最終関門超難題

 気合いを入れて走り続けたボクらであったが、結局一組も抜けないままらぼへ到着してしまった。第一関門の課題はともかく、それに続く常識外れな課題を自力で二度もクリアしただけあって、先行の七組は相当な猛者揃いに違いない。


「やっぱり優勝は無理だったか。ミエルダさん、ここからは歩こう。さすがに疲れた」

「決め付けてはいけません。最終関門にも課題はあるのです。まだ誰も課題をクリアできていなければ私たちが優勝です。さあ、走りましょう」


 最後まで諦めない姿勢は見習わないといけないな。よし、もうひと頑張りしよう。


「おおっと、八組目が到着だ!」


 最終関門のある芝生広場に入った瞬間、見物客の歓声と司会者の興奮した声がボクらを襲った。舞台の中央にはゴールテープが張られたままだ。


「もしかして、まだ誰もゴールしていないのかな」

「そのようです。きっと相当難易度の高い課題なのでしょう」

「ようこそ最終関門へ」


 舞台横に設けられた受付の係員がにこやかに迎えてくれた。


「ボクたちより前に到着した参加者の皆さんはどうなったのですか」

「残念ながら全員失格になりました」


 猛者揃いの七組が挑んでもクリアできないほどの難問なのか。尻穴が緊張で震え出した。


「それでどんな課題なのですか」

「『同じ物を選べクイズ』です。今からウンコを見せます。そのウンコと完全に同じ特質を持つウンコを百個のウンコの中からひとつだけ選んでください。見事正解すれば課題クリアです。ただし色、形、大きさは除外して考えてください。選んだ理由は不要です。つまり当てずっぽうでも正解ならばそれで良しとします。」


 なんだ、思ったより簡単じゃないか。気が抜けて尻穴が緩む。


「この課題には制限時間があります。三分刻以内に回答しなくてはなりません。そして一度間違えたらその時点で失格です。相談はしてもらっても構いません。以上が課題の説明です。ここまでよろしいですか」

「はい。フェイ、ミエルダさん、最下位だったボクらに巡ってきたこのチャンス、絶対つかみ取ろうね」

「言うまでもありません」

「自信はないけど頑張る!」


 二人ともボク以上にヤル気になっているようだ。ミエルダさんはボクより知識が豊富だからな。頼もしい存在だ。


「それでは舞台の下に置かれた展示台の前に立ってください。開始の合図と同時にカバーが外されサンプルのウンコと百個のウンコが出現します。百個のウンコの並び方は毎回ランダムに変更されますので。後の回答者が有利になるようなことはありません。心の準備はできましたか」

「はい」

「では始め!」


 展示台の両端にいる係員がカバーを持ち上げた。透明のケースに入った百個のウンコ、そして一段高い場所に置かれた一個のウンコが姿を現す。一段高いウンコのケースには『このウンコと完全に同じウンコが一つだけあるから見つけてね』と書かれている。


「うわ~、よくできているね。見分けが付かないくらいみんなそっくり」


 フェイが目を丸くしている。色、形、大きさ、完全に同一だ。きっと本物のウンコではなく型にはめて製作した偽物ウンコだろう。


「外見での判別は不可能です。食材、細菌、密度、この辺りを探ってみましょう。メルド君は細菌を調べてください」

「はい」


 細菌認識術を使う。なんてこった。すべてのウンコに輝点がない。完全に無菌だ。細菌では差別化できないってことか。


「ダメです。全て無菌です。ミエルダさんのほうはどうですか」

「同じです。食材も密度も、たぶん重量も全て同じです。これではひとつを選ぶことなんてできません」

「おおっと、難航しているぞ。この八組目も失格してしまうのか。すでに一分刻が経過してしまった。急げ急げ」


 司会者のアナウンスが耳障りで仕方がない。いや、外野に気を取られてどうする。集中集中。


「念のためにミエルダさんも細菌を調べてください。ボクは材質を見てみます」

「了解しました」


 百個のウンコを一望する。食材はたぶん麦米豆だ。胆汁や消化液と混ぜ合わせてらぼで作ったのだろう。そうでなければここまで均一に作れるわけがない。

 百個の中の一個、何が違うんだ。サンプルのウンコと何が同じなんだ。いや待て。この課題は本当に成立しているのか。企画したのはあのうんこ小路うじさんなんだぞ。


「やはり無菌です。メルド君はどうですか」

「あははは、やられました。これは引っ掛け問題です。そうに決まっています。違いなんてありません。百個全部がサンプルのウンコと同じです。つまりどれを選んでも正解なんです」

「メルド君、何を言っているのですか」

「だってそうでしょう。どれも同じなんですから。うんこ小路うじさんの悪い冗談に決まっています。そうとしか思えません。もう時間がありません。適当にひとつ選んで提出しましょう」

「愚か者!」


 ミエルダさんの右平手打ちがボクの左頬に炸裂した。


「それなら先に挑戦した七組の参加者が失格するはずがありません。正解となるウンコが必ずひとつだけあるのです。ここで投げやりになってどうするのですか。制限時間ギリギリまで力を尽くしてください」

「ミエルダさん……そうでした。目が覚めました」

「なんと、ここで仲間割れか。残り時間は一分刻。クリアできるのか!」


 司会者の鬱陶しいアナウンスはもう耳に入らなかった。考えろ。何が違う。ボクに何ができる。ボクに何が残っている。細菌が存在しないウンコ、細菌が存在しない……そうだ、フェイのオシッコもそうだった。あの時と同じだ。


「もしや」


 尻穴に力を入れた。これしか考えられない。尻穴を燃やせ。意識を集中しろ。


「うおおおおー!」


 熱い。尻穴が焼ける。視界がぼやける。百一個のウンコの中へ意識が入っていく。


「見えた!」


 サンプルのウンコには微小な輝点がたくさん存在している。そしてサンプルのウンコと同じ輝点を持つウンコが一つだけある。


「わかりました。正解は二二番のウンコです」


 係員が封筒の中から正解の書かれた札を取り出した。大きな声で読み上げる。


「今回、サンプルと同じウンコは……二二番! 正解です!」


 歓声と拍手が沸き起こる。飛び上がって喜ぶフェイ。無表情なままのミエルダさん。大げさに騒ぎ立てる司会者。


「なんてことだあ、正解だあ。八組目にしてついに正解者が出現したぞ。糞尿覇者の誕生だあ!」

「やったねメルド。あたし全然役に立てなかったけど嬉しい」

「驚きました。まだちょっと信じられません。どうしてわかったのですか」

「えっと、それは後で話します」

「おめでとう。さあ手形を出してください」


 係員に言われて手形を置く。『最終関門一番』の文字と図柄、そして一番上に『糞尿覇者』の押印。優勝の喜びがじわじわと込み上げてくる。最後まで諦めずに頑張ってよかった。


「ちょっと待ってくれ。納得できない」


 会場から声が上がった。背の高いエルフ族の男性だ。


「本当に二二番が正解なのか。他のウンコと何が違うんだ。サンプルのウンコとどこが同じなんだ。それを示してくれなければそいつらの優勝を認めるわけにはいかない」


 きっとボクらより早くここに到着した参加者なんだろうな。彼の言い分はもっともだ。同じ立場だったらボクだって異議を唱えただろう。


「いいわよ。見せてあげるわ」


 いつの間にかうんこ小路うじさんが舞台の上に立っていた。まだ憤怒糞尿大将軍の衣装を着ている。よっぽど好きなんだな。


「あれ、持ってきてちょうだい」

「はい」


 係員が容器とスポイトを持ってきた。何をするつもりなんだろう。


「この容器の中には特殊な試薬が入っているの。サンプルのウンコに使ってみて」


 係員がスポイトでウンコに試薬を垂らすと茶褐色のウンコがレモン色に変化した。


「ねっ。色が変わるのよ。じゃあ百個のウンコにも使ってみて。あ、二二番は最後にしてね」


 係員がケースを外して試薬を垂らしていく。ウンコの色は変わらない。しかし最後に二二番のウンコに垂らすとサンプルと同じレモン色に変色した。見物客がどよめく。


「ウンコの共通点は試薬に反応することだったってわけ。お・わ・か・り?」


 会場から大きな拍手。背の高いエルフは悔しそうな顔をして芝生広場から出て行った。


「それでは三人にゴールテープを切っていただきましょう。舞台に上がってください」


 これはさすがに恥ずかしかった。テープを切るとまたも拍手と歓声。意外なことにフェイは大はしゃぎだった。賑やかなことが好きなのだろう。ミエルダさんはいつもと変わらず無表情だ。


「次にうんこ小路うじ様から優勝賞品を授与していただきます」


 華族様提供の賞品か。これは期待できそうだ。鳥豚牛の肉一年分とかだったら飛び上がって喜ぶんだけど。


「優勝賞品は『華族と過ごす夢の数日間』よ。南の島に別荘があるの。そこであたしと一緒にセレブな時間を過ごさせてあげる。どう、嬉しいでしょ。ありがたく受け取りなさい」


 期待に膨らんでいた尻穴が一気に萎んでしまった。うんこ小路うじさんの屋敷で過ごした十日間の記憶がよみがえる。食って寝るだけの生活で激太りしたからなあ。正直、行きたくない。


「華族様の別荘に滞在できるなんて夢みたい。うんこ小路うじ様、ありがとうございます」


 フェイはすごく喜んでいる。孤児院のみんなは屋敷に招待されたけど、フェイはまだ入院していたから来られなかったんだよなあ。怠惰で不毛な日々を一度体験しておくのも悪くないだろう。


「身に余る光栄、謹んでお受けいたします」


 ミエルダさんは喜んでいるのかな。無表情だから全然わからない。


「あら、メルドちゃんからはお礼の言葉がまだだけど、どうしたのかな」

「あ、はい。ありがとうございます。ところで」


 うんこ小路うじさんに近づき小声で話す。


「お話があるのですが、よろしいでしょうか」

「そう来ると思ったわ。控室で話しましょう。さてと、」


 うんこ小路うじさんは両手を開くと舞台前方に進み出た。


「創立二二二周年特別企画はこれにて終了よ。みんな、楽しんでくれたぁ~。然らばこれにて御免仕る。皆皆様も達者で暮らせよぉ~」


 拍手に見送られて舞台の袖に消えるうんこ小路うじさん。ボクらも舞台から降りた。長く厳しい試練がようやく終わった。これで尻穴の力を抜くことができる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る