特別ルール発動

 レース参加者や見物客で大混雑していたらぼ敷地内とは違って、南門の外は人影がほとんどなく道は広々としていた。三人並んで走っても他の参加者の邪魔になることもなさそうだ。


「ところでメルド君。さっきのウンコの食材は何だったのですか」


 走りながらミエルダさんが訊いてきた。そう言えば二人には教えていなかったっけ。


「じゃがたら豆だよ。知ってる?」

「恥ずかしながら初めて聞きました」

「あたしは知ってる。王国北部地方の名産品でしょう」

「そう。そしてボクの家で栽培していた豆でもあるんだ。最近は麦米豆由来の豆ばかり出回って王都じゃほとんど食べられなくなったけど、子供の頃は毎日食べていた。それでわかったんだ。もう何年も食べていないからすっかり忘れてしまっていたけどね」

「そうだったの。メルドにとっては思い出のある豆だったのね」

「ご実家で栽培しているのなら送ってもらえばいいのではないですか。らぼの食堂は無料ですが毎食利用しなくても構わないのですから」

「ミエルダさん、メルドは孤児院にいたのよ!」


 フェイの言葉を聞いたミエルダさんの足が止まった。一秒もムダにできないレースの最中とは思えない振る舞いだが、勝利への執念を上回るほどに自分の無礼が許せなかったようだ。


「失念しておりました。メルド君、許してください」

「ボクは何とも思ってないよ。だからミエルダさんも気にしないで」

「いいえ。失った家族を思い出すことがどんなにつらいことかわかっているつもりです。私にも家族はいないのですから」


 返す言葉がなかった。考えてみればミエルダさんについて知っていることはほとんどない。これまで自分に関することを話そうとしなかったし、こちらから尋ねることもなかった。初任務で三週間も行動を共にしていたのに、ボクらの距離はほとんど縮まらなかったみたいだな。


「さあ、そろそろ走りましょう。ぐずぐずしていたら本当に優勝できなくなっちゃう」

「そうでした。行きましょう」


 フェイの言葉でミエルダさんが走り出した。フェイがいてくれると本当に助かる。ミエルダさんもフェイのことを見直してくれるといいんだけど。


「おやおや、ようやくご到着だね。良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい」


 試験用森林西口に設けられた第二関門にたどり着くと、待ちくたびれた様子の係員がにこやかに問い掛けてきた。後でがっかりしたくないので答えは決まっている。


「悪い知らせからお願いします」

「第一関門を通過した参加者は九六組。残りの参加者は全員リタイアした。そして君たちは九六番目にここへ来た。つまり君たちは現在最下位だ」


 第一関門を通過した時には八七番だったから、ここへ来るまでに九組の参加者に抜かれたのか。確かに悪い知らせだが参加者が減ったのなら良い知らせのような気がする。いや最下位だから悪い知らせとも言えるのか。どっちにしてもこの順位から落ちないのは確定だ。


「それで良い知らせは?」

「ここでの課題は運に大きく左右される。箱の中から任意の札を選択し、そこに書かれた物を手に入れて持参するのだ。指定されるのは簡単なモノからほぼ実行不可能なモノまで多種多様だ。札を選択した時点で勝負は決すると考えていいだろう」


 つまり借り物競争か。ありふれてるなあ。あのうんこ小路うじさんのことだからもっとぶっ飛んだ課題を用意してくると思ったんだけど。


「良い知らせは急きょ特別ルールが追加されたことだ。先ほどうんこ小路うじ様より『やっぱり逆転劇が一番面白いと思うのよ。だからここに来た時点で最下位だった参加者にチャンスをあげちゃう。あたしが用意したこの札を渡してあげて。すっごく簡単な物を指定してあるから』と書かれた手紙と札が届けられた。弱者への深い思い遣りに感謝するように」


 思い遣りと言うよりレースを面白くするための演出だろうなあ。順位が固定したまま終わっちゃったら盛り上がりに欠けるもんな。


「はい。うんこ小路うじさんの気持ちに応えるために必ず優勝してみせます」

「うむ、頑張りなさい。これが札だ。それから容器だ」


 紙に包まれた札と容器を渡された。


「札はともかく容器は何に使うのですか」

「知らん。使いの者からは何も言われなかった。中の札を読めばわかるんじゃないのか。ちなみにハヤブサも待機している」


 胸騒ぎを感じながら紙を広げる。中の札に書かれた文字を読んで開いた口がふさがらなくなった。


『東の森のエルフのオシッコを持って来てちょうだい。年は五十才くらいでもちろん女の子のね。あっ、オシッコを入れる容器は用意したものを使うのよ。そしてできるだけ早くハヤブサ便で送ってね。うんこ小路うじ和嬉わき麿まろ


 やられた。東の森のエルフで五十才の女の子ってフェイのことじゃないか。五十才になったエルフの尿は価値が下がるとか言っていたくせに、フェイのオシッコをまだ諦めきれてなかったんだな。

 きっと遠隔視認魔法を使ってこのレースの様子を観戦しているんだろう。そして現在最下位のボクらを救うという口実で、こんな要求を突き付けてきたに違いない。


「フェイさん、東の森のエルフでしたよね。年は五十才ですし条件にぴったり合致しますね」


 ミエルダさん、情け容赦ないなあ。確かにフェイに協力してもらえればすぐクリアできるけど、顔を真っ赤にしてうついたままの姿を見せられるとさすがに気が引ける。


「フェイ、嫌なら無理にオシッコしなくてもいいんだよ。残念だけどボクらもここでリタイアしよう」

「おや、フェイさんは嫌がっているのですか。わかりました。では東の森までひとっ走りしてきます。容器を貸してください」

「じょ、冗談はやめてくださいミエルダさん。東の森の場所は知っていますよね。馬車を使っても数日かかるんですよ」

「言ったはずです。参加するからには優勝を目指すと。何日かかろうが必ずゴールします」

「あ、あの」


 フェイのかぼそい声が聞こえた。頬はさらに赤くなっている。


「リタイアはしたくありません。だからオシッコします。容器を貸して」

「ほ、本当にいいの?」


 コクンとうなずくフェイ。ああ、なんて健気なんだろう。感動で尻穴が熱くなる。


「すみません。この辺りに厠はありますか」

「悪いな。森林中央部の管理センターにしかないんだ。そこまで行くくらいなららぼの厠に行ったほうが早いだろうな。管理区域外の茂みの中なら垂れ流しても構わんぞ」


 フェイに野ションさせろと言うのか。罪作りにもほどがあるでしょううんこ小路うじさん。


「してきます」


 容器を持って茂みの中に消えるフェイ。せめて耳をふさいでいよう。


「うむ。東の森のエルフ五十才女子の尿に相違ない」


 提出した容器のオシッコはらぼでも指折りの糞尿鑑定士に検査してもらった。偽物でお題をクリアしようとする不正を防止するためだ。すでに四組の参加者が不正を暴かれ失格になっているらしい。


「それ、頼んだぞハヤブサ便」


 フェイのオシッコで満たされた容器はハヤブサの足に括り付けられてらぼの方へ飛んで行った。うんこ小路うじさん、大喜びだろうなあ。


「さあ、手形を出して。御朱印を押すよ」


 手形には『第二関門五三番』と押されている。ここでリタイアしたか、まだお題の品物を探している参加者が四三組もいるわけか。これに関してはうんこ小路うじさんに感謝だな。


「よし、一気に順位が上がった。もしかしたら本当に優勝できるかも」

「かもではなくするのです。さあ、行きましょう」


 第三関門の試験用農場を目指してボクらは走り始めた。

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