第五話 上司と二人で温泉旅行

酒豪の秘密は糞尿にあり

 年が明けて最初の出勤日。らぼの仕事始め式で所長の長い訓示を聞かされた後は、芝生広場で麦米豆餅つきが始まった。できた餅を伸ばしてウンコの形に整え黄な粉をかけて食べる「ウンコ餅初食い」が新年の恒例行事なのだ。


「ほれ、飲め」


 アルピニイさんは今年も絶好調だ。麦米豆餅つきの前に行われた鏡開きの振る舞い酒を強引に勧めてくる。


「未成年なので飲めないって何度も言っているでしょう。うわ、酒臭い。どんだけ飲んだんですか」

「あんたはこれまでに食べたウンコ餅の数を言えるのかい。言えないだろう。だからあたしもどれだけ飲んだかは言えないのさ。ははは」


 いや言えますよ、五個です。ウンコ餅を食べたのは今年が初めてなんだから、とはとても言えない雰囲気だ。それにしても酒癖が悪いなあ。これさえなきゃいい上司なんだけど。


「そんなに飲んでよく体を壊しませんね」

「不思議かい。いい機会だ。特別に教えてあげるよ、あたしの秘密を」


 それからアルピニイさんの新年最初の与太話が始まった。


 * * *


 まだあたしが駆け出し冒険者だった時のことさ。ある日、冒険者組合に顔を出したら受付嬢が「八岐大蛇やまたのおろち討伐」をやらないかって言うんだよ。


「八岐大蛇? 聞いたことないね。どんなモンスターなんだい」

「頭と尾がそれぞれ八つある大蛇です。かなり手強いです。最近家畜が襲われるようになって村人も大変困っているようです」

「新米のあたしには荷が重すぎるんじゃないのかい。やめとくよ」

「いえ、今回討伐対象となっている八岐大蛇はちょっと違うのです。頭は八つありますが尾は一つしかありません。しかも簡単に退治できる攻略法がありますので初心者でも容易に討伐可能です」

「ふーん、ならやってみるよ」


 依頼を引き受けて村に行くとさっそく村長が出てきて言った。


「もしかして強い酒を飲ませて酔わせて眠ったところで首を斬り落とそうとか、そんなことを考えているのではないですか」

「ああ、考えているよ。みんなそうやって倒しているんだろ」

「残念ですがわしらの村の八岐大蛇にその手は通用しません。とんでもなく酒に強いからです。ほとんどザルです」

「ホントかい。だけど組合から支給された酒があるからひとまず試してみるよ」


 王都から持ってきた酒樽と村で借りた八個の酒甕を荷車に載せて生息地の岩場へ行くと、いたよ、八頭一尾の大蛇が。

 カッコ悪いモンスターだったねえ。竜頭蛇尾って言葉があるだろう。まさにそれ。八個ある頭部の迫力がすごいだけに、一本しかない尾っぽがひときわ貧弱に見えちまう。


「さて酒の準備をするか」


 少し離れた場所に八個の穴を掘って酒甕を押し込み、そこへ酒樽の酒を注ぎ込んだ。酒の香りに誘われて大蛇がやってきた。甕に頭を突っ込んで飲み始めた。がぶがぶ飲んだ。やがて飲み干した。


「眠らないねえ」


 大蛇の様子は変わらない。八つの頭をあっちこっちに向けて獲物を探している。少しも酔っているようには見えない。村長の言葉は正しかったんだ。ところが、


「うわ、なんだい」


 驚いたよ。大蛇のやつ、いきなり小便を漏らしやがったんだ。信じられなかったね。蛇は飲み込んだ獲物を徹底的に消化する。水分も栄養素も搾り取れるだけ搾り取るから、尻穴から出てくるのは本当にカスだけなのさ。デカイ獲物を飲み込んだ時なんか一カ月脱糞しないこともある。それなのにこの蛇は飲んですぐ小便しやがった。


「なぜだ」


 考えた。そして閃いた。口は八つあるのに尻穴は一つしかないからだ。食欲ってのは不思議なものさ。経験あるだろう、腹いっぱい食った後で大好物の饅頭が出てくると「これは別腹」とか言って食っちまうことが。

 この蛇は八つの頭がそれぞれ独立した食欲を感じるから、消化器官が「もう飲むんじゃねえ、バカ」って怒っても無視して飲んじまうのさ。その結果、消化器官の許容量が限界を超え、このままでは腹が裂け兼ねないので仕方なく未消化のまま排せつしちまったってわけさ。


「そうと分かればこっちのもんさ」


 あたしは村に引き返して大量の食物と瞬間接着鳥もち用意させた。そして地面に八つのでかい穴を掘って持参した大量の食物をその中にぶち込んだ。食物の臭いを感知した大蛇はさっきと同じように八つの頭を穴に突っ込んでパクパクと食い始めた。


「今だ」


 大蛇は食うことに夢中で隙だらけだ。あたしが尻尾に近づいても全然気がつかない。


「そりゃああ!」


 気合一発、大蛇の尻穴に瞬間接着鳥モチを詰めてやった。この鳥モチは魔法道具の一種で、塗布されるとたちまち硬化して接着してしまう優れ物さ。大蛇はまるで気にせず食い続けている。やがて一つしかない大蛇の腹が膨れ始めた。どんどん膨れていく。それでも八つの頭は食い続けている。満腹になっても食物がそこにある限り食うことをやめられないんだ。まったく生物の食欲ってのはぶっ飛んでるよ。


「効いてきたね」


 やがて大蛇が苦しみ始めた。本来なら素早く排せつされるはずなのに、尻穴がふさがっているために糞が腹に溜まり続けているんだ。そりゃ苦しいだろうね。

 腹はもう満月みたいに真ん丸に膨れ上がって別の生き物みたいになっている。腸壁だけでなく内臓も圧迫されて血行障害が起きているんだろう。それでも食うのをやめない。苦しみながら食っている。

 面白いことに苦しむのは一つの頭だけなんだ。他の七つは平気で食っている。しかも同じ頭が苦しみ続けるんじゃなく順番に苦しんでいくんだよ。こいつの満腹中枢は一つの頭にしか作用しないみたいだね。


「ぐえっ、ぐえっ」


 食った物を吐き出し始めた。腸が壊死し始めているんだろう。それでも吐くのは一つの頭だけ。他の七つは食い続けているから腹は膨れる一方だ。


「ぐええええー」


 最後に八つの頭全てが盛大に吐いて大蛇は死んだ。病名、閉塞性大腸炎による多臓器不全。享年は不明。


「さてと、お宝でもいただこうかね」


 受付嬢の話によると八岐大蛇の尾には希少価値のあるアイテムが隠されているらしい。有名な糞薙くそなぎの剣もこいつの尾から出てきたって話だ。あたしは尾に剣を突き立てた。


「お宝おくれ、そりゃ! うぎゃああ」


 悲鳴を上げたよ。尾を切り裂いた瞬間、溜まっていた糞尿が一気に噴き出したんだ。ちょっと考えればこうなることはわかっていたのに迂闊だったねえ。


「くそっ、こんな糞、クソ食らえ。お宝お宝」


 糞まみれになって腹の中を探した。だけど何も出て来ない。あるのは糞尿だけさ。こうしてあたしはめっぽう酒の強い体質になったんだよ。


 * * *


 アルピニイさんの話が終わった。正月早々とんでもない話を聞かされたものだ。しかも最後の一言が飛躍し過ぎている。


「あの、すみません。どうして酒に強くなったのか全然わからないんですけど」

「ちゃんと話を聞いていたのかい。大蛇の腸内細菌のせいに決まっているだろ。大蛇に酒は効かなかった。つまり大蛇の体内にアルコールは吸収されなかったんだ。それなのに飲んだ直後に漏らした小便からアルコール臭はしなかった。アルコールはどこに消えちまったと思う?」

「もしや腸内細菌が処理してしまった、とかですか?」

「らぼに入って少しはお利口になったようだね。その通りさ。大蛇の腸内細菌はアルコール分解能力を持っていたんだよ。どんなに強い酒もたちまち水と二酸化炭素にしちまう超強力な分解能力をね。糞尿を浴びた時、その細菌があたしの尻穴から腸の中に入っちまったんだろうね。なにしろその時のあたしの装備はビキニアーマーだったし、穴から噴き出した糞尿はとんでもない勢いであたしの尻穴を直撃したからね。もちろんその時はどうしていきなり酒に強くなったのか全然わからなかった。このらぼに来てあたしのウンコの細菌を調べてもらってようやくわかったのさ」


 なるほど。消化器官でほとんど分解されてしまったら血中に入るアルコール量は微々たるものだからな。飲んでも体に影響がないのは当然か。でもそれなのにアルピニイさんが酔っ払っているのはなぜなんだろう。雰囲気で酔っているのかな。


「その細菌、有効活用できないんですか」

「今のところ無理だ。体外に出ると極端に寿命が縮むんだよ。どんなに環境を整えても二分刻も持たずに死滅してしまう。細菌のアルコール分解能力を確認するのでさえ一苦労だったみたいだからねえ。あれ以来、八頭一尾の八岐大蛇は一度も出現していないし、この腸内細菌はあたしと一緒に滅ぶ運命なのさ」


 アルピニイさんだけが持っている細菌か。もしかしたら誰もが自分だけの細菌を腸内に持っているのかもしれないな。そしてそれが各自の個性を作り出しているのかも。


「為になるお話、ありがとうございました」

「ああ、こんな話ならいくらでもしてやるよ。メルドも様々な糞尿と触れ合うためにたくさんの冒険をしたくなっただろ。今日の午後、冒険者組合に行って登録してきな。業務命令だ」

「はあ?」


 このボクが冒険者に登録? 何を言っているのかなこのダークエルフ課長は。今年もアルピニイさんに振り回されっ放しの一年になりそうだ。






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