第11話 酒場
僕はご機嫌で酒を飲んでいた。そうじゃないかなと予想はしていたけれど、案の定酒豪だった。だから店の主人が心配してくれたのは有り難かったけれど、楽しく酒を飲める自信はあったんだ。
僕がカウンターから後ろを向いて声を掛けると、酒場が異様に盛り上がって、僕はむさ苦しい男どもに囲まれて乾杯の嵐だった。この酒場にはいわゆるオラついている様なヤバい奴が見当たらなかったので、僕はニコニコと男どもの自慢話に耳を傾けていれば良かったんだ。
僕は食べさせてくれる旨いものを片っ端から味見しながら、あるいは食べさせてもらいながら、男たちの話から、この世界の大体のところを掴むことが出来た。
僕が楽しそうに聞きたがるので、話したい男たちがテーブルに群がって、僕に酒を奢ってくれた。僕はここでも客寄せになっていて、この店からお給料を貰いたいほどだった。実際店の親父がてんてこ舞いだったから、今夜は随分儲かっただろうね。
そう呑気に楽しい時間を過ごしていると、突き刺さる様な視線を感じた。…僕はこの視線に覚えがある。僕が恐る恐るその視線を辿ると、店の隅の仕切りの奥からこちらを数人が見ていた。
見るからに庶民とは違う雰囲気の若者たちの中に、僕のご主人様のお兄ちゃんがいた。ヤバい。これは逃げなくては。もちろん僕が、弟の可愛がっているカワウソだとは絶対に思わないだろうけど、僕の警戒心はこの場に居続ける事を良しとしなかった。
僕は何気ない風を装うと、御手洗いに行くふりをして裏口から出ることにした。立ち上がると流石に少しフラついてしまったけれど、それでもあんなに飲んだ割にはピンピンしていると思う。実際僕のいたテーブルの男どもはすっかりヘベレケになっていた。
「オヤジ、トイレどこだい?」
店のオヤジはまだ盛り上がっている店を眺めて、僕にこっそり囁いた。
「もう帰るなら、裏口はそっちだ。トイレもな。あいつらが付き纏う前に帰ったほうがいい。悪い奴らじゃないが、酔っ払いだからな、狙われたらお前などひと溜まりもないだろう?」
僕は察しの良いオヤジにもう一度ウインクすると、また来るねと言って裏口に向かった。その時、貴族の坊ちゃんたちも丁度店を出る所だったのには気が付かなかった。
僕がトイレを済ませて裏口に向かうと、裏口の方で数人の声が聞こえてきた。僕のカワウソ耳はまるで目の前に眺める様に物音を捉えるんだ。
『さっきの若者はここから出てくるのか?』
『ああ、間違いない。娼館にも居ないぞ、あんな可愛い子。』
『店の中で声を掛けたら良かったんじゃないか?怖がらないか?』
『…やっぱりやめよう。こんな待ち伏せとか警戒される。』
えーと、最後の声はお兄ちゃんの声ではない?もしかして僕狙われてる?流石に四人を振り払うのは無理だし、雇い主とトラブルになるのも面倒だ。僕は思わず踵を返すと、カウンター席に座って、オヤジに言った。
「なぁ、ケインってデカい男知ってる?僕の友達なんだけど。そろそろ娼館から引き揚げる頃合いだろうから、連絡取れないかな?」
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