願いを叶えるウンコ
第三関門は試験用農場の東門前に設けられていた。ここに来るまで誰も抜かしていないし誰にも抜かされていない。順位は上がってもいないし下がってもいない。従って、
「五三番目の到着、お疲れさん」
と言われるのは自明の理であったが、
「君たちが最下位だ」
と言われたのは承服できかねた。
「おかしいですね。第二関門には九六組到着しているんですよ。ボクらが最下位なら残りの四三組はどうなったんですか」
「全員第二関門でリタイアした。相当意地の悪いお題が書かれていたようだ」
そうだったのか。特別ルールがなければボクらもリタイアしていたかもしれないな。とりあえず
「それで、ここの課題は何ですか」
「第二関門と同じだ。そして第二関門より難易度が上がっている。さあ、好きな札を選びな」
係員が大きな箱を前に置いた。緊張で尻穴が締まる。いや待てよ、ボクらは最下位なんだっけ。試しに訊いてみるか。
「ちょっとお尋ねしますが
「ない」
「ではレースを盛り上げるために最下位に便宜を図るとか、そんな特別ルールはありませんか」
「ないよ。早く選びな」
考えが甘かったか。第二関門に届いた手紙には「面白いのは逆転劇」とか「最下位にチャンスをあげる」なんて書いてあったけど、全てはフェイのオシッコを手に入れるための言い訳に過ぎなかったんだな。
そして目的を達成してしまえばボクらは用無し、どうなろうが知ったこっちゃないってわけか。自己中の
「メルド君、早く選んでください。時間のムダです」
「急げば優勝のチャンスはあるはず。頑張れメルド!」
うう、責任重大だな。女神シリアナ様、なにとぞ我に良き札を選ばせたまえ。
「これだ!」
選んだ札の紙を広げてお題を確認する。「ウサギのウンコ」と書いてあった。
「ウサギのウンコ、ですか」
「ウサギのウンコ、だね」
これはまた微妙だなあ。手に入らないこともないけど簡単に手に入るものでもない。この辺だとどこにいるだろう。
「試験用森林に戻ってみようか。あそこなら動物がたくさんいそうだし」
「北の丘陵地にアナウサギがいるって聞いたことがある。手分けして探したらどうかな」
「いいえ。探す必要はありません」
ミエルダさんは首の後ろに手を回すと首飾りを外した。ハート型をした薄桃色の装飾品が付いている。
「これはへべれけウサギの糞です」
「これが? でもへべれけウサギの糞は茶色と桃色の
「通常の糞はそうです。しかしごく稀に、ふんにょー酵母の含有率が百%に近い糞を捻り出すことがあるのです。そのような糞は全体が薄桃色になります。二年前の初任務でこの糞を見つけた時、私は歓喜しました。獣人族には『へべれけウサギの桃色ウンコには願いを叶える力がある』という言い伝えがあるからです。アルピニイさんは快く私的所有を認めてくれました。そのままでは持ち運びに不便なので王都で首飾りに加工してもらい、さらに効果を高めるために幸運特性を付与してもらいました。それ以来ずっと肌身離さず持ち歩いています」
ちょっと意外だった。いつも合理的に思考し無表情に行動するミエルダさんが、実は言い伝えを信じて幸運アイテムを持ち歩く純真少女だったとは。まだまだ人を見る目がないようだ。
「でもそれはミエルダさんにとって大切な物でしょう。第二関門ではあたしのオシッコ、没収されてしまったし、ここでも没収されてしまうかも」
「ちょっと待って。確かめてみる」
受付の係員は課題の札を入れた箱を仕舞って荷物の整理を始めている。最下位のボクらの後にはもう誰も来ないんだから当然か。
「あの、持参した物が認定されて課題をクリアできた場合、その物を持ち帰っても構わないでしょうか」
「いや、没収だ。認定されなくても没収だ」
「そこを何とかなりませんか。ウンコなんて没収しても仕方ないでしょう」
「ふんにょーらぼの関係者とは思えない言葉だな。糞尿は我らの飯の種。らぼで大切に保管し有効活用させてもらう」
これ以上の交渉は無理のようだ。そしてミエルダさんの首飾りを使うのも無理だ。
「仕方ない、ウサギを探しに行こう。ボクは森林へ行くからフェイとミエルダさんは北の丘陵へ……」
「その必要はないと言ったはずです。これを差し出せばクリアできるのですから」
顔は無表情だが首飾りを握り締めた手が震えている。心にもないことを言っているのは容易に推測できる。
「こんなレースのためにミエルダさんが犠牲になることはないよ。それにウサギがすぐ見つかることだってあるかもしれないし」
「常に最善を尽くすのがレース参加者の義務です。今、私たちの最善はウサギの探索ではありません。この首飾りを提出することです」
ミエルダさんを見ていると居た堪れなくなってくる。彼女を悲しませてまで優勝したいとは思わないし、いっそのことリタイアしてしまおうか。手形を紛失、もしくは破損した時点で失格になるんだっけ。真っ二つに折ってしまおう。
「ねえ、ミエルダさん、ひとつ教えてくれない?」
フェイがミエルダさんに体を寄せた。身長差があるから親子みたいに見える。
「構いませんよ。何ですか」
「幸運特性を付与してまで叶えたい願いって、何?」
「それは……友だちができますように、です」
小さな声で答えたミエルダさんの大きな手を、フェイの小さな手が握り締めた。
「それならもう願いは叶ったわ。メルドは知らないけどあたしはミエルダさんの友だちだもの」
「フェイさん……」
「待って、ボクだって友だちです。確かに職場の先輩後輩の仲だけど、フェイやニィアォさんと同じくらい気軽にお喋りできるのはミエルダさんだけですから」
「メルド君……二人ともありがとう」
無表情だったミエルダさんの顔がほんのわずかだがほころんだような気がした。家族を失くして十才にもならないうちにらぼで働き始め、ウサギの糞に願いを託すほど寂しかった少女は、今、ようやく孤独から脱却できたのだ。
「この首飾りは不要になりました。だから提出します。メルド君、異論はありませんね」
「はい。もう反対しません」
ミエルダさんから首飾りを受け取ったボクは受付に提出した。係員の横には先ほどと同じく糞尿鑑定士がいる。
「ほほう、へべれけウサギの糞だね。しかも酵母含有率ほぼ百%。これはまた珍しい」
「ひょっとして高価なものですか」
「いや、珍しいが価値はない。見た目が良くても所詮ウサギのウンコ。金を出してまで買いたいとは誰も思わん。ありがたがるのは獣人族くらいのもんだ」
まあそうだよな。願いが叶うなんて話はボクも知らなかったし。
「では課題クリアだね。手形を出して」
三個目の御朱印を押してもらう。驚いた。『第三関門八番』と押されている。
「八番ってどういうことですか。残りの四五組はどうなったんですか」
「半分はリタイア。半分はまだ探索中で戻って来ない。なにしろここの課題は本当に滅茶苦茶なんだ。『ドラゴンのウンコ』とか『王妃様のオシッコ』とか。君たち、運がいいよ」
ああ、女神シリアナ様。私たちにウサギのウンコを与えてくれた慈悲深き御心に感謝します。
「メルド君、両手を組んで空を見上げている暇があったら走ってください。それからフェイさん、私の背中に乗ってください。背負って運びます」
「えっ、いいの?」
「当たり前です。私たちは友だちなのですから」
嬉しそうに負ぶさるフェイ。二人はすっかり仲良くなれたみたいだ。
「こうなったら絶対に優勝します。メルド君、全力で走ってください!」
「は、はい!」
ミエルダさんの意気込みが尋常じゃない。七組抜いたら優勝だもんな。嫌でも気合いが入る。
「よし、行くぞ」
ボクは尻穴に力を込めると、フェイを背負って脱兎の如く走り出したミエルダさんを追って全力で走り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます