冒険者は副業には当たりません

 ふんにょーらぼは王立の研究開発機構だ。その職員は公務員なので職務専念義務がある。アルピニイさん、忘れちゃったのかな。


「らぼの職員の兼業は禁止されています。冒険者組合に登録できるはずがありません」

「いいえ、できるのですよメルド君。アルピニイさん、私が説明してもよろしいでしょうか。面白い話を聞かせてくれたお礼です」


 知らぬ間にミエルダさんが隣にいた。どうやらアルピニイさんの思い出話を聞いていたようだ。


「いいよ。じゃあ後は任せた。メルド、納得してもしなくても組合に行くんだよ。出張扱いだから駅馬車代と登録手数料はらぼが負担する。安心しな。ただし出張手当は出ない」


 アルピニイさんは酒樽の置かれたテントに向かって歩いていく。まだ飲むつもりみたいだ。ひょっとして八岐大蛇の腸内細菌のせいで飲んでも酔えないのかな。だとしたらちょっと気の毒だな。


「それでミエルダさん、冒険者組合の件は本当なんですか」

「はい。開発事業部収集課技術系の職員は全員冒険者組合に登録しています」


 それからミエルダさんの説明が始まった。糞尿の収集業務はへべれけウサギのように強制脱糞だけで完了する事例は少なく、むしろ討伐、あるいはそれに近い形で収集する場合が多いのである。

 なぜなら開発事業部研究課が欲しがる特殊な能力を持つ細菌は魔獣や害獣などの「やらなければこっちがやられる」ような危険な生物の腸内に生息していることが多いからだ。

 それらの生物には冒険者組合から討伐依頼が出ることが多いのだが、普通の冒険者に任せてしまっては貴重な腸内細菌をダメにしてしまう恐れがある。

 そこで腸内細菌が未知の生物、もしくは貴重な腸内細菌の生息が確定している生物の討伐依頼が出た場合、らぼの収集課が優先してその討伐を引き受けるという規則ができたのである。組合の依頼を受けるには登録する必要がある。そのため収集課技術系の職員は全員登録を義務付けられているのだ。


「わかりました。あくまでも糞尿の収集が目的であって報奨金を受け取らないので副業にはならないということですね」

「いえ、報奨金は受け取ります」

「えっ、それはマズイんじゃないですか」

「マズくありません。収集課の討伐には一般冒険者の参加も認められているからです」


 冒険者組合が定めた規則はあくまでも「らぼの職員を優先」であって「らぼの職員に限定」ではないのだ。討伐は本来冒険者の仕事である。彼らから仕事を取り上げるのはらぼの本意ではない。よって腸内細菌収集を目的とする討伐でも、希望する冒険者は同行を認められている。

 この場合、報酬は山分けとなるが、らぼの職員が受け取らなければ冒険者の独り占めになってしまう。それはあまりにも不公平であるし職員のヤル気も低下するため、職員が受け取った報奨金に相当する金額を後日らぼから組合に支払うという形にして、職員の報奨金受け取りが認められたのである。


「つまり報奨金とは言ってもらぼが支払っているお金なので、副業には当たらないってことなんですね」

「そうです。一種の危険手当ですね。へべれけウサギの糞と魔獣の糞では難易度が違いすぎますから。これで納得できましたか」

「はい。ありがとうございます」


 去年同様、今年もミエルダさんにはお世話になりそうだ。あまり手間をかけさせないよう努力しなくちゃな。


 昼食はウンコ餅で済ませて一休みした後、駅馬車に乗って王都の冒険者組合へ行った。


「懐かしいなあ」


 実地研修の最後の月は糞尿収集のために毎日ここへ来ていた。ニィアォさんと一緒に働いていた日々が遠い昔のような気がする。


「こんにちは」

「ようこそ冒険者組合へ。あら、あなた、糞尿収集に来ていた子じゃない」


 受付のお姉さんは覚えていてくれたみたいだ。ちょっと嬉しくなる。


「はい。無事合格して今は開発事業部の収集課で働いています」

「そう、よかったわね。ああ、でも残念なこともあるわね。ニィアォさん、辞めちゃったんでしょ。何年も来てくれていたのに寂しいわ」


 ニィアォさんは二十年近く王都の糞尿収集を担当していた。ボク以上に気を落としている人はきっとたくさんいるのだろう。


「それで新年早々、何の御用?」

「業務命令で冒険者登録に伺いました。よろしくお願いします」

「ああ、アルピニイさんが言っていた新人ってあなただったの。聞いているわよ。どうぞこちらへ」


 それから手続きが始まった。身分証明書の提示、書類への記入、顔画像登録と進み、残すは階級判定だけとなった。


「階級は冒険者の能力を判断する目安なの。依頼の難易度と組合員の階級がかけ離れている場合、依頼の引き受けをお断りする場合もあるから覚えておいて。それじゃ判定用厠へ行って放尿と脱糞をしてちょうだい」

「えっ、オシッコとウンコでボクの階級がわかるんですか」

「そうよ。糞尿は口ほどに物を言うっていうでしょ。体力、知力、精神力の全てが糞尿に表れるのよ」


 糞尿だけでそこまでわかるのか。何て奥が深いんだろう。感動しながら判定用厠に入り便器にまたがって踏ん張る。量は少ないがたくましいウンコと勢いのあるオシッコを生み出すことができた。これなら良い結果が出るだろう。


「少し待ってね。判定結果はもうすぐこの魔法画面に表示されるはずだから」

「冒険者はどのような階級に分けられているんですか」

「上から順に秀、優、良、可、不可よ。不可の場合は残念だけど登録はできないの。秀の上には満という階級もあるけど、そこまで昇り詰める冒険者はほとんどいないわ。あっ、出たわよ」


 魔法画面に薄っすらと文字が浮かび上がってきた。「凡」と表示されている。


「凡?」

「ウソ、こんな階級があったなんて……」


 受付嬢の困惑した表情を見ていると不安になってくる。さっきの説明に凡なんてなかったよな。どういうことなんだろう。


「あの、凡とはいったい?」

「あたしも初めて見るわ。待って、手引書を読んでみる。えっと、あ、あったわ。『可とは言えないものの不可にするには惜しい何かがある階級。要するに判定不能。登録は認める』ですって。よかったわね。登録できるわよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 複雑な心境ではあるがとにかく登録できるんだから問題ないだろう。その後、宣誓書や同意書や個人損害賠償保険申込書など様々な書類に記入し、最後に組合員証を発行してもらって手続きは終了した。


「ご苦労さま。らぼに戻ったらこの封筒をアルピニイさんに渡してちょうだい。初めてでこの依頼はキツイかもしれないけど頑張ってね」

「えっ? あ、はい。頑張ります」


 この依頼がキツイ? 封筒をアルピニイさんに渡すくらい簡単だけどな。どういうことだろう。釈然としないままらぼへ帰り総務課で出張費の清算をして収集課へ戻った。大笑いされた。


「凡! 本当にあったんだ、凡階級」

「その組合員証、プレミアムが付くんじゃないか」

「階級を上げずに一生凡でいろよ」


 まあ確かに笑いたくなるよな。そもそも凡なんて呼び方がよくない。可と不可の間なら補欠の補とか仮登録の仮とかいくらでも相応しい呼び方があるだろうに。平凡の凡なんて凡庸すぎるよ。


「メルド君、申し訳ありません。私の指導が至らなかったばかりに悔しい思いをさせてしまいました。今からでも遅くありません。新人教育プログラムをやり直しましょう。さっそく明日から」


 ミエルダさんだけは真摯に受け止めてくれたのだが、その親切心が逆にボクの劣等感を増幅させてますます落ち込んでしまう。


「その必要はありません。指導したのがミエルダさんでなくても結果は同じだったと思います。ですからそんなに自分を責めないでください」

「いえ、やはりもっと厳しく修練すべきでした。らぼでの新人研修が性に合わないのなら王立武士団のブートキャンプに」

「それだけは絶対にお断りです! とにかくボクは全然気にしていないので、ミエルダさんも気にしないでください」

「ですが、」

「おい、凡階級のメルド、課長室に来な」


 アルピニイさんだ。他の職員なら何とも思わないけど、アルピニイさんに言われると妙に腹が立つな。話の腰を折られたミエルダさんに軽く頭を下げて課長室に入った。


「何か御用ですか」

「封筒を預かってきただろう。よこしな」


 そうだった、忘れていた。封筒を渡すと中の書類に目を通し始めた。こういう姿だけは課長らしく見える。


「無事登録できたようだね。しかしまさか凡とは。ははは、平凡なメルドにぴったりじゃないか」

「からかいたいだけなら失礼します」

「ああ、悪い。珍しいんでつい興奮しちまった。最後に凡を見たのは二百年くらい前かねえ」


 そ、そんなにいないのか凡って。冗談じゃなく本当にプレミアムが付きそうだな、この組合員証。


「二百年ぶりの凡な冒険者に出会えてさぞかしご満足のことでしょう。それでは失礼します」

「待ちなよ、気が早いね。明日から出張だ。あたしと一緒に温泉旅行。どうだ、嬉しいだろ」

「はあ?」


 悪い予感は当たるもの。今年もアルピニイさんに振り回されるのは確実のようだ。

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