ふんにょー祭開催
ふんにょーらぼは前国王の意志を継いで二二二年前の十二月二四日に創立された。この日、らぼは休日となりふんにょー祭が開かれる。偉大なる糞尿王の功績を称え、彼を導いた女神シリアナ様に感謝を捧げるのだ。
らぼの年間行事の中でも最大規模を誇るイベントなのだが、今年は特に気合いが入っていた。二二二周年だからだ。王国において二は節目を表す数字だ。二才の誕生日は盛大に祝われ、結婚二二年目の夫婦は大いに祝福され、二二二二年間無病息災に過ごしたエルフ族は健康優良者として表彰される。創立二二二年を迎えたふんにょーらぼにとって、今年は節目の年なのである。
「これがふんにょー祭かあ」
祭り会場となるらぼの芝生広場では数日前から準備が始まっていた。その段階ですでに心は浮かれていたのだが、こうして当日の賑わいの中に身を置くともうワクワクが止まらなくなってくる。
芝生広場には大掛かりな舞台が設置され、南部ふんふん踊りやシコシコ獅子舞などの郷土芸能が上演されている。周囲には多くの露店が軒を連ね、色鮮やかなお菓子(開発事業部の試作品)や、食べ歩きに便利な軽食(開発事業部の試作品)や、どことなくオシッコみたいな清涼飲料水(開発事業部の試作品)などが並べられている。
「えっ、お金、要らないの」
「はい。全て無料です。なくなったら終了なので早い者勝ちです」
まさかここまで太っ腹だとは思わなかった。だが、考えてみればこれらは全て試作品、つまり王国が定めた食品安全基準を満たしていない食品ばかりだ。そんな物を売買すれば確実に罪に問われてしまう。それで無料にしているのだろう。「本品の摂取によって体調を崩されても、らぼは責任を負いません」と注意書きされているしな。まあウチの開発事業部に限ってそんな食品を職員に配るはずがない、と信じたい。
「マッチョ馬の唐揚げかあ、美味しいなあ」
南東部草原地帯に生息するマッチョ馬の肉は王国中で食されている。しかしのこの唐揚げは肉ではない。開発事業部が試作したタンパク質の唐揚げだ。
初任務が終わって何もすることがなくなったボクは、らぼで研究されている腸内細菌の資料を一日中読み漁った。それによるとマッチョ馬の腸内細菌は草や水、空気中の窒素などを利用してたんぱく質を生成する能力を持っているのだそうだ。
しかも肉を消化できない草食動物でありながら、この腸内細菌が生成するたんぱく質だけは消化が可能なのである。他の馬とは比較にならないほど筋肉隆々なのはこのためだ。
マッチョ馬の腸内細菌を利用して作られた肉は、本物のマッチョ馬の肉と遜色ない味と食感を持っているが、製造に費用がかかりすぎるため実用性はゼロである。
「孤児院のみんなにも食べさせてあげたいな」
ふんにょー祭に参加できるのはらぼの職員とその家族、そして招待状をもらった王国民だけだ。どうして自由参加にしないのだろうと疑問に思っていたが、無料提供されるとわかってその理由が飲み込めた。何らかの制限を設けなければ、無料の試作品を求める庶民たちで会場は埋め尽くされてしまうに違いない。
「メルド、食ってるか。タダなんだから食いな。腹がはち切れるまで食い尽くしな」
正面からアルピニイさんが歩いてきた。よりによってこんな人混みの中で出くわすなんて今日はツイてない。
「太ると任務に支障をきたすので腹八分目を心掛けているんです。アルピニイさんも飲むのを控えたらどうですか」
「そりゃ無理だ。二二二周年を祝って黄金水の初しぼりが届いたんだからね。一樽かっぱらってきてやったよ」
よく見るとアルピニイさんの後ろには台車に載った一斗樽がある。しかも酒の量はすでに半分ほどにまで減っている。どんだけ酒好きなんだ、このダークエルフ。
と、樽の後ろで誰かが動いた気配がした。
「あれ、誰かいますか」
「いるよ。フェイだ。台車を押してもらっている」
「フェイ!」
懐かしい名前を聞かされてもすぐには信じられなかった。しかし観念した様子で樽の陰から出てきた少女は紛れもなくフェイだった。
「こんにちは、メルド」
「どうして君がここに」
「どうしてって、当たり前だろ。フェイは……」
「アルピニイさん!」
フェイが大声を出した。物静かな彼女にしては珍しい。
「んっ、ああ、そうだった。フェイは招待状でここに来たのさ。あんたの抜き打ち試験では孤児院に迷惑を掛けたからね。ま、お詫びのしるしってやつさね」
「うわあ、良かったねフェイ」
「ちょうどいい、あんたら一緒に見て回りな。フェイ、台車を押すのはここまででいいよ」
「はい。メルド、行きましょう」
アルピニイさんに出会って淀んでいた気持ちがいっぺんに吹き飛んだ。「一の裏は六」ってことわざがあるけど本当だな。女神様のサイコロはいつも気紛れだ。
「ここのお祭りは夢みたい。自由に好きな物を食べられるなんて」
「そうだね」
王都でも似たような祭りは開催されていて孤児院のみんなやシスターたちと一緒に毎年遊びに行っていた。でも華やかな露店の商品や賑やかな見世物は全て有料だった。一番安いお菓子でも人数分は買えないのでみんなで分け合って食べていたっけ。
「こうして自由に飲み食いしていると、何だかみんなに申し訳ないような気がしてくるよ。らぼの外に持ち出せたら分けてあげられるのになあ」
「美味しい物をお腹いっぱい食べることだけが幸福ではないと思うな」
「じゃあ何が幸福なの」
「メルドがらぼでしっかり働くこと、それが孤児院のみんなの幸福。聞いたわよ。初任務の糞収集、ちゃんと遂行できたのでしょう。孤児院のみんなはすごく喜んでいた。メルドが幸福になればみんなも幸福になるの。だから頑張って」
「ありがとう。ボクもフェイの笑顔を見ていると自然と笑顔になってくる。幸福も笑顔も感染するんだね、きっと」
「ふふふ」
「ははは」
「そちらの女性はどなたですか、メルド君」
フェイとの話に夢中でまったく気づかなかった。知らぬ間にボクらの真正面にミエルダさんが立っていた。
「あ、えっと彼女はフェイ。ボクがいた孤児院で一緒だったんだ」
「一緒だったはおかしいな。あたしが来たのはメルドがらぼに入った後でしょう」
「そうだったね、ははは」
「それでメルド、こちらの方は?」
「失礼。名乗るが遅れました。私はミエルダ。メルド君と同じ開発事業部収集課勤務です。しかし妙ですね。フェイさんとはらぼで何度かお見かけしたような気がするのですが」
フェイに向けられたミエルダさんの目付きが強烈だ。眼力だけで命を奪えそうな迫力がある。
「それはきっとあたしがらぼの医療棟に入院していたからだと思います。退院後もしばらく通院していましたし」
そうだった。フェイはほんの三カ月前に命の瀬戸際まで行ったんだっけ。あの時のフェイを思い出すとこうして一緒に歩けている自分が本当に幸せに感じられる。
「ああ、運よく一人だけ助かった東の森のエルフというのはあなたでしたか。良かったですね」
何だろう、今日のミエルダさんの言葉は微妙にトゲがある。機嫌が悪いのかな。
「ところでメルド君、少々無作法なのではないですか」
ミエルダさんの強烈な眼差しが今度はボクに向けられた。緊張で尻穴が引き締まる。
「無作法って、何がですか」
「フェイさんはエルフ族ですよね。年は百才ほどとお見受けしました」
「五十才です」
フェイが遠慮がちに言う。そりゃ実際より倍の年齢を言われたら訂正したくもなるよね。
「フェイさん、五十歩百歩という言葉をご存じですか。エルフ族にとっては五十才も百才も同じという意味です」
そういう意味ではないと反論したくなる気も萎えるほど今日のミエルダさんの目付きは強烈だ。黙って聞き流す。
「一方メルド君は十二才。フェイさんはメルド君にとって祖母のような存在です。にもかかわらず呼び捨てにするとは無礼千万ではないでしょうか。フェイさんと呼ぶべきです」
「違います。メルドは最初あたしをさん付けで呼んでいました。でもあたしが呼び捨てにしてってお願いしたから呼び方を変えたのです。礼節を蔑ろにするようなことはしていません」
「呼び捨てにしてって、頼んだ……」
ミエルダさんが睨み付けてきた。瞳の中に怒りの炎が見える。尻穴が恐怖で震えている。
「私も同じことを言いましたよねメルド君。呼び方を変えてほしいと。丁寧な言い方を止めてほしいと。しかしメルド君は変えてくれませんでした。フェイさんのお願いは聞いてあげるのに私のお願いは聞いてくれない、その理由を教えていただけませんか」
マズイな。無表情だし声の調子もいつも通りだけど、ミエルダさん、かなり怒っているみたいだ。うまく言い訳しないと。
「それは、ほら、ミエルダさんはボクにとって職場の先輩だからですよ。らぼの知識はボクより豊富だし、いろいろと教えてもらうこともありますから、敬意を込めてさん付けで呼んでいるのです」
「フェイさんだって人生の先輩ではありませんか。王国の知識はメルド君より豊富ですし為になる経験談を聞かせてもらえるはずです。立場的には私と同じ、なのに呼び方は違っている、おかしくありませんか。そのような説明では納得できません」
墓穴を掘ってしまったようだ。頭は完全に思考停止してしまった。震える尻穴に力を込めて脳みそを再起動させようとしていると、司会者のアナウンスが聞こえてきた。
「ご来場の皆様、お待たせいたしました。ただいまよりふんにょーらぼ創立二二二周年特別企画『勝利の糞尿をつかみ取れ! 偉大なる糞尿覇者に栄冠を!』を開催いたします。参加希望者は舞台前にお集まりください」
助かった。フェイとミエルダさんの手をつかみ早口で畳みかける。
「すごいね、特別企画だって。これ楽しみにしていたんだ。もちろん参加するよね」
「えっ、でもあたしは」
「メルド君、まだ話は終わっていません」
「いいからいいから。さあ行こう」
渋るふたりを引っ張って強引に歩き出す。このままうやむやにしてしまおう。
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