不幸な脱糞をお許しください

 おかしい。まるで何かに操られているかのようにイチゴグミに引き寄せられていく。

 時々足に柔らかい感触があるのはへべれけウサギを踏んづけているからだろう。時々足に痛みを感じるのはへべれけウサギが足を噛んでいるからだろう。

 でもそんなことは全然気にならない。気になるのはあの桃色のイチゴグミだけ。ああ、なんて魅惑的な色、形、香り。食べたい。全てのイチゴグミを食べ尽くしてしまいたい。


「ぱく!」


 食べた。いやまだだ。まだ食べ足りない。


「ぱくぱくぱくぱく、もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。うっ、マズイ!」


 口の中に広がった悪臭が脳天を突き抜け、涙と鼻水が滝のように噴出した。気持ち悪い。吐こうと思ってもすでにイチゴグミは胃を通過して小腸に行ってしまったようで、出てくるのは咳だけだ。


「うげっ、げぼ、ごぼごぼっ。はっ、ボクは何をしていた……う、うわあ」


 正気を取り戻したボクはいきおいよく地面になぎ倒された。へべれけウサギの集団がボクを襲ったのだ。


「な、何が起きたんだ。ミエルダさん、助けて!」

「正直、大変驚いています。まさか本当だったとは」


 こんな緊急事態にもかかわらずミエルダさんは無表情のままボクを見ている。


「驚いているのはこっちですよ。どうしてこんなことになったんですか」

「エルフ族や獣人族にとってイチゴグミは何の変哲もない木の実ですが、人族にとっては非常に魅力的な食物に見えるらしいのです。イチゴグミが発する香りに催眠効果があるようで、人族はそれに魅了され、どうしても口に入れずにはいられなくなるようです」

「そうと知っていたら事前に教えてくださいよ。痛い噛むな。くすぐったい撫でるな。あっち行けウサギども。どうして黙っていたんですかミエルダさん」

「図書館の資料を読んでこの事実を知った時、すぐには信じられなかったのです。生物を捕食する肉食植物ならともかく、イチゴグミは人族を魅了したところで何の得にもならない普通の植物ですからね。もしかしたらこの資料の執筆者は勘違いしているのではないか。メルド君にこの話をしてもし何の異常も発生しなかったら『なあんだ、何も起きないじゃないですか。ミエルダさん、そんな与太話を信じるなんてどうかしていますよ』とバカにされるのではないか、そんな不安を抱いてしまい、どうしても言い出せなかったのです。でも今のメルド君を見てようやく確信しました。あの記述は本当だったと」


 話が長いよ。そうこうしているうちにウサギの集団は数を増やし、凶暴さも増している。このままでは革鎧すら引きちぎられそうだ。


「わかりました。その話はもういいです。それよりどうしてボクはウサギに襲われているんですか」

「イチゴグミを口にしたからですよ。砕かれた実から発する臭いを嗅ぎ取ったウサギが、臭いの元であるメルド君に殺到しているのです」

「どうすれば襲うのをやめてくれるんですか」

「臭いを発している物質は揮発性ですからしばらく経てば消えます。そうなればウサギも去って行くでしょう。しかしながら非常に重大な問題があります」

「何ですか」

「イチゴグミは消化が早いのですが、人族の場合は早いと言うよりまったく消化されません。そのままの状態で腸内の未消化物を巻き込みながらたちまち尻穴に達します。つまり非常に効き目の良い下剤になるということです」

「あうっ!」


 猛烈な便意が襲ってきた。腹がぐるぐる言っている。ど、どうすればいいんだ。ウサギたちに襲われたこの状態では立ち上がることさえできない。


「ミエルダさん、お願いです。ウサギを追い払ってください」

「へべれけウサギは絶滅危惧種です。乱暴を働くことはできません。我慢して立ち去るのを待ってください。すぐです」

「あっ、うっ、くっ!」


 情け容赦なく便意の波が襲って来る。耐えろ、口からイチゴグミの香りが消え、ウサギがどこかへ行ってしまうまで耐えるんだ。


「ああ、そこは、やめて!」


 尻穴が悲鳴を上げた。へべれけウサギの鼻がパンツのスリットの中へねじ込まれたのだ。このままでは尻穴の緊張がもたない。


「これはマズイです。予想よりも早く食したイチゴグミが尻穴に到達するようです。仕方ありません。そのままの状態で脱糞してください。尻の部分にはスリットがありますからパンツを履いたままで大丈夫です」


 できるわけないだろ。こんな場所でこんな状態での脱糞を女神シリアナ様がお許しになるはずがない。ああ、でもダメだ。もう限界だ。


「ミエルダさん、お、お願いです。せめて、あっちを向いていて、ください」

「拒否します。危機に瀕しているメルド君から目を逸らすことはできません。じっくり観察させていただきます」

「そ、そんな、あ、も、もう、ダメ、出る……」


 下の方でなんだか凄い音がした。パンツのスリットに殺到するへべれけウサギ。尻穴に触れているのは彼らの舌だろうか。どうやらキレイに舐め取ってくれているようだ。なるほど。パンツのスリットはこのように使うのだな。


「はふぅ~」


 全てが終わった。便意は終息し、尻穴は奇麗に舐められ、群がっていたへべれけウサギは一匹残らず去って行った。


「お疲れさまでした。飲みますか?」


 脱糞して脱力したボクにミエルダさんが水筒を差し出してくれた。へべれけウサギは何事もなかったかのように以前と同じく寝たり跳ねたり転がったりしている。ボクは水筒の水を一口飲むと、力なく言った。


「女神シリアナ様。不幸なウンコを捻り出してしまった私をお許しください」


 それからは午前と同じように一匹ずつ捕まえて糞を収集していった。イチゴグミの催眠効果はある程度離れると効き目がなくなるので、密集地帯の周辺を巡回しながら、酔っ払って飛び出してきたへべれけウサギを捕らえる、という方式に変更した。午前よりも効率はよくなったが、それでも捕らえたのは十五匹程度でしかなかった。


「お迎えに上がりました」


 西の空が赤くなり始めた夕七ツ、らぼの荷馬車がやって来た。まだ活動できる明るさは残っているが、勤務終了時刻である酉の正刻までには戻らなければならない。後ろ髪を引かれる思いで荷物をまとめ馬車に乗った。


「このままじゃ一万粒なんて絶対無理です。納期に間に合わせるにはどうすればいいんだろう」

「催便意術を使うしかないと思います。明日から薬による収集と術の修練を並行して行ってみてはどうですか。訓練で用いた仮想対象物ではなく実際の生物に術をかければ、早く上達するかもしれません」

「そうですね。やってみましょう」


 こうしてボクの初任務初日は終わったのだった。

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