最終話 南の島で大騒ぎ

出張バカンス旅行

 フェイの初任務を無事終了させた後はこれまでと同じ退屈な日々が戻ってきた。収集業務は職員の冒険者階級に応じて割り当てられる。階級が凡のボクに回ってくるのは難易度最低の業務ばかりになってしまうのだ。


「えっ、また出張なの?」

「そう。今回は二泊三日。そして今回もミエルダと一緒」


 フェイは半月に一度は泊まりの出張業務が入るようになった。収集課の新人職員にとってはそれが当たり前らしい。ボクが当たり前でないのは階級が凡だからだ。言うまでもなくフェイの階級は可。そしてミエルダさんは今年の四月から良に昇格した。


「フェイは治癒係として業務にあたっているため私と組むことが多いのですが攻撃魔法もなかなかのものです。今年中には単独での出張業務を任せられるようになるものと確信しています」


 ミエルダさんがそう言うのならそうなのだろう。初任務終了後に始まった新人研修でフェイが選択した特化戦闘術は精霊魔法。どういうわけか五つの属性全て使えるらしい。その中でも水属性が一番得意なようだ。


「回復系の術は水属性だもん。当然よね」


 と本人は言っている。


 こんな感じで四月が過ぎ、五月が終わり、先輩であるミエルダさんとの実力の差はますます大きくなり、後輩であるフェイには追い抜かされたままその差は少しも縮まらず、なんとなく焦りを感じ始めた六月最初の月曜日、アルピニイさんからボクら三人に呼び出しがかかった。


「明日から出張だ。期間は一週間。場所は南海に浮かぶ孤島、ワキマロ島だ」


 ワキマロ……うんこ小路うじさんの名前だ。ってことは、


「もしかして今回の出張は、ふんにょー祭の優勝賞品『華族と過ごす夢の数日間』と関係があるんじゃないですか」

「関係があるんじゃなくてそのものだよ。あんたら三人、南の島で一足早いバカンスを楽しんできな」

「わー、嬉しいな」


 フェイは大喜びだがボクはあんまり嬉しくない。ミエルダさんは仏頂面のまま異議を申し立てた。


「おかしいですね。この優勝賞品はあくまでも個人旅行です。有給を取るか、あるいは無給の休暇を取って実行すべきものです。らぼの出張命令によって実行すべきものではないはずです」

「そうですよ。それに一週間じゃ短すぎます。飛行船を使っても南港まで三日かかるんですよ。港から島まで一日で行けたとしても一泊もできません。飛行船に揺られるだけのバカンスなんて聞いたこともありませんよ」

「しかも今日の明日とはどういうことですか。いくらなんでも急すぎるのではないですか」

「あー、二人ともうるさい。あたしだって昨日聞いたばかりなんだよ。おかげでせっかくの休日が半分台無しになっちまった。詳しくは冒険者組合で聞いとくれ。それからあんたたち三人、今日の仕事は午前中まででいいよ。早く帰って明日の支度をしな」

「冒険者組合? 何の関係があるんですか」

「行けばわかるさ。話は以上だ。解散!」


 強引に課長室を追い出されてしまった。説明するのも面倒になるくらい昨日は嫌なことがあったのだろうか。まあアルピニイさんより受付のお姉さんに説明してもらった方が分かりやすいからな。こちらとしては願ったり叶ったりだ。とにかく早く王都に行って詳細を教えてもらうことにしよう。


「あらやっと来たのね。待ちくたびれたわ。さっそく依頼を受けてちょだい」


 と言ってボクらを迎えてくれた冒険者組合の受付嬢はかなりくたびれた顔をしていた。アルピニイさん同様、昨日の休日は大変な目に遭ったようだ。


「すみませんが私たち三人はほとんど説明を受けていないのです。らぼの出張と華族様主催のバカンス旅行と冒険者組合の依頼がどう結びつくのか、説明していただけないでしょうか」

「あらあら、アルピニイさんにも困ったものね」


 呆れた様子で話し始めた受付嬢の説明は次のようなものだった。


 昨日の夕方、うんこ小路うじ家からアルピニイさんの自宅へ連絡が入った。


「我が当主は運よく明日から一週間フリーになった。そこで例の優勝賞品の豪華旅行を実行に移したい」


 という内容だった。それだけなら別に構わないのだがひとつ条件を付けてきた。


「タカノメ殿が東の森へ出向かれた時は出張扱いで三人を同行させたと聞いている。今回もそれと同様に出張扱いで旅行に参加させてほしい」

 と言うのだ。


「それは無理な話だねえ。何らかの業務に従事させなきゃ出張命令は出せないんだから」

 とアルピニイさんは断ったのだが向こうはなおも食い下がった。


「それなら適当な生物の糞尿を収集させる業務を命じてくれ」

「ワキマロ島周辺にいる生物は南港周辺にもいるだろう。わざわざ沖合の孤島に行く必要がないのだから出張の目的地をワキマロ島にすることはできないよ」

「では糞尿収集業務ではなく当主の護衛という業務ではどうだ」

「それはらぼの業務じゃないね。冒険者組合にでも頼みな」


 ということで今度は冒険者組合に連絡が入った。


「明日から一週間、うんこ小路うじ家当主の護衛業務を依頼したい。人選は終了している。ふんにょーらぼの三人だ。彼らをよこしてくれ」

「護衛依頼は引き受けますがらぼの職員を指定することはできません。糞尿収集を伴わない依頼はらぼには回せない規則ですので。どうしてもその三人を希望されるのなら、申し訳ありませんが今回のお話はなかったということで」


 受付嬢は丁寧にお断りした。しかしそんなことで諦めるうんこ小路うじ家ではない。


「糞尿収集を伴う護衛ならばよいのだな」

「はい。ワキマロ島周辺に生息する生物の糞尿収集ならば問題ないと思います」

「ではモグリ海豚うみぶたの糞収集を依頼する」

「えっ、ですがそれはちょっと……」


 受付嬢の懸念は当然だった。モグリ海豚は魚ではなく哺乳類だ。従ってエラではなく肺呼吸するはずなのだが、モグリ海豚の肺は退化してほとんど機能していない。

 その代わりに発達したのが腸である。モグリ海豚の腸内細菌は海水と食物から酸素ガスと窒素ガスを生成する能力を持っていた。このガスを呼吸に利用するため腸壁が独自の進化を遂げ、腸管組織によるガス交換を可能にしたのである。

 そのため哺乳類でありながら海上に浮上する必要がなくなり一生の大部分を潜水したまま過ごすのだ。ちなみにガス交換された二酸化炭素は屁と一緒に尻穴から排出される。


「ワキマロ島周辺はモグリ海豚の生息地ですが、海上に姿を現すのは十年に一度と言われています。確か五年前に出現しましたよね。しばらく出てくることはないと思われますが」

「出現しなければ収集しなくてよい。モグリ海豚の襲来を警戒しながら当主を護衛し、もし出現した場合はその糞を収集する。そのような業務を依頼する」

「モグリ海豚に関連する業務は冒険者階級『優』に相当します。『良』以下の組合員に引き受けさせることはできません」

「ならば階級『満』のアルピニイを参加させればよい。彼女の許可を取ってくれ」


 困った受付嬢はアルピニイさんに連絡。アルピニイさんは当然断った。なぜなら優勝者であるボクら三人の旅費、滞在費、食費などは全てうんこ小路うじ家が負担するが、優勝者ではないアルピニイさんにかかる経費は全てらぼが負担するからだ。返事を聞いた受付嬢は再度丁寧にお断りした。


「収集できる見込みのない糞のためにらぼの予算は使えないので参加しないとのことです。今回のお話はなかったということで諦めてください」

「アルピニイが現地に来る必要はない。リーダーとして名目上参加してくれるだけでいいのだ。書類の上ではそれで問題ないだろう」


 確かにそれで体裁は整う。仕方がないので再度アルピニイさんに連絡。あまりのしつこさに根負けしたアルピニイさんは遂に了承。というわけで今回の依頼引き受けとなったのである。


「よくわかりました。私たちのせいでずいぶんと迷惑をお掛けしたようですね。心より謝罪します」

「別にミエルダさんが謝る必要はないわ。華族様のわがままなんて日常茶飯時なのですから。さあ、これが依頼請負契約書よ。三人ともサインしてちょうだい」


 こんなことなら優勝しない方が良かったかなあ。いやそもそもうんこ小路うじさん主催のイベントに参加したこと自体が間違っていたんだろうな。


「南の島といえば海、海水浴よね。水着どうしようかなあ」


 フェイは完全に浮かれている。大事なことを忘れているようだ。


「泳ぐ暇はないと思うよ。旅行の日程を考えれば島に滞在できるのは数時間くらいなんだから」

「ああ、それについては朗報があるわ。うんこ小路うじ家のお屋敷から島の別荘に通じている転移門を使わせてもらえるそうよ」

「本当ですか!」


 間違いなく朗報だ。転移門から転移門への移動は距離に関係なく瞬時に終了する。非常に便利な魔法具だが莫大な魔力を消費するため設置されている場所は極めて少ない。


「しかもらぼには馬車で迎えにきてくれるって。明日の朝五ツに南門で待っていて」

「これなら一週間たっぷり遊べるね。やっぱり新しい水着買っちゃおう」


 そうだな。ここまでボクらに気を遣って招待してくれるんだ。うんこ小路うじさんの厚意に感謝して楽しませてもらうとしよう。

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