華族様大はしゃぎ

 舞台前はすでに黒山の人だかりができていた。特別企画の開催については九月の時点で発表されていたが、その詳しい内容については希望者参加型のイベントであること以外ほとんど知らされていなかった。参加はしないが興味本位で集まった者も大勢いるに違いない。


「それでは特別企画主催者様にご登場いただきます。ふんにょーらぼ創設の立役者にして従二位の華族として名高いうんこ小路うじ家、その現当主であらせられる和嬉わき麿まろ様です。どうぞ!」


 会場がどよめいた。高位の華族は滅多に姿を現さない。ほとんどの庶民は王族や華族を一度も見ることなく一生を終えるのだ。その華族が、しかも従二位という高位の華族が、このような衆人環視の舞台に立つなど完全に常識はずれな行為であった。


「はーい、らぼのみんな、楽しんでる~。あたしはうんこ小路うじ和嬉わき麿まろよ。よ・ろ・し・く」


 どよめいた会場が一瞬で静まり返った。言葉遣いもさることながら度肝を抜いたのはその装束だ。糞尿模様を染め抜いた黄土色の素襖すおうをまとい、高下駄の上に見えるは脚絆。手甲で覆った右手には鬼もたじろぐ五尺刀。顔の隈取くまどり般若の如く、高々と聳え立つ土留どどめ色の立烏帽子には華族の気品が漂っている。どこからどう見ても女神シリアナ様を守護する十二神将のひとり、憤怒ふんぬ糞尿大将軍だ。場違い感が半端ない。


うんこ小路うじさん、ブレないなあ」


 フェイもミエルダさんも呆気に取られている。これでさっきの話を忘れてくれるといいんだけど。


「そしたら説明に入るわね。すっごく簡単。みんなで競争して一番になった糞尿覇者にだけご褒美をあげちゃうってお遊び。覇者になれるのは知力体力精神力の三拍子が揃った者だけ。せいぜい頑張ってね。しからばこれにて御免つかまつるぅ~」


 ろくな説明もせずにうんこ小路うじさんは舞台の袖に消えた。単に衣装を見せびらかしたかっただけのような気がしてならない。


「今の方、本当に華族なのでしょうか」


 ミエルダさんがつぶやいた。ここにいるほとんどの観衆がそう思っているだろうな。


 その後、司会者から詳しい説明があった。何のことはない、ただの謎解き競走だ。参加者は芝生広場を出発してらぼ南門、試験用森林、試験用農地の三カ所に用意された課題をクリア。その後再び芝生広場に戻り最後の課題に挑み、最初にクリアした者を糞尿覇者と認定し優勝賞品を贈呈する。特別企画と呼ぶにはあまりにも平凡なイベントである。


「参加者は一人でも複数人でも構いません。ただし一組三名まで。組の全員がゴールするまで覇者とは認定されません。言うまでもありませんが馬車や気球などの乗り物の使用は禁止です。ただいまより半刻の間、舞台横で参加を受け付けます。スタート時刻は昼九ツ半。お昼ご飯をしっかり食べて参加してください」

「一組三名だって。ちょうどよかったね。フェイ、ミエルダさん、一緒に頑張ろう」

「らぼの周囲を走るだけならあたしにもできるかな。でも足が遅いから優勝は絶対ムリ。それでもいい?」

「もちろんだよ。参加して楽しむのがお祭りなんだから」

「いいえ。参加する以上は優勝を目指すべきです。初めから負けるつもりの方と同じ組にはなれません。フェイさんは一人で参加してください」


 ミエルダさん、まだ機嫌が直っていないみたいだ。ここはなんとしても説得しなくちゃ。


「足が遅いから優勝できないとは限らないんじゃないかな。うんこ小路うじさんは言っていました。知力体力精神力が必要だと。四つの課題を誰よりも早くクリアできれば優勝の可能性はあるはずです。ボクらは人族、エルフ族、獣人族。それぞれの種族の特性を活かせば課題も容易にクリアできるのではないでしょうか」


 ミエルダさんの目付きからちょっとだけ険しさが消えた。納得してもらえたのかな。


「いいでしょう。ここはメルド君の顔を立てて力を貸してあげます。フェイさん、あなたが足を引っ張るのは分かっています。せめて足手まといにならないように努力してください」

「はい。ミエルダさん、よろしくお願いします」


 さんざん憎まれ口を叩かれているのにフェイは笑顔を絶やさない。本当に優しい子なんだな。


 それからボクらは受付を済ませ参加番号が書かれた通行手形を受け取った。それぞれの関門で課題をクリアすれば手形に御朱印を押してもらえる。四つの印を全て集めて最初にゴールした者が糞尿覇者となるのだ。


「希望者には運動着を貸与しています」


 フェイは主催者提供の運動着に、ボクとミエルダさんはらぼの運動着に着替えた。フェイの運動着姿は初めて見た。何を着てもかわいい。


「うわあ、たくさんいるねえ」


 昼九ツ半が近づいた芝生広場には予想以上の参加者が集まっていた。四百、いや五百名くらいだろうか。みんな三名一組の参加だとしても約百七十組。糞尿覇者への道は遠い。


「は~い、カウントダウンを開始するわよ」


 舞台には再びうんこ小路うじさんが登場した。横に銅鑼どらが置かれている。


「十二、十一、五、二、一、皆の者、出陣じゃあー!」


 めちゃくちゃなカウントダウンとともに銅鑼が激しく打ち鳴らされた。慌てて走り出そうとしたボクは我が目を疑った。


「えっ、ウソでしょ」


 百名近い参加者が空を飛んでいる。高級魔法飛行術だ。さらに二百名近い参加者が音もなく地を滑っていく。中級魔法滑走術だ。残りの二百名は騒ぎ出した。


「術を使ってもいいのか」

「反則だろ、これ」

「あら、誰も走って回れなんて言ってないでしょう。乗り物を使わなきゃどうやって回っても構わないのよ。術は乗り物じゃありませんからね。術を使えない参加者のみなさん、お気の毒。ほっほっほ」


 小気味よく笑いながらうんこ小路うじさんは舞台の袖に消えた。うんこ小路うじさん、本当にブレないな。


「やめた、やめた。術を使えるエルフやドワーフに勝てるわけがない」

「走って対等に競えるのは獣人族くらいか」


 芝生広場に残っていた参加者の半数近くがスタートを切らないままリタイアした。


「ボクらはどうしようか、フェイ、ミエルダさん」

「愚問ですね。参加した以上は優勝を狙うと言ったでしょう。さあ、走りましょう」

「そうよ。参加して楽しむのがお祭りだって言ったのは誰だっけ。あたしたちも出発しましょう」

「そうだったね。よし、行こう」


 こうしてボクらは最初の関門であるらぼ南門を目指して走り出した。一番足が遅いフェイが先頭、続いてボク。ミエルダさんは殿しんがりだ。


「これは厳しいな」


 フェイの走りは想像以上に遅かった。前方に見える参加者はどんどん遠ざかり、後ろから来た参加者にはどんどん追い抜かれていく。


「ごめんなさい。スタート早々、足を引っ張っちゃって」

「想定内です。足手まといにならなければ構いません」


 足を引っ張るのと足手まといになるのと何が違うんだろうと考えながら走っているうちに南門に到着した。


「はい、お疲れさま。ここでは全員同じ課題に挑んでもらうよ。まずはこれを見てくれ」


 そう言って係員が机に置いたのはどこからどう見てもウンコだった。


「これはウンコですね」

「そうだ。どのような種族が何を食べてこのウンコを捻り出したか、それを当ててもらうのがここでの課題だ。制限時間はない。君たちもこのウンコを持って熟考場所へ行きじっくり考えてくれたまえ。回答はこの紙に記入して提出。正解ならば無事クリアだ」


 係員が指差した先では大勢の参加者たちがウンコを見つめて考え込んでいる。ボクらも空いている場所へ行き、さっそく観察を始めた。


「う~ん」


 太さ長さ色などは自分のウンコと変わりない。なんとなく人族のウンコのような気がする。他の参加者に聞こえないように小声で話す。


「人族じゃないかな」

「私も同意見です」

「あたしはよくわからないから二人にお任せします」


 フェイはウンコを見ようともしない。このウンコ、本物か偽物かわからないけど他人のウンコは見たくないもんな。


「問題は何を食べたかだけど、ミエルダさん、どう思う?」

「豆類もしくは芋類のような気がします。もう少し探らないと断定できません」

「ボクは豆類のような気がする」


 試しに細菌認識術を使ってみた。ダメだ。ありふれた細菌ばかりで食材を断定できる特徴がない。


「これは最初から難問ですね。でも諦めません。何日かかろうと必ずクリアします」


 ミエルダさんの意気込みは頼もしいけど、今日中に終わらなければリタイアしたいなあ。ボクは力を抜いてぼんやりとウンコを眺めた。黄土色の表面の所々に緑の粒がある。どことなく懐かしい匂い。忘れていた記憶がよみがえる。


「わかった。ミエルダさん、紙を貸して」


 答えを書いた紙を持って係員の元へ急ぐ。提出した回答を見た係員の表情は驚きに変わった。


「よくわかったね。正解だ。さあ手形を出して。朱印状を押してあげよう」


 手形には『第一関門八七番』の文字と、魚と雲と小路を組み合わせた図柄が押されている。文字は八七番目の通過という意味で、図柄はたぶん主催者であるうんこ小路うじ家の家紋だろう。


「八七番目かあ。ひょっとして頑張れば優勝できるかも」

「ひょっとしてではありません。必ず優勝するのです。さあ、次は第二関門です。行きましょう」


 らぼの北東にある試験用森林を目指してミエルダさんが走り出す。ボクとフェイも走り出した。ちょっとだけペースを上げた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る