3

「セーンセ。待った?」

 ピンクのニット帽とダッフルコート、そして現時点での最大限の覚悟を纏ったあたしは、待ち合わせていた図書館の玄関前で、声をかける。



 相手は眼鏡、そして読書姿が実に様になっている、細身で長身な、地味目の男性。

 彼は文庫本へと見下ろしていた目線を上げ、あたしの方へ一瞥いちべつをくれると、本を綴じつつ、こちらに上品に微笑ほほえんだ。



花鳥かとりさん。こんにちは。

 いえ。僕も今、来た所ですから」

「ふーん」

「な、なんでしょう?」

べっつに〜。

 ただ、センセの言う所の『今』って随分ずいぶん、広義的だな〜って」

「あはは。……バレましたか?」

むしろ、何故なぜ気付かれないと思った? そんなに目をキョロキョロさせて」



 相変わらず、ナヨナヨしてるというか、野暮ったいというか正直、頼りないというか……。

 かく、この男性、社岳やしろだけ 流星ながとしとは、こういう、少し時代遅れにさえ思える、ともすれば女性に好かれないタイプである。

 まぁ……そんなに寄られても、困るのだが。



「いやぁ……やっぱり、花鳥かとりさんには敵いませんねぇ。

 かれこれ、5年近くの付き合いのはずなんですが」

本当ホント、よく飽きないよね、センセ。

 未だにあたしに勝てためしいし」

「あはは……。……恐縮です」

 彼に近寄った《あたし》は、そのままリードしつつ早速、中に入ろうとする。



「あ……」

 が、その矢先に、相手が何かを思い出したような声を上げた。あたしは振り向き、尋ねる。



「……何?」

「今日の……いえ。、ですね。

 花鳥かとりさんの服、その……素敵だな、と……」

「……」



 もし、これがアニメだったら今頃、あたしは目を見開き、二人の間には花が風で踊っていた事だろう。

 しかし、これは現実で、おまけに桜は既に散っており、私の名前にしか存在しない。

 そんなことが起こるわけはない。



 よってあたし達の間に訪れたのは、本の数秒の静粛。

 先に破ったのは、向こうだった。



「ご、ごめんなさいっ。

 もしかして今の、セクハラでしたか? 気分、害されましたか?

 ほら、別に、その、あれです!

 変な意味が有ったわけでは決してなくてですね」

「……」

 神様は、なんとも意地が悪い。だって、5年の歳月が流れても、私に教えてくれないのだから。

 彼が鈍感なのか、マメなのか。割合的には、8:2くらい



 なんて事をぼんやり考えつつ、少しスマホを無言で弄ったあとなおも何やら妙な言い訳、弁明をしている彼の唇に人差し指を当て、注意を引き付ける。

 そして、再び距離を取り背中を向け、ついでにマフラーで口元を覆い隠す。



「あ、あのぉ…なんですか?」 

「……別に。何となく、夏の夜の町を聴きたくなっただけ」

「……?

 えと……どなたかの曲、ですか?

 それとも、蝉の鳴き声とか、夏祭りの喧騒とか?」

「……」



 ……忘れてた。この人、アイドルとか好きな人種じゃなかったっけ。

 まぁあたしも別に、取り分け好きってんでもないけど。何となく、頭を過っただけだし。

 今だって、スマホで歌詞検索してタイトルを知ったくらいだし。

 関係ないけど、曲名が歌詞に含まれていない曲って、あまり好みじゃないかもしれない。個人的には。



 それはそうと、ちょっと、遠回し過ぎたな。

 割と限り限りギリギリな線を突いたもりだったのに。

 いつまで、こんな、駆け引きみたいな事をしているのやら。

 向こうは一切、気付いていないというのに。とんだ茶番だ。

 っても実際の所、はなから然程さほど、期待していなかったので、ダメージなど無いに等しいのだが。



「とっとと行こっか。あと、検索するの、禁止」

「え? 何故なぜですか?」

なんででも。

 破ったら、叫ぶよ? あたし、童顔だからセンセ、補導されちゃうよ?

 いのかなー? 現役の高校教師が、そんな風に世間を賑わせる形で取り上げられちゃってー。

 ひょっとしたら、センセの話題だけじゃなくて、終いには仕事さえ取り上げられちゃうかもよ?」

「ひぃっ!?

 そ、それは、その、平にご勘弁を……」

 うん。本日もまた、通常運転で御し易い。

 だからこそ、気に入ってるんだけど。



「ん。

 ほら。分かったら、さっさと行く。

 ちゃんと採点してもらわなきゃなんだから」

「あはは……はい。お手柔らかに」

「いや、逆。立場」

 こんなコントを繰り広げつつ、あたし達は、暖かい室内へと足を踏み入れた。





「うーん……長い、ですかねぇ?」

「あー、やっぱ?」

「はい。プロローグと呼ぶには、少々。

 かといって、コンパクトに纏めるのも、難しそうですね。

 冗長というわけでもないですし」

「そうなの。これでもあたし、十二分に、短く纏めたもりなの。

 褒めれ」

「でしたら、最初の数行だけでプロローグを終えるのは如何いかがでしょう?

 それで、その後に、第一話として、話を広げるというのは?

「ん。いかも。採用」

「あと、少しテーマ? 論点? がズレてる気がします。

 それと、オチ? 引き? が弱いです。唐突ですし、どこで終わってるのかが若干 、分かりづらいですね」

「ふむふむ」

「ただ、『シャカンキョリ』というタイトルは興味深いです。

 車間距離を家族間で、横の形で使ってるのは、素直に感心しました。

 それと、者間しゃかん距離きょりというのも中々。

 これは、中村 航氏の『リレキショ』から着想を?」

「違う、違う。単に複数の意味を持たせたかっただけ。

 ていうか、知んないし」

「なるほど。そうでしたか。

 でしたら是非、ご一読ください。あれはい本ですよ」

「ん。ありがと。

 そうする」

 身を乗り出したり、胸に手を置いて威張ったり、手を横に振ったりしつつ、しっかりメモも欠かさない。



「で? 現時点での総合得点は?」

「うーん……控え目に言って、61点ですかねぇ?

 今後に期待します」

「赤点限り限りギリギリかよ〜……。

 しかも、控え目で、それかよ〜……」

 この、ドSめ。

 まぁでも、予選敗退しなかっただけ増しマシかもしれない。



 そろそろ、本題に入ろう。

 彼は高校で現国を教えている教師であり、まだあたしが高校の教え子だった当時から、あたしは彼に自作の小説を読んでもらっていた。

 そして、あれから5年が経った今もなお、定期的かつ個人的に、こうして感想を求めている、というわけだ。

 ただまぁ、この手の展開でありがちなのだが、批評の際にのみ、普段の草食っぽさが消え失せ、上記の通り、ストレートかつ容赦の無い意見をくれるのだ。



 それでも、助かる事には変わりない。

 なぜなら、彼のアドバイスは的確な上、ほんの数ページしか原稿が仕上がってない状態でも見てくれるのだ。

 同情とか贔屓目といったフィルターで濾過されていない、忌憚無い感想を一番いちばんに求めてる身としては、重宝してなんら不自然じゃない。



 まぁ、なんて事をいつか風月かづきに打ち明けたら、『ドMなの?』って、真顔と蔑みの入り混じった顔でドン引きされたけど。

 いや、完全に否定はしないが、せめて『M』くらいに留めろよ。  



「まぁ、でも、収穫は有ったかな。

 この方向で、しばらく足掻いてみるよ」

 体を上に伸ばしたあとに決意表明すると、彼は優雅に微笑ほほえんだ。

 状況が状況で、場所が場所なら今頃、コーヒーか紅茶でも呑んでいる事だろう。  



「応援しています。

 それより、花鳥かとりさん。その……そろそろ、よろしいでしょうか?」

 いつものキャラに戻った彼は、何やら目線を逸らしモゾモゾし始める。

 はたから見れば催しているようだが、実際には少々、異なる。

 


「あー、はいはい。どうぞ。ご自由に」

 あたしがリリースすると、彼は頭を下げ、早歩きと徒歩の中間位くらいのペースで図書館を移動し、物色し始める。

 相変わらず、三大欲求を上回るレベルの、読書欲。

 本屋でも無いのに置かれているカゴに、ドンドン本を入れていくさまは、玩具やお菓子を夢中に入れて行く子供か、「待て」から開放され餌に有り付いた子犬と見紛うほどに輝いている。



 そんな書痴な彼に生暖かい視線を送りつつ、あたしは早速、小説をリライトする。

 ちなみに、某作家の影響により、私はスマホで主に執筆している。この方がリラックス出来るし、キーボード入力の「カタカタカタ」というノイズに意識を奪われないし、何より手軽、気軽に持ち運べるので、中々に助かる。



 その後、書き直しを終えてもまだツレが戻って来なかったので、続きを書く事にした。

 どうやら、今度はあたしが待たされる側らしい。





 結局、彼と図書館を出たのは、それから一時間後の事だった。

 何となく。本当に何となくだが、彼から未だに恋人を紹介されない理由は、その気弱さだけじゃない気がする。



「すみません。

 つい、熱が入っちゃって……」

「ん。別に。これでイーブンでしょ?

 それにしても……」

 次の目的地へと向かう過程で、まるで身代金の入ったバッグでも抱えているかの如く彼が大事に持っている、借りて来た本の山でパンパンに膨れ上がった袋を見て、あたしは軽く微笑ほほえんだ。



本当ホント……好きだねぇ、小説。

 そんなに好きなら、部屋に自分用のを置けばいのに。

 それ、何回も借りてるやつじゃん?」

「凄いですね。どうして分かったんですか?」

「分かりますー。

 だって、今まで幾度と無く、プライベートで講義を受けましたのでー」

「あはは……ご名答。恐縮ですね……」

 まぁ、そうじゃなくても、知ってるけどね。だってあたし、無関係じゃないし。



 恋愛、SF、ファンタジー、ケータイ、官能、ラノベ。

 ここまでジャンルが多岐に渡る小説達が、バラバラに見えて実は一点の線で繋がっているなどとは、知るよしも無いだろう。



「自室に置いてると、ほらぁ?

 ……汚してるような気が、するじゃないですか。

 たまに。色んな意味で」

「あー……ん。そうだね。そういう場所でもあるもんね。

 分かる」

「ありがとうございます。

 それが嫌なんですよ。名作を穢しているというか、作家さんに失礼というか、そんな風に罪悪感を覚えてしまって……。

 あと、年を取ると仕事や時間に追われた結果、買っただけで読まなかったりしますし……」

「ん。積んじゃうんだよね、本当ホント

 なんか、もう、あそこまで行くと、コレクションでもしてるような気になって来るよね。

 しかも、間違ってないってーか、現にオブジェ、アンティークと化してるってーか……」

「そうなんです。それも、どうなのかなぁと。

 だったら、DVDやCDと同様に、本当に必要な時、読みたいと思ってる時にだけ、求めれば良いかなぁと……」

「センセ……もしかして、キープとか沢山、作りたい派?」

「キープ?

 ジープの仲間ですか?」

「ごめん、なんでもない。忘れて。

 センセには早過ぎたね」



 風月かづきとの会話が、アニソンや特撮を含む激熱J-POPなら、先生とのキャッチ·ボールは、メロディアスで癒やされるクラシックだなぁ。……とか。

 一体、彼はどんな顔をするだろう。彼が今、大事そうに両手で包んでいる本に連なる、いくつかの真実を知ったら。事実は小説より奇なりという事を、肌で感じたら。……とか。

 なんて事を、あたしひそかに考えていた。

 またしても始まった、彼と交わす小説トークを、小気味よいBGMへと変換しながら。





 次にあたし達が訪れたのは、図書館から大して離れていない場所に立地されているカラオケ。

 アンニュイ気味なあたしと、大人しい彼のイメージとは結び付かないかもしれないが、あたし達は結構、足繁く通っていたりする。

 というのも周囲、及び企画やネタをパクられる心配も無く存分に語り合うには、ここの個室が最適だからだ。

 食事も、他のカラオケやサービス業に比べたらリーズナブルだし。



「センセ。ちょっと待って」

 まだ話足りないのか、勢い良く入店しようとした彼に声をかけ、止める。



「おっと……そうでした。

 それでは、花鳥かとりさん。いつもの、お願いします」

「……うん」

 彼はあたしと向き合い微笑ほほえみ、目を閉じた。

 あたしは、底知れない本心と抗いつつ、胸に手を当て深呼吸すると、割と端正な彼の顔に両手を伸ばし……彼の眼鏡を外した。  



 そうしてあたしの目の前に現れたのは、絶賛オフ中のモデル、もしくは人気俳優と錯覚しそうな、爽やかな好青年。

 伊達眼鏡の呪縛から開放された顔を、いつまでも見詰め続けていたかったが自制しあたしは彼に声を掛ける。



「センセ。もういよ」

 彼はまったく不安そうな様子ようすを見せずに目を開け、そして笑顔を向けた。古い表現かもしれないが、その瞳に、危うく吸い込まれそうになった。



 繰り返すようだが彼は、どちらかと言えば目立たないタイプに属する外見の持ち主である。

 が、それは彼が、少しレンズの大きい眼鏡で、その整ったマスクを覆い隠しているからに他ならない。

 実際の彼は一度、そのデバフから解き放つと、たちまち女性のハートを、射止めるのではなく射抜かんばかりのルックスの持ち主なのだ。まぁ、これもまたテンプレなのだが。

 そんな彼が、なぜ芸能人のお忍びコスプレみたいな事をしているのかというと、その性格により言い寄られるのが苦手なため、魔除けとして、ということらしい。



「ありがとうございます。

 ところで、花鳥かとりさん。い加減、教えては頂けませんか?

 どうして僕自身に、眼鏡を外させてくれないのかを」

「教師ならその程度の答えくらい、自分で見付けるなり導き出すなり読み解くなりしたら?

 それより、はい」



 適当に躱しつつ、あたしは彼に眼鏡を返す。

 彼は、それを鞄に入れると、「ありがとうございます」と、フニャッと笑った。

 ロッテのフィッ〇でも噛んでるのだろうか?

 などと心の中でボケつつ、あたしは彼を連れ、カラオケ店の中に入った。





「あーっ! 舞桜まおちゃん!

 いらっしゃーい!」

 玄関を抜けて早々、あたしに元気良く声をかけて、次いで駆けて来たのは、こっちから見て右側をサイドアップにしている、受付担当のアルバイト。

 もとい、我が妹、花鳥かとり 夏葵なつき

 彼女は、あたしの腕に抱き付きつつ、視線を顔ごと明後日の方へ向けているあたしげる。



「久し振りじゃーん!会いたかったよー!」

「月一で家に帰ってるし、ここにも定期的に来てるし、今日も帰る予定でしょ?

 てか、夏葵なつき。あんた、バイト中じゃない。

 その接客態度、見直したら?」

「平気だよー!

 既に周知済みだからー!」

「あんたねぇ……」



 億劫がりつつ周りを見渡すと、確かに他のスタッフ達は全員、微笑ほほえましい光景でも見ているような顔をしていた。

 一体、どんな説明を、何度したのやら……。

 でも、始めたばかりのバイトも板に付いてきてて、他のメンバーとも良好な関係を築けているのは、何よりだ。

 まぁ元々、コミュ力高いしね。あたしと違って。



 それはともかく、依然として夏葵なつきは、あたしにデレデレである。

 これはもう、相手が相手がなら、姉妹な上に同性と、二つの意味で禁断な関係を彷彿させられテンション上がったりな所だろうなぁ。



「彼氏さんも、いらっしゃーい!」

「あ……は、はい……。ども……」

 少し話は逸れるが、夏葵なつきには彼を恋人らしき人として紹介している(どちらも肯定も否定もせず、ぼかしていて、嘘でも本当ほんとうでもない状態を維持している)。

 というのも、5年前からあたしの担任だった彼は、今では夏葵なつきの先生でもあるため、身バレすると色々と拗れるからである。

 そうじゃなくても、人気の無い所や本に囲まれてでもいないと落ち着かない傾向の強い彼なので、気付きづかれる可能性は少しでも減らしたい所だし。  



 まぁ……本当の所、一番いちばんの理由は違うし、こんな三文芝居も今日までなのだが。



「ね、ね、舞桜まおちゃん!

 うち、今日、もう上がりなんだー! あとで混ざりに行ってもい!?

 大丈夫!二人がここで変な事しないの熟知してるし、もししてても、その時は涙を呑んであきらめるからー!」

「それ、もう質問? 確認? の意味、無くない?

 飛び入りは一向に構わないけど、今日はアカちゃんも来るよ?」

「うげっ!?」

 ……何その、Butter-Fl○歌いたくなる反応。



 と、それは置いといて。これから起こる事実を伝えると、夏葵なつきあたしの腕から離れ、右手を顔の前、左手を背中の辺りに運んだ。

 ……妹よ。気持ちは察するし全面的に同意するが、そのリアクションは如何いかがなものか。

 古いって意味でも。  



「……『アカちゃん』?」

 あたしの口にした聞き慣れない主語に、彼が首を傾げた。

 あたしは今更ながら、やっぱ変わってるよなぁなどと、他人事のようにぼんやりと考えた。



「う、嘘ぉっ!?

 なんで、なんでぇ!?

 なにで釣ったのぉ!? 」

「ん」

 食い気味に問う夏葵なつきに対して、私はクールに、ちょんちょんと、後ろにいる彼を親指で差した。



「え?」

 が、彼は意図を読み取れず、周囲を確認し始めた。

 相変わらず、鈍いと言うか、自分に自信が無さ過ぎるというか。



「あー……確かに、タイプではあるよね。

 納得」

「え? ……僕が? 子供に好かれる? 照れるなぁ……。

 実は僕、子供が好きで、小学校や幼稚園の先生を目指してた事も有って……」

 恥ずかしそうに頬を掻き無関係な自分語りを始める、二十代後半の男性。

 そんな彼の態度に、姉妹でかたすくめていると、唐突に夏葵なつきは我に帰った。

 あ。これ、地雷踏んだ。


「て、こと、は……!?

 舞桜まおちゃんの彼氏じゃなかったのぉ!?」

「すみません。部屋、どこです?」

 暴れ出しそうな夏葵なつきを無視し、あたしは別の店員に聞く。

 なおも事情聴取を図ろうとする夏葵なつきだったが突然、長身の男が現れ、彼女は後ろから羽交い締めにされた。

 ……誰だ? ユニフォームを着てない上に見覚えが無い所から察するに、店員ではなさそうだけど。



「あんた、暴れ過ぎ。

 あんま邪魔すんな」

「ちょっ……!?

 なんで、あんたがいんのよぉっ!?」

 あ。化けの皮、剥がれた。生意気そうな口調になった。

 夏葵なつきにしては随分ずいぶん、気を許してるなぁ。めずらしい。

 あたしの前では基本、どこにでもいる、人当たりのい親しみ易い妹然としたキャラを演じてるくせに(本人曰く『舞桜まおちゃんは好感度がカンストしてるから特別♪』らしい)。



「別に。

 ただ、普通にヒトカラしに来ただけ」

「ぷっ。ボッチ、ダッサ。非リア乙ー」

「いや……今のあんたも大概だぞ?」

「そうだった!

 降〜ろ〜せ〜!!

 一クラスメート兼オタ友ってだけの分際のくせして、しゃしゃんじゃないわよ!」

「は!? え、タメ!? タメなの!?」



 嘘でしょ!? この身長で!?

 パッと見、180cmは有るじゃん!?

 しかも、年不相応にクールだし、声も低いし!

 反対にこっちは、つい感情的になっちゃったじゃん!

 普段はえてダウナーに節電してんのに!

 などと驚くあたしを見つつ、彼は首肯した。 

 あれ? もしかしてこの子、私や先生より、精神的に大人?

 


「二つも役職付いてりゃ、充分じゃね? それより」

 夏葵なつきに向けていた視線をあたしの方へと向けると、彼は軽く会釈した。

 本当ホントに落ち着いてるというか、番長みたいな雰囲気の割に礼儀正しいというか。

 いや……仁義を重んじてるから、とか? 逆に。

 嫌いじゃないわぁぁぁ〜。

 

夜的崎やまとざき 空晴すばる

 『空』が『晴』れるって書いて、『空晴すばる』っス。

 初対面がこんなで、すんません。

 えず、こいつはしばらく俺が面倒見てるんで、そっちはそっちで楽しんでくださいっス。

 先生も」

「あ……は、はい……」

「ありがとうございます、夜的崎やまとざきくん。

 って、えぇ!? なんで、僕のこと!?」

「……?

 見りゃ一発で分かるでしょ? そんなん」

 ……眼鏡無しの先生に気付きづける人、初めて見た。シンプルにすごい。

 夏葵なつきなんて、一月が経過しても見破れてないのに。

 どんだけ観察眼、鋭いんだ。



「良く分かんないっスけど……行かなくていんスか?」

「……ん。

 じゃあ、お言葉に甘えて」

「うす」

 折角せっかくの好意なので、あたし達は少年の言葉に従った(余談だが別れ際に、慣れた様子ようす夏葵なつきをスルーした私と違って、何やら手を合わせ頭を軽く下げている先生の姿が少しツボった)。



「あ〜! 舞桜まおちゃ〜ん!」

「はいはい。

 今夜は帰るから、それまで我慢しなー」

「え〜!? や〜だ〜!

 い·まぁっ!! 遊びたいの〜っ!!」

「アニソン縛りと特ウタ縛りとデジモ○縛り、どれが良い?」

「急に入って来んなし! てか、デジ○ン別カテとか、どんだけ好きなのよっ!

 じゃあ、それで!」

「だから、あんたも同類だと何度言えば」

 などと漫才を繰り広げつつ、少年に運ばれる体勢で、夏葵なつきあたし達とは逆方向に有る部屋に向かった。

 あの子、何だかんだで、楽しんでない? 色々と。

 あと、あの子も特ソンの事、特ウタって呼ぶタイプか。

 あたしと同じで、真ん中の2文字がなんいやだからかな?

 と。そんなアクシデントを挟みつつ、予約済の部屋へと向かう。



「あ」

 その道すがら、ドリンクを淹れている最中に、彼が素っ頓狂な声を上げた。

「もしかして、さっきの小説……ノンフィクションだったりします?」

「……今更?」

 普通に、出てたじゃん。なつきペットオクトの名前。割と何度も。

 ラグ過ぎない?





「それで?

 いつ来るんですか? 赤ちゃんは」

 二人でポテトやピザ、唐揚げやタコ焼き、ラーメンなど(というか夕食)を平らげている最中に、何やらソワソワ、ワクワクし出した彼にやにわに聞かれ、あたしは思わず軽くせてしまった。

 その後、彼に背中を擦られ、ぐに調子は戻った。



「その話……まだ生きてたの?」

「……え?」

 何やら不安そうな顔になって行く彼の様子ようすに、幾ばくの焦りを覚えつつ、私は訂正を試みる。


 

「あー、違う、そうじゃない、嘘じゃない。アカちゃんなのは、間違い無い。

 ただ、センセのイメージするような相手じゃないだけ。見解の相違が生まれてるだけ。

 かけ離れ……てもないか、ニアミスで違ってるだけ」

「えと……それは、つまり、どういう……?」

 と、そんな具合に話していたタイミングで突然、ドアがノックされる。



「失礼致します。ご注文の品をお持ち致しました」

「「……?」」

 視線と注意を奪われたあとあたし達は互いの顔を見合い、テーブルを確認したあと、再びドアへと顔を向ける。

「いえ……もう全部、届きましたけど?」

「部屋、間違えてません?」



「いいやっ!!」

 あ。この声。

 と、あたしが事態を把握するより先に、バタンッ!!、と壁に激突しそうな勢いでドアが開き、その正体が晒された。

舞桜まおちゃんは呼んだとも!

 この、稀代の小説家、手代てしろ 大翼たすけすなわ花鳥かとり 紅羽いろはちゃんさまをぉっ!!」



 あー……やっぱりー。

 しばらく顔を合わせなかった事で免疫が低下したのか、彼女の天然な奇行により、あたしの心は既に音を上げそうになっていたのだった。

 一方、まだ現状を受け入れられずにいる彼は、あたしと彼女の方をラリーで見たあと、腰を抜かし、思いの丈を盛大にばら撒く。



「え? ……え〜!?  か、花鳥かとりさん、手代てしろ大先生の妹さんだったんですか!?

 ていうか手代てしろ大先生って、女性だったんですかぁっ!?」

「ふはははは! そうとも、そうとも、見知らぬイケメンくんよ!

 いやはや、実に愉快、愉快!その反応が見たかったのだ!

 ドッキリさせ甲斐がいが有るってもんよぉ!」

「はぁ……」

 あたし溜息ためいきを零す中、我が姉、花鳥かとり 紅羽いろは、通称アカちゃんは彼に近付き、屈み、顎クイを仕掛けつつげる。



「私はこれまで、いくつもの賞を総ナメにして来たが……今宵は、君の心を頂くよ」

「是非……是非ぃっ!!

 お望みとあらば、この身さえ喜んで差し出しましょう!!」

 ……ふうとく○キーホルダーでももらうっての?



「……はーあぁ……。あーあぁ……」

 ……どーしよ。なんか、物凄い面倒、疲れる。

 ちょっと? 大分? ミスったかもしれない。

 この二人……最高に最悪な、ベストマッチだ。


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