ミエルダさんの修了試験
地獄の研修が始まって十日経った。ボクの肉体は激的な変化を遂げていた。ミエルダさんの筋力アッププログラムは人族の生体メカニズムに基づいて作成されており、非常に効率的、効果的に身体能力を向上させてくれた。
さらに研究棟一階食堂で提供される特別メニューには脂肪減少と筋肉増強を促進させる特殊な食材が用いられていた。この食材は野性生物の腸内細菌を利用して開発事業部が試作したものである。これらのおかげで期限を待たずにミエルダさんから課せられた目標を全てクリアすることができた。
「素晴らしいですメルド君。今月はおろか今年中にクリアするのも難しいと思っていたのですがよく頑張りましたね。感服いたしました」
「えへへ。ミエルダさんに誉められるとお尻の穴がこそばゆくなります。ボクはプログラムのメニューを淡々とこなしただけですよ。それを作成してくれたミエルダさんと、特別メニューを提供してくれた食堂の力が一番大きかったと思います」
「いいえ、やはりメルド君の努力が一番大きいのです。全てのメニューを完全にこなし、与えられた食事以外は一切口にせず我慢する、これは簡単なようで誰もが
「ただ?」
「魔法術だけはまだまだ合格ラインに達していません。催便意術と催尿意術、習得はできていますがあまりにも力が弱すぎます。こんなレベルでは昆虫の糞を捻り出すことすら不可能でしょう。困りました」
「すみません。これからも毎日練習して使いものになるレベルになるよう頑張ります」
魔力を使う術は本当に苦手なんだよな。父さんや母さんもその才能はほとんどなかったみたいだし、これはもう我家の宿命だろう。
「仕方がありません。この術の代わりになる技を教えます。少々使いづらいですが低レベルの魔術を使うよりはマシでしょう」
「おお、ありがとうございます。どんな技ですか」
「ツボです」
そしてミエルダさんは指圧術について教えてくれた。生物の身体にはツボと呼ばれる特殊な部位がいくつもあり、そこを刺激することによって様々な反応を引き起こせるのだそうだ。
「便意を催すツボ、尿意を催すツボ、それぞれの位置を的確に探り当て、そこにほどよい刺激を与えればかなりの確率で脱糞、放尿を引き起こせます」
「それならボクにもできそうですね」
「そう甘く考えてもらっては困ります。ツボの位置は生物によって異なるので、標的が変わるたびに覚え直さなくてはなりません。しかも接触しなければツボを押せないため、凶暴な生物を相手にする場合は危険を覚悟で接近しなければなりません。短所だらけです」
「それは確かに厄介ですね」
やはり魔法を使った術は便利で安全だな。だからこそ身に着けるのが難しいのだろう。
「それでも覚えておいて損はありません。今回は基本的な知識と実技だけ教えましょう。私が標的になります。メルド君は私を追いかけて捕獲し尿意を催すツボを押してください。始め!」
いきなりミエルダさんが走り出した。慌てて追う。
「待ってください。いくらなんでもいきなりすぎますよ」
「文句を言う暇があったら捕まえてください。そんなことでは尿を採取することは不可能ですよ。野生生物は待ってと頼んでも待ってはくれないのですから」
「それはそうですけど無理ですよ。獣人族とかけっこして人族が勝てると思っているんですか」
「王立武士団送りにしてもいいんですね」
「嫌です!」
それからは本気で追いかけた。絶対追いつけないとわかっていてもやるしかない。ミエルダさんは運動場を十周した後、本館の裏に回り込み、芝生広場を抜け、宿舎と研究棟の間を三往復した後、らぼの北門から外に出て、木立が生い茂る試験用森林へと走っていく。もうへとへとだ。
「はあはあ待って。これ以上は走れません、はあはあ」
歩くのも精一杯の状態で木々の間を進んでいくとミエルダさんが腰に手を当てて立っている。
「まあいいでしょう。ここまで付いて来られたのなら体力面では合格です」
「あ、ありがとうございます」
ミエルダさんの足元にしゃがみ込む。情けないけど立っているのもツライのだ。しかしミエルダさんはそんなボクの疲労困憊など少しも気に掛けることなく指示を出す。
「次に尿の採取に移りましょう。的確にツボを押さえるため標的の体の自由を奪う必要があります。聞いていますか。いつまでもしゃがんでいないで早く立ってください」
「は、はい」
息を整えて立ち上がり、目の前にいるミエルダさんを見上げる。こうして近寄って見るとやはり背が高い。これで年下だって言うんだから獣人族は本当に発育が良いんだな。
「では続けます。まずは私を組み倒してください。そして左手で私の両手首を押さえ、両足で私の両足を締め付けてください。始め!」
「し、失礼します」
ミエルダさんの襟と袖をつかみ、覚えたての格闘術基本技のひとつ、足払いで押し倒す。さらに両手首を頭の上でつかみ、自分の両足で相手の両足を挟んでがっしりと固めた。指示通りだ。
「これでいいでしょうか」
「もう少し体を密着させてください。その方が標的の自由を奪えます」
言われるままに体を寄せる。薄い運動服の布地を通してミエルダさんの体温が伝わってくる。ほのかな香りが鼻をくすぐる。なんだか恥ずかしくなってきた。獣人族と言っても女性なんだし、この態勢はちょっとよろしくないような気がする。
「はい。では次に右手で尿意を催すツボを押してください。獣人族の場合、ツボの位置はおへその下にあります。メルド君、私の運動パンツを下着ごと脱がしてください」
「ええっ!」
いくら指導官の指示でもこれには素直に従えなかった。何も知らない者が見たら犯罪行為である。
「ど、どうして下着まで脱がす必要があるんですか」
「皮膚に直接触れて指圧したほうが効果が大きいからです。それに野生生物は衣服など着用していませんからね。実戦に近い形で実践したほうがよいでしょう」
「で、でも」
「では、王立武士団送りということで」
「やります!」
自由になっている右手でミエルダさんの運動パンツと下着をつかむ。そろそろと下ろす。露出した肌はスベスベだ。獣人族なので体毛に覆われていると思っていたのだが違ったようだ。
「驚いていますね。私たちは腹部の体毛がほとんどない種族なのです。もしかしてモフモフがお好みでしたか?」
「いえ、全然そんなことはありません。それでツボはどの辺りでしょうか」
「試しにおへそから一寸ほど下を押してみてください」
押してみる。柔らかい。こんな風に女性の肌に触れるのは初めてだ。
「もう少し下です」
「ではこの辺ですか」
「もう少し下です。ああ、下着はもっと脱がしていただいて結構です」
いや、これ以上脱がすのは道徳的に不可能だ。かなり際どい位置まで下げているんだから。
「無理です。もう脱がせません」
「では右手を下着の中に潜り込ませて押してください。ツボはもう少し下です」
「えっ、ええ!」
あまりに恥ずかしくて尻の穴が火照ってきた。これ以上指示に従っていたら尻の穴から火を吹きそうだ。ボクは運動パンツと下着を元の状態に戻しミエルダさんに懇願した。
「すみません。直接肌に触れるのではなく服の上から押すやり方でご教授ください」
「わかりました。ではもう少し下を押してください」
今度は運動パンツの上からツボを探る。このやり方でもかなり恥ずかしい。ミエルダさんは恥ずかしくないのかな。いつもと同じ石像のような無表情なので全然わからない。
「はい、そこです。ちょっと強めに、そうそう、そんな感じです。人族もほぼ同じ位置にありますので、自分の体で試してみるとよいでしょう」
「はい。本日はありがとうございました。うわっ!」
左手と両足をミエルダさんの体から離し、立ち上がろうとしたボクは思いっ切り下に引っ張られた。
「な、何をするんですか」
「誰が終了していいと言いましたか。まだ尿の採取が終わっていません。はい」
差し出されたのは蓋つきの容器だ。
「これは雌専用採取容器です。蓋を開けてこの部分を標的の排出器官に直接当てて尿を採取してください」
平然と説明しているが、とんでもない内容の発言である。
「えっ、今、ここでミエルダさん相手にそれをやるんですか」
「そうです。ツボを押された効果はそれほどでもありませんが尿意はありますので実習には十分な量の放尿が可能です。では脱ぎます」
今度はミエルダさん自らが脱ごうとする。慌てて止めた。
「やめてください。そこまでしていただかなくて結構です」
「いえ、これは大事な実習です。私たちの役目は糞尿収集。十分な訓練を積んでおかなくては現場で失敗してしまいます」
「だったら自分の体で実習します。雄用の採取容器を貸してください」
「わかりました。ではせっかくですので私が人族の催尿意ツボを押してあげましょう。位置をよく覚えておいてください」
「お願いしま、うわっ!」
問答無用でボクの運動パンツを下着ごと下げるミエルダさん。急いで抑えたので丸出しにはならなかったのがせめてもの救いだ。
「ここですね」
へそ下三寸辺りのかなり際どい位置を指圧された。たちまち猛烈な尿意が襲ってきた。
「こ、これは、すごい効き目!」
「ほんの少し魔力を付加しました。相乗効果です」
「し、失礼します!」
下げられていた運動ズボンを元に戻し急いで茂みの中へ隠れた。もらった容器を当てて放尿する。怖ろしいくらい効果てきめんだ。魔法術もこれくらい効果があるのだろうか。所構わず術をかけられたら大変なことになりそうだな。
「順調に採取できていますか」
「わわっ!」
いきなりミエルダさんが姿を現した。何を考えているんだよ。こんな姿を見られたくないから茂みの中へ隠れたのに。
「は、はい。順調に採取できています」
オシッコは止まらない。止まらない以上引っ込めるわけにもいかない。ミエルダさんは無表情のまま採取容器を見ている。容器は透明なのでボクのモノも丸見えだ。うう、恥ずかし過ぎる。
「よくできました。修了試験は合格です。ではこれを以って新人育成プログラムは終了させていただきます。来週から一般の職員と同じように業務を遂行してください。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
オシッコはまだ出ている。情けない終わり方だったがとにかく無事合格できたのだ。今夜は研究棟一階食堂で腹いっぱい食べることにしよう。
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