1章 遮乾距離 -side.M-
1
一台の車の損失。
それにより、
別に車自体は、
オレンジ色で、8人乗り。まだ幼かった妹が、こっそり悪戯で裏側、要は左右のタイヤの間に、手製のステッカー(ライオンだろうか)を貼っただけの、
別に浮遊も透明化も出来ないし、ヒーロー活動する際には変形したりもしないし、実はタイムマシンだったりもしないし、ましてや宇宙から舞い降りた機械生命体でもない。
いや、ここまで言うのは少々、大袈裟かもしれないが、
では、そんな車(それも中古)がなぜ、
そんなこの家には、数年前まで祖父と祖母、つまり母の両親も暮らしていた。そんな四人、そして私達の三姉妹を含め、我が家は七人家族だったのである。
この祖父母だが、傍迷惑な事に、非常に仲が悪い。
というのも、祖父は昔から気が弱く、酔っぱらって叫んでばかりだった上に、祖母もそれに対抗して大声で張り合うという、
その
しかし、だからといって祖父との関係が良好だったかと問われれば、それは話が別。はっきり言って、祖父が酔わなければ特に
それはもう、あんまり
そんな
長くなって来たし、そろそろ話を戻そう。何を隠そう、それこそが、例のワゴン車である。
その
「だって
だから、それを叶えたいなって。
これなら、家族がバラバラにならずに済むじゃないか」
と、そんな父の一言、そして
だって
実際、この時点でどちらも、
いつまでも争っていたら、ともすれば明日にでも、口を利く
そんな
そうして次第に、共に過ごす事が増えて行くに連れ、祖父が飲酒する事も減って行った。
元々、過度なストレスにより、酒に逃げていたのだ。
正直、棚ぼただった。
最近、退職した祖父は、出不精だった事も手伝い、それはもう荒れに荒れていたのだ。
おまけに、これまでリカーに充てていたお金が、
『このまま
ーー祖母が急逝したのは、『この分なら、次は仙台だね』などと
祖母は、重度のヘビー·スモーカーだった。
詳しい死因は聞いていない、というか聞ける
祖母はある日、居間で一服していたら、急にパタッと逝ってしまったらしい。
そして、そのまま緊急入院。
それから程なくして、帰らぬ人となった。
別に、昔から体が弱かったとか、何かを患っていたとか、そんな事は無い(
皮膚が薄く骨が分かり易く出ていたので、
いや、あれはどっちかと言えば、玄関から入ると祖母に『遊んでばかりいないで勉強しろ』と小言を食らうからって、ゲーム部屋に来る時に窓から入って来る、そのクラスメイト達が全面的に悪いのだが(おまけに結局、バレて怒られるし)。
話が横道に逸れたので、軌道修正をかけるとしよう。
正確には、それより前から何度も父から着信が入っていたのだが、授業中な上に最前席、更にはテスト前の真っ只中という悪条件の連鎖、更には
よもや、あんな非常事態になるなど、
青天……いや。(我が家の家庭環境からして)曇天の
要は、それ程までにショックな、果てしなく現実離れした状況だったのだ。それこそ、「無事でいて」「頼むから、どうか無事でいて」と、病院に向かうタクシーの中でずっと祈ってた
「だって、まだ、夢の国、行けてないじゃん。おばあさんが言ったんじゃん」と。
しかし、
ここからの流れは、想像に
例えで言うなら、地震と台風と噴火と津波が一度に押し寄せて来る
それまで控えていた酒に再び逃げ、騒ぎ
当然、例のワゴンを使う機会なんて訪れなかった。
しかし、そんな地獄が一週間も続いた頃、今度は急に静かになった。
ほろ酔い程度に酒を控え、テレビも点けずに居間でボーッとしている
全員が、口にせずに察した。寂しいんだと。
なぜ、あれ程に迷惑をかけている自分ではなく、妻を先に奪ったのか。
そこまでして神は自分を苦しめたいのか。
そんな風に、まるで懺悔でもするかの
正確には、もう叫ぶ気力も無くなったのかもしれない。
そんな祖父を見兼ねたのか父が、今度は新たにペットを買って来た(またしてもノリと勢いだったので、再び母の不興を買った)。ミニチュア·ダックスフンドである。
八人目の家族という意味、そして当時嵌っていたハイパーエージェントの影響により、その犬は妹によって『オクト』と名付けられた。
オクトによって、祖父の心は癒やさる
実際、祖父もオクトを大層、気に入っていた。誰よりも早く長く
だからこそ、衝撃だった。そんなオクトを、祖父が逃していたなど。
あれは、中三の頃。
オクトがケージの中にいなかったのが引っ掛かったが、祖父に聞いても何も応えなかったので、どうせ妹と一緒にいるんだろう、なんか懐いてたしと判断し、私は部屋に休んだ。
そして、それから
「ねぇ。オクト、知らない?」
「は?
「そんな
という会話を皮切りに、
オクトが逃げた。いや、違う。祖父が、逃がしたのだと。
特に、家族から連絡を受け急いで帰って来た妹は、玄関を潜って早々、祖父を激しく、それでいて冷たく、簡潔に罵った。
「死ね」と。
その後、五人(祖父は手伝わなかった)で街を走り回った頃、捜索願いを出していた役場から連絡が入り、オクトが保護された事を知った。
そしてオクトは、翌日には無事に我が家に戻って来た。
オクトは居間に四足を着いた直後に、ソファに座る妹に飛び付き、その顔を舐め回し、更に妹さんの膝の上で「やらかす」(=我が家ではオクトがシートや散歩以外でトイレを済ませる事を、こう呼んでいた)。
が、それでも妹は怒らずに「おー、おー。そんなに
小生意気な上に(
驚いた
飲酒を続けているかどうかは定かではないが、それまでみたいに、生きてるのか死んでるのか分からない状態ではなくなった。オクトを、本当に大切にする
まぁ、少しでも元気になって欲しくて、森絵都の『カラフル』を貸した結果、「ばっば! マーちゃんが本、貸してくれたっ!」と、祖母の遺影に見せながら言ってた辺り、完全に切り替えられた
そんな祖父も、
訪問してくれた数人の医者、そして定年より少し早く退職していた父の介護を受けつつ、それから約1ヶ月後ーー祖父は亡くなった。
祖母を失い、祖父も
父が一人で運転中、三又路で止まっていた所、アトラクションと聞き紛うばかりの、けたたましいブレーキ音を耳にし、次の瞬間、いきなり車が激しく揺れ、シートベルトが首に引っ掛かった。
要するに、後ろから突っ込まれたのだ。
相手の車は、道路に物凄いタイヤの跡(ブレーキ痕というらしい)を残しながら、猛スピードで激突して来た。
その人物は、
こっちからすれば、もう、「なんじゃそりゃあ」である。
現に、基本的に怒ったりしない父も、駆け付けた警察官も、「あ……そうなんですか……」
おまけに、警察や車検会社への電話が妙に手慣れていたらしい。
よもや、前科者だったのだろうか?
何はともあれ、この一件により、家族を繋げる
この頃には、両親と
加えて言えば修理代は馬鹿にならないし、かといって必要性、実用性も無く、正直有っても邪魔なだけだった。
そして何より、誰も
と、こういった理由により、満場一致で手放す
いや……厳密には、少し違う。五人の内、
なぜなら、あのワゴンは
放任主義を重んじた結果、食事も起きる時間も休日もバラバラで、いつ親から「離婚するから」って言われても「あ、そ」とか「へー」とか「だよねー」とか、理由も聞かないまま二つ返事で受け入れる
そんな我が家を
そう主張したかったが、その
そんな
こうして家には、車一台分のスペースが
そして、これもまた自然な流れだが、
当たり前だ。夫婦間、親子間の仲が冷め切りつつある上ただでさえ、交通事故が自分達の間でも起こり得る事を、我が身を
しかも、もしそんな
分かっている。これが正しいのだと。
ただ……それでも
この間隔が、実際に今の
そう。言うなれば、『
我が家は、車間距離を誤った一人の人間により、
事実、この頃から目に見えて悪い兆候が表れ始めた。
勝気な妹は、ネガティブで過干渉な父に反発しており、何かと
昨今では熟年離婚なんてザラにあるという社会状況も後押しし、恐れていた家庭崩壊が、もう目前に迫りつつあった。
大分、長くなってしまったし、上手く、
我が家の現状、そしてワゴンの大切さを。
そんな波瀾万丈な人生を送る
そして、どこにでもありふれた、けれど特別な、恋の話である。
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