祭りで得たもの


 舞台裏に設営されたうんこ小路うじさんの控室はとんでもなく豪華だった。二階建て一軒家ほどの規模である。半日も滞在しないのにこんなものを設営するとは、華族の財力恐るべし。

 入り口の呼び鈴を押すと「どうぞ」の返事。「失礼します」と言って中へ入る。


「早かったわね。まだお着替えの最中よ」


 三人の世話係がうんこ小路うじさんの憤怒糞尿大将軍の衣装を脱がしている。それなら「どうぞ」なんて言わないでほしいなあ。


「すみません。出直します」

「その必要はないわよ、時間が惜しいから。あなたたち、ちょっと席を外してくれる」


 世話係の三人が退室する。何の話をするかわかっているみたいだな。


「邪魔者がいなくなったところでお話を始めましょうか。最終関門の課題について訊きたいんでしょう」

「そうです。どうしてあんなことをしたんですか」


 サンプルと二二番の共通点。それはウイルスを含んでいることだった。色を変えた試薬はウイルスを検出するためにらぼで使用されているものなのだろう。優秀ならぼの職員でも薬を使わなくてはウイルスを認識できないのだ。


「ひょっとして課題にウイルスを利用したことを怒っているの?」

「そりゃ怒りますよ。ウイルスの存在が公にされていないのは御存じでしょう。らぼの職員でさえ知らない者もいるんです。しかもウイルス認識術の保有者はらぼに数名しかいません。あんな課題、ボク以外にクリアできるわけがないでしょう」

「もう嫌ねえ。それが答えよ。メルドちゃんと別荘で過ごしたいからウイルスを用いたのよ。第一関門ではメルドちゃんの好物じゃがたら豆を使ったし、第二関門では特別ルールまで追加してあげたでしょう。全ては別荘でメルドちゃんと一緒に楽しい時を過ごすためよ」

「第三関門には何もありませんでしたけど」

「そこまで甘やかしたら面白くないもの。ちょっとは苦しんでもらわなくちゃ。あそこでリタイアしてもそれは仕方がないかなって感じ。そうなったら誰も優勝できないんだし」


 華族様らしい自分勝手だな。みんな優勝したくて必死で頑張っていたというのに。


「でも本当に運がよかったわね。二番目に簡単な課題である『ウサギのウンコ』を引き当てるなんて」

「二番目? じゃあ一番簡単な課題は何だったんですか」

「もちろん『うんこ小路うじ和嬉わき麿まろ様のウンコ』よ。ほかほかのウンコを用意していたのに誰も引いてくれなくて残念だったわ」


 ああ、女神シリアナ様。私に『ウサギのウンコ』を与えてくれた慈悲深き御心に感謝します。


「それにね、メルドちゃんにしかクリアできないとか言っていたけど、それは思い上がりよ。適当に選んでもいいって条件が付いているんだもの。百個から一個を選ぶんだから一%の確率でクリアできるでしょ。強運の持ち主なら優勝できたはずよ」


 体力知力精神力に加えて運の強さも必要だったってことか。これに関してはうんこ小路うじさんが正しいな。実際、ボクらも第三関門は完全に運任せだったわけだし。ボクらの運が悪く他の参加者の運が良ければ、結果は変わっていたはずだ。


「ウイルスの件はわかりました。もう一つ、訊きたいことがあります」

「わかってるわ。フェイちゃんのオシッコでしょう。あれは依頼があったのよ」

「依頼? 誰からですか」

「タカノメちゃんよ。激しい運動で疲労した直後のフェイちゃんのオシッコを調べたいんだって」


 タカノメさんはフェイの病気の原因を特定した医者だ。表向きには彼がフェイを治療したことになっている。


「どうしてタカノメさんがフェイのオシッコなんか」

「そりゃ今でも通院しているからよ。王都の総合病院で定期的にタカノメさんに診察してもらっているみたいよ」

「王都の病院で診察!」


 聞いていない。完治したと思っていたのにそうではなかったというのか。


「あら、知らなかったの。再発の恐れがあるみたいよ。あっ、これは言っちゃいけなかったかしら」

「再発……」


 優勝の喜びが吹っ飛んでしまった。きっとフェイも知らないのだろう。でなければあんなに明るく振る舞えるわけがない。


「さっ、もういいでしょ。あなたと一緒に優勝した他の二人によろしくね。あ、そうそう別荘へ行く日程は全てあたしの都合に合わせてちょうだい。こちらから連絡するから首を長くして待っ・て・て・ね」


 追い払われるように控室を出たボクの頭は真っ白だった。ふらつく足取りのボクをフェイが迎える。


「メルド、何の話をしていたの」

「んっ、ああ、優勝賞品の別荘の話をしていたんだ。日程が決まったら連絡があるみたいだよ」

「そう、楽しみね」

「あの、フェイ、まだ通院しているんだって」

「しているけど通院なんて大げさよ。ちょっと検査するだけ。薬とかも飲んでないし。だから心配してくれなくても大丈夫」


 明るく笑うフェイ。これは一度タカノメさんに訊いてみる必要があるな。


「メルド君、フェイさん。今日はお疲れさまでした。どうぞ」


 ミエルダさんがどことなくオシッコみたいな清涼飲料水(開発事業部の試作品)を持って来てくれた。芝生広場を見下ろせる展望台の屋内ベンチに座って飲む。


「ところでメルド君。最終課題をどうやってクリアしたのかまだ聞いていません。教えてくれませんか」


 困った。ミエルダさんなら話しても問題ないがフェイはウイルスについて何も知らないはずだ。さてどうしたものか、


「えっと、それはカンです」

「カンなの!」


 フェイが驚いている。まあ無理もない。


「今日は創立二二二周年記念のお祭りですよね。だから二二番のウンコを選んだんです」


 咄嗟にウソをついてしまった。正解が二二番でなかったら言えないウソだな。


「呆れました」

「メルドって結構いい加減なのね」


 二人から向けられる軽蔑の眼差しが痛い。ミエルダさんには後で本当の理由を教えることにしよう。


「お祭りももう終わりね」


 メインイベントの特別企画が終了したせいかお祭り会場の人影はまばらだ。片付けを始めている露店もある。


「うん。そして今年ももうすぐ終わる。この一年はいろんなことがあったなあ」

「私にとってもこれまでにないくらい思い出深い一年でした。良い新年を迎えられそうです」


 傾きかけた夕陽を眺めながら今年一年を振り返る。フェイやミエルダさんは何を思っているんだろう。


「ねえ、メルドとミエルダさんは明日から休暇なのでしょう。何をして過ごすの」

「う~ん、ボクは寮で勉強かな。まだまだ覚えなきゃいけないことがたくさんあるし」

「私は図書館へ通うつもりです。休館日は寮で読書です」

「それなら大晦日とお正月は孤児院で過ごさない? 二人が来てくれればみんな大喜びすると思うな」

「ああ、それはいいね。院長先生が許してくれればお土産をたくさん持って泊まりに行くよ」

「ミエルダさんは?」


 フェイが問い掛けても答えが返ってこない。戸惑っている様子が見て取れる。


「私が泊まってもいいのですか。孤児院には獣人族がいないのでしょう。子どもたちは私を見て驚いたりしませんか」

「驚くでしょうね。そしてすぐ仲良くなるでしょうね。子どもたちは優しい人が大好きだから」

「フェイさん……ありがとう。ご厚意に甘えさせていただきます」


 二人の心配をする必要はもうなさそうだな。優勝賞品は期待外れだったけど、もっと大切なものを手に入れることができたんだ。それだけでも頑張ったかいがあったというものだ。


「来年も良い年でありますように」


 ボクは大きな満足感に浸りながら暮れていく西の空を眺めていた。

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