今度は冒険の相棒として

 出張四日目の夜、ようやく目的地の鉱山口停車場に到着した。一面の雪景色はここが北国であることを再確認させてくれる。


「ふんにょーらぼの方だね。よく来てくれた」


 すでに迎えの馬車がボクらを待っていた。連れて来られたのは依頼主である庄屋の屋敷だ。今夜はここに泊めてくれるらしい。玄関から中に入ると高齢のドワーフ夫婦が出迎えてくれた。


「遠路はるばるようこそ。わしはこの集落を束ねている庄屋のラアシと申す。まずは汗を流してくだされ。詳しい話は飯を食いながらいたそう」

「ありがとよ。ああ、酒は忘れずに付けとくれ」


 アルピニイさん、朝から晩まで飲みっぱなしだよ。八岐大蛇の腸内細菌の効き目は絶大だな。二日酔いの特効薬が作れたかもしれないのに、残念。

 宿屋ではないので風呂はひとつだけだ。まずアルピニイさんが入り次にボクが入る。一軒家の内風呂にしては大きすぎる湯船で冷えた手足を伸ばし、汗をかき、駅馬車に座り続けて痛くなった尻がほぐれたところで風呂を出て、用意された浴衣に着替えて座敷に向かう廊下を歩いていると声が聞こえてきた。


「まだまだ飲めるじゃないか。ほら、もう一杯いきなよ」

「おう、今夜は朝まで飲み明かすか」

「こ、この声は」


 小走りになった。驚きで胸が高鳴る。座敷の襖を開ける。右にアルピニイさん。その前に酒徳利をのせた膳。そしてその膳を挟んで座っているのは、


「ニィアォさん!」

「ようメルド。ずいぶんたくましくなったな」


 あまりにも突然過ぎて息が止まりそうだ。出張先が北西部の鉱山だと聞かされて、もし時間に余裕があればニィアォさんの村に行けないだろうかとは考えていた。しかしまさかニィアォさんのほうから会いに来てくれるとは思いも寄らなかった。


「お久しぶりです。別れの挨拶もできず、お礼も言えず、その、何と言うか」

「わかったわかった。積もる話は食いながらにしよう。腹が減っただろう」


 庄屋夫婦の素朴で温かい持て成しを受けながらボクらは話に花を咲かせた。ニィアォさんは奥さんと二人で野菜を作ったり、釣りをしたりして悠々自適の生活をしているらしい。

 ボクは厳しく鍛えられた収集課の新人研修や、苦労しながらもなんとかやり遂げた初任務の話をした。ニィアォさんはうなずきながら聞いてくれた。


「そうか。開発事業部ではうまくやっているようだな。それを聞いて安心したよ。おまえの希望を叶えてやれなかったのがずっと気掛かりでな」

「まだニィアォを恨んでいるのかい、メルド」


 アルピニイさんの率直な物言いは嫌いじゃないけど、平気で人の心に踏み込んでくるのはどうかと思うなあ。


「配属先が決まった時はかなり落ち込みました。ほとんどの実習生は希望通りの部署に行けるのに、どうしてボクだけこんな目に遭うんだとも思いました。でも今は開発事業部を推してくれたニィアォさんに感謝しています。うまく言えないけど、この数カ月で一段高い自分に成長できたし、これからもさらに高くまで登っていけそうな気がするんです」

「おまえならどこまでも行けるよ。オレよりもアルピニイよりも高く、それこそ頂上まで行っちまうかもな」

「買い被りすぎですよ。でも期待に応えられるよう頑張ります」


 ニィアォさんへのわだかまりはもうなくなっていた。ミエルダさんも良い先輩だし、仕事仲間には本当に恵まれているような気がする。アルピニイさんはちょっと微妙ではあるが。


「雑談はこれくらいにして明日の話をしようじゃないか。ニィアォ、そっちの準備はできてるんだろうね」

「万全だ。明日は全鉱山で採掘を中止する。老いぼれてはいるが昔取った杵柄だ。足手まといにはならんと思う」

「足手まとい? ひょっとしてニィアォさんも同行するんですか」

「今頃何を言っているんだ。聞いてないのか」

「聞いてませんよ!」


 アルピニイさんは肝心なことを教えてくれないんだよなあ。ニィアォさんは坑道の案内役を務めてくれるのだそうだ。実地研修の時と同じく、今回も糞尿取集の相棒として一緒に働けるのは素直に嬉しい。


「それで、どんな状況なんだい」

「今のところ差し迫った危険はない。しかし放っておけば大惨事が起きかねん」


 王国北西部には金属だけでなく石油、ガスなどの鉱床が多数存在している。数年前、一部の炭鉱で大規模な落盤事故が発生した。数名のドワーフが生き埋めになるほどの甚大な被害だったため、復旧を諦め廃鉱となった。火トカゲはそこに住み着いたのだ。


「魔族ってのは不浄の地を好むからねえ。どんなに深い地の底だろうと異界の道を通って簡単に行き来できちまう。生き埋めになった連中の無念が渦巻く廃坑は、やつらにとっちゃ格好の住処なんだろうさ」

「居着いたら石炭を食い尽くすまで立ち去らないから始末が悪い。ヤツの炎のせいで他の坑道にも熱がたまるし粉塵爆発の危険もある。坑道が閉ざされているので手の打ちようがなかったが、最近になって廃坑の奥に炎が見えるようになった。ヤツが大暴れして落盤の瓦礫が取り除かれたんだろうな。そこで冒険者組合に依頼を出したってわけだ」

「来るのが遅くなっちまってすまないねえ。明日でキッチリ終わらせてやるよ」

「あの、ちょっといいですか」


 二人の話に割って入るのは気が引けたけど、どうしても訊かずにはいられなかった。アルピニイさんに出張の話を聞かされた時からずっと疑問に思っていたのだ。


「何だメルド。遠慮せずに言ってみろ」

「魔獣とは言ってもボクが倒せる程度のトカゲなんですよね。だったらドワーフの皆さんで退治してしまえばいいじゃないですか。どうしてわざわざ冒険者組合に依頼したんですか」


 ニィアォさんは呆れた顔をしてアルピニイさんを見た。アルピニイさんは素知らぬ顔をしている。


「それも話してないのか。まあいい。オレが説明してやる。要するに持ちつ持たれつってことだ」


 ニィアォさんの話は簡潔明瞭だった。らぼだけでなくドワーフもまた火トカゲの腸内細菌を欲しているからだ。細菌を利用して製造されるランプは小型で高輝度という特質を持っている。このランプを杖や剣に仕込んだ光源付き装備品の需要が増えているのだ。特に光魔法を使えない剣士や弓使いなどの間で人気が高い。製造しているのはほとんどがドワーフの工房である。


「火トカゲのランプは最近の売れ筋なんだ。オレたちが退治なんかしたら貴重な腸内細菌を台無しにしてしまいかねん。だから組合に依頼してらぼの専門家を寄越してもらっているというわけなんだ」

「その見返りに、今回収集した細菌で製造したランプの半分を、格安の値段でドワーフ工房に提供することになっているけどね。らぼの儲けは減るが、滅多に出現しない火トカゲの腸内細菌が入手できるんだから、らぼにとっても悪くない話ってわけさ」

「ガスや油のように補充可能な細菌石炭粉の開発が進んでいると聞いたがどうなっているんだ」

「ああ、今年中には実用化されるって話さ」

「そりゃいい。これまでは使い捨てだったんで交換を考えて仕込まなゃならなかったが、永続的に使えるとなれば埋め込み式も可能になる。光源付き兜、背面光源付き鎧、工房のみんなも大喜びだ」


 らぼの製品をドワーフが加工し、その製品を冒険者たちが愛用する。糞尿処理を目的として設立されたふんにょーらぼがこれほどの成長を遂げるとは前国王も予想していなかっただろう。二人の話を聞いているうちにらぼの一員であることが誇りに思えてきた。


「他に質問はあるか、メルド」

「いえ。さっさとトカゲを退治してらぼに帰りたいです」

「明日はせいぜい頑張るんだね。それじゃ前祝いといこうじゃないか」


 二人は酒を飲む。ボクは果汁飲料を飲む。北西部名産のリンゴ発酵汁だ。どこなくオシッコみたいな清涼飲料水(開発事業部の試作品)に似た風味がした。

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