりさんが高校時代から僕にオススメしてくれたのは?」

「ほぼほぼ、この人の。

 っても、面白いからってだけじゃなく、自分の仕事の確認って意味も有ったけどね。その頃からあたし、清書してたし。

 もっとも、バイト感覚でやってただけで、まさか成人してまで現状維持とは、夢にも思わなかったけど」

いじゃん、別にー。

 その分、ギャラは弾んでるんだしー」

 そう。もっとも悔しい事に、給料がまた、べらぼうに高いんだ、これが。

 具体的には、先生とタメ張れるくらい

 あたしでさえそんななんだから、本人は一体、いくもらってるのやら……。

 まぁ、大して執着も興味も無いだろうけど……。

 と、そんなあたしの心の声はさておき。一通りの話を把握した先生は一旦、水分補給を済ませ、苦笑いした。

 


「大体、分かりました。

 それで? どうして花鳥かとりさんは今日、僕とお姉さんを引き合わせてくれたんですか?

 僕が彼女の大ファンだからですか?」

 あー……やっぱ、そう来るよね。知ってたし、覚悟してた。

 だって、あたしは今日、そのために、そのためだけに、ここに来たんだから。すべてを断ち切り、終わらせるために。

 決意を新たにしたあたしは、一呼吸を置き、現時点で出せる最高の笑顔を彼に向けた。



「それだけじゃない。

 センセ、アカちゃんのドタイプだから」

「え? ……そうなんですか?」

 あたしではなくアカちゃんを見つつ彼が問い掛けると、アカちゃんは目を爛々と輝かせつつ、キラキラどころかギラギラという表現が似合う様子ようすで先生の両手を挟み、返す。



「はいっ!

 私、先生せんせーみたいな、甲斐甲斐しくお世話したくなる相手が好きなので!!」

「えと……褒められてるんでしょうか?」

勿論もっちろん!!

 是非とも、私と付き合ってください!!

 むしろ、突き合ってください!!」

「……すみません。何故なぜ、言い直す必要が?」

 ……しくった。彼が鈍いのと、下ネタ好きじゃない事を、あらかじめ教え込んどくべきだった。

 これじゃあ、折角せっかくの計画が水泡に帰するかもしれない。

 などとあたしが身構える中、緊迫した空気に包まれつつ、彼は少し考えてから、はっきりと答えた。



「えと……えず、お友達から、という事で如何いかがでしょうか?

 何分、急だった物で、心の準備が……」

「えー? さっきは、あんな風にノリノリだったくせにー」

「あれは、その、なんというか……舞い上がり過ぎたのと、当てられたのが原因の、失言というか失態というか……」

 煮え切らない返答をしていると、アカちゃんは先生から手を離し、笑顔で宣言した。  



「まぁ、いですよ? それで。

 どうせぐ、それじゃ満足出来ないようにしますから」

「あはは……。……お手柔らかに」

「……」

 ……やった。ついに、やった。本当ホントに、やった。



 ーーやって、しまった。



「あれ? 舞桜まおちゃん、もう帰るの?」

 気付いたらあたしの心は、あたしの体を、勝手にここから遠ざけんとしていた。

 いや……違う。体が、心を、二人から、だ。

「……ん」

 振り向き、余力を掻き集め笑顔を繕い、それでも上手く出来ないからシニカルさもプラスし、げる。



「だって、お邪魔虫じゃん? 完全に。

 キャンセラーとか呼ばれたくないし。

 あとは、二人に任せるよ」

「何その、お見合いみたいなのー。

 舞桜まおちゃん、私の妹じゃーん」

「そういうのは、あたしより少しでも大人っぽくなってから言って」

 などと憎まれ口、減らず口を叩きつつ、あたしは挨拶もせずに、部屋を後にしようとする。

 止めるな、どうか止めてくれるなと、死に物狂いで祈りながら。  



「か、花鳥かとりさんっ!!」

 念願叶わず、私は呼び止められてしまった。

 しかも、よりによって、適当には返しづらい、彼の方に。



「……何?」

 返事こそ返すものの、決して振り返りはしない。だって、自分の顔を正確に図れない。

 その程度の気力さえ、感覚さえ、失っている。



「い、いえ、その……。……ありがとう、ございます。今回も。今までも」

 ……あぁ。本当ほんとうに……この男は、どこまであたしを、あたしの心を、無自覚に狂わせれば、気が済むのやら。

 確実に浮かべているだろう笑顔を、何重にも覆って隠し通した本音の数々で今直ぐぶち壊せたら、どれだけ楽に、幸せに、自由になれるのだろう。

 一瞬、そんな考えが頭を過ったが、唇を強く噛み締め耐え抜き、あたしは気障に右手を上げ、横に払った。

 「気にしないで」と、「いつもの事でしょ」と、愉快めいた調子で。

 


 そして、あたしは無言で部屋を出……ひそかに借りていた、誰もないもう一つの部屋で、思いの丈を盛大に、ストレートに、余す所なくぶつけた。ぶち撒けた。

 必死に頼み込み、「常連のよしみだから」という事で特別に隠しカメラまで切ってもらった、完全に防音な、あたし以外に誰も介入、感知しない世界で。けれど、二人のぐ近くにいる、隣の場所で。

 ともすれば、数秒後にでも彼が駆け付けてくれるかもしれない、その部屋で。





 一頻しきり激情を吐き出したあたしは、いつの間にか自宅の、自室へとドアの前まで飛んでいた。

 別に、カラオケの個室からワープして来たわけではない。

 単に記憶、五感が不鮮明、不安定なまま、ここまで歩いて来たというだけの話だ。

 現に、部屋に置いてある電子時計が指す時刻は、既に夜となっている。

 そんな、ともすれば事故に巻き込まれていたかもしれないあたしの意識が何故なぜ、覚醒したかというと。



「おかえりなさい。遅かったですね」

 


 そう……あたしの部屋に、招いていない先客が待っていたからだ。

 それも、まだ少し見慣れない様子ようすで。

 衝撃、そして平衡感覚を急に取り戻した事により倒れそうになるのをかろうじて耐えたあたしは、見開いていた瞼を戻し、拒絶も込めた視線を送る。



「……何してんの?」

「いえ。そろそろ、花鳥かとりさんが帰って来る頃合いかなぁと。

 良いじゃないですか。別に、今に始まった事ではないでしょう?」

 ……そうかい。あくまでも、そっちで貫くかい。

 はっ……上等じゃん。



「ワーイ、ウレシー、キテクレテアリガトー」

 我ながら色々とひどいなぁと思いつつ、あたしはてんでうれしそうな色を見せぬまま、腕を組みつつ続ける。

「これで満足?

 悪いけど、とっとと帰って。一人にして。

 てか、アカちゃんとデートでもして来たら?

 折角せっかく、付き合える事になったんだし。向こうは、その気満々だったんだし」

 あたしが突き付けた事実により、彼は分かり易く顔を顰めた。



 これで、あたしの勝利は確定だろう。

 彼には悪いが、詳細はまだ知らない状態であたしに接して来た向こうが悪い。

 などと余裕を見せたあとあたしは相手の答えも聞かないまま、興味を示さないまま、コートを脱ぎ始める。ハンガーにかけた辺りで、彼が不敵に笑った。

「残念ながら、まだ交際には至ってませんよ。彼女は、『お友達』……ですから」



「……!? あんた、なんでそれ」

 口を突いて出た言葉を右手で止め、後ずさる。

 彼は、その隙を逃さず、こちらに詰め寄って来る。

 壁際に追い込まれながらも私は、なおも強がる。

「まさか、尾行した上に盗み聞き? ストーカーかよ。

 そこまでするなんて、聞いても頼んでもないんだけど?

 契約違反じゃない?」

「……? 花鳥かとりさん。一体、何を言ってるんですか?

 さっきから」

 ……あー。そうかい、そうかい。今度は、そう来るかい。

 いや……今度も、か。正確には。

 どうせ、あれでしょ? 長年、積み重ねて来た時間で培って来た予測、勘でカマかけたってだけのオチでしょ?

 随分ずいぶん、舐められたものだなぁ。

 相手を知り尽くしているのは、こっちも同じ。対等の関係のはずなのに。



「ふっざっ……けんなぁっ!!」

 決して両目や頬に当たらないように気を付けつつ、あたしは彼の、言っては何だがダサい丸淵眼鏡を叩き落とした。

 彼の性格が変わるスイッチである、キー·アイテムを。

 流石さすがに、自分でも思った。やり過ぎだと、面倒臭い女、ヒスだと。

 けれど、仕様しょうい。他に方法が思い付かなかった。それを考えるために回せる余裕が無かった。

 一刻も早く、彼をあたしから解放したかったから。

「もう、い!!

 ……もう、充分なの、ぃ!!

 あたしと彼は、うに終わったのぉ!

 これからは、彼が思っている通りの関係でいられるのぉ!

 だからもう、あんたがそんな馬鹿バカ真似マネする必要、これっぽっちも無いのぉ!!」



 恋愛関係でもなんでもない幼馴染おさななじみとの、この、ゆがんだ、不健全な、ゴールのい、どこまでも都合だけのい、それでいて中途半端な、度しがたい関係を、終わらせる。

 そのことに、そのことだけに、あたしはリソースを割いていた。

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