3
「セーンセ。待った?」
ピンクのニット帽とダッフルコート、そして現時点での最大限の覚悟を纏った
相手は眼鏡、そして読書姿が実に様になっている、細身で長身な、地味目の男性。
彼は文庫本へと見下ろしていた目線を上げ、
「
いえ。僕も今、来た所ですから」
「ふーん」
「な、
「
ただ、センセの言う所の『今』って
「あはは。……バレましたか?」
「
相変わらず、ナヨナヨしてるというか、野暮ったいというか正直、頼りないというか……。
まぁ……そんなに寄られても、困るのだが。
「いやぁ……やっぱり、
かれこれ、5年近くの付き合いの
「
未だに
「あはは……。……恐縮です」
彼に近寄った《あたし》は、そのままリードしつつ早速、中に入ろうとする。
「あ……」
が、その矢先に、相手が何かを思い出した
「……何?」
「今日の……いえ。今日も、ですね。
「……」
もし、これがアニメだったら今頃、
しかし、これは現実で、おまけに桜は既に散っており、私の名前にしか存在しない。
そんな
よって
先に破ったのは、向こうだった。
「ご、ごめんなさいっ。
もしかして今の、セクハラでしたか? 気分、害されましたか?
ほら、別に、その、あれです!
変な意味が有った
「……」
神様は、
彼が鈍感なのか、マメなのか。割合的には、8:2
なんて事をぼんやり考えつつ、少しスマホを無言で弄った
そして、再び距離を取り背中を向け、
「あ、あのぉ…
「……別に。何となく、夏の夜の町を聴きたくなっただけ」
「……?
えと……どなたかの曲、ですか?
それとも、蝉の鳴き声とか、夏祭りの喧騒とか?」
「……」
……忘れてた。この人、アイドルとか好きな人種じゃなかったっけ。
まぁ
今だって、スマホで歌詞検索してタイトルを知った
関係ないけど、曲名が歌詞に含まれていない曲って、あまり好みじゃないかもしれない。個人的には。
それはそうと、ちょっと、遠回し過ぎたな。
割と
いつまで、こんな、駆け引きみたいな事をしているのやら。
向こうは一切、気付いていないというのに。とんだ茶番だ。
っても実際の所、
「とっとと行こっか。あと、検索するの、禁止」
「え?
「
破ったら、叫ぶよ?
ひょっとしたら、センセの話題だけじゃなくて、終いには仕事さえ取り上げられちゃうかもよ?」
「ひぃっ!?
そ、それは、その、平にご勘弁を……」
うん。本日もまた、通常運転で御し易い。
だからこそ、気に入ってるんだけど。
「ん。
ほら。分かったら、さっさと行く。
ちゃんと採点して
「あはは……はい。お手柔らかに」
「いや、逆。立場」
こんなコントを繰り広げつつ、
※
「うーん……長い、ですかねぇ?」
「あー、やっぱ?」
「はい。プロローグと呼ぶには、少々。
かといって、コンパクトに纏めるのも、難しそうですね。
冗長という
「そうなの。これでも
褒めれ」
「でしたら、最初の数行だけでプロローグを終えるのは
それで、その後に、第一話として、話を広げるというのは?
「ん。
「あと、少しテーマ? 論点? がズレてる気がします。
それと、オチ? 引き? が弱いです。唐突ですし、どこで終わってるのかが若干 、分かり
「ふむふむ」
「ただ、『シャカンキョリ』というタイトルは興味深いです。
車間距離を家族間で、横の形で使ってるのは、素直に感心しました。
それと、
これは、中村 航氏の『リレキショ』から着想を?」
「違う、違う。単に複数の意味を持たせたかっただけ。
ていうか、知んないし」
「なるほど。そうでしたか。
でしたら是非、ご一読ください。あれは
「ん。ありがと。
そうする」
身を乗り出したり、胸に手を置いて威張ったり、手を横に振ったりしつつ、しっかりメモも欠かさない。
「で? 現時点での総合得点は?」
「うーん……控え目に言って、61点ですかねぇ?
今後に期待します」
「赤点
しかも、控え目で、それかよ〜……」
この、ドSめ。
まぁでも、予選敗退しなかっただけ
そろそろ、本題に入ろう。
彼は高校で現国を教えている教師であり、まだ
そして、あれから5年が経った今も
ただまぁ、この手の展開でありがちなのだが、批評の際にのみ、普段の草食っぽさが消え失せ、上記の通り、ストレートかつ容赦の無い意見をくれるのだ。
それでも、助かる事には変わりない。
なぜなら、彼のアドバイスは的確な上、
同情とか贔屓目といったフィルターで濾過されていない、忌憚無い感想を
まぁ、なんて事をいつか
いや、完全に否定はしないが、せめて『M』
「まぁ、でも、収穫は有ったかな。
この方向で、
体を上に伸ばした
状況が状況で、場所が場所なら今頃、コーヒーか紅茶でも呑んでいる事だろう。
「応援しています。
それより、
いつものキャラに戻った彼は、何やら目線を逸らしモゾモゾし始める。
「あー、はいはい。どうぞ。ご自由に」
相変わらず、三大欲求を上回るレベルの、読書欲。
本屋でも無いのに置かれているカゴに、ドンドン本を入れていく
そんな書痴な彼に生暖かい視線を送りつつ、
その後、書き直しを終えてもまだツレが戻って来なかったので、続きを書く事にした。
どうやら、今度は
※
結局、彼と図書館を出たのは、それから一時間後の事だった。
何となく。本当に何となくだが、彼から未だに恋人を紹介されない理由は、その気弱さだけじゃない気がする。
「すみません。
つい、熱が入っちゃって……」
「ん。別に。これでイーブンでしょ?
それにしても……」
次の目的地へと向かう過程で、まるで身代金の入ったバッグでも抱えているかの如く彼が大事に持っている、借りて来た本の山でパンパンに膨れ上がった袋を見て、
「
そんなに好きなら、部屋に自分用のを置けば
それ、何回も借りてる
「凄いですね。どうして分かったんですか?」
「分かりますー。
だって、今まで幾度と無く、プライベートで講義を受けましたのでー」
「あはは……ご名答。恐縮ですね……」
まぁ、そうじゃなくても、知ってるけどね。だって
恋愛、SF、ファンタジー、ケータイ、官能、ラノベ。
ここまでジャンルが多岐に渡る小説達が、バラバラに見えて実は一点の線で繋がっているなどとは、知る
「自室に置いてると、ほらぁ?
……汚してる
「あー……ん。そうだね。そういう場所でもあるもんね。
分かる」
「ありがとうございます。
それが嫌なんですよ。名作を穢しているというか、作家さんに失礼というか、そんな風に罪悪感を覚えてしまって……。
あと、年を取ると仕事や時間に追われた結果、買っただけで読まなかったりしますし……」
「ん。積んじゃうんだよね、
なんか、もう、あそこまで行くと、コレクションでもしてる
しかも、間違ってないってーか、現にオブジェ、アンティークと化してるってーか……」
「そうなんです。それも、どうなのかなぁと。
だったら、DVDやCDと同様に、本当に必要な時、読みたいと思ってる時にだけ、求めれば良いかなぁと……」
「センセ……もしかして、キープとか沢山、作りたい派?」
「キープ?
ジープの仲間ですか?」
「ごめん、
センセには早過ぎたね」
一体、彼はどんな顔をするだろう。彼が今、大事そうに両手で包んでいる本に連なる、
なんて事を、
またしても始まった、彼と交わす小説トークを、小気味よいBGMへと変換しながら。
※
次に
アンニュイ気味な
というのも周囲、及び企画やネタをパクられる心配も無く存分に語り合うには、ここの個室が最適だからだ。
食事も、他のカラオケやサービス業に比べたらリーズナブルだし。
「センセ。ちょっと待って」
まだ話足りないのか、勢い良く入店しようとした彼に声をかけ、止める。
「おっと……そうでした。
それでは、
「……うん」
彼は
そうして
伊達眼鏡の呪縛から開放された顔を、いつまでも見詰め続けていたかったが自制し
「センセ。もう
彼は
繰り返す
が、それは彼が、少しレンズの大きい眼鏡で、その整ったマスクを覆い隠しているからに他ならない。
実際の彼は一度、そのデバフから解き放つと、
そんな彼が、なぜ芸能人のお忍びコスプレみたいな事をしているのかというと、その性格により言い寄られるのが苦手な
「ありがとうございます。
ところで、
どうして僕自身に、眼鏡を外させてくれないのかを」
「教師ならその程度の答え
それより、はい」
適当に躱しつつ、
彼は、それを鞄に入れると、「ありがとうございます」と、フニャッと笑った。
ロッテのフィッ〇でも噛んでるのだろうか?
などと心の中でボケつつ、
※
「あーっ!
いらっしゃーい!」
玄関を抜けて早々、
もとい、我が妹、
彼女は、
「久し振りじゃーん!会いたかったよー!」
「月一で家に帰ってるし、ここにも定期的に来てるし、今日も帰る予定でしょ?
てか、
その接客態度、見直したら?」
「平気だよー!
既に周知済みだからー!」
「あんたねぇ……」
億劫がりつつ周りを見渡すと、確かに他のスタッフ達は全員、
一体、どんな説明を、何度したのやら……。
でも、始めたばかりのバイトも板に付いてきてて、他のメンバーとも良好な関係を築けているのは、何よりだ。
まぁ元々、コミュ力高いしね。
それはともかく、依然として
これはもう、相手が相手がなら、姉妹な上に同性と、二つの意味で禁断な関係を彷彿させられテンション上がったりな所だろうなぁ。
「彼氏さんも、いらっしゃーい!」
「あ……は、はい……。ども……」
少し話は逸れるが、
というのも、5年前から
そうじゃなくても、人気の無い所や本に囲まれてでもいないと落ち着かない傾向の強い彼なので、
まぁ……本当の所、
「ね、ね、
大丈夫!二人がここで変な事しないの熟知してるし、もししてても、その時は涙を呑んで
「それ、もう質問? 確認? の意味、無くない?
飛び入りは一向に構わないけど、今日はアカちゃんも来るよ?」
「うげっ!?」
……何その、Butter-Fl○歌いたくなる反応。
と、それは置いといて。これから起こる事実を伝えると、
……妹よ。気持ちは察するし全面的に同意するが、そのリアクションは
古いって意味でも。
「……『アカちゃん』?」
「う、嘘ぉっ!?
「ん」
食い気味に問う
「え?」
が、彼は意図を読み取れず、周囲を確認し始めた。
相変わらず、鈍いと言うか、自分に自信が無さ過ぎるというか。
「あー……確かに、タイプではあるよね。
納得」
「え? ……僕が? 子供に好かれる? 照れるなぁ……。
実は僕、子供が好きで、小学校や幼稚園の先生を目指してた事も有って……」
恥ずかしそうに頬を掻き無関係な自分語りを始める、二十代後半の男性。
そんな彼の態度に、姉妹で
あ。これ、地雷踏んだ。
「て、
「すみません。部屋、どこです?」
暴れ出しそうな
……誰だ? ユニフォームを着てない上に見覚えが無い所から察するに、店員ではなさそうだけど。
「あんた、暴れ過ぎ。
あんま邪魔すんな」
「ちょっ……!?
あ。化けの皮、剥がれた。生意気そうな口調になった。
「別に。
ただ、普通にヒトカラしに来ただけ」
「ぷっ。ボッチ、ダッサ。非リア乙ー」
「いや……今のあんたも大概だぞ?」
「そうだった!
降〜ろ〜せ〜!!
一クラスメート兼オタ友ってだけの分際の
「は!? え、タメ!? タメなの!?」
嘘でしょ!? この身長で!?
パッと見、180cmは有るじゃん!?
しかも、年不相応にクールだし、声も低いし!
反対にこっちは、つい感情的になっちゃったじゃん!
普段は
などと驚く
あれ? もしかしてこの子、私や先生より、精神的に大人?
「二つも役職付いてりゃ、充分じゃね? それより」
いや……仁義を重んじてるから、とか? 逆に。
嫌いじゃないわぁぁぁ〜。
「
『空』が『晴』れるって書いて、『
初対面がこんなで、すんません。
先生も」
「あ……は、はい……」
「ありがとうございます、
って、えぇ!?
「……?
見りゃ一発で分かるでしょ? そんなん」
……眼鏡無しの先生に
どんだけ観察眼、鋭いんだ。
「良く分かんないっスけど……行かなくて
「……ん。
じゃあ、お言葉に甘えて」
「うす」
「あ〜!
「はいはい。
今夜は帰るから、それまで我慢しなー」
「え〜!? や〜だ〜!
い·まぁっ!! 遊びたいの〜っ!!」
「アニソン縛りと特ウタ縛りとデジモ○縛り、どれが良い?」
「急に入って来んなし! てか、デジ○ン別カテとか、どんだけ好きなのよっ!
じゃあ、それで!」
「だから、あんたも同類だと何度言えば」
などと漫才を繰り広げつつ、少年に運ばれる体勢で、
あの子、何だかんだで、楽しんでない? 色々と。
あと、あの子も特ソンの事、特ウタって呼ぶタイプか。
と。そんなアクシデントを挟みつつ、予約済の部屋へと向かう。
「あ」
その道すがら、ドリンクを淹れている最中に、彼が素っ頓狂な声を上げた。
「もしかして、
「……今更?」
普通に、出てたじゃん。
ラグ過ぎない?
※
「それで?
いつ来るんですか? 赤ちゃんは」
二人でポテトやピザ、唐揚げやタコ焼き、ラーメンなど(というか夕食)を平らげている最中に、何やらソワソワ、ワクワクし出した彼にやにわに聞かれ、
その後、彼に背中を擦られ、
「その話……まだ生きてたの?」
「……え?」
何やら不安そうな顔になって行く彼の
「あー、違う、そうじゃない、嘘じゃない。アカちゃんなのは、間違い無い。
ただ、センセのイメージする
かけ離れ……てもないか、ニアミスで違ってるだけ」
「えと……それは、つまり、どういう……?」
と、そんな具合に話していたタイミングで突然、ドアがノックされる。
「失礼致します。ご注文の品をお持ち致しました」
「「……?」」
視線と注意を奪われた
「いえ……もう全部、届きましたけど?」
「部屋、間違えてません?」
「いいやっ!!」
あ。この声。
と、
「
この、稀代の小説家、
あー……やっぱりー。
一方、まだ現状を受け入れられずにいる彼は、
「え? ……え〜!? か、
ていうか
「ふはははは! そうとも、そうとも、見知らぬイケメンくんよ!
いやはや、実に愉快、愉快!その反応が見たかったのだ!
ドッキリさせ
「はぁ……」
「私はこれまで、
「是非……是非ぃっ!!
お望みとあらば、この身さえ喜んで差し出しましょう!!」
……ふうとく○キーホルダーでも
「……はーあぁ……。あーあぁ……」
……どーしよ。なんか、物凄い面倒、疲れる。
ちょっと? 大分? ミスったかもしれない。
この二人……最高に最悪な、ベストマッチだ。
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